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すったもんだ編
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 [696] ケースI : 部活について
 高校1年生  

私、友達、先輩達


ソリューション データ:
 高校時代にやっていた吹奏楽部で、友達との先輩たちとの関係が複雑化して、悩んだことがあった。
 高校一年の時の二年の先輩方が、学年内で対立がある人たちで、ちょうどコンクールの時期に私が所属していたクラリネットパートの二年生三年生全員をはじめとして、二年生の半数くらいが一気にやめてしまうということがあった。それぞれに悩みがあり、考えもあったし吹奏楽への思い入れもあったが、耐えきれなくなって、ということだった。その頃私は本気で吹奏楽に取り組んでいる先輩方や同学年の友達、先生方と音楽をしていたのが楽しく、その時間が大好きだったので、目標をひとつにしてコンクールに臨めなかったことは本当に悲しかった。
 コンクールが終わって以降は、三年生も引退してしまい、私のパートには一年生二人だけが残った。しかしそれからも、もう一人の一年生が家庭の事情などの理由から学校自体にあまり来なくなってしまい、一年の初めにして私一人になってしまった。その頃から、私は他のパートの一年生と一緒に練習をするようになった。そのおかげで一年生との絆は深めていくきっかけができたのだが、どうしても練習に身が入らなかった。
 冬になると、卒業して就職もしている社会人の先輩方が五人ほど、本人たちの希望と私の練習のために、ということでアンサンブルの時間を設けてくれることになった。しかし当時の私は、初対面の先輩方の中で一年生一人、部活の活動時間外まで一緒にいると云うことが辛かった。そのせいで残っていて部長をやっていた二年の先輩に最終的にイラついたのか当たってしまい、一年が終わると同時くらいに私は部活に行かなくなってしまった。
 それから進級して二年生になって、私はやっぱり吹奏楽をやりたいと思い、定期演奏会に復帰することができた。その頃にはもう一人の同級生も復帰し、後輩もできたので楽しく活動をしていくことができた。

 [695] 仲直りさせる方法
 高校時代  

友達


ソリューション データ:
高校時代、いつ一緒にいた友達同士が喧嘩して、気まずい雰囲気になっていた。どちらに非があるわけでもないのに、お互いに許すことも謝ることもできなかった。
二人に周りの私たちが嫌気がさして、二人を個別に説得させて、時間はかかったが、仲直りすることができた。相手の気持ちをすっきりさせるようにただ、”うんうん”と話を聴いてあげることと、相手の気持ちを損ねないように少しづつ説得することのバランスと説得話を切り込むタイミングが難しかった。

 [692] 友人
 中学生  

友達


ソリューション データ:
中学生の時に仲の良かった友達と喧嘩をした。原因は相手側の誤解だったが当時はそのことを知らず、私自身もそれに対して怒ってしまった。急に話さなくなったので周囲の人が気にかけてくれたりもしたが、お互い仲を戻そうする気はなかった。結局けんかをした時期が悪かったので仲直りをせずにそのまま高校へ進学して関係がよくなることもなく月日が経っていってしまった。あるとき、その友人に道でばったり会ったがお互い目が合ったにもかかわらず、しゃべることもなくその場は終わってしまった。だがこのままではいいのか、一人の人とこの先一生関わらなくなってしまっていいのか、と思うと悲しい気持ちになった。相手の誤解だったが自分から連絡をとり、仲を取り戻そうと考えた。連絡を取ってみると、相手も気になっていたが連絡をとる勇気がなく、ずっと踏みとどまっていたそうだ。その後は誤解がとけ、相手がとても謝ってくれて無事に仲直りすることができた。やはり、誰かと仲が悪くなったままだと気持ちもいい気分ではないので、自分から行動に移すのがいいと思った。

