[96] メモリーズ
ソリューション データ: 両親の仲が最近よくなくて、離婚までは発展しないけれど、お互いかけ合って 互いの悪口を言い合ってている状況がありました。しかし、私から両親に対する。今までの思いを本番で手紙につづったり、母から父へちょっとしたプレゼントと本音の手紙を書くことによって、夫婦感の緊張が解けました。
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[95] 工夫や努力によって解消した出来事。
ソリューション データ: 私の家族は父親との関係がうまくいっていません。父親以外の家族は上手くいっているのですが、父親は、独占欲が強く、自分の思い通りにいかなかったり、自分が家族の中で知らないことがあるとすぐ怒って、家族の悪口を言ったり、ふてくされて、空気を悪くするので、父を受け入れられません。いつも、私たちは父の態度に困っていますが、最近、何事も些細なことでも父に言うようにしたら、少し関係はよくなりました。「今日はここへいった」とか、「こんなことがあった」と話したり、「この日が予定があるから家にいない」とかを前もって伝えておくと、父親は怒ることが少なくなりました。いちいち話すのは面倒ですが、話すだけで、何日も家族の空気が悪くなるよりはいいのかもしれないと考えています。参考にならなかったらすいません。
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[93] 母へ手紙を書いたことでケンカが減った例
中学3年生
母
ソリューション データ: 中学3年生のとき、部活が忙しく受験勉強もありイライラしていて母とケンカをすることが多々ありました。一方的に口をきかない状態で、家族から孤立したような状態でした。
受験も終わり、卒業式を迎えるころ、部活の顧問の先生に「親に手紙を書いて卒業式の日に渡して来い」と言われました。
決して強制だったわけではなかったのですが、卒業式を間近に迎えて冷静になり、書いてみることにしました。
卒業式当日、直接渡すのはやはり恥ずかしかったので、玄関に置いて家を出ました。
私も母親も恥ずかしがって普段あまり感謝の気持ちを言ったりしない関係でしたが、その日の夜は「手紙ありがとう。嬉しかったよ」と言ってくれました。
ささいなことでしたが、それからはあまりケンカをすることはなくなりました。普段絶対に言えないことでも、手紙だったら少しは言いやすくなるし、素直になれるかなと思います。
キーワード: 母への手紙
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[92] 母の再婚による環境の激変
中学・高校
家族、義父、友達
ソリューション データ: 中学校と高校の環境の違いに悩んでいた。 親が離婚して、高校から新しい父親と一緒に住むことになった。 新しい父親から虐待とか暴力とかはされないし、 むしろ優しかったけど、どうしても自分の中で新しい環境を受け入れる ことができなかった。新しい名字が珍しくて、みんなに名前が読んでもらえず、 いままで平凡などこにでもあるような名字で生きてきた私にとっては、 そんな変な名前嫌だと思い、とても辛かった。 中学の時は明るくリーダーシップもとれた自分だったけど 元々自分の素を出すのが苦手で、本当の自分を出したら周りに嫌われるんじゃないかとか、 こんなこと言ったらうざがられるかなとか、そんなことばかり気にしてしまって、高校生活の友達づきあいもはじめは辛いものでしかなかった。 引越し先の地元の高校に通わなかったので新しい家の近くの友達もできず、どこにも誰にも素が出せなくて毎日中学に戻りたいとばかり思って泣いていた。 なにもかもうまくいかなくて死にたいとまで思い家族に相談しても、おじいちゃんにもおばあちゃんにもお母さんにも死にたいなら死ねばいいとか邪魔だから来ないでなどとしか言われなかった。 悩んで泣いて毎日辛くて、まわりの子には温かい家族がいて、途中で親が変わったりなんてしないのに、何で私だけこんな目にあわなきゃいけないんだろう、何で私だけこんな辛いんだろうとずっと思っていた。 けどそんな時、嫌われていると思っていた友達から心配のメールや、携帯のブログへの書き込みなどを見てすごく救われた。 中学の時の先生や、高校の担任、カウンセラーの先生など本当にたくさんの人に話しを聞いてもらってたくさんのアドバイスをもらった。
