kazkaz奮戦記&社会批評 by kazkaz of 車輪の下


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私と社会学&社会批評


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■2010年08月28日(土)12:11  経済なんて風邪と同じ・・。第三の道を探る・・。
 経済なんて風邪の症状と同じと考えられます。早期治癒の特効薬がないんですよね。財政政策・金融政策を一時的に行っても、その症状を抑えることがやっとです。間違えば風邪(症状)をこじらせるばかり。最悪は肺炎になって死亡というケースも・・。景気循環の波も、風邪のぶり返し。治っても、何度も風邪をひきます。自公政権で治癒されなかった経済改革を民主党に押し付けるのもいかほどかと感じます。ここで、政権が再び自公に移ったとしても、同じことの繰り返し。経済は治癒されません。民主党政権に有効な経済施策が無いからといって、野党に期待するのは厳禁。有効な施策・戦略が提案できていない。日銀に頼るのも、どうかと思います。
 市場が萎縮した原因は、極端な資本主義経済の利潤の追求にあります。工場のオートメーション化と海外工場への展開により、日本の労働者を労働市場から排除してしまった。今日の失業者を生んだのは、その資本主義社会にこそ責任があるのです。本来の消費の担い手である労働者を失業者へと追い込んだ結果が市場の萎縮の要因です。資本家は、その利潤のあくなき追求により自己の首を絞めてしまった。本来、自己増殖する資本がその経済構造の欠陥により、自己増殖しなくなった。資本が自己増殖しなくなったら、資本主義は崩壊です。
 学校では、民主主義・資本主義は正義であると教えられました。そして、社会主義・共産主義の否定。自由が不平等・自己崩壊を生むなんて、教科書には書いていません。理想的に行動する消費者をモデルとする欠陥ミクロ経済学を延々と教え込んでいる。アメリカで生まれた新自由主義を信じ込んでいる。誰もその矛盾・欠陥に気づかない。教師・教授なんて、そんなもんです。今でも学校教育がそんなもんだから、その欠陥モデルを仕込まれた優等生が出来上がる。それが官僚として国家行政の中枢に居座るものだからろくな提案・改革もできないという始末です。
 そこで、資本主義は崩壊するのか?社会主義に行き着くのか?第三の道はないのか?を考えたいと思います。
 現在の経済構造がそのまま進めば、資本家と一部の労働者,公務員,医療関係者,失業等による社会保障者に分極されます。国家は、資本家と一部の労働者から税金を巻き上げても、それを医療費・社会保障費に回さなければなりません。経済が萎縮して、その財源が尽きたとき、国家は破産・崩壊します。資本主義は崩壊するのです。
 それでは、社会主義・共産主義に移行するのか?
 これは、極端な例です。簡単に、資本主義から社会主義・共産主義に移行すると考えることは短絡的です。
 そこで、第三の道を探るのです。
 それは、市場の失敗を埋めるため、国家自らが率先して新しい産業を提案する社会構造を築くことにあると思います。国家が市場経済に関与したら、市場のメカニズムは正常に機能しなくなるなんて思想は、妄想です。新自由主義の思想は、害あって一利なしです。だからこそ、第三の道を探ることに意義があるのです。
 第三の道はある。それは国家主軸の修正された資本主義構造への変革・改造を行うことにあると思うのです。
 今、経済の根本的な改造を提案する政治家・経済学者・官僚がいない。分厚い教科書と文献を参考にして、財政・金融政策でどうにかならないかと思案している。教科書をめくれば、答えは導き出せると信じている。そんな優等生(?)に期待するのもどうかと思います。答えは、自分で創造するものなのです。

追記:Topicsに追加しました。→「日本経済修正論」(国家改造計画)
追記:表題と内容を修正しました。

■2010年08月25日(水)13:37  国家IT戦略と経済成長戦略・・私の持論との違い。
 民主党も、ようやく国家のIT戦略と経済成長戦略の策定に関し動いているようです。

