表紙/裏表紙
T
晴着 10
おむすびのこと 12
歩く 17
コーヒー挽きのこと 19
六つめの駅 23
ある記憶 27
シュークリームと私 30
行けなかった画廊 33
二匹と一人 36
つれづれの記 40
花火の思い出 44
絵の好きな少年 48
九月の花嫁 52
匂いをもつ幸福 56
むかで 60
九月のレタス 64
はぎとられた蔦 68
遠くのリンゴの木 71
おやつの思い出 75

U
時間のむだ使い 80
アカシヤ考 82
驚く心 84
贈る 86
卵と次男 88
ある風景 90
コーヒーの味 92
スポーツの楽しみ 94
朝の市 96
ぜいたく 98
小さな出来事 100
顔 102

V
中部の女――岡崎(上) 106
中部の女――岡崎(下) 110
水の行方――浄瑠璃姫譚 
  東海のロマン1 114

六本榎悲話 
  東海のロマン2 122

白糸奇譚(しらいとものがたり)
  東海のロマン3 130

W
ふるさとのお正月 140
雛祭りの思い出 144
ふるさとの味 147
六月のころ 151
私と詩と 155
詩と夢と 160
乗客ひとり 164
おふささんの「ごまどうふ」 168
菊やんの奥さん 172
抽斗のこと 176
言葉が話せない 180
私のふるさとの家 183

黒部節子 年譜 188
あとがき 190
贈る


 この春、さる縁があって、アメリカの一青年が二、三日わが家に滞在した。友人たちへのみやげに日本画を求めたいと言うので、彼の予算に合うようにとデパートの色紙売場へ連れていった。彼はそこで長い時間かかって、たくさんの色紙を選んでいたが、驚いたのは、彼が一枚々々の絵を友人たちの部屋や調度の色に合わせて、選んでいたことであった。だれそれの部屋の壁はグリーンだから、萌黄(もえぎ)色の若葉の絵を、だれそれのセットは茶系統だから渋い水墨画を、といった調子である。絵画をこのような基準で選択することの是非はさておき、物を贈ることに対する青年の心情の細やかさには感じさせられるものがあった。
  最近、本国へ帰った彼から、礼状と共に数枚のステレオ盤が送られてきた。彼は、私のあまり豊かとは言えぬコレクションの中身を覚えていて、私の好きそうな、しかも私の持っていないものを選んでくれたのである。そしてそれは、何の飾りもない無造作な包装に象徴されるようななにげなさで、私の心に届いたのであった。
  今年も贈り物の季節になった。人に品物を贈るのはたやすいが、真心を贈るのはむずかしい。だがその尊さを物質文明の極と言われる国の人に教えられるとは皮肉である。

 

(『朝日新聞』63年8月27日)