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 [460] 「意思表示をしよう」という母親からのアドバイス
   

ソリューション データ:
私は生まれつき、アトピー性皮膚炎という病気を持っていた。
幼いころ、アトピーの症状が酷くて、周りの友達にからかわれたり、一緒に遊ぶことを拒まれたりしていた経験がある。
友達が遊んでいる中、私が「仲間に入れて」と声をかけても、気付かない振りをしたり「○○ちゃんは肌が汚いからだめ」と言われ、遊びの輪に入れてもらえなかった肌が汚いからだめ」と言われ、遊びの輪に入れてもらえなかった。その度に私はとても心が傷ついてアトピーを治そうと思うのだが、逆に我慢しようと意識すると痒くなってしまい、掻き毟るという悪循環に追われていた。
その友人たちとは関わりたくなくても、親同士のつながりなどもあり、共に過ごす時間が必ずあった。
私が一番傷ついて、今でも覚えている言葉は「あっちに行って、死ね」と言われたことである。
幼かった私の心に深く残った言葉だけだった。
その苦しみから解放されたきっかけは、私が当時の状況に耐えきれずに母親に相談した時に「しっかり意思表示をしよう」と言われたことである。
友達に嫌なことを言われ続けてしまったのは、言われたときに私が黙ってしまって何も言い返せずに、受け止めてしまっていたこと原因の1つでもありと指摘された。
その日から、私は半信半疑ながらも親に指摘されたことを直そうと、その友人たちに自分の考えていること、思ったことを意思表示するようになった。すると、友達が「○○ちゃんって、こんなに明るくて面白い性格だったのね」と言ってくれ、そのから蟠りのようなものが溶けて仲良くなった。今振り返って考えてみると、年を重ねるにつれて、私も友人たちも考え方などが大人になったことも大きいのではないかと思う。この経験から、私は「自分の思っていることや考えを自分の中で飲み込むのではなく、相手に意思表示をすること」の大事さを学ぶことが出来た。

 [458] センター試験の失敗から自分の新たな道を見つけた体験
 高校  

自分


ソリューション データ:
同じ受験に関する体験でも、高校と大学では乗り越えた結果が異なる。大学受験は正直言って失敗であった。センター試験で失敗し、合計点でいつも取れている点数の半分程度しか取れなかった。今まで第一志望にしていた大学はE判定で、ほかに志望していたいくつかの大学もすべてD判定やE判定だった。先生と面談した時も、第一志望や第二志望は難しいため、変えたほうが良いだろうと言われた。絶対に第一志望校に行きたいと思い、一生懸命勉強していたので、悔しさでいっぱいだった。もう一度大学を調べ直して、自分の点数で行きたいところがあるかを調べた。そんな時に見つけたのが、現在通っている、この大学であった。ホームページやパンフレットで学校の教育理念や授業内容、高い国家試験合格率などを見て、この大学の良さを教えてくれ、この大学に行きたいという思いをますます募った、しかし、もともとは私は希望の学部が社会学であった。やりたいことや将来の夢が見つかっておらず、学べる内容が広い社会学なら4年間の学びの中で自分のしたいことが見つかるだろうという理由からであった。元々社会福祉に興味はあったが、この大学は専門的な学習が多く、将来も福祉に関する職にほとんどの人が就いているという点で自分が本当にこの大学でやっていけるのだろうかと不安であった。願書を出すまでにあまり日がなく、限られた時間の中で自分なりによく考えた結果、この大学を受けてみようという結論に至った。そこからは、切り替えて二次試験の勉強を頑張り、無事合格することができた。今では、意識の高い先輩や仲間に囲まれて、充実した毎日を送っており、この大学に入学してよかったと心から思っている。第一志望の大学に行きたくなかったと言ったら嘘になるが、センター試験の失敗で自分の将来への新たな道を見出せたと感じている。現在は社会福祉士になるために日々精進中である。

 [457] 部活動に対する自分の気持ち (高校時代)
   