たくさん辛い思いをしたぶんだけ、その人生には価値がある。 悩めば悩んだぶん、辛ければ辛かったぶんだけ、 ちょっとやそっとのことでは折れなくなるし、強くなれるとおもう。 一度どん底まで落ちれば、もうあとは上がるしかないわけだから、 今の辛いことはずっと続かない。 人生は宝探しのようなもので、旅(人生)が辛いからもうそこで宝(幸せ)探しなんか やめてしまおうと思えばいつでもやめれるし、 宝物には出会えないままもうそこで旅は終わってしまうけど、 ねばって諦めないで旅を続ければその少し先に素晴らしい 宝物が待っているかもしれない。 だから私はあともう少しだけ頑張ろう、もう少し頑張ろうと思って ここまで来れたんだと思う。 あの時はこんなに辛かったなあ、今ではいい思い出だな、とまで 思えるようになった。
言葉で言わないと伝わらないことはたくさんあって 自分だけで抱え込んでいてもなんの解決にもならない時がたくさんある。 自分の、自分にしかわからない自分だけの思いがあるように まわりの人もたくさんの思いを持っているから 辛いときは誰でもいいから相談するといいと思う。 自分ひとりでは気付くことのできなかった考えや気持ちがきっと知ることができる。 その時なにか新しい考えとか思いとか、なんでもいいから素晴らしいなにかに出会えたなら、 それは自分の一生の宝物になる。 この先またどん底に落ちたりしてどんなに辛かったとしても、 絶対にその辛さは永遠じゃなくて、乗り越えることができるから、 このすごく苦しい状況をどう乗り越えるのか、未来の自分に期待して 生きていこうと思う。 こんなふうに思えたのも私の悩みを真剣に聞いてくれたたくさんの方々のおかげだと思っています。皆様に本当に感謝しています。私を支えてくれた全ての方々、私の一生の恩人です。本当に本当にありがとうございました。
キーワード: 親の離婚、義父との折り合い、友達付き合い
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[91] 携帯電話が止められたことがきっかけで自立できた一例
高校生の時
親
ソリューション データ: 私の親はとにかく心配性で過保護である。友達の家に泊まりに行くのも、遊びに行くだけでも事細かに詳細を聞かなければ納得しない。高校前半まではまだ我慢できたが、さすがに高校後半に入り、私も爆発してしまった。無断外泊・家出をたて続けにした結果、親に暴力までふるわれたが、それでもいいと思った。正直縛られ続けるのはもう沢山だったしもう一人前として見てほしかった。 しかし、携帯電話が止められたことをきっかけに家に帰り親と話をする席についた。「別に人に迷惑をかけることなんてしていない。ただもう自分の生活を自分の足でしっかり歩いてつくっていきたい」という気持ちを正直に話し理解してもらい、私も無断外泊などはせず連絡の一報をいれるという約束をしてこの問題はおさまった。 この事件をきっかけに親は完全に私達子ども(下に妹がいる)と自立した。今では私ももう就職が決まり一段落ついたので、夫婦で毎週ゴルフや旅行に出かけ楽しんでいる。
キーワード: ・携帯 ・正直に話す
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[90] 夫に挨拶をすることで心が開けた例
出産後1年間
ソリューション データ: 夫の仕事が転勤になり、生まれ育ったA市を初めて離れ、B市に移りました。当時子どもは4歳、1歳、1歳の男の子3人でした。私は双子を出産後もフルタイムで働き、復帰してやっと仕事が軌道にのってきた矢先でした。私は勤続18年、夫は13年、給料も同じくらいなのになぜ私がやめなくてはならないのか、そんな気持ちがありましたが、単身赴任もむずかしく退職して引越しました。慣れない土地で、まだ歩けない双子をかかえ、友達もいなくて苦しい日々でした。怒る気持ちは夫に向けるしかなく、また育児の大変さもあり夫の食事もつくることができず、気がついたら挨拶も交わしていませんでした。 少し育児が楽になった1年後にふと気づきました、「おはよう」の挨拶もしていないと。そこから心がけて、挨拶をするようにしました。すると自分の気持ちもほぐれてきて、やり場のない気持ちも少しずつ夫に話せるようになりました。夫は仕事が忙しく、育児の協力はあまり得られませんでしたが、声をかけてくれる様になりました。そして私も気づきました。夕食を文句も言わずに弁当を買ってきて食べていた夫もつらかったんだろうと。育児が楽になるにつれ、自分の仕事を失った苦しみ等の気持ちも整理できるようになりました。夫と会話することによりコミュニケーションもとれるようになりました。自分が閉ざしていると相手も心を閉ざすということに気づきました。今では、B市の生活を楽しみ、前向きに生きています。