 しかし、国家がイニシアチブをとって経済成長戦略を策定・推進することは賛成ですが、IT戦略を実施する機関は地方自治体であることが望ましいと考えます。すなわち、具体的な対象分野の決定やビジネスモデルの特定とその遂行は地方自治体に任せるということです。
 国家が主導的にIT戦略を実施してもそれなりの経済成長は見込めますが、地方の繁栄は見込めません。長い目でみて、地方を活性化させるためには、地方独自で新たな産業を興すことが必要であると考えるからです。地方が繁栄すれば、国家が繁栄する。それが将来を見据えた本来の国家の成長戦略であると思われます。
 だからこそ、産業革命なのです。
 IT産業革命は、地方の力で実現されなければならない。国家は地方に投資する。それがBestな戦略だと思うのです。

 ただし、地方自治体には能力の限界があります。1988年から1989年にかけて実施されたふるさと創生事業で各市町村に1億円が交付されましたが、これの有効な使い道を提案できませんでした。地方自治体に投資しても、起業する能力はないのではないかと懸念があります。期待するだけ無駄でしょうか。いや、そんなことは無いと思いたいです。しかし、お役人の能力の限界は不安材料なことは確かです。

■2010年08月23日(月)04:14  IT産業革命(日本再生計画)・・。
(この種の提案は、Netを見ると、既にあるようです。色々な人や国や地方も考えているのですね。重複するかもしれませんが、私なりの見解をメモとして記しておきます。)

 製造業を中心とした経済構造は破綻寸前です。景気が一時的に回復しても、大幅な雇用の確保は期待できません。新しい産業を構築する必要があります。
 そこで注目すべきは、IT産業です。インターネットの普及によって、ITを通して様々なサービスが創造され、提供されています。これからもIT産業は拡大すると考えられます。時代は、物的製造産業中心経済から知的サービス産業経済へと移行すべきであると考えられます。
 そこで、例えば、各地方自治体にIT産業創造センター(仮称)を設置して地方で独自にIT産業を興すことを計画します。IT産業は、都市部でなくとも、優秀な人材さえ揃えば、地方で起業することが可能です。投資の資金も少なく抑えることができます。地方の産業は、何も地場産業に捕らわれる必要はないのです。これからは、地方が独立して新しい産業を創造提供していく時代であると考えます。そのためには、地方IT産業革命は有効だと考えられます。
 IT産業革命は、最初は投資型の公共事業としてスタートすると良いと思います。そこでは、少ない資金の投資で、地方の優秀な技術者又は企業での経験者を公募で確保してスタートします。また、新卒者の採用で雇用の増加が見込めます。また、優秀な技術者の都市部への流出も抑えることができます。投資した資金は、事業の成功で回収することが可能です。これにより、地域の活性化・雇用の拡大・日本経済の復興を図ることが可能です。事業が独立可能なまでに軌道に乗った場合は、これを民営化させます。そして、事業収益を労働者・地方・国家に還元させます。そして、更なる事業拡大を図ります。
 すなわち、地方が独立して経済産業を興すことができれば、国家全体の経済収益(GDP)を上げることができ、個々人の所得の増大・地方財政・国家財政の健全化が実現でき、豊かな福祉国家の実現が可能となります。
 このように、国家経済の再構築を、物品提供型からサービス供給型へと移行させることにより、景気回復と雇用の増加を実現することが可能です。すなわち、この種の産業は人的資源が不可欠です。事業規模が拡大すれば、雇用の確保は確実に見込めるのです。
 そして、地方IT産業革命は、従来の中央依存型の経済構造からの脱却を意味しています。地方が社会・国家をリードしていく時代へと変革すべき時代なのです。
 個人の起業には限界があります。国のバックアップが必要です。国や地方がこの施策をどう実行するか。それが重要です。
 数あるIT企業が成功をおさめる中、国や地方が一歩踏み出せないのは、やはり構造的・組織的欠陥があるからでしょうか。よく分かりません。国等が公共投資を行うと、既存のIT産業が萎縮してしまうというマクロ経済的な要素を懸念しているからかもしれませんね。

追記:Topicsに追加しました。→「IT産業革命」(日本再生計画)

