ポートルイス(モーリシャス)、トゥアマシナ(マダガスカル)

2023年1月1日(日)18日目 赤道通過  

まゆちゃん:隔離3日目

まゆちゃんは、食欲はあって元気。朝の6時頃と夜の7時半頃になると、遠くからコーランが聞こえてくる。何ともロマンチックで素敵な雰囲気です。今日は、1月1日です。本来ならおご馳走を食べているはずですが、マーレの質素な食事をいただいています。身体を動かさないので、これくらいの食事で十分です。太らなくて良いかも⁉

朝食

昼食

夕食

ようちゃん:軟禁2日目

にっぽん丸はモリディブ沖を出港して、モーリシャスに向かっています(右)。もうすぐインド洋の赤道を横切って南半球に入ります。赤道に到達したのは 11時27分25秒。この後、にっぽん丸は赤道の真上を西に向けてしばらく航行しました。

にっぽん丸の現在位置

午後に看護師が抗原検査のために部屋に来ました。鼻の中に綿棒を入れて検体を採取し持帰りました。で、抗原検査1回目は、陰性でした。

夕食には、二段の重箱に入ったおせち料理をクルーが部屋に持ってきてくれました。レストランで提供されているものと同じです。モルディブのまゆちゃんには、ラインでおせちの写真を送りました。モリディブのホテルの食事が可哀そう。

おせち料理

おせち料理

おせち料理

おせちの中には干支のウサギが3羽隠れていました。とても工夫がされているのには驚きました。

干支のウサギ

干支のウサギ

干支のウサギ

今日はフォーマルの日でしたが、ようちゃんは自室軟禁なのでカジュアル(パジャマ‼)です。

1月2日(月)19日目 終日航海  

まゆちゃん:隔離4日目

まゆちゃんの一日の食事です。野菜はなく輸入されたであろう果物が添えられています。

朝食

昼食

夕食

ホテルのTVでモルディブ観光の案内が放映されていました。まゆちゃんはテレビでモルディブの観光をしました。

 

人工島

リゾートホテル

港の様子

ようちゃん: 軟禁3日目(やっと軟禁が解除‼)

午前中に看護師が部屋に来て、抗原検査の検体のサンプリングをしました。その結果、陰性でした‼ これで晴れて軟禁解除です。10分もしない間に部屋担当のクルーがやってきて部屋内の掃除をしてくれました。部屋担当のクルー3人(MELODYさん、RAULさん、KENETHさん)も、ようちゃんのコロナの疑いが晴れて喜んでくれました。軟禁解除で部屋の外に出て、船内散策。船内はお正月飾りで溢れていました。しかし、まゆちゃんがいないので、とっても晴れやかな気持ちにはなれません。

朝食

2階と3階の階段部分の飾り

門松

みんなでついた鏡餅

瑞穂入り口の飾り

瑞穂入り口の飾り

食事もレストランでできるようになりました。各テーブルには迎春のお祝いが置いてあり華やかでした。

 

昼食

夕食は次の通りです。やはりクルーが配膳してくれる食事が美味しくていいです。

 

夕食

夕食

夕食

夕食

夕食

20時45分からは、ドルフィンホールで、『庄野真代ミュージック・クルーズ うたの旅~筒美京平作品をたずねて~』を聞きました。庄野真代さんは、デビュー47年目で66才、知らなかったんですがフォークソング出身だそうです。我らが中学、高校時代に流行した庄野真代さんの歌、“モンテカルロで乾杯”や“とんでイスタンブール”だけでなく、筒美京平作品の“魅せられて”や“ブルーライトヨコハマ”など13曲を歌ってくれました。また、”モンテカルロで乾杯”や”とんでイスタンブール”が流行った後、バックパッカーで世界中を旅したことも話してくれました。半世紀近い昔のことを思い出しました。

庄野真代

1月3日(火)20日目 終日航海  

まゆちゃん:隔離5日目

まゆちゃんは、インターネットを駆使して旅行代理店の担当者と連絡をとり、モルディブ(マーレ)発/アラブ首長国連邦(ドバイ)経由/モーリシャス(ポートルイス)着の飛行機を利用すれば、にっぽん丸がモーリシャスのポートルイス港停泊中に再乗船が可能であることを調べました。それで、療養隔離から解放されれば、すぐに予約を入れるようにしました。今日の3回の食事です。まったく代り映えしません。

朝食

昼食

夕食

ようちゃん

9時から、本クルーズ実施の大きな要因となった『わかしお』座礁事故に関連した「モーリシャスにおける商船三井の取組」と題して、商船三井 理事島裕子 氏の話がありました。モーリシャスにおける商船三井の取組の主な内容は以下の通りです。

長鋪汽船の子会社である OKIYO MARITIME CORP. が所有し、商船三井が傭船して運航していたパナマ船籍(便宜置籍)のばら積み貨物船である『わかしお』は、積み荷を積載せずに中国の連雲港を現地時間2020年7月4日に出航し、シンガポール経由でブラジルのトゥバラン港(ポルトガル語版)に向かっていた(ブラジルから鉄鉱石を運ぶため)。