 [691] 喧嘩から気付けたこと
 中学時代  

ソリューション データ:
 私は、中学生の頃に吹奏楽部に所属していた。その頃の友人関係に関する問題について振り返ってみる。
 私は部活で、特に3人の部員と親しくしていた。3人のうち2人が小学生の頃からの友人であったが、中学2年の初冬に、そのうちの1人と冗談交じりの言い争いから喧嘩になってしまった。
 実は私はその子と喧嘩をするのが初めてではなかった。小学生の頃も同じような冗談交じりの言い争いから喧嘩になってしまっていた。私は喧嘩した相手と話しづらくなったり、周りに気を使われるのが嫌いだったため、自分の方に非があるとあまり思わなかったが、すぐに謝って大事になることはなかった。
 しかし今回はすぐに謝ることができなかった。もともと喧嘩に発展してしまった原因が、私の体調が悪いにも関わらず、友人がいつまでも私にたたいたりからかったりしながら構ってきたからである。いつもの自分なら、からかい返したりするが、その時の自分には友人の行為がうるさいと感じてしまった。言い争いになってすぐに部活の休憩時間が終わり、体調の悪かった私はその後早退してしまったため、その日は友人に会うことはなかった。次の日から2ヶ月近く間、その友人と一切会話をしなかった。いつもは親しくしていた4人で登下校をしていたのだが、他の2人はどちらかの味方についたりしたくないという理由で、仲直りするまで一緒に登下校するのはやめると言った。しかし、喧嘩をした相手は無理やり2人と帰って2人を困らせたり、部活の他のメンバーを味方につけ、私の悪口をいったりした。勝手な行為で部員全体を巻き込んだり、誤解でしかない私の悪口を言われるのはとても辛かったし、喧嘩をしていてもその行為は間違いであったと思った。
 その後、他の友人に協力してもらい、喧嘩した友人と話し合うことができた。その時お互いが勝手であったし、これ以上もめても不毛であるということで仲直りした。私はたまに物事をハッキリ言い過ぎてしまう点があり、それが今回の喧嘩につながったと思った。相手は自分の気持ちが高ぶると、周りを見ることができなくなると言った。すぐに謝っていたら自分の悪い点を理解できなかったと思うし、喧嘩中ではあるがしっかり話し合うことができたのはとても良かった。喧嘩自体は辛かったが、今では良い経験だと思っている。

 [689] バレンタインに喧嘩をしたけど…
 中学校  

友達


ソリューション データ:
中1の後半くらいに自分の好きな人が変わって、一番仲良かった子にはそれを言わずにその好きな人にバレンタインチョコをあげたら、次の日にその友達が「何で私に言ってくれなかったの?」でキレられて、それから私の方を見ながら、違う子と笑ってこっちを見たりされてハブられた。そのとき、その友達と交換ノートをやっていたから、向こうから私の下駄箱にそのノートと一緒にふせんで「あなたと私は考え違うから離れよう」と書かれていて、それからいっさい話さなくなった。だけどそういう子に限って3年間クラスが一緒で、2年生のこ頃は一言も話さずに思った。けど3年になって、修学旅行のグループ決めでその友達は、私と同じグループに入りたかったらしく、同じグループになった。でも、グループが同じでもいっさい話しかけてこなくてずっと気まずい雰囲気だった。だから、せっかくの中学の一番の思い出になる行事だったから、私から勇気をふりしぼって話しかけた。話しかけた瞬間はにらまれたけど、ちゃんと気持ちを言ったら、それからまた、その友達と仲良くなった。

 [688] 部活動(バレー部)
 中学校  

先輩、後輩


ソリューション データ:
中学校の部活動ではよくぶつかり合いがありました。学年の中でももちろんありましたが先輩や後輩との間にもありました。先生方とぶつかった理由としては、先輩たちの中では不真面目な人もいたため、私たちは先輩方の練習態度に納得いかなかったからです。そのためミーティングを設けることにしました。それぞれの思いを打ち明けることで学年が違うけれど理解しあえるようになっていきました。また後輩ともぶつかり合いがありました。こも時もミーティングを開き後輩たちの話を聞き私たちの足りない部分しっかり知り、大切なことを後輩に伝えることができたと思います。
またバレーは6人で競技するスポーツなのですが私たちの学年は6人ちょうどでした。しかし私たちの学年のメンバーには不登校の子がいました。今まで一緒に6人で頑張ってきたのだから6人で試合に出たかったのでその子に部活動だけでも出てもらうように声をかけたり、相談室に通ったりしました。その結果、最後の試合も6人全員で出場することが出来ました。声を掛け合いながらともに理解しあえば上手にいくと思いました。