■2010年08月20日(金)19:22  携帯電話会社のここがおかしい・・。
 携帯電話の値段が極端に高くなってから久しい。お金のない人は分割で購入して下さいというプランまでご丁寧に用意されている。馬鹿にしている。
 私は、今では生活必需品とまでなっているこの携帯電話の機器本体の異常価格と料金制度の仕組みとサービスに憤慨している。
 第一の憤慨点は、いらないカメラという部品まで標準装備として本体に装着され、その部品代を上乗せして機器本体価格として販売している点だ。携帯電話に不可欠ではない機能を付加して価格に上乗せして販売することは、消費者の選択の余地のない不公平な取引で、独占禁止法に違反していると考えられる。すなわち、不公平な取引(優越的地位の濫用)に該当する。この点に関し、公正取引委員会や消費者庁はどう認識しているのか。カメラを装備しない低価格帯の商品の提供を指導すべきである。
 第二の憤慨点は、携帯電話独特の通話プランの巧妙なトリックだ。一般の家庭電話機は、基本料金に通話料金を従量制で課金して料金を請求する。ところが、携帯電話は、基本料金の中に予め一定の通話料金を含めて基本料金とし(これを無料通話分と称している)、この基本料金を超えた部分を更に従量制で課金する。通話をしなくても、無料通話分という奇妙な代金は搾取される。こんなおかしな仕組みに消費者は騙されている。本来無料ではない料金を無料と称して取引することは、消費者を欺き、且つ消費者に選択の余地が無い不公平な取引で、明らかに独占禁止法違反だと考える。これも、不公平な取引(優越的地位の濫用)に該当する。是正されなければならない。
 更に、docomoは、movaサービスを中止して全てをFomaに移行しようとしている。そして、これまでのmovaユーザーに機器の買い替えを要求している。movaサービスの強制終了はdocomoの勝手。機器の買い替えに、多少の割引サービスはあっても、それでもなお憤慨な価格の料金を請求するのは、docomoの傲慢ではないか。これも、消費者に選択の余地がない不公平な取引である。明らかに、優越的地位の濫用である。
 私は、以上の点に関し、公正取引委員会と消費者庁に携帯電話会社への是正指導を要望する。また、携帯電話会社の自主改善を要望する。
 この不景気な世の中で、選択の余地のない不公平な取引をして消費者を欺き利潤を追求する携帯電話会社に対する怒りは治まらない。

■2010年08月16日(月)12:51  終戦の日に寄せて・・。
 65回目の「終戦の日」である15日は、菅内閣の自粛方針の下、菅直人首相も閣僚17人もその他の政務三役も一人も靖国神社に参拝しない、政府に記録が残る昭和60年以降初めての異例の日となった。「戦没者の鎮魂は国家の基本」(故藤波孝生元官房長官)という大原則は置き去りにされ、靖国参拝に反発する近隣諸国ばかりに迎合した結果だ。この日の靖国は、こうした民主党政権の姿勢や政策に対する懸念や憤りの声で包まれた。(産経新聞)

 昨日は、「終戦の日」だったのですね。
 終戦の日については、明確な説はありませんが、玉音放送が流された8月15日を「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」=(通称終戦記念日)と定め、戦没者の慰霊の日としているようです(Wikipedia参照)。

 さて、菅内閣。首相を筆頭として、靖国神社参拝を見送りました。
 国民としては、賛否両論があるようです。
 「どこの国の内閣だ?」と揶揄する記事も見かけます。
 私としては、賛否両論があって良いと思います。
 靖国神社参拝を容認する立場。
 靖国神社参拝を否定する立場。
 ただ、忘れてはならないのは、「人間は誰しも過ちを犯す」。「国家も人間によって組織されている以上、同様に過ちを犯す」という歴史上の教訓です。そのことを忘れてはならない。
 そして、日本国民は、戦争を反省し、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、」日本国憲法を確定した(憲法前文)。そのことが重要なのです。

 今、資本主義が崩壊の危機に瀕し、世界情勢は悪化する一方です。
 我々は、歴史を鑑みて、この時代をどう乗り越えていくのか。
 それを提案する国家として、主導的立場でありたい。
 それが、真の独立国家としての威厳を取り戻す契機となるのではないかと思います。

追記:せっかく書いたので、Topicsに追加しました。→「終戦の日に寄せて」(靖国神社参拝問題)

■2010年08月09日(月)03:58  そういえば・・。
 そういえば、菅総理大臣も弁理士ですよね。どんな文章を書くのでしょうか?
 気になります。

 青本(工業所有権法逐条解説)が久しぶりに改訂されましたね。
 少し、読みづらくなった気がします。
 けど、特許庁のホームページから閲覧できるので助かります。

 下記に特許に関する事項や弁理士について書きましたが、決して誹謗中傷するものではありません。数多くの弁理士先生に支えられて仕事や勉強をしてきたことは事実ですし、今でもそのような弁理士先生を尊敬しています。あしからず・・。