ソリューション データ:
高校でもバスケットボールを続けた。高校で出会ったチームメイトは、穏やかな性格の人が多く、対立などは起こらなかった。
 毎日、激しい練習をみんなで乗り越えた。しかし高校2年生のとき、足をけがしてしまい、しばらく練習を休まなくてはならなかった。休んでいる間にあった大事な試合に出ることができず、また、同い年や後輩たちはどんどんうまくなり、焦りを感じた。復帰してからも、けがしたところをかばって動くため、全力を出すことができず、メンバーとの距離を感じてしまっていた。そのうちに、今までのやる気が嘘のようになくなってしまい、練習中もつらいと手を抜き、けがを理由に休んでしまったこともあった。頑張りたいのに頑張れない、という状態だった。私は部長でもあったため、みんなの先頭に立って頑張らなくてはとか、試合にスタメンででたいとかも考えていた。しかし、やる気の出ない期間に、自分の今の実力や気持ちを、自分なりに客観的に捉え、焦らずゆっくりでいいから頑張ろうと思えるようになった。そこからは、最後の試合に向けて、メンバーと同じ方向を向いて練習することができた。
 引退してからは、あの時頑張って練習していれば、とやはり後悔してしまったが、やる気の出ない時期を引きずらずに、最後は一生懸命練習をすることができて良かったと思っている。

 [456] バイトを辞めたくなる時期
   

ソリューション データ:
私は、高校二年生の時から飲食店バイトをしていました。初めてのバイトだったのでとても不安であり、未熟ながら一人の社会人として働いて給料をもらうので仕事へのプレッシャーも感じていました。最初の頃は、ミスばかりしていて店長に怒られることもありました。また、バイトの人は大学生がほとんどで少し距離を感じてしまい、、同じ高校生がいなかったことも初めは辛かったです。ですから、仕事でのミスと人間関係から始めてからの2,3か月は、バイトに行くのがとても嫌でした。母にも愚痴を聞いてもらうと、「本当に嫌ならやめなさい。でも、初めはそんなものだから仕事が
なれてくるまでもうちょっと頑張ってみたら」と言ってくれました。行くのもだるくなってしまいましたが、わからないことは教えてもらい、教わったことはすぐにメモを取って少しでもできないことを減らせるようにしました。仕事に慣れてくると接客を楽しむ余裕やバイト仲間の人たちともしゃべれるようになっていきました。
バイトは、とてもいい社会経験だと思います。お金を稼ぐことの大変さや大切さ、社会人としてのわからないこと、できないことは自分で何とかしていかないといけないことをバイトから学ぶことができました。もし、バイトでミスばかりして落ち込んだりしていても個人差はあれ、努力次第でいつかは身につけることができます。また、人間関係も仕事ができるようになって来れば話しやすくなると思います。嫌だな、だるいなと思っていても少し頑張って続けてみてください。もちろん、本当に嫌で強いストレスを感じてしまうのであればバイトはやめてしまってもいいと思います。何事も慣れるまでが勝負だと思います

 [455] きにくわない
 高校  

先生


ソリューション データ:
高校生の時、ずっと部活を続けるかどうか悩んでいた。理由は、試合に出るためには顧問の先生に気に入られなくてはならないという暗黙のルールがあり、それが気にくわなかったからだ。私は、部活内で上手でもないし下手でもないという中途半端な位置にいた。何のために部活をやっているのかわあらなかったし、別に試合に勝っても負けても何とも思わなかった。その話を友人にしたら、彼女も同じ思いを抱いていた。しかし、彼女はあと1年で引退だからそれまで一緒に頑張ろうと励ましてくれた。それからは、ただ自分が楽しめればいいやと思うようになり、彼女と一緒に部活を引退まで続けた。

 [454] 自意識過剰
 自意識過剰なとき  

自分


ソリューション データ:
 私は自意識が過剰すぎるほど過剰だ。電車に追っている時や人ごみの中にいるときには、笑われるのではないか、見られているのではないかと感じ、自分がすることに一つひとつが、他者にどのように思われているのかが気になって仕方ない時がある。しかしある時には、妙な自信に満ち溢れ、何でもできると思っている自分がいる。
 このように私は気持ちの浮き沈みが激しく、未だに自分自身についてよくわからないことのほうが多いが、自意識の過剰さについては、どうにかしたいという思いがある。そのため私は、気分が比較的穏やかなときに過敏な自分を思い返し、なぜそのような精神状態に陥ったのかという原因を考え、あの時の私は自意識過剰だったという自覚を持つことを実践している。自意識過剰な自分を、冷静な自分が客観的に振り返ることで、悩んでいたことが大したことではないと気付くことが出来る。
 自意識過剰ゆえに身動きが取れなくなる状況を打開するためには、その原因となるものを取り除き健全な精神状態を保つことが必要であり、そのような意味では根本的な解決にはなっていないが、自分を客観的に見て問題を把握することは、解決の糸口になると考える。

