表紙/裏表紙
T
晴着 10
おむすびのこと 12
歩く 17
コーヒー挽きのこと 19
六つめの駅 23
ある記憶 27
シュークリームと私 30
行けなかった画廊 33
二匹と一人 36
つれづれの記 40
花火の思い出 44
絵の好きな少年 48
九月の花嫁 52
匂いをもつ幸福 56
むかで 60
九月のレタス 64
はぎとられた蔦 68
遠くのリンゴの木 71
おやつの思い出 75

U
時間のむだ使い 80
アカシヤ考 82
驚く心 84
贈る 86
卵と次男 88
ある風景 90
コーヒーの味 92
スポーツの楽しみ 94
朝の市 96
ぜいたく 98
小さな出来事 100
顔 102

V
中部の女――岡崎(上) 106
中部の女――岡崎(下) 110
水の行方――浄瑠璃姫譚 
  東海のロマン1 114

六本榎悲話 
  東海のロマン2 122

白糸奇譚(しらいとものがたり)
  東海のロマン3 130

W
ふるさとのお正月 140
雛祭りの思い出 144
ふるさとの味 147
六月のころ 151
私と詩と 155
詩と夢と 160
乗客ひとり 164
おふささんの「ごまどうふ」 168
菊やんの奥さん 172
抽斗のこと 176
言葉が話せない 180
私のふるさとの家 183

黒部節子 年譜 188
あとがき 190
時間のむだ使い


  子供が学校から帰ってくる。おやつもそこそこに、さあ宿題、学習、おけいこと、近ごろの子供は全く時間をムダにするということがない。たまに窓の外に乗りだしていたりしていると、「まだ宿題すんでないんでしょ。なまけてちゃダメじゃないの」「だってお母さん、あそこにトノソマバッタがいるんだもの」「バッタですって? ああ理科で習うんだわね。じゃよく見ときなさい」こういうのも、近ごろでは笑い話にもならない。子供を遊ばせておくのはもったないから、ピアノを習わせるというのなぞは、至極当りまえのようだ。
  時間をムダにしない習慣を養うのは、いいことだ。だが何もかも、ただ目先の有意義にのみ捕われているような生活は、一見充実しているように見えるが、何とも味けない。子供はちゃんと銘打った額縁つきの時間よりも、むしろ一見無益な時間の中から大切な心の栄養を吸いとってゆく。窓の外の樹を見ている時間、道くさをしている時間、古いがらくたをごそごそとかき回しているような時間に。
  夏休みも、あまり立派なスケジュールで生活表を一ぱいにしないように。子供だけの、自由なむだ使いの時間をたっぷり与えてやろう。大人になってからは、いくら望んでも、もうとてもそんなことはできないのだから。

 

(『朝日新聞』63年8月5日)