キーワード: ・挨拶 ・転勤 ・コミュニケーション
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[89] 母のことを大切にしていることを伝えることで、母の更年期障害が回復した一例
更年期障害の母親
ソリューション データ: 友人Aのお母さんが、更年期障害で鬱症状となったときのことです。友人Aとその家族、お母さんの友達、友人Aの友達と広範囲の人達でお母さんのグチや悩みの話しの中で、お母さんの言動を否定せずにただ話しを聞いたり、そうだねと同調するように努めた。また、その人達でお母さんを気分転換に旅行に連れ出したり、毎日のウォーキングにつきあったりして、お母さんの大切にしていることを分かってもらうよう、手の空いている人がお母さんと関わるようにした。そうすることでお母さんの周囲に更年期に関する話が入るようになり、お母さんだけがそうじゃなく同世代の人が同じ悩みを抱えているんだということが分かり、少しずつ落ちつきを取り戻した。今では、かなり回復しお母さんは人生をエンジョイしている。
キーワード: ・共感 ・周囲の人たちの関わり
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[88] 時間が解決してくれた問題
結婚・出産後・子供の幼稚園時代
ソリューション データ: 私の今までの人生を振り返り、「あのときはちょっとあぶなかったなぁ」と思う転機が3回ほどある。結婚、出産、子どもの幼稚園時代である。幸い身内の不幸も大病もなく、変化の少ない人生を送ってきているが、後から考えるとその3回は少しおかしくなっていた。 どう乗り越えたか…は、とにかく毎日がんばって生活し時間が解決したこと、夫にすべてぶちまけたことにある。夫にグチを言いながら時が流れ、その状態が消滅した。 こんな当たり前のことにくじける自分が嫌でみとめたくなかったせいか、悪い状態がなくなった後に円形脱毛になったりした。が、「まぁ今は前よりは良い状態だからハゲも治るだろうね」と自分で考え、実際にすぐ治った。 変化が好きではないので、結婚も出産(後の子育て)も最初はオタオタするが、慣れてそれが当たり前になるとストレスは軽減するようだ。子どもの幼稚園のお付き合いには慣れなかったが、卒園するという形でなくなった。 「時間が解決する」というのは大きいものだなぁと思っている。
キーワード: ・時間 ・夫に愚痴を言う
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[87] 1人で悩みを抱えている人に私ができること
悩みを抱えている人
ソリューション データ: 1人で悩みを抱えている人がいることに気づいた時、私は次のことをします。 ・ハグ ・その人の気持ちを今すぐその場で受け止める ハグは非常に有効的で言葉がいらないので、年齢を問わず、言葉が話せない・文字が書けない等の言語障害も問いません。私が女性であることもいいのか、男女関係なく受け入れてもらうことができます。特に、落ちついてもらいたいとき素晴らしい効果を発揮します。 気持ちは移り変わりので、「今」「すぐ」「その場」が大切です。これも、落ちついてもらいたいときに有効です。 これは、母が鬱になったときに自分で思いついた方法で、家族以外の人にも効果があります。ハグは男性に対してはいやらしい関係にはならないよう注意が大切です。
キーワード: ・ハグ ・受け止める
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[86] 自分のことを理解することで母の言動が気にならなくなった例
ソリューション データ: 私の母は、周りの人間にとにかく威圧的であり、特に肉親である私や母の実の妹にたいしては全ての事柄に対して、いつも母の「イエスマン」であることを教養した。子どものころは、これが当たり前と思っていたが思春期以降は理不尽に思え、いつも母のことを重く感じていた。カウンセリングの勉強をはじめ、自分自身について掘り下げて考える機会を持つことで、以前よりも自分を理解できるようになった。「人の話を全てまともに受け取り、常に人に良く思われたい、自分を過小評価しがち」などの特徴に気づいた。自己理解によって、「自分は自分」と意識するようになり、母の言動がさほど気にならなくなった。それにより、とても穏やかな気持ちで過ごすことができるようになった。
キーワード: 自己理解 イエスマン
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