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 [196] 姉の問題
   

ソリューション データ:
姉が高校二年のときに、突然部活に出なくなり、まっすぐ帰ってきてしまっていた。
家の中でも元気がない様子だった。特に家族はそのことに対して姉に問い詰めることをしなかった。
そして何日かごに、姉から家族にあてた手紙を渡され部活でいろいろ問題があったこと、今はそっとしていてほしいことなどといった内容が書かれていたので、特に何もすることなく見守ることにしていた。その後、自然に姉は元気になって部活動にも参加するようになった。

 [194] 一石二鳥
   

ソリューション データ:
姉が病気になって入院することになったとき、家族にほとんど相手にしてもらえず、つらかったけど、そのとき受験生だったのでストレスを勉強にぶつけ、勉強を一生懸命やった。
成績が上がれば親にもかまってもらえたし、その結果受験も合格できたので、一石二鳥でよかったと思った。

 [193] 兄と両親のすれ違い・・・。
   

ソリューション データ:
実家の離れてしまった。私と兄は東京と北海道という真逆のところに行ってしまい、実家には両親だけになってしまいました。そんな兄も今年就職活動は始めましたが、両親の理想とはかけ離れた希望職種でした。そこで兄と両親が喧嘩してしまい私が両方から挟み撃ちになってしまいします。
そのとき、私は母と休みを使って兄のところに会いに行き、お互いに話の食い違いいや、まだ話せていなかったことを話し合ってもらいました。
一日という短い時間での話し合いに、一度では埋まりきらなかった溝も両親と兄の間に入りお互いの気持ちをメールで私が伝えていき、やっと兄の気持ちを理解してくれるまでになりました。
その時に感じたのはお互いに気持ちを伝えずに今まで入ってきていた情報で解釈してしまっていた事と、自分の心情の変化の過程を伝えてもいないのに全て理解してくれているという間違いがここまで大きな者になってしまったのだと思いました。伝えたいことは言葉で言うのが一番だとそのとき改めて感じました。

 [191] 家族のコミュニケーション
   

両親


ソリューション データ:
私の家では父親が仕事で忙しく、ほとんど家にいないため、小さいころから母親と過ごす時間がほとんどだった。そのため母親はしつけ、行儀、生活に関して厳しく、20歳を越えてもその厳しさは変わらなかった。
私が家を出たいといった時も、母親は“家族”という形にこだわって、許してくれることはなかった。私はどうしていいか分からなくなり、普段から顔を合わせることも会話することもない父だったが、思い切って相談に行ってみた。
すると、父は意外にも自分がいつも家にいないこと、私たちに何もできなかったことを謝ってくれた。母に対しても、一家を守る責任を背負わせてしまって申し訳ない、と謝った。
そして家族みんなで顔を合わせ、話し合いの場を作った。日ごろの不満や、自分が自由に動きたかったことも母に伝えることができた。それ以降、以前よりも家族の仲が深まったように思う。

キーワード:
仕事が忙しい 家族 話し合い 厳しい

 [189] お見舞い
   

祖母 母


ソリューション データ:
 私の父と母が他の家族からあまり祝福されずに結婚したため結婚後、私の家族と母方の家族は疎遠であった。
 母の母(私の祖母)が病気にかかり、私の家族は毎週のように病院へお見舞いに行った。
 すると祖母と母は自然とわだかまりがなくなり、ある時今まで悪かったという気持ちを言ってくれたという。
 どちらも気を張って、本当の気持ちを伝えずにいたところに、祖母の病が発覚し母が気を張るのをやめて歩み寄ったことで解決できたのだと思う。

 [188] 転勤族のメリット
 学生時代  

家族


ソリューション データ:
私の家は転勤族で、幼稚園の時は1人か2人しか友達がいなかったような気がします。人見知りでした。
しかしその後数回にわたって引越しをすると、各地でたくさんの友達ができ、とても楽しく過ごすことができました。
その分関係は浅く、今もその感じはありますが、高校で3年間続けた部活では、今でも関係が続くくらい深い関係の友達ができました。辛い部活を3年間一緒に歩んだからだと思います。
転勤族であったメリットは、各地で様々な友達ができたことでしたが、その分関係は浅かったです。
しかし、新しい土地で新しい友達を作る大変さや苦しさを知るいい経験ができました。
特別努力したことはあまりありませんが、笑うようにはしていました。
あと、きっとこの経験を乗り越えられた理由の一つに同じ経験をした二人の姉の存在が大きかったことが挙げられます。

キーワード:
転勤族 人見知り 部活

 [187] 私の母方の祖父母は、
   

祖父母


ソリューション データ:
私の母方の祖父母は、母が若いころから不仲でしたが、私が同居することになってから、取り繕って、それほど不仲に見えませんでした。しかし、ある日やはりケンカをし、その日から祖父は祖母のつくったごはんをたべずコンビニ弁当政界をしていました。四月ごろになり、母は、自分も同居すれば仲が戻ると考え、2世帯住宅を建てる話しを持ちかけました。祖父は乗り気でしたが、その祖父に反発して祖母は嫌がりました。税金が上がるとかで、急いでいて、今日、どうするか決めようという話になったようで、家に帰ると大変なさわぎになっていました。
私もそこに加わり、祖父と祖母は、ほんとにささいな事でもめあっていて、その積ねでお互いいがみあっていて、お互い悪いでしょ。どっちも悪いわけでもないかもしれないけど。という態度で話をし、孫という立場を使って、子供のケンカじゃないんだから、今日からスタートってことで、お互い気遣ってくれませんか。とお願いをしました。お互い家庭内別居状態でしたが数カ月は私が家に長くいるようにして、見張りながら、一緒にいて、会話をする時間を増やした所、最近は、普通にケンカをし、仲直りをし、食事をし、、、という感じです。
年季が入っている分、スッキリとはいきませんが、良かったと思っています。

 [186] 親戚のおじの話
   

ソリューション データ:
若い頃、おじは手をつけられない位の悪で、借金の取り立てを行ったり、暴力団にも一時期入っていたそうです。そんな時は、ふらりと立ち寄った教会での眩しさとの出会いが足を洗うきっかけとなり、顔(表情)も当時の顔とまるきっり違う位優しい顔つきになり、真面目に会社員として働いています。今では
柔軟なクリスチャンです。

 [182] 人の良い面、悪い面A
   

ソリューション データ:
私の父は厳しくわがままな人という印象を子供の頃から持っており、母を批判したりしていたので、母・姉・自分・妹などみな父が嫌いでした。
それがずっと続いていましたが、私が高校生くらいになっていろいろとほしいと思う電化製品など、高価なものが増え、欲望のままにケチな母親では無理だと思い、父に話してみた処、買ってもらえました。
このことから、父を見る目が変わってきて、父と何となくうまくいくようになりました。
人間には良い面と悪い面があり、私は父の悪い面ばかりにスポットを当てて見ていたのだと思いました。
いい面を一つ見つけることにより、より良い面に注目がいくようになったのだと思います。
心理学的には対人知覚が、ステレオタイプのものであったものが、主観的考えにより変化したものであると示唆されます。

 [181] 私は高校時代
   


ソリューション データ:
私は高校時代、あまり父と話をしていませんでした。何を話せば良いかわからなかったし、話したいと思うことがなかったからです。でも、大雨が降った時に学校まで迎えに来てくれて、その車の中で話してから、普段もだんだんと会話が増えていくようになりました。だから、思いやりとか優しさというのは大切だなぁと感じました。

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