 学校教育に明細書作成訓練を組み入れるなんて、名案だと思います。

追記;【お知らせ】
4月の記事の「我慢の理論」が好評でしたので、再吟味し、Topicsに追加しました。→「我慢の理論」(ミクロ経済学の欠陥)

■2010年08月08日(日)17:53  明細書が書けない弁理士・・。
 今日は、特許に関することを何でも書いちゃえという気分なので、書いちゃいます。
 今でこそ、病気で文章作成能力が不十分な私ですが、それでもそれなりに論理的に文章を書くことができます。それは、特許事務所で3年間明細書作成業務に従事し、下積み訓練を受けたからです。
 特許事務所で明細書が書けないのは致命的欠陥です。辞職する他ありません。そこで、辞職しないためには、文章作成の猛特訓が必要です。訓練方法は、兎に角、弁理士先生のOKが出るまで何度も文章を書き直しをすることです。それには、まずお手本が必要です。お手本となる明細書をよく読みこんで、全体構成,表現方法,脈絡,論理的帰結の導き方等を観察します。そして、それをお手本として、自分の文章と見比べながら、明細書を書いてみます。つまり、まねをするということです。そうして書いた明細書を指導する弁理士先生に添削して貰います。当然、文章能力のない私には、書き直しが命じられます。納得がいくまで何度も文章を書き直し、添削でOKが出るまで何度も繰り返します。一つの明細書を作成するのに約30回も書き直したことがあります。これが功を奏し、明細書作成能力が認められるようになりました。一度、文章作成能力が備われば、次の明細書も容易に書くことが出来ます。そのような次第で、文章作成に自信がつき、次々と明細書作成業務をこなすことができました。
 文章作成能力は、よほどの才能が無い限り、書く訓練を積まないと習得できません。いかに優秀な文章を無数に読んでも、自分で書いてみないことには習得できません。長文を書くほど、前後の整合性,文章の一貫性が問われます。文章を見るだけで、その人の論理的能力が良く分かります。そういうものです。
 ところで、特許出願を専門とする弁理士先生は皆文章を書く能力が高いと信じきっている人がかなりいます。それはそうです。高度な弁理士試験を突破し、国家への手続きの代理人として国家からお墨付きを受けているからです。しかし、私が接してきた弁理士先生の中でも文章作成能力が低いと思われた人が何人かいました。特に、特許庁の審査官出身の弁理士先生の中には、文章表現力が乏しいと思われる人が比較的多いように感じられます。その理由は、審査官出身の弁理士先生は、拒絶理由通知書は書けても、あとはまともな明細書作成訓練を積んでいないためと考えられます。
 明細書の作成訓練を受けていない弁理士先生に限って、特許法36条違反の拒絶理由通知書がきます。私は、よくその補正案を書いて、拒絶理由を回避してきました。弁理士でもない私に補正案を頼るなんて、本当に情けない話です。
 そんな中でも、絶句したのは、36条違反の拒絶理由の対応に補正書作成の費用を請求してくる弁理士先生がいるということです。補正案は会社に頼って、自分の手続きの不備である36条違反対応で費用請求するなんて、言語道断です。出願時に会社が明細書を確認してOKを出している以上、会社側にも責任があるというのです。なんとも呆れた話です。プロとしての自覚に欠けているんですね。
 36条違反の手続き費用は、会社に請求してこない。これがプロとしての弁理士の姿です。殆どの弁理士先生はそうです。私の触れた弁理士先生の話はごく一部の例外です。その点は、誤解しないで下さい。ごくまれな話ですから・・。
 そういうわけで、特許出願をする際には、依頼する弁理士先生を吟味する態度が賢明な姿勢だと思う次第です。

