表紙/裏表紙
T
晴着 10
おむすびのこと 12
歩く 17
コーヒー挽きのこと 19
六つめの駅 23
ある記憶 27
シュークリームと私 30
行けなかった画廊 33
二匹と一人 36
つれづれの記 40
花火の思い出 44
絵の好きな少年 48
九月の花嫁 52
匂いをもつ幸福 56
むかで 60
九月のレタス 64
はぎとられた蔦 68
遠くのリンゴの木 71
おやつの思い出 75

U
時間のむだ使い 80
アカシヤ考 82
驚く心 84
贈る 86
卵と次男 88
ある風景 90
コーヒーの味 92
スポーツの楽しみ 94
朝の市 96
ぜいたく 98
小さな出来事 100
顔 102

V
中部の女――岡崎(上) 106
中部の女――岡崎(下) 110
水の行方――浄瑠璃姫譚 
  東海のロマン1 114

六本榎悲話 
  東海のロマン2 122

白糸奇譚(しらいとものがたり)
  東海のロマン3 130

W
ふるさとのお正月 140
雛祭りの思い出 144
ふるさとの味 147
六月のころ 151
私と詩と 155
詩と夢と 160
乗客ひとり 164
おふささんの「ごまどうふ」 168
菊やんの奥さん 172
抽斗のこと 176
言葉が話せない 180
私のふるさとの家 183

黒部節子 年譜 188
あとがき 190
二匹と一人


 日曜日の朝、陽のあたる縁先に机を持ち出して、雑誌を拾い読みしていると、急に部屋のすみで奇妙な音がした。
  家にいるシャム猫が二匹、急に今までねむっていた椅子の上から起き出して、外に向かって非常に高い、さえずるような声を出しているのである。
  見るとガラス越しに、太ったムクドリが一羽、群れをはずれてのか芝生の上をトコトコ歩いている。ときどき立止まっては、不安そうにあたりを見まわして。そのうちに彼らの異常な声に気がついたのだろうか、ムクドリはぴぴっと灰色の羽を震わせて飛び上がると、あっというまにいなくなってしまった。
  猫は二匹とも、また椅子の上にねそべっている。どちらかがそのそらいろの透き通った眼をあけてこちらを見たが、またすぐに閉じた。今起こったことなど、もうさっぱり知らん顔で。
  この猫たちは、牝同士の親子である。体はいくらか子の方が大きいが、その姿といい、顔つきといい、外の人が見ればわからない程似ている。最初の一匹は私の友だちが生後一ヶ月くらいたったのをつれてきた。ちょうど病気上がりだった私が、生き物を飼うのがなんとなく面倒くさくて躊躇しているのを、
  「飼ってごらんよ。ひと月もたったら猫なしではおれないから」
とか何とか、勝手なことをいって置いていったのだが、いつなまにかそれから四年になる。
  「猫なしでおられない」かどうかはわからないけれど、二匹のほかにこの面倒くさがりのおばさんが一人、昼間の気ままなときをそれぞれが好き勝手なことをして、結構楽しくやっている。
  二匹はすこぶる仲がいい。むろんけんかをするときもあるがほんのいっときで、庭で遊んだ後はたいていいっしょに絡まってねている。時には長椅子の上にねそべっている私の足もいっしょに絡まっていることもあって、そんなときなるべく動かないようにそっとしているのはやっぱり友情なのだろうか。


  ところで、四年も飼っていると、いくらぼんやりの私でも二匹の性質、というより親猫と子猫のそれの違いがわかってくるようだ。
  たとえば食事の時間がくると親は鼻をすりよせてしきりに寄ってくるが先にはたべない。まず、子猫を探しにゆくのである。子猫がやってきてたべる間、じっと待っている。少し離れて、なぜか横を向いて。子猫が満足して離れるとようやく側へいってたべ出す。好きなお菜がほとんどなくなっている時もあるが、別に催促するわけでもない。らだその時は私の方をじっと見る。その目つきはなんといえばよいのか、哀れみをこうというのでもなく、ただ私の方を上目遣いにじっ、と見るのである。
  この親の初めの方の動作はむろん本能によるものだろう。しかし後の動作についてはよくわからない。案外、覚めた心で、私たちの胸の内をおし計っているのかもしれない。それともそれぞれの性格の違いによるものか。一体に親猫の方がおっとりしているようだ。人に抱かれるとき決して爪を立てたりしないし、戸を開けるにしても、子猫が勢いよくガラッとやるのに対し、親は遠慮して最小の寸法をあけるだけなのである
  と、ここまで考えてきたら、また猫があの奇妙な声を出しはじめた。いるいる。今度はムクドリが二羽、太ったのと少し細いめのが。芝生の上で何かつついている。やがて親猫の方も例の声で合唱し出した。「鳥、鳥!」といっているのだろうか。私も側へいって、出来るだけ猫のまねをして高い声を出してみせた。
  すると二匹は一斉に声をあげるのを止めて、こちらを見つめた。「おばさん、何言ってるの」とでもいうように。
  急に二匹から疎外しれてしまった私。彼らの透き通った青い眼は、やはり動物の世界のもののようである。

(『中日新聞』77年1月6日)