 [687] きちんと伝える大切さ
   

Aさん


ソリューション データ:
私は陸上競技部の長距離に所属しており、同学年の女子は5人で、私は特にAさんと仲が良かった。Aさんとは入部当時から仲が良く、また、陸上に関しては良きライバルでもあった。
私の部活は、毎日練習日記を書き、翌日の朝に部長が部員分の練習日誌を集めて提出しなければならなかった。しかし、顧問からの指示で、部長は部員のノートを1つづつ内容が浅くないかを確認し、内容の薄いものには書き直さなければならなかった。私は部長をしていて、もちろん部員のノートをチェックし、提出していた。仲の良いAは、当時徐々に痩せてきていて、見るからに痩せすぎていた。「もう少し食べたら?」と言ってみても聞く耳を持たず、私は心配していた。なので、私は練習日誌を確認する際に、体重も確認することにした。すると、体重があまりにも少なく、驚きとともにとても心配になった。
聞く耳を持たない彼女をどうすることもできずに、一人で悩んでいたが、ついに別の部員に相談することにした。体重はプライバシーであり、いくら部長で体重を知ることが出来ても、それを他人に漏らすことはいけないことだった。しかし、その時の私は体重の数値に動揺し、プライバシーなど忘れてしまっていたのである。自分も他人に体重を知られたくないのに、私は自分がやられて嫌なことをしてしまったのである。
すると、私の相談を受けた他の部員が、Aさん本人に体重のことを話してしまい、Aさんは私が体重を他人に話したことを知ってしまったのである。私は当時、体重のことを話したことに何とも感じておらず、私の話を聞いたAさんが次の日から口を利いてくれなくなってしまった理由が分からずにいた。急にAさんと関わることがなくなり、話しかけても適当な返事で避けられる日々が続いた。私は訳が分からず、「何かしたのかな?」と悩む日々が続いた。
今までほとんど関わらない日などなかったために1ヶ月くらい続く避けられる日々は、私とAさんとの心の距離を広げ、Aさんに嫌われたくないと思う私はAさんに対してぎこちなくなってしまっていた。
そんな中で、最後の総体が行われた。いつも一緒に会場まで行き、私の付き添いをしてくれていただけに、私はどうしていいのか分からなかったし。こんな状況になってしまったことがとても悲しくなった。総体では、同じ目標に向かって練習してきただけに、応援を通して、競技の日にちが進むにつれて話す機会が増えていった。久しぶりに話せることは私にとってはとても嬉しかった。同時に、やっぱりAさんとずっと仲良くいたいと思うとともに、もう昔のような関係に戻ることは無理なのかとも考えた。そして、Aさんは私よりも先に引退してしまった。
引退した翌日、Aさんが私のクラスに手紙を渡しに来た。手紙には、入学して出会ってからの日々の思い出、私がAさんの体重を他人に話したことに対する思いが何枚にも続いていて、Aさんの素直な気持ちが綴られていた。そして最後には、「B(私)と友達を止めるなんてやっぱり無理だと思ったし、これからもずっとBと仲良くしていきたい。私が体重をばらされたことを忘れればいいかなとも思ったけど、やっぱり私がとても傷ついたことをきちんと知っておいてほしいから手紙にしました。」と書かれていた。私はこの時自分がとんでもないことをしてしまったのだと気づき、泣きながら謝りに行った。そして、私も今まで言わずに抱いていた気持ちをすべて伝えることにしたのである。
こうして今では、「絶交しそうな時もあったよね〜」なんて笑い話になっている。そして、今ではAさんは私にとって何でも話せるとても大切な親友である。この経験を通して、きちんと気持ちを伝えることの大切さを私は学んだ。

