表紙/裏表紙
T
晴着 10
おむすびのこと 12
歩く 17
コーヒー挽きのこと 19
六つめの駅 23
ある記憶 27
シュークリームと私 30
行けなかった画廊 33
二匹と一人 36
つれづれの記 40
花火の思い出 44
絵の好きな少年 48
九月の花嫁 52
匂いをもつ幸福 56
むかで 60
九月のレタス 64
はぎとられた蔦 68
遠くのリンゴの木 71
おやつの思い出 75

U
時間のむだ使い 80
アカシヤ考 82
驚く心 84
贈る 86
卵と次男 88
ある風景 90
コーヒーの味 92
スポーツの楽しみ 94
朝の市 96
ぜいたく 98
小さな出来事 100
顔 102

V
中部の女――岡崎(上) 106
中部の女――岡崎(下) 110
水の行方――浄瑠璃姫譚 
  東海のロマン1 114

六本榎悲話 
  東海のロマン2 122

白糸奇譚(しらいとものがたり)
  東海のロマン3 130

W
ふるさとのお正月 140
雛祭りの思い出 144
ふるさとの味 147
六月のころ 151
私と詩と 155
詩と夢と 160
乗客ひとり 164
おふささんの「ごまどうふ」 168
菊やんの奥さん 172
抽斗のこと 176
言葉が話せない 180
私のふるさとの家 183

黒部節子 年譜 188
あとがき 190
スポーツの楽しみ


 バスの中へ、高校生らしい男子の一団が乗込んできた。手に手に野球のバットと、バッグを持っている。練習試合にでもゆくのだろうか。真黒に日やけした顔。坊主頭。
  楽しそうに談笑しているが、決して不作法ではない。むしろ、くっきりと白い歯がさわやかにさえ感じられる。私はテレビで、新学期早々実力テストを受けているこどもたちの、暗い緊張した顔をみてきたばかりだったので、この印象は新鮮だった。この少年たちは、いわゆる「出来る子」ではないかも知れない。だが、あふれる健康と、何よりも人の和を信じて疑わぬ強いまなざし、それがある。
  適宜のスポーツは、精神に健康を与えるばかりでなく、今の世に欠けがちな、協調と克己の心を養ってくれる。小さな子に、音楽や絵のたのしみを与えるのもいいが、そうしたことに向かない男の子には、スポーツの楽しみを与えてみてはどうだろう。もちろん、これにはある程度の組織がいる。ある雑誌に、おけいこごとの塾は多いのに、スポーツの塾がないのはどうしたことか、という一文があって、男の子を持つ私の関心をかきたてたが、スポーツなんか出来たって――というような考えが、案外一般にあるのかも知れない。


 

(『朝日新聞』63年9月17日)