|
free jazz 老師の Ornette Coleman (as) の初 leader album、1958 年録音。
老師、何だかまともです。既にこの頃には harmolodic を完成させていたそうですが、売れ線狙いの方針で作られたためか、解かりやすい hard bop な楽曲を揃えてます。この頃は Ornette も若かったんですなぁ。
Ornette Coleman の free jazz 観てのはやはり be bop が土台になっていて、その俎上で jazz らしい逸脱と変容を押し進めていった末、保守の枠を踏み越えたところで free と呼ばれる類の音になった、と解釈するのが自然な理解なんでしょう。へんちくりんな theme を持ってきても聴きやすいってのはそういうことか。jazz 喫茶で流れていても客が逃げない album と思われます。いや本当のところは知らんが。
最後の訪問の時、父親が酔い潰れると顧問官は腰を上げ、名前は、と聞いた。答えるとかぶりを振り、君の父親の名前だ、と言った。
ジェルジュは困惑した。名乗るべき名前が、今そこで酔い潰れている男とは違うことを知っていたからではない。何故そんなことを聞くのか判らなかったからだ。目を凝らした――大抵は、そうすれば見える。何を考えているのか、何を感じているのか、何を知りたがっているのか。だが、この男は駄目だった。何も見えなかった。霧にまかれたような気がした。(page 6)
文春文庫版で読了。
20 世紀初頭、養い親を亡くしたジェルジュは顧問官の元を訪れる。諜報機関に身を置く顧問官は、幼いジェルジュの中に異能力者の影を見出しており、組織の為に彼を養育しようとする。他人の感覚を奪う、記憶を消す、時に精神を崩壊させる、ジェルジュはそういう力を持つ少年だった。始めのうちは自分の力を制御できなかったジェルジュだが、顧問官の元で修練を積み、やがて一人前の諜報員として成長する。ジェルジュは命令を受け、europa 各地で活動するが、行く先々では各国の異能力者たちがジェルジュ同様に暗躍していた……。
『バルタザールの遍歴』は文体の優美さに疲れる類の本でしたが、『天使』は切れ味鋭い刃物のような文体になってますな。もっとも、鋭すぎる刃物は使う者を選ぶ。無駄な説明を極力排し、必要な情報のみ前置きなしに投げ出していくこの書き方に接していると、常に何か忘れたまま読みつづけているような気がしてしまう。まぁ読み直せば欠損のいくらかは修復されるのでしょうが、あまり読み直したい本ではない……というか、欠損を埋めるための労力とそれによって得られる快楽指数を秤にかけると、読み直す気がしなくなるのですな。
とはいえ、佐藤亜紀の企ては見事です。異能力者が自らを語る際、自分の異質さを殊更に主張することはない。それは自明のことであり普通のことなのだから。この作品世界において、ジェルジュの振る舞いは自然で無理がない。外部からは異質と見える視点を、あたかも自明のもののように捕える術に長けた作家ですねぇ。刹那的に流され人生を送るジェルジュは当然魅力的に描かれてますが、彼の関わる人物もそれぞれ面白い。ジェルジュほどの能力者ではないが、ジェルジュ自身よりも彼の深い部分を見透かすレオノーレの描き方が見事でした。
人物描写に力点が置かれている分、彼らを取り巻く世界へ向ける作者の視線は恐ろしいほど素っ気ない。単純に状況が提示されるだけで、歴史的な位置付けや背景についての説明が為されることは殆ど無い。歴史小説ではなく人物小説と割り切って読むしかないってことか。game の駒が棋士のことを考えても仕方がないのかも知れませんが、その駒を突き動かす力が見えないまま話が進んでいく所が物足りなくもある。まぁ、小生が感じた欠損の感覚というのも、この辺りに原因があるんでしょうなぁ。
忘れた頃にでもまた読み返してみませう。
Alan Parker 監督作品、1991 年。
Dublin で失業中の若者 Jimmy Rabbitte (Robert Arkins) は、soul band の manager になって有名になろうと一念発起する。見てくれは太っちょだが声はいける Deco (Andrew Strong) や雇われ guitarist の Outspan (Glen Hansard)、美人の女友達 Imelda (Angeline Ball) らをその気にさせた Jimmy は、続いて新聞広告で仲間を募り、sax の Dean (Felim Gormley) や、数多くの有名 musician と競演したと自ら語る tp の Joey (Johnny Murphy) も band に加わる。band 名は The Commitments。練習を重ね、人前での演奏もこなし、drums の交替や backing chorus 隊の女達を巡る喧嘩等の危機も乗り越えた彼らは地元で名の知られた soul band に成長し、小さな label から album release も持ちかけられる程になる。そこに来て、大御所 Wilson Pickett との競演話を Joey がまとめてくるが……。
「Ireland は europe の黒人だ!」、うわぉよくぞ言ってくれました! Van Morrison が聞いたらどんな顔しますかね。この映画では、俺たちゃ U2 や Sinead O'Conner と同列だぜと喜ぶ場面とかもあり、微笑ましい面も見せてくれます。
夢に溢れる若者たちが悪戦苦闘の末に成功を収めかけるが結局は破綻する、というお話。まぁそれだけ取ってみればありふれた青春群像劇なんでしょうが、そこに当時の Dublin を覆っていた不況や、貧乏な中でも音楽への愛に溢れる市民生活なんてのが丁寧に織り込まれていて印象に残ります。普段 soul を聞かない小生ですが、Deco の歌唱は見事の一言、でもって歌ってないときには本当にろくでもない奴で、Dublin の神様てのはひねくれてるよなぁと。終盤の破綻もさもありなんな展開で、Pickett の到着というのは夢の実現の暗喩のようにも思えてくる。幸運の神様を捕まえるのは難しいのぅ。
