表紙/裏表紙
T
晴着 10
おむすびのこと 12
歩く 17
コーヒー挽きのこと 19
六つめの駅 23
ある記憶 27
シュークリームと私 30
行けなかった画廊 33
二匹と一人 36
つれづれの記 40
花火の思い出 44
絵の好きな少年 48
九月の花嫁 52
匂いをもつ幸福 56
むかで 60
九月のレタス 64
はぎとられた蔦 68
遠くのリンゴの木 71
おやつの思い出 75

U
時間のむだ使い 80
アカシヤ考 82
驚く心 84
贈る 86
卵と次男 88
ある風景 90
コーヒーの味 92
スポーツの楽しみ 94
朝の市 96
ぜいたく 98
小さな出来事 100
顔 102

V
中部の女――岡崎(上) 106
中部の女――岡崎(下) 110
水の行方――浄瑠璃姫譚 
  東海のロマン1 114

六本榎悲話 
  東海のロマン2 122

白糸奇譚(しらいとものがたり)
  東海のロマン3 130

W
ふるさとのお正月 140
雛祭りの思い出 144
ふるさとの味 147
六月のころ 151
私と詩と 155
詩と夢と 160
乗客ひとり 164
おふささんの「ごまどうふ」 168
菊やんの奥さん 172
抽斗のこと 176
言葉が話せない 180
私のふるさとの家 183

黒部節子 年譜 188
あとがき 190
アカシヤ考


 大きな樹はいい。いつ見ても心が豊かになるようだ。田舎育ちの私には、とりわけ木立が恋しく思われる。数年前、畑をならした高台に家を建てたが、植木をいれる余裕もないので、育ちの早いというアカシヤの苗を、近くでとってきて植えた。そのやさしい名前にふさわしい、未知の夢を育てる楽しみもあった。木はどんどん伸びた。
  一年後には人の背を越し、三年目の今日では、七メートルほどの高さに鬱蒼とした葉を茂らせるようになった。そのたくましい成長力には驚いたが、正直いってそれは私の夢とはかなり違っていた。枝葉がもろく、散りやすく、やたらに繁殖する。枝の出方もおよそだらしがなくて始末におえない。一口に言えば樹としての風格がないとでもいおうか。一体に樹には何か超越的なものがあるのだが、この木にはいかにも俗っぽく、人間くさいのであった。あるいはそれは、ブルドーザーで山をならし、見る見るうちに出来上がってしまう当世の住宅には、似つかわしいのかも知れない。
  しかし、この木にも愛すべき所がないわけではない。まず初夏に思いがけず開く白い花房。そして夏になると集ってくるとりどりのちょうや虫たち。夜の風の中のレースのような葉の流れ――。それをみると、とてもきる気にはなれないのである。


 

(『朝日新聞』63年8月13日)