表紙/裏表紙
T
晴着 10
おむすびのこと 12
歩く 17
コーヒー挽きのこと 19
六つめの駅 23
ある記憶 27
シュークリームと私 30
行けなかった画廊 33
二匹と一人 36
つれづれの記 40
花火の思い出 44
絵の好きな少年 48
九月の花嫁 52
匂いをもつ幸福 56
むかで 60
九月のレタス 64
はぎとられた蔦 68
遠くのリンゴの木 71
おやつの思い出 75

U
時間のむだ使い 80
アカシヤ考 82
驚く心 84
贈る 86
卵と次男 88
ある風景 90
コーヒーの味 92
スポーツの楽しみ 94
朝の市 96
ぜいたく 98
小さな出来事 100
顔 102

V
中部の女――岡崎(上) 106
中部の女――岡崎(下) 110
水の行方――浄瑠璃姫譚 
  東海のロマン1 114

六本榎悲話 
  東海のロマン2 122

白糸奇譚(しらいとものがたり)
  東海のロマン3 130

W
ふるさとのお正月 140
雛祭りの思い出 144
ふるさとの味 147
六月のころ 151
私と詩と 155
詩と夢と 160
乗客ひとり 164
おふささんの「ごまどうふ」 168
菊やんの奥さん 172
抽斗のこと 176
言葉が話せない 180
私のふるさとの家 183

黒部節子 年譜 188
あとがき 190
あとがき


 永い闘病生活を終え、本年二月十一日に永眠した母黒部節子を追悼し、故人が残したエッセーを編んでここに遺稿集とした。昭和四十年前後から、約二十年間にわたって、主に地元紙や雑誌に発表したものを収めている。
母は、詩に命をかけて生きた人であったが、詩作の上で主要なモチーフであり続けた故郷の家について回想するエッセーも多く残していて、故人の詩世界を理解する上でも、よき案内になるのではないかと思う。
 母の経歴を調査していくうちに、詩にたびたび登場する郷里の実家には、必ずしも幼少時代の多くを過ごしていたわけではないという意外な事実も判明した。生れてから以後は、祖父の仕事の関係で三重県の伊賀上野に住んでいた期間が長く、小学校時代はほぼ東京で過ごしている。戦災のために郷里に帰っていた女学校時代を除けば、母が実際に松阪の実家で生活をしていたのは、夏期休暇や正月など、ごく短い特別の期間にとどまるのではないか。むしろ、各地を転々とする中で、時おり帰省した郷里の記憶が重なって、詩に詠われた家のイメージを形成していったのではないか。
 現時点で、母の幼少時代の経歴には不明な点が多く(最初に入った小学校名さえ分かっていない)、今となっては、突然眠りに入っていったあの十九年前の日までに、本人に聞き出しておく機会を逸したことを悔いるばかりだが、今後も調査を続行して、遠からぬ日に完全な年譜を仕上げたいと考えている。



  本書は、T、Uに主に日常近辺に題材をとった随想を、Vに生活の拠点であった岡崎の歴史や風土に題材をとった考証を、Wに自作に関する詩論や故郷の松阪への回想を配して構成し、それぞれはほぼ発表年代順に配列した。Uに納めた短いエッセーはは、葬儀を終えた翌日に実家の祖父のアトリエから偶然発見した朝日新聞掲載のリレー随筆「誕生石」であり、発表されたものとしてはもっとも初期に属す文章ではないかと思われる。
同じ頃に発表しながら現在散逸して見当たらないものや、掲載先の不明なものについては本書への掲載を見合わせざるを得なかった。また同人詩誌に書いた文章や、詩評、未発表エッセーなどは割愛している。表題「遠くのリンゴの木」は、収録した同題のエッセーから採った。

 本書を上梓するにあたり、岩月通子さんには編集に関する貴重なご意見をいただいた。深く感謝を申し上げる。また、発行元に「アルファの会」の名をいただいた永谷悠紀子さんと詩誌「アルファ」同人の方々、母を支えたくださった多くの方々にも、心からお礼を申し上げたい。

 

二〇〇四年三月二十五日
遺族代表 黒部晃一