■2010年08月08日(日)14:38  特許技術者の仕事・・。
 今日は、特許の話ばかりで恐縮です。久々に体調が良く、筆が進みます。弁理士の仕事はご存知の方も多いでしょうから、今回は、企業で働く特許技術者の仕事をご紹介致します。
 企業は、日々新しい技術の開発を行い、新しい技術思想を創作します。つまり、新しい技術を創造するということです。技術者が新しい技術を創作すると、職務に属した発明は、職務規定等により会社に譲渡するのが一般的です(これを職務発明といい、企業は予め発明者のした発明を会社に譲渡する旨を規定できる(特許法35条))です。
 そこで、特許技術者の出番です。特許技術者は、技術者・研究者の報告書に基づき、創作された発明が理論的に成り立っているか否かを報告書を精査して吟味します。また、その発明が新しいものか否か、先行技術調査を行います。先行技術調査の結果、類似する発明があった場合には、その差異を確認するため、発明者に比較検討依頼書を出します。また、内容的記載不備があった場合は、内容補充依頼書を出します。比較検討依頼書と内容補充依頼書で発明が先行技術と相違するものであり、発明として成立している場合には、特許事務所に出願依頼手続きをします。逆に、先行技術との相違が明らかではなく、また内容不備で発明未完成であると認定した場合には、出願見合わせを行います。これら業務のほかに、他社との侵害係争処理や特許戦略を練る等の業務を行います。特許事務所から出来上がった明細書を確認する仕事もありますね。出願した発明に対して特許庁審査官からの拒絶理由に対する意見書案の作成業務もこなします。その他、諸々の業務があります。外国出願も重要な仕事ですね。
 次に重要なのは、技術者・研究者との面談です。重要な開発テーマにつき、日々技術者とコンタクトをとり、発明相談に乗ったり、開発テーマの先行技術を調べて他社特許情報を提供したりします。つまり、技術者・研究者が発明を完成させる土壌を提供する業務を行うわけです。色々な場面で技術者・研究者と対話するので、発明の内容の早期理解に役立ったり、時には共同発明をすることもあります。
 これら業務を行うためには、特許技術者は、特許法のアドバイスをする知識だけではなく、担当の開発テーマの技術を発明者と同じ程度に把握する必要があります。これについていくのは一苦労で、日々勉強は欠かせません。
 また、企業は他社との共同開発も行います。その成果が共同出願です。この共同出願の契約書の作成や出願手続きも担当します。大学の先生等との共同出願も処理します。また、他社の特許を利用したい場合には、その企業とライセンス交渉を行います。実施料の契約などがメインです。
 以上、かいつまんで特許技術者の職務をご紹介しました。勿論、企業によって特許業務はまちまちですが基本的事項は同じだと思います。特許の他に、意匠・商標・著作権関係の仕事もあります。
 このような特許管理は企業の重要なリスク回避業務であると共に収益を上げる手段です。それに携わるには、相当の能力と責任が要求されます。が、携わってみると面白い仕事です。特許技術者に興味のある学生さんは、熱意を持って前に進んで下さい。きっと、やりがいと生きがいを見つけることができると思います。ぜひ。

■2010年08月08日(日)10:17  特許法30条および29条の2の考察・・。 
 ちょっと、先に特許に関する話をしたので、特許法の理不尽さを思い出しました。少し専門的な話をしますので、興味のない人は読み飛ばしてください。はい。

 特許法30条は、いわゆる新規性喪失の例外規定であって、試験を行ったり、刊行物に記載して発明を公知にした場合に、その日から6ヶ月以内にその発明について特許出願した場合には、29条の規定(新規性・進歩性)を適用しない規定です。いつの時代も、自らした発明を世の中に早期に公表したいのは発明者・研究者の願望です。その旨を受けて本条は規定されています。発明者の保護規定ですね。また、意に反して発明が公知になった場合の救済規定でもあります。
 しかしながら、この規定は、工業所有権法逐条解説第18版において、以下のように解説されています。「本条は新規性についての例外規定であって、先願の例外又は出願日の特例ではない。したがって、甲が試験をして公知にした後乙がそれと別個に発明した同一の技術内容について特許出願をし、試験を行った甲がその後に特許出願をした場合は、たとえ甲が試験後六月以内に特許出願をした場合であっても、乙の特許出願が出願公開されれば、甲の特許出願は二九条の二の規定に基づき拒絶されることになる(ちなみに、その乙の特許出願も特許出願前甲によって公知にされたものであるという理由で拒絶されることになる)。」
 特許法30条と29条の2の規定通りに解釈すれば、その通りです。しかし、この規定のままでは、先に発明を公知にした発明者の保護に欠けると考えられます。
 特許権は、新規発明の公開の代償として権利が付与されます。その新規発明の公開先は、国家に対するものと考えられています。しかし、文献等で社会的に新規発明を公開した者も、技術の進歩に貢献することは確かです。国家への発明公開時期だけを前提とする先願主義の偏重は、発明者保護に欠けると考えられます。先に発明を公開した発明者が、その公開後に出願した者の出願で拒絶されるのはどうも理不尽としか言いようがありません。
 そこで、特許法30条の規定を真に発明者保護の観点から捉えると、29条の2の規定を改正して、30条適用の特許出願は29条の2の規定の適用外とすることが妥当ではないだろうかと考えます。そう思うのです。
 どうも、特許業界では、こういうことにあまり問題意識を持たない人が多いようです。規定通り、特許庁の解釈通り考える人が多いのです。特許庁の見解が支配しているからかもしれませんね。
 ところで、この見解、弁理士でも学者でもない私が述べる見解ですので、信憑性は低いです。元特許技術者の一見解として考えてください。