2020年7月25日夜、インド洋を航行していた『わかしお』は、モーリシャス南東部沖ラムサール条約の指定地域に含まれているポワント・デスニー(フランス語版)付近でサンゴ礁に乗り上げ座礁した。この座礁の際に船体を損傷し、2週間後の8月6日朝には燃料タンクに亀裂が入って重油1,000トン余りが流出した。商船三井は『わかしお』の船員を船ごとレンタルして、荷物を運ぶ依頼をしたもので、事故の責任は、船主にあり、商船三井には責任はありません。しかし、当時の社長が、放置できないと考え、モーリシャスに種々の支援をおこなってきているそうです。

事故現場の位置

「インターネットで支援に関わっていた神戸女学院大学の4年の女子学生3人が本クルーズに同行し、現地を視察する」と説明があり、紹介されました。若くして、招待されてモーリシャスプレシャスクルーズに乗船でき、羨ましい限りです。ただモーリシャスの支援関連のお話は全くなく、なぜかモーリシャスのお土産のお話のみで終わりました。何のためにモーリシャスプレシャスクルーズに同行されたのでしょうか?

神戸女学院大学の女子学生

今日の昼食は弁当でした。にっぽん丸ではたまにあります。レストランで食べてもいいし、部屋に持ち帰って食べても良いです。おそらくクルーのお仕事の緩和のためでしょう。

昼食(弁当)

夕食は以下の通りでした。

チーズ盛り合わせ マンゴードレッシング

南京と林檎のポタージュ

黒カレイのムニエル

ビーフミートローフ トマトデミソース、トマトスライスサラダ

バニラアイスクリーム、コーヒー

1月4日(水)21日目 終日航海  

まゆちゃん:隔離6日目

今日、医師らしき人が部屋に来て、綿棒で鼻からPCRの検体を採取して行きました。何の予告もなく突然やって来ました。結果は何時わかるかと聞くと「明日」と言われました。普通PCRの検査結果は1時間程度でわかる筈ですが。また、日本でもモルディブでもPCRで陽性になった場合、7日間の隔離療養をしますが、7日後は無症状であれば、コロナウイルスを発散することがないので、PCR検査なしで解放されることになっています。どうしてマーレの療養ホテルではモルディブ国の指針と異なるのか理解できません。国が決定している指針は、その国内の機関は忠実に従うべきだと思います。異なる指針を独自に採用するならその理由とその異なる指針を詳しく内外に説明すべきだと思います。国の方針と実際にやっていることが違っており、とても納得できません。

まゆちゃんの今日の食事は、以下の通りです。

朝食

昼食

夕食

ようちゃん

にっぽん丸では、モーリシャス/ポートルイス港への寄港前のPCR検査が行われました。ようちゃんは看護師に「1月2日の抗原検査で陰性だったけど検査の必要があるのか? また、抗原検査で陰性でもPCR検査で陽性になることがあるのか?」と尋ねました。明確な答えは返ってきませんでしたが、面倒なので検体を提出しました。きちんとした知識のない看護師がにっぽん丸には乗船しているようでした。それはともかくとして、ようちゃんのPCR検査は陰性でした。これで、ポートルイスに上陸できます。良かったね‼

朝食は以下の通りです。

朝食

「商船三井グループのサステナビリティ」について、商船三井 理事 島 裕子さんの講演がありました。sustainability(サスティナビリティ)とは、「sustain(持続する、保つ)」と「-able(~できる)」を組み合わせ名詞にした言葉で、日本語で「持続可能性」を意味します。昨今、世界のビジネスシーンで重要視されている用語のひとつだそうです。これは、環境や社会、人々の健康、経済などあらゆる場面において「将来にわたって機能を失わずに続けていくことができるシステムやプロセス」を指すとのこと。つまり、目先の利益やパフォーマンスを追求するのではなく、物事の長期的な影響を考えて行動するという概念だそうで、にっぽん丸が航行するために必要な燃料と排出する温室効果ガスのひとつである二酸化炭素(CO2)についてのお話がありました。

 

C(H燃料)    +    O2   →   CO2   +  H2O

               原子量/分子量 12   32      44    18

一般的に、燃料1トンの消費に対し CO2排出量は 1トン X (44 ÷ 12) = 約 3.6トン

燃料の重油では水素(H 原子量1)の含有量は小さいので無視できます。

にっぽん丸の一日約45トンの燃料燃焼によるCO2排出量は、島 さんが示された値よりだいぶ多く、ようちゃんの計算では、約45トン X 3.6 = 約165トン  となります。

温室効果ガスのひとつである二酸化炭素(CO2)の排出抑制方法の提案もありました。

 

 

LNG(液化天然ガス): メタンCH4が主成分で水素の割合が高い → CO2を減少させ水を多く発生
GHG: Greenhouse Gas (温室効果ガス)
現況では、なかなか顕著に減少させられないのが実情です。