数年置きに観直したくなる映画の一つ。そのうちまた観よう。
Robert Redford 監督作品、1988 年。邦題「ミラグロ 奇跡の地」。
米国南西部の小村 Milagro は貧しい村人が住まう地だったが、企業家 Ladd Devine (Richard Bradford) はそこを resort 地に仕立て上げるべく大規模開発を計画していた。だがその結果、住民の立ち退きと自然破壊が村を襲うのは目に見えている。村の活動家 Ruby Archuleta (Sonia Braga) は村の新聞屋にして弁護士の Charlie Bloom (John Heard) を焚き付けて村人の抵抗活動を煽ろうとするが、村人の危機感はなかなか高まらない。そんな中、失職中の Joe Mondragon が Devine 社管理下の土地を流れる小川から無断で水を引き、豆を栽培し始める。枯れた大地に豆が育つとは思えぬ他の村人たちは Joe を小馬鹿にするが、必死に畑を耕す Joe の姿を見て次第に土地への愛着を思い出してくる。このままでは開発計画に支障が出る、とはいえ Joe を痛めつけるのは既に手遅れ、Ladd Devine は一計を案じ、やり手の州警察官 Kyril Montana (Christopher Walken) に問題解決を依頼する。Kyril の監視によって Ruby や Charlie Bloom は上手く活動できなくなり、Joe も窮地に追い込まれるが、精霊と対話できる村の長老 Amarante Cordova (Carlos Riquelme) は Joe の行いを支援する……。
Robert Redford が監督した heartworming なお話。
大手資本の介入により村落共同体が危機に瀕し、それを村人たちが自らの roots を見つめ直すことで結局土地を守り抜く……という、どっかで聞いたようなお話。小生のような流れ者の都市寄生者には土地へのこだわりてのは解らんのですが、resort 開発で金がどっかんどっかん投下されて懐が潤うよりも、貧しいながらも生れ育った土地で慎ましく暮らす方がええわ、という考え方もありなんでしょうなぁ。まぁ、この映画ではその手の大資本 vs 村人の構図はさほど強調されません、つか首謀者の Ladd Devine 氏はちょちょちょと上等な suits 着て出てきて怒り狂ったり吠えたりするだけなのでどう見ても pure な悪人なのです。ここまで stereotype に描かれると、ねぇ。
この映画で印象的なのはやはり Amarante 翁とその伴侶たる豚ですな。豚、でかい! 猪もかくやといわんばかりの図体で、あんなのに突進されたら Joe ならずとも銃ぶっぱなしたくもなりますわい。んで Amarante の話し相手たる精霊たちもええ味出してます。Kyril の策略で Charlie Bloom のミニコミ紙が村人の目に触れる前に買い占められようとしたとき、精霊の悪戯でその企てが阻止されたりもして、密かに村を守るのに一役買ったりしますし。Amarante が奉る祭壇も、土着宗教と押し付けられた christ 教の融合だったりして、奇跡の地 Milagro の歴史を垣間見せてくれます。こういう小技がまた良いのですよ。
映画としてはまとまりきれてない印象もありますが、fantasy と real が上手く溶けあった独特の空気感が心地良い一品であります。たまにはこういう映画もええでしょう。
Johannes Schaaf 監督作品、1986 年。
ある日、村の掃除夫 Beppo (Leopoldo Trieste) は公園で幼い少女 Momo (Radost Bokel) を見付ける。いつもにこにこしている Momo は村人から自然と受け入れられ、特に寡黙な Beppo と陽気な Gigi (Bruno Stori) は Momo の親友になる。しかし村に灰色の男達が現れてからというもの、村人はせかせかし始め、次第に心の狭い人間になっていく。灰色の男達は時間貯蓄銀行の手の者、通称「時間泥棒」だった。忙しさに追われる Gigi らが Momo から離れていき、また時間泥棒の手が Momo 自身にも及ぶ。Momo は賢い亀の Cassiopeia に導かれるままに賢者 Meister Hora (John Huston) の元を訪れて、美しい時間の花を目の当りにする。皆の時間を取り戻すため、Momo は時間泥棒と対決する……。
のっけから原作者 Michael Ende 本人が出てきて吃驚させられる映画です。おっと、本編も充分面白い。こういう映画こそ fantasy ですよ。Radost Bokel の国籍不明な雰囲気がたまらんです。
Robert Clouse 監督作品、1978 年。邦題「ブルース・リー 死亡遊戯」。
有名俳優の Billy Lo (Bruce Lee) は、Dr. Land (Dean Jagger) 率いる犯罪組織に協力するよう脅されているが、幾度もそれを拒否していた。Dr. Land は手下を使って Billy を痛めつけ、終いには映画撮影中の Billy に重傷を負わせる。Billy の友人で新聞記者の Jim Marshall (Gig Young) は Billy の死亡記事を新聞に載せ盛大な葬儀を執り行うが、Billy は存命で、逆襲の機会を得るため虚偽の報道を行ったのだった。Dr. Land の手下を次々に葬った Billy は、Dr. Land の居城へ向かう……。
途中まではどうでもいい cut が多くてかなり萎えますが、終盤の中ボス軍団との連続対決では Bruce Lee の真骨頂が拝めます。褒めどころはその点しかありませんな。