表紙/裏表紙
T
晴着 10
おむすびのこと 12
歩く 17
コーヒー挽きのこと 19
六つめの駅 23
ある記憶 27
シュークリームと私 30
行けなかった画廊 33
二匹と一人 36
つれづれの記 40
花火の思い出 44
絵の好きな少年 48
九月の花嫁 52
匂いをもつ幸福 56
むかで 60
九月のレタス 64
はぎとられた蔦 68
遠くのリンゴの木 71
おやつの思い出 75

U
時間のむだ使い 80
アカシヤ考 82
驚く心 84
贈る 86
卵と次男 88
ある風景 90
コーヒーの味 92
スポーツの楽しみ 94
朝の市 96
ぜいたく 98
小さな出来事 100
顔 102

V
中部の女――岡崎(上) 106
中部の女――岡崎(下) 110
水の行方――浄瑠璃姫譚 
  東海のロマン1 114

六本榎悲話 
  東海のロマン2 122

白糸奇譚(しらいとものがたり)
  東海のロマン3 130

W
ふるさとのお正月 140
雛祭りの思い出 144
ふるさとの味 147
六月のころ 151
私と詩と 155
詩と夢と 160
乗客ひとり 164
おふささんの「ごまどうふ」 168
菊やんの奥さん 172
抽斗のこと 176
言葉が話せない 180
私のふるさとの家 183

黒部節子 年譜 188
あとがき 190
驚く心


 ――秋来ぬと 目にはさやかに見えぬども 風の音にぞ おどろかれぬる――この「驚く」は、普通「気がつく」と、訳されているが、そのままの意味にとっても、あながちマトはずれではないと思う。風の中に、秋の気配をとらえて感動している古人の心が、生き生きと伝わるようで、その悠揚としてみやびな暮しのさまがゆかしくうらやましくさえ思われる。詩の心とは、つまり驚く心なのであろう。
  子どもにとっては、その生活の何もかもが驚きである。すべてが新しい世界の発見であり、それはそのまま詩の世界につながっているといえる。だが、大人たちは驚きというものを忘れてしまいがちだ。とりわけ近ごろでは、人は容易に物に動じなくなった。毎日のように、紙上を埋めるむごたらしい事件にもさほど驚かなくなったし、社会のいろいろな不合理、不自然にも、いつのまにか慣れっこになってしまった。まして、秋の風だの、つまらない花の風情だのに、いちいち心を動かされているような神経ではこの世は渡れぬと、いわれるかも知れない。けれども、本当は「驚く心」とは、決して弱い心ではないのだ。それは常に新しい世界に向って開いている、強く、若い心なのである。

 

(『朝日新聞』63年8月20日))