永い闘病生活を終え、本年二月十一日に永眠した母黒部節子を追悼し、故人が残したエッセーを編んでここに遺稿集とした。昭和四十年前後から、約二十年間にわたって、主に地元紙や雑誌に発表したものを収めている。
母は、詩に命をかけて生きた人であったが、詩作の上で主要なモチーフであり続けた故郷の家について回想するエッセーも多く残していて、故人の詩世界を理解する上でも、よき案内になるのではないかと思う。
母の経歴を調査していくうちに、詩にたびたび登場する郷里の実家には、必ずしも幼少時代の多くを過ごしていたわけではないという意外な事実も判明した。生れてから以後は、祖父の仕事の関係で三重県の伊賀上野に住んでいた期間が長く、小学校時代はほぼ東京で過ごしている。戦災のために郷里に帰っていた女学校時代を除けば、母が実際に松阪の実家で生活をしていたのは、夏期休暇や正月など、ごく短い特別の期間にとどまるのではないか。むしろ、各地を転々とする中で、時おり帰省した郷里の記憶が重なって、詩に詠われた家のイメージを形成していったのではないか。
現時点で、母の幼少時代の経歴には不明な点が多く(最初に入った小学校名さえ分かっていない)、今となっては、突然眠りに入っていったあの十九年前の日までに、本人に聞き出しておく機会を逸したことを悔いるばかりだが、今後も調査を続行して、遠からぬ日に完全な年譜を仕上げたいと考えている。
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本書は、T、Uに主に日常近辺に題材をとった随想を、Vに生活の拠点であった岡崎の歴史や風土に題材をとった考証を、Wに自作に関する詩論や故郷の松阪への回想を配して構成し、それぞれはほぼ発表年代順に配列した。Uに納めた短いエッセーはは、葬儀を終えた翌日に実家の祖父のアトリエから偶然発見した朝日新聞掲載のリレー随筆「誕生石」であり、発表されたものとしてはもっとも初期に属す文章ではないかと思われる。
同じ頃に発表しながら現在散逸して見当たらないものや、掲載先の不明なものについては本書への掲載を見合わせざるを得なかった。また同人詩誌に書いた文章や、詩評、未発表エッセーなどは割愛している。表題「遠くのリンゴの木」は、収録した同題のエッセーから採った。
本書を上梓するにあたり、岩月通子さんには編集に関する貴重なご意見をいただいた。深く感謝を申し上げる。また、発行元に「アルファの会」の名をいただいた永谷悠紀子さんと詩誌「アルファ」同人の方々、母を支えたくださった多くの方々にも、心からお礼を申し上げたい。
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