 [686] 気にしないことの大切さ
   

ソリューション データ:
私は小学生のとき、近所に住むC子とD子の二人の女の子と仲良くしており、放課後によく三人で遊んでいた。ある日、いつも通り三人で遊ぶ約束をしていた。しかし、C子は私にC子とD子が遊べなくなったと連絡をし、D子に私が遊べなくなったことを伝えた。私以外のC子とD子のふたりきりで遊ぶように仕組んだのである。
当時それは私の母とD子の母の仲が良く、連絡をとりあっていたため発覚した。私にとってもちろんショックだったがその次の日からは今まで通り三人で遊んでいたのであまり気にならなかった。
この出来事を乗り越えられたのは当時あまり深く考えておらず、気にしていなかったからだと思う。

 [685] 中学校での人間関係A
 部活動  

部員


ソリューション データ:
私は中学校の頃ソフトボール部に所属していました。女子だけの部活動で、さらに同期が奇数だったこともあり常に誰かが仲間はずれのような状態でした。今ではとても公開していますが、その当時、私はその矛先が自分に向くことを恐れ止めることができず、それに加担してしまっていました。私は生徒会役員もしていて部活動に遅刻したり欠席したりすることが多かったのですが、初めの頃は2つのことを頑張っていると周りの友人も認めてくれていました。役員として活動し始めて1年が過ぎた頃、部活動に行くことが億劫で生徒会の本当の活動の時以外にも、何かと理由をつけて生徒会室にいることが多くなりました。そのため部活動の遅刻と欠席もかなり増えていました。その頃たまに部活動に行くと、自分が仲間はずれにされているように感じました。それは日に日にエスカレートしていき、私は部活動をやめようかと思っていました。このことを当時信頼していた先生に相談すると、親身に話を聞いてくださり、「勇気をだして話し合いをしてごらん。」と言われました。また、その時の部活の同期のこの中に、それ以前の私と同じように止めることまでは出来ないも積極的には加担していなかった子も協力してくれたのもある話し合いの場をもつことができました。その話し合いにより今までの仲間はずれのようなことは起こらなくなり、全員で引退を迎えることができました。私の所属していたチームはあまり強くなく成績は良いものではありませんでしたが、部活動で過ごした時間には楽しかったことも多くあり仲間の大切さを学びました。そして、自分が仲間外れにされる方の立場を経験してみて、そのようなことはしていけないのはもちろんですが、周りでそのようなことが起きていて止めないのは同罪であって、自分の意思をしっかりもって止める勇気が必要だと改めて感じました。『自分の意思が大切、止める勇気を持つこと』

 [684] 部長と私と
 中学校  

同じ部活の部長


ソリューション データ:
 私は小学校のうちからクラブ活動のようなマーチングバンドに所属していた。そのおかげ、でまじめに物事に向かっていけるようになった。中学生になると、バドミントン部に所属していた友達と、誰よりも真面目に頑張った。真面目さが認められたのか、その子は部長で、私が副部長になることが出来た。
しかし、私にはすぐに人に聞いてしまう癖があったため、部長に頼りきりのところがあった。もともと部長は、一人で抱え込んでしまうところもあったので、一人でなんでもやってしまい、私の意見をあまり聞いてくれなかった。私は頼りなく、よく部長に怒られた。自分が悪いのは充分理解していたが、発言しても意見を聞いてもらえず、大げさかもしれないが自分の副部長としての存在価値が分からなくなった。
 だんだん部活が憂鬱になってしまった。
部活では、部長からあまりよく思われていないと知ったときはとても悲しかった。
学校生活では、同じクラスでよく一緒にいたし、仲良くしていたのに部活では少し嫌いになっていた。
 そのまま私たちは引退した。引退した後に部長から言われた一言が、
「(付き合いも長いし)別に何を言ってもいいと思った」
 であった。当時は、怒りを覚えた一言ではあったが、プラスに考えると、何でも言い合える友達の一人だったのだと思う。
今でも仲良くしているし、ギクシャクすることもなく乗り越えられたと思う。


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