表紙/裏表紙
T
晴着 10
おむすびのこと 12
歩く 17
コーヒー挽きのこと 19
六つめの駅 23
ある記憶 27
シュークリームと私 30
行けなかった画廊 33
二匹と一人 36
つれづれの記 40
花火の思い出 44
絵の好きな少年 48
九月の花嫁 52
匂いをもつ幸福 56
むかで 60
九月のレタス 64
はぎとられた蔦 68
遠くのリンゴの木 71
おやつの思い出 75

U
時間のむだ使い 80
アカシヤ考 82
驚く心 84
贈る 86
卵と次男 88
ある風景 90
コーヒーの味 92
スポーツの楽しみ 94
朝の市 96
ぜいたく 98
小さな出来事 100
顔 102

V
中部の女――岡崎(上) 106
中部の女――岡崎(下) 110
水の行方――浄瑠璃姫譚 
  東海のロマン1 114

六本榎悲話 
  東海のロマン2 122

白糸奇譚(しらいとものがたり)
  東海のロマン3 130

W
ふるさとのお正月 140
雛祭りの思い出 144
ふるさとの味 147
六月のころ 151
私と詩と 155
詩と夢と 160
乗客ひとり 164
おふささんの「ごまどうふ」 168
菊やんの奥さん 172
抽斗のこと 176
言葉が話せない 180
私のふるさとの家 183

黒部節子 年譜 188
あとがき 190
卵と次男


 五歳の次男。この春、念願の鶏を飼い始めた。二羽のうち、一羽はネコにとられたが、一羽は無事成育して、八月の初めには早くも卵を産むようになった。毎日自分が世話をした鶏の、まだ暖かい、初めての卵を手にした次男の、喜びにはちきれそうな顔。得難いこの一瞬の喜びを、とうとう子どもは自分のものにしたのだ。だが、その卵をいつまでもしまって、なかなか出そうとしない。どうしたのかと聞くと、売るのだという。「売ってもうけるじゃん」と言うのである。
  このようなことは次男に限らない。金銭には淡白なはずの長男も、自分で描いた絵本などを見せにくるたびに「これを出版したら、いくらぐらいになる?」と言う。こんな時、世の母親たちはどのように答えているのだろう。現代っ子だからと、簡単に割切っていいものだろうか。
  私は、子どもが金銭に強くなるのを悪いとは思わない。ただ、お金より価値あるものの存在に、子どもが気づくように仕向けるのが、母親のつとめであると考える。数日後、田舎へ遊びにゆくことになった次男が、おばあちゃんにあげるのだと言って、産みたての卵を紙にくるんで小さな包みをこしらえているのを見た。これでいい、と私は思った。包みを開けて喜ぶおばあちゃんの笑顔が、子どもの心にまた何か一つを加えてくれるに違いない。

 

(『朝日新聞』63年9月2日)