本日の昼食ですが、まゆちゃん好物のカレーうどんでした。

カレーうどん

デザート

夕食は、次のとおりです。

夕食メニュー

数の子の土佐和え、チーズ雲焼き、梅甘煮、かつおタタキ

天ぷら

ホタテの和風グラタン

手羽先柔らか煮

カボチャのマリネ

トウモロコシご飯、清汁

デザート

1月5日(木)22日目 ポートルイス  

まゆちゃん:隔離7日目

昨日のPCR検査結果は、陽性でした。で、次の検査は、明日とのこと。結果は明後日でるそうです。明後日に結果がでたって、フライトがないので、ポートルイスで乗船なんて、出来っこありません。とにかく、ガッカリです。ポートルイス行きが消滅したので、元気なんか出てきません。ようちゃんが、にっぽん丸の船医に「無症状者なのにPCR検査を受けさせて、陰性になるまで養生隔離するのは、問題があるのではありませんか」と尋ねたら、船医が「外国のことですよね。日本も緩和されたのは9月です。モルディブもその内改正されるんでしょうけど」との返事だったそうです。つまり、療養隔離を求めているのは、モルディブ政府だと言うことなので、陰性になるまでジッとしておくしかないなぁと諦めムードになりました。

朝食

昼食

夕食

ようちゃん

にっぽん丸はポートルイス港に近づき、ゆっくり航行しています。8時ごろ甲板に出て入港の様子を見ていると、鯨の潮吹きらしきものを見つけました。近くにはホエールウオッチングをしているのでしょう2隻の小型船がいました。

鯨の潮吹きが見えました

9時にモーリシャスのポートルイス港に入港しました。モーリシャス在住の日本人の方々が岸壁にお迎えに来てくださっていました。にっぽん丸では日の丸とモーリシャスの国旗を振って返礼しました。

モーリシャス在住の日本人の方々のお迎え

ポートルイス寄港の初日では、オプショナルツアーとして、午後に「首都ポートルイスと高原の町キュールピップ」と夕刻に「セガショー鑑賞とディナー」をまゆちゃんと参加することにしていましたが、まゆちゃんが参加できないので、ようちゃん一人で参加しました。お土産を購入するために、にっぽん丸内で現地通貨を調達しました。現地通貨はモーリシャスルピー(Rs)で、1 Rs = 約3円 です。5,000円で2,000ルピー。1,000ルピー札2枚を入手しました。

首都ポートルイスと高原の町キュールピップのツアーについて

半日観光なのに\14,400とお高いです! 観光バスに乗って出発。近くにMSCの大きなクルーズ船が停泊していました。

10万トンを超えるMSCも停泊中

最初の帆船模型のお土産店で大きなお札をこまめたいこともあり、絵葉書1枚15ルピーを買って1.000ルピー札を出したら、「お金はいい。持ってけ。」と言われました。トホホ・・・。細かいお金を手にして形状を確認したかったのに・・・。ポートルイスでは帆船模型が人気で多くの人が買い求めるそうです。ただ、70cmを超える帆船模型はバスやタクシーに持込禁止とのこと。にっぽん丸では、そのような制限があるとは聞いていませんでした。キャビンに入れば持込可なんでしょうね!

帆船模型のお土産店

次に、セントテレーズ教会に行きました。1868 年に設立された サント テレーズ教会には、キュールピップやその他の地域から忠実なカトリック教徒が集まるそうです。近くにバスを止めて写真撮影時間10分。

セントテレーズ教会

続いて、火口跡の見えるというトルー・ オウ・セフズ Trou aux Cerfsに行きました。ここで石垣島で観光をご一緒したTご夫妻に偶然お会いました。T夫妻は、タクシーをチャーターしての観光です。お友達の夫妻とご一緒でした。明日もタクシーをチャーターしての観光だそうです。

 

木が鬱蒼として美しい火口の跡は全く見えませんでした

鬱蒼と生えた展望台周辺の木がなければ、神秘的なトルー・オウ・セフズ(Trou aux Cerfs、火山の火口跡)が見えるそうです。トルー・オウ・セフズの周辺の住宅地は、高原の町でキュールピップと言われ、高級住宅地で「モーリシャスのビバリーヒルズ」と呼ばれているそうですが、それほど立派な家や敷地があるようには見えませんでした。モーリシャスは、オランダ→フランス→イギリスと支配する国が変わっています。最後がイギリスだったためか車は左通行です。

続いて、モーリシャスにある世界遺産アープラヴァシ・ガートに行きました。インドからの移民(移民と記述されますが実情は奴隷)を受け入れた建造物は負の遺産とも言われ、今も当時の面影を残し佇んでいます。1834年、奴隷制度廃止にともない、インドからの50万人もの労働者を迎え入れるために使用されました。施設の中は、移民受け入れとは名ばかりで、刑務所のような作り。中は当時の人々の様子が人形を用いて再現されていました。モーリシャスには奴隷や植民地時代を振り返る遺跡がたくさんあります。そうした事実とは対照的で、青く広がる美しいビーチがあって息をのむような光景を見ることができます。

世界遺産アープラヴァシ・ガート

次は、小高い丘に位置するアデレード砦です。この砦は、フランス時代に建設が始まりました。イギリスがモーリシャスを奪った後、フランスから再奪還されるのを防ぐために、イギリスは砦を補強しています。