追記:折角書いたので、Topicsに追加しました。→「特許法30条の一考察」
折角特許法を学んだ経緯がありますので、今後も特許法の考察をしようか否か悩んでいます。折を見て、考えますね。

■2010年08月08日(日)06:02  新特許戦略の構想・・。
 最近思うのですが、豊富な財源を持つ企業を優遇し、低所得者層の個人発明家を冷遇する日本の特許制度に疑問を感じています。
 低所得層の個人発明家が特許を取得するには厚い壁があるのです。
 まず、申請手続きの困難さが挙げられます。高い出願手数料を払って弁理士に明細書の作成依頼をしなければなりません。個人出願だと、記載不備等で折角の発明も台無しになる可能性が高いからです。そして、この明細書作成費用と出願手続き代行料と出願費用が馬鹿になりません。特許法では、低所得者層のために手数料の減免措置が規定されていますが、わずかな額です。また、拒絶理由等の中間処理手続きにも国からの援助はありません。全て弁理士任せにするには膨大な費用が掛かるのです。弁理士会による支援制度があるようですが、手続きが複雑で、良く分かりません。
 そこで、弁理士に特許出願を依頼せずに個人出願する場合を考えますが、これにももっと大きな壁があるのです。明細書等を作成してオンライン出願しようと思えば、その手数料。書面出願する場合は、電子化手数料が掛かります。そして出願費用。電子出願の当初は、CD出願も認められていたのですが、オンライン出願になってからは、CD出願は認められません。オンライン出願ができなければ、書面で出せというのです。そして、書面を電子化する費用を負担させるのです。なんか、電子出願制度と矛盾していて個人出願を馬鹿にしていますよね。また、定められた様式に従って明細書等を作成する手間や出願後の中間手続き等も個人で対応しなければなりません。これらの手続きは、専門的知識がないと無理です。
 また、致命的欠陥は、外国出願の援助制度がないことです。折角、高度の発明をしても、日本の特許制度が認めるのは、日本出願の手数料減免と国内での特許取得だけ。外国出願しようと思えば、翻訳料と出願費用等で膨大な出費が必要です。これらの出費と手続きは、低所得者層の個人発明家には無理です。外国出願ができなければ、その特許権の効力は日本国内にしか及ばないので、どんな大発明であっても、日本国内の企業からしか特許収入を得ることしかできず、その費用回収額はほとほとです。出願もしない外国に、無償で発明の開示と利用を提供するようなものです。それは、日本国民の知的創作を保護しないのと同義です。折角、発明を開示しても、保護されない。そんな矛盾を包含しているのです。これは、知的財産立国を標榜する日本国の経済政策の致命的欠陥です。
 今、資本主義経済が飽和し、投下した資本を効果的に回収できない企業での雇用促進は困難な状況です。個人が独立して起業することが求められる時代です。そのような状況下にあって、経済的資産がある企業の特許を優遇し、個人を冷遇する日本国の特許戦略は明らかに欠陥的要素を抱えているのです。それに気づかない国家の目は節穴です。
 今、時代は、個人にこそ向けられるべきだと思うのです。そのための特許戦略が立案されなければならないと思うのです。

追記:Topicsに追加しました。→「新特許戦略の構想」

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