 [452] あきらめないこと
   

ソリューション データ:
高校時代、人間関係がうまくいかない時や苦手な課題が出された時などに学校に行きたくなくなることがあった。大体そういう時は前日の夜から悩み続けて深夜まで起きているため、朝いつもどおり起きられず寝坊を口実に学校を休むことになる。それが度重なるようになってくると自分に自信がなくなり、更に人間関係に悩むことにつながった。そのような悪循環を意識していたのでなんとか変えたいと思ったが、なかなか変えられなかった。

その後自分について考え続ける中でわかったのは、何かに一回失敗すると深く落胆して再び同じことをしたくなくなるという癖があるということだ。そのため、会いたくない人やしたくないことが増え続けてしまっていた。そこで、失敗してもあきらめずにやりきることを意識して行うようにした。つまり、寝坊しても授業に途中参加することにしたり、仲の良くない人とも話すようにしたりした。するとそれまで悩んでいたことがたいした問題でないと感じるようになり、考え方も変わっていた。今でも、学生だけでなく多くの人にとってあきらめないことは大切なことだと思っている。

 [450] 高校受験であきらめないことの大切さを学んだ体験
 中学時代  

自分


ソリューション データ:
私が部活で得た精神力で諦めずに頑張ったのが高校受験である。私はもともと、最終的に志望校になるT高校よりも一つ下のH高校を目指していたのだが、夏休みに行ったオープンキャンパスがきっかけでT高校にどすしても行きたいと思うようになった。H高校は現在の成績を維持していれば十分に行ける可能性があると言われていたのだが、T高校に行くためにはもう少し頑張らなくてはいけないと担任の先生に言われた。オープンキャンパスに行ったのが夏休みの終わりごろで、それまでは今の成績でH高校に行けるなら大丈夫かなと勉強もそこそこにしかしていなかったため、私の本格的な受験勉強はスタートがかなり遅れてしまった。富山県では公立高校に通うのが一般的で、落ちたら私立高校に行くという感じであったため、落ちて私立高校の制服を着て駅に居るところを絶対に見られたくないという思いから、とにかく毎日必死で勉強した。なかなか思うように成績が伸びず、模試の結果もいつもC判定どまりだった。毎日夜遅くまで勉強し、週に1回家庭教師に来て指導してもらう生活が続いた。結局A判定までとはいかなかったが、先生に恐らく大丈夫だろうという許可をもらい、無事T高校に志願書をだすことができた。倍率が例年の比でないくらいに高く、倍率が出た直後は大泣きした。それでも両親や家庭教師に応援されて絶対に受かるという気持ちを持ち続けて当日まで勉強し続けた。合格発表で自分の番号を見つけたときは本当にうれしく、思わず母と抱き合って喜んだのを覚えている。周りの人に支えられて合格できたとも思っているが、自分があきなければ叶うということを実感した素晴らしい体験だった。

 [449] 最後まで頑張った合唱部
 高校時代  

自分


ソリューション データ:
私は高校時代に合唱部に所属していました。私は音楽が苦手で、入学当初は合唱部に入部する気は一切無かったのですが、音楽の授業で合唱部の顧問の先生に熱心に誘われ、その熱意に負けて、入部しました。入部したのはいいものの、楽譜が全く読めず、歌っても音程が外れてしまい、早々と挫折してしまいました。合唱部に自分がいる意味があるのかと思い悩みましたが、部員皆で心を一つにして歌うことに喜びを感じ、下手でも下手なりに頑張っていこうと思いました。私が一年と二年は、東北大会で金賞を受賞したものの、順位の差により二年連続であと一歩のところで全国大会への出場を逃しました。先輩の悔し涙を見て、絶対に先輩の分まで全国大会に出場して見せると意気込み、より一層練習に励みました。迎えた最後の大会の大舞台で皆と歌い切った後は、達成感と満足感で胸がいっぱいでした。仲間と共に諦めずに最後までやりきることの大切さを実感しました。

 [448] 大学受験の時の話
   

ソリューション データ:
わたしが、高校三年生の大学受験勉強をしている時、自分が今やっている勉強は本当に大切なのか自信がなくなり持てなくなり、勉強が手につかない時期があった。また、この時期の私は全然人を信頼できなくて、なかなか先生にも相談できなかった。しかし、そんな私の様子を気にかけてくれた担任の先生が私の相談にのってくれた。その際、今までの勉強法にアドバイスを史てくれたりして、とても励まされた。また、自分で自分を変えてみようと思い、友達にどうやって勉強しているのかなど科目ごとのアドバイスを聞いて回った。それを境に、わたしはだんだんやる気がでてきて再び勉強に身が入るようになった。自分と同じように悩んでる人がいたら相談にのったこともあった。そして、無事に大学に合格できた。


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