アデレード砦

アデレード砦

アデレード砦の展望台に登ると、遠くのポートルイス港に停泊中のMSCとにっぽん丸がきれいに見えました。

アデレード砦から眺めたポートルイス港

夕方からのセガショー鑑賞とディナーについて

ポートルイスの半日観光から帰船してすぐに、「セガショー鑑賞とディナー」にでかけました。にっぽん丸の用意したツアーなので、かなり高くて\50,400でした。夕食と踊りのホテルは、にっぽん丸からバスで約1時間の所にあるVerandaホテルでした。ビーチにあり、3階立ての建物30部屋くらいの棟が20棟くらいあり、プールと広いレストランがあるリゾートホテルでした。ただ、レストランは屋根はありますが、吹き曝しで、冷房なし。トイレは、冷房が良く効いていました。夕食まで、時間があったので、ホテル前のビーチでサンセットを見ました。多くの人がビーチで楽しんでいました。

ホテル前のビーチのサンセット

その後、レストランとプールの側の冷房のない吹き曝しのスペースで、食事とセガショーが始まりました。セガショーの伴奏は鳴物だけでした。セガショーが始まりると、パッションフルーツのジュースが出ました。

セガショー

その後、席に座ってビールを注文しました。ドリンクはフリーでした。串に刺した焼き鳥、串に刺したフルーツ、小さな丸いコロッケ3ケが前菜として配られました。写真撮影を失念‼

夕食

ビュッフェで、サラダ他をいただきましたが、食事の内容はやや貧弱でした。料金は、明らかに高過ぎですね。

1月6日(金)23日目 ポートルイス  隔離8日目

まゆちゃん:隔離8日目

16時頃PCR検査を受けました。結果は、明日出るとのことです。ここに来てからずっと隔離されていたので、にっぽん丸の乗客がどこにいるのか、クルー達はどうしているかなど全く情報がありません。それで、ドアの前のテーブルにお弁当が置いてある部屋について、にっぽん丸の関係者か否か、尋ねてみました。その結果、2組の乗客が隔離されていたことが判明しました。宮城県在住のK夫妻と愛知県在住のM夫妻です。彼らと情報交換を行ったことで、少しづつ置かれている状況が分ってきました。モルディブの出国には、IMUGAの提出が必要なことも分かり、夜中にIMUGAの作成作業を行いました。

今日の食事は次のとおりです。毎日毎日、同じような食事ばかりです。

朝食

昼食

夕食

K夫妻からいただいた果物(久しぶりの果物を食べました)

ようちゃん

今日は、にっぽん丸のオプショナルツアー「モーリシャス西部観光ツアー」に参加しました。朝8時半に出発。一日観光昼食付で\37,440でした。バスに乗車し、まず、昨日と同じ船の模型ファクトリー(モーリシャスの名産品)に行きました。「昨日はトイレ休憩、今日は見学です」と、添乗員から訳の分からない説明を聞かされました。

船模型ファクトリー

次にグランドバッサン(Grand Bassin Temple:ヒンドゥー教の聖地)に行きました。モーリシャスは、昔、インドからの強制移民が多かったためでしょう。独特の色や形の像に祈りをささげている人がたくさんいました。

Grand Bassin Hindu Temple

ブラックリバー渓谷(Black River Gorges National Park)の展望台、Gorges Viewpointに行きました。
モーリシャスのグランドキャニオンと言われますが、規模はかなり小さく、たくさんの樹木が生えているので、グランドキャニオンとは言えないのではと思います。また遠くの高い山でも約800mです。

ブラックリバー渓谷展望台からの眺望

ブラックリバー渓谷のお土産屋で、ドードーの木彫りを買いました。人類によって絶滅に追い込まれた鳥です。 ハト目に属しているおよそ1mの大きさの飛べない鳥です。天敵がいないので地上で生活し、体が大きくなって飛べなくなったといわれています。大航海時代に寄港した船員たちに食用のため無制限に捕獲され絶滅したといわれています。
お土産屋では400ルピーでした。その後の行ったカゼラ動物園の売店では、一回り大きなものが、450ルピーでした。残念‼️

ドードーの木彫

昼食レストランは、シャマレルのLE CHAMARELでした。ドリンク付きで、ヤシの新芽(タケノコのような食感)の前菜で、チキン/ライス カレー+ココナツミルクソース(ライスはインド系で長細くてバサバサ、マズイ!)ソースをかけて食べました。アイスクリーム/バナナキャラメルソースのデザートでした。

昼食

レストランからは、とても綺麗な景色を見ることができました。ここは、景色のいい所です。

レストランからの景色

シャマレルの滝(Chamarel Waterfall)に行きました。シャマレルの滝は「険しい円形演技場のような岩(amphitheater of abrupt rock) 」の上を流れるキャパーノ川 (River du Capano) から流れ落ちる滝です。森林台地から流れ落ちる落差 100mの滝で「涼しいそよ風と静謐で牧歌的な雰囲気」として知られています。

落差 100m あるシャマレルの滝

次にシャマレルにある七色の大地(THE CHAMAREL 7 COLOURED EARTH IN MAURITIUS)を訪れました。火山活動により厚く堆積した火山灰が、火山灰中の鉄やアルミニウの状況により、色々な色に発色するそうです。同一色は、火山灰の奥深くにまで及ぶそうです。

七色の大地入口

七色の大地

七色の大地

世界遺産のル・モーン山(Le Morne World Heritage Site)に行きました。18〜19世紀にマルーン(逃亡奴隷)が隠れ住む場所でした。山頂に至るまでにはたくさんの洞窟があり、彼らはここを住居として使用していたそうです。洞窟住居からは奴隷の出身地であるアフリカ本土、インド、東南アジアなど、それぞれの地域と関連性のあるものが発見されているそうです。1834年にモーリシャスで奴隷制の廃止が決定した時、警官がそれをマルーン(逃亡奴隷)たちに知らせにやってきたのですが、捕まると勘違いをしたマルーンが崖から飛び降りて死亡したという悲しい歴史があります。このような隠れ家は世界中に存在しますが、ここは特に象徴的な場所で、奴隷たちが自由を求めて戦ったというシンボルでもあり、世界遺産となっています。

世界遺産のル・モーン山

モニュメント

カゼラ動物園(Casela Nature Parks)に行きました。起伏のある14haもの敷地を活かしたアトラクションが楽しめるレジャーパークになっています。ライオンと遊歩道を散歩できる「ライオンウォーク」や、トラやライオンに触れる「インタラクション」があるそうですが、そんな所には恐ろしいので行きません。キンパラ、ダチョウ、キリン、サイなどが放し飼いにされているエリアをサファリバスに乗って観光しました。同様の動物園は日本にもたくさんありますので、特に感動はありませんでした。

カゼラ動物園

現地在住の日本人の方が観光バスに同乗され、モーリシャスについてのお話を聞かせてくださいました。モーリシャスの言語は、クレオール語、フランス語、英語が使われます。普段の生活ではクレオール語を使いますが、学校教育は英語だそうです。また、モーリシャスのコロナワクチンとガソリン価格ついての説明もありました。「コロナ前は、45ルーブル/リットルでしたが、政府はワクチン購入費に充てるため課税しました。そのため、コロナ課税後は75ルーブル/リットルとなりました。高いコロナワクチン代を払わされています。」「日本はいいですね。無料でコロナワクチンの接種が受けられて」と言われたので、「日本では、わからないように、後で別の税金の形で必ず払わさせられます」と答えました。その後、にっぽん丸に帰船しました。

1月7日(土)24日目 ポートルイス  

まゆちゃん:隔離9日目

1月4日の検査では、まだ陽性だったのですが、6日の検査では、(不思議なことに)陰性になりました。このホテルに収容されていたのは、9人でした。K夫妻のご主人が陽性になって、心配なので付添った奥さん(陰性)が一人いました。なので実質的には、陽性者は8人でした。で、6日の検査では、K夫妻のご主人と一人参加のK氏を除いて、残りは陰性という結果でした。逆に付添ったK夫妻の奥さんが陽転したため、陽性3人、陰性は6人でした。それで驚いたは、陰性6人が隔離解除されるだけではなく、陽性3人も含めた9人全員が隔離解除になったのです。要するに、「9人全員とも、7日間の養生隔離が終わったので無罪放免」とのこと。そして、明日8日に全員モルディブを出国するようにと言われました。PCR検査の結果はどうでも良いってことですね。PCR検査を真剣に考えていた自分がアホらしく思えましたね。モルディブって、こんな国なのね〜と呆れちゃった‼ マダガスカルに行こうと思ったのですが、旅行会社の担当者から交通不便地だから危険すぎて無理だと言われ、それで、アラブ首長国連邦(ドバイ)経由で日本に帰らざるをえなくなりました。なので、まゆちゃんは、マダガスカル島については再チャレンジするつもりです。帰国のチケットの手配は、旅行会社が行ってくれます。費用はすべて保険会社から支払われます。今回、最も素晴らしいと思ったのは、東京海上日動の事故時の対応です。事故通知窓口にLINEで電話が繋がるようになっていました。LINEで友達追加を行うと、東京海上とLINE電話ができました。一昔前までは、国際電話やコレクトコールで連絡していたのですが、Wi-Fiがあれば、世界のどこからでも電話可のLINE電話です。凄い進歩ですね。で、話は変わりますが、外国の多くの国では、入国や出国の際に、事前にデジタル申請を義務付けているんですよ。コロナの影響だと思いますが、従来の出入国審査と仕組みが変わってきています。スマホを使いこなせない人は、直ぐに浦島太郎状態になってしまうように思いました。ボサーッとしてる訳にはいきませんね。ようちゃんは、一人で乗っているので「寂しい」とか言ってますが、まゆちゃんの代わりにしっかり取材してください。

朝食

昼食

夕食

ようちゃん

にっぽん丸停泊岸壁からシャトルバスに乗ってダウンタウンのウオーターフロントまで出かけました。ウオーターフロント散策・観光と孫へのお土産の買い物が目的です。
ダウンタウンには、まだクリスマスツリーがありました。メインストリートの頭上はカラフルな雨傘が装飾されていました。人通りも結構ありました。

通路内にはクリスマスツリー

カラフルな雨傘の装飾

カラフルな雨傘の装飾

ウオーターフロントは良く整備されており、モーリシャスで最も古い郵便局の建物が残存していました。ただ中には入れませんでした。

モーリシャス最古の郵便局

よく整備されたウオーターフロント

孫へのお土産を求めてマーケットに入ってみましたが、売られているものは洋服や装飾品でした。

マーケット入口

マーケット内部の様子

本日の夕食です。

夕食メニュー

前菜とお造り

牛フィレ肉の山椒漬け焼き

黒むつの酒蒸し

堀川牛蒡と海老たたき身

ひじきご飯、人参スリ流し汁、ヤムケーキとゆで卵の辛子チーズたれかけ

デザート

1月8日(日)25日目ポートルイス  

まゆちゃん:隔離解除

やっと隔離が解除されました。そこで、朝の8時半に、愛知県在住のM夫妻と3人で歩いて市内観光に出掛けました。人工海浜、野菜市場、魚市場、スーパーマーケット、イスラムセンター、国立博物館に行きました。

療養隔離された「ホテル・ザ・ビーハイブ」

人工海浜ラスファヌ

人工海浜から望んだヴィリンギリ島

道路が非常に狭い上に、片側は駐車場になっている。歩くのは危険‼

果物屋(果物の大半は輸入品です)

果物市場の様子

魚市場の様子

魚市場の様子

スーパーマーケット

バナナ6本で約360円でした。高いね。

モルディブ最大のモスク・イスラミックセンター

ビクトリーモニュメント

スルタンパーク(木陰とベンチがある小さな公園)

スルタンパーク(木陰とベンチがある小さな公園)

国立博物館

観光を終えて10時半に戻ったら、宮城県在住のK夫妻がチェックアウトをしていました。シンガポール経由で帰るため、直ぐに空港に行かないといけないとのこと。K夫妻とは、カウンター前でお別れをしました。

今日の昼食は、スーパーマーケットで買ったカップラーメンとバナナです。久々のカップラーメンは嬉しいです。

昼食

12時前にチェックアウトを行い、その後、クルーを含む日本人5人でおしゃべりに興じました。15時頃になると、フィリピン人のクルーが2人チェックアウトをするために部屋から出てきました。ミニバスに7人が乗って、空港に向かいました。18時20分マーレ発ドバイ行きのエミレーツEK661便に搭乗する手続きを行いました。ドバイには、21:55に到着しました。

マーレ国際空港

チェックインカウンター

搭乗ゲート

搭乗中

フライトコース

機内の様子

機内食

ドバイ第3ターミナル

ドバイ第3ターミナル

ようちゃん

昨日、ポートルイスのダウンタウンに出かけましたが、孫へのお土産を見つけることができなかったので、再度チャレンジすることにしました。にっぽん丸停泊地からシャトルバスに乗ってダウンタウンに出て、Googleの地図を頼りにスーパーマーケットを探しました。途中、20分ばかり歩いたところに『Jardin de la Compagnie』という大きな公園がありました。街の中心あたりなのですが、とても大きなカジュマルの木がたくさん茂っていました。

Jardin de la Compagnie公園

異様な形状のとても大きな木

Jardin de la Compagnieは、カンパニーガーデン(フランス東インド会社の庭)と和訳されます。ポートルイスでは緑が見られる数少ない場所ですが、多くの歴史を誇る場所だそうです。頻繁なサイクロンと洪水が原因で、1710年2月にオランダ人が島を放棄すると、フランス人は1721年9月に島を占領しました。その後、総督デュロングエ・ル・トゥレック氏がフランス島 (モーリシャスの旧名) に派遣されました。彼らはフランス東インド会社の野菜畑(庭)を作るために土地を切り開き始めました。 これがカンパニーガーデンの始まりです。しかし、当時まだこの土地は湿地帯であり、野菜畑(庭)建設にはあまり適していませんでした。 時が経ち、統治者が変わるにつれて、住民を脅かしていた「天然痘」の流行のため、「カンパニーガーデン」は部分的に墓地として使用されました。 1771 年以降には、ポート ルイスは次第に町に発展してきました。庭園の墓地部分が別の場所に移され、「カンパニーガーデン」は本来の目的である「ポートルイスのリラックスして楽しむ場所」として残されました。現在は、大きなカジュマルの木と地元の彫刻家プロスペル デピネと人気ミュージシャン ティ フレールの銅像で知られている庭園です。

 

Jardin de la Compagnieから少しのところのスパーマーケットに入り、現地のクッキーとノートを見つけたので、お土産用に購入しました。

スパーマーケット

クッキーとノート

その後、ウオーターフロントのお土産店でモーリシャスのドードーのイラストのある小銭入れも購入しました。モーリシャス滞在の最後の日にやっとお土産をゲットすることができました。「これで日本に帰れる」とようちゃんは安堵。

ドードーのイラストのある小銭入れ

夕食は、以下の通りです。

夕食メニュー

前菜

椀代わり

お造り

揚げ物

黒豚しゃぶしゃぶ

金目鯛煮付

上記の鍋にしゃぶの黒豚が入ります。この後に鯛めし、香の物、帆立のかきたま汁、さらにデザートの抹茶フォンダンショコラとコヒーと続きますが、実は、写真を撮る前に食べてしまいました。

お見送りの方は少なかったですが、17時に ポートルイス港を出港し、マダガスカルに向かいました。

ポートルイス港ともお別れです。

1月9日(月) 26日目 終日航海  

まゆちゃん

ドバイ空港で、約5時間20分の乗継時間を搭乗口で過ごし、午前2時55分 ドバイ(アラブ首長国連邦)発成田行きエミレーツ EK 318に搭乗しました。EK 318便はインド上空を通過、中国の北方を横断して、長崎付近から日本上空へ帰ってきました。

ドバイから成田までの航路

 

 

機内食は2回。成田には17時20分に到着しました。

1回目の機内食

2回目の機内食

エミレーツのCA

成田空港の混雑ぶり

入国審査がコロナの影響で、ずいぶん変わっていました。Visit Japan Web で事前申請していたらスムースに入国できますが、してないとずいぶん時間がかかります。今までは、検疫所では、自動体温測定装置があって、そこの前を通過する時に体温が高いと引っかかっていただけだったのが、今では、3回ワクチン接種の証明書を提出しないと通過できなませんし、イミグレーションでは、日本人は顔認証のみでした。最後の税関もスマホでQRコードを見せれば、免税申告書を出さずにスムースに入国できるようになっていました。

VISIT JAPAN WEB

VISIT JAPAN WEB の税関申告書・QRコード

ホテル日航成田にチェックインしたのは20時頃。疲れていたので、ローソンでおにぎりを買って食べ、お風呂に入って直ぐに寝ました。

ホテル日航成田

ホテル日航成田のフロント

ようちゃん

朝食と昼食は、次のとおりです。

朝食

朝食

昼食

昼食

午後1時30分から藤原幸一氏の『マダガスカル島の大自然』と題する講演を聞きました。マダガスカル島の成因とバオバオの木との関連について話されました。現在の問題としては、中国がマダガスカルに進出して、広大な原生低木林を購入、伐採して巨大なトウモロコシ畑を造成している。これらがマダガスカルの自然環境を破壊するだけでなく、生体系にも大きな影響を及ぼしているとのことでした。

イベント案内文

夕食後は、ME音(めおと)のオペラ歌手の歌を楽しみました。いろいろ歌われた中でアニメの『アンパンマンのマーチ』とその紹介が印象に残っています。もともとは、おなかをすかせた子どもにアンパンを配る男性を描いた大人向けの作品だったようです。アンパンマンの原作者で、同曲を作詞した「やなせたかし」は、日中戦争に出征した経験があり、特攻隊員となった弟を戦争で亡くしています。「君」には戦死した弟も重ねられ、「熱いこころ」には弟への思いという紹介がありました。深い意味に感動しました。

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20時45分からは庄野真代さんの『ミュージック・クルーズ ときの旅 あの日をたずねて』のショーを聴きました。1978年に「飛んでイスタンブール」と「モンテカルロで乾杯」が大ヒットし有名になりました。1980年には仕事を休止し、バックパッカーで世界一周の旅に出かけられたそうです。その時のエピソードをいろいろ聞かせてくださいました。歌われた歌は下記の12曲です。1970年代によく聞かれた歌ばかりでとても懐かしかったです。

1.モーリシャス/モンテカルロで乾杯、
2.中央フリーウエイ
3.月夜のワルツ
4.異邦人
5.アメリカンフィーリング
6.なごり雪
7.かなしい色やねん
8.ルビーの指輪
9.ワインレッド
10.はたちのころ
11.飛んでイスタンブール
アンコールには最近の、12.平和の歌

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庄野真代さん御一行さまは、マダガスカルで下船だそうです。にっぽん丸が停泊するトゥアマシナ港から国際線の飛行機が発着する首都アンタナナリボまで、舗装されていない悪路を十数時間かけてチャーターした車で移動しなくてはなりません。とても勇気があるなぁと思いました。また、私たちが今回にっぽん丸船上で予約した2023年4月6日からの『にっぽん丸喜界島クルーズ八代発着』でも庄野真代さんが歌われる予定ということなので、その時にマダガスカルでの出来事を聞いてみようと思います。実際にコンサートの後、ご本人に直接お伺いする機会がありましたぁ~。

1月10日(火)27日目 トゥアマシナ

まゆちゃん

午前10:05のジェットスターGK507に乗って福岡に帰りました。自宅に帰り着いたのは、14時頃。お湯が沸くのを止めていたので、今日はお風呂に入れません。また、省エネのために居間で一日を過ごすことにしました。

ようちゃん

にっぽん丸は、マダガスカル島のトゥアマシナ港に入港接岸しました。ここは、初寄港だそうです。トゥアマシナ港では、現地のたくさんの人達から歓迎を受けました。現地で働いていらっしゃる五洋建設の方々も日の丸を掲げて歓迎してくださいました。ありがとうございます。

歓迎の横断幕

盛大な歓迎の踊りと音楽で出迎えられました。

マダガスカル島では、マダガスカル島固有のキツネザルで有名な「イヴルイナ動物園」、西部のモロンダバ地方の「バオバブの並木道」のオプショナルツアーに行きました。寄港後、午後の「イヴルイナ動物園の半日観光」に参加しました。料金は\20,160円でした。観光バスについてですが、接岸したトゥアマシナには、バスが1台もありません。首都のアンタナナリポから、舗装されていない道路を10時間以上かけて回送した15人乗りバス15台が、にっぽん丸のオプショナルツアー用に準備されていました。ツアーには、日本語と英語の現地ガイド、及び添乗員が同乗していました。

10時間以上かけて回送した小型バス

繁華街では、道路脇に露店が並んでいて、その中を輪タクが走っていました。主な交通手段が輪タクで、子ども達が遠くの学校に通うにも使うと聞きました。普通の子は、教科書と靴を手に持って、はだしで通学するそうです。

主な交通手段の輪タク

キツネザルがいる「イヴルイナ動物園」に向かいました。露店が並んでいる”繁華街“は舗装道路ですが、それを過ぎると道は全く舗装されておらず、凸凹が激しくしかもぬかるんでいて、バウンドするたびにバスの天井や窓のガラスに頭や顔をぶっつけそうで、口から内臓が出てきそうなくらい酷かったです。あまりにもバスが上下左右に激しく揺さぶられるので、故障しないかとこちらもとても心配しました。このような道を通ったのは初めてです。

凸凹が激しくしかもぬかるんだ道路

これから先、きちんとしたトイレがないということで、途中のホテルのトイレを借りました。

トイレを借りたホテル

動物園に向かう道沿いでは、一家総出(小学生くらいの子ども達も含めて)で、大きな石を砕いて小さくする作業を行っていました。一家が食べていくための生業です。こんな家が、ずーっと繋がっていました。マダガスカルは、まだまだ貧しい国です。

一家総出の砕石作業

「イヴルイナ動物園」に到着したら、綺麗どころの踊りと音楽で出迎えられました。みなさん素足でした。「イヴルイナ動物園」は、動物の保護を目的とした動物園です。見せることを目的としていないので、通路等きちんと整備されていませんでした。またキツネザルの名前などの説明も文字が消えていて、まったく読めません。

踊りと音楽で歓迎

「イヴルイナ動物園」の入口

マダガスカル固有(希少種)のキツネザルです。目がクリっとしてとても可愛いです。動物園には数種類のキツネザルが飼育されていましたが、説明文字は日に焼けて真っ白。ガイドの説明でも、聞き取りできません。そのため、キツネザルの名称は結局分らずじまいでした。

 

 

 

 

動物園内にいた野生のカメレオンです。ガイドさんが捕まえて見せてくれました。

野生のカメレオン

マダガスカルは、同島の固有の原生林の80%から90%を失ったと言われます。人類のマダガスカル島到来(2000年前とも、もっと昔にさかのぼるとも言われ、定説はありません)により初めて火を起こすこと、農耕、伐採、果実等の採集が行われ、人間の活動に伴って森が減少していったそうです。マメリナ王国時代とフランス植民地時代から始まった森林資源の産業利用により、さらに森林は減少していきました。航空写真に基づく調査では、1950年頃に存在した森林の40%から50%が2000年頃までに喪失しました。2007年時点で森林減少は、南西部のサバナ地帯と北東部の熱帯雨林地帯で特に顕著です。南西部では特異で稀少な植物で構成される低木林が、中国資本により巨大な家畜用のトウモロコシ畑に変えられつつあり、北東部では稀少な堅木が違法伐採により切り出され、中国や香港などに密輸され続けています。今回「イヴルイナ動物園」で見ることができなかったキツネザル「ベロ―シファカ」は(愛嬌のある横っ飛び歩きで人気)、本来、木の上だけで生活していますが、森林伐採が進み、木の上だけでは生活できず、やむをえず、地上に降りてきています。そして、地上では、真っ直ぐに歩くことのできない体の構造であるため、横っ飛びに移動します。その姿を見て人間は可愛いと思っています。

キツネザル「ベロ―シファカ」

キツネザルはとても可愛かったのですが、名前もわからないまま動物園訪問は終わりました。舗装されていない凸凹道を引き返して船に戻りました。悪路での強烈な揺れのお陰で、疲れも倍増しました。

1月11日(水)28日目 トゥアマシナ

まゆちゃん

自宅でゆっくり過ごしました。

ようちゃん

オプショナルツアーの「チャーターフライトで行く モロンダバ バオバブの木を訪ねる」に参加しました。料金は、277,920円とかなり高めです。スケジュールは、下記のとおりです。

 07:00 にっぱん丸出発

 08:25 トゥアマシナ空港発(チャーター便利用)

 10:05 モロンダバ空港着、4WDに分乗してバオバブ並木道へ移動

 14:00 市内ホテルで昼食、その後、モロンダバ市内観光

 16:30 モロンダバ空港発(チャーター便利用)

 18:10 トゥアマシナ空港着

 18:55 にっぽん丸帰着

トゥアマシナからモロンダバへの航路

マダガスカル島で見られる動植物の80~85%が固有種で、進化の面ではガラバコス島よりスケールが大きい島ではないかと言われています。バオバブはキワタ科(Bombacaceae)に属しています。世界に10種あるバオバブのうち、8種がマダガスカルに存在し、そのうちの7種が固有種だそうです。訪れたモロンダバ地方には3種が見られるそうです。にっぽん丸を出発して、トゥアマシナ空港着しました。トゥアマシナ空港の定期便は、