この土地に初めて来た時、珍しく思ったものに朝市がある。住んでずいぶんになるが、いまだに平凡な日常に色どりを添えてくれるものの一つだ。五日に一度ぐらい開かれるが、早朝市の始まりを告げる花火の、景気のいい音をきくと、行くつもりのない人まで何かいそいそした気になる。天気のいい日はなおさらだ。
大通りの両側を白いテントがびっしり並んで歩道はもちろん車道まではみ出した人たちでいっぱい。大抵は子供連れのおかみさんたち、エプロンがけで、古びた乳母車を押してくる人も多い。売っていない品物はない、といってもいいくらいだが、何といっても活気のあるのは季節の野菜と果物の店。安くてとびきり新鮮だ。仕事着のままのおばあさんが、露でそでがぬれるくらい大かかえの菜を値切っている。土だらけのさつまいもがどっさり、鼻たれの赤ん坊と一緒に乳母車にごろごろする。
小ぎれいなスーパーマーケットで、奥様の指輪の手が、しょんぼりしたビニール入りの菜っぱをたった一つよりどるのとは、違うのだ。
この土臭く、野暮ったい、だが健康で見栄張らぬ市のふんいきは、おおらかな昔風を思わせて魅力があるが時と共に失われがちなこうしたならわしが今まで生きのびてきたことには、人々の生活を流れる時間の逞しさを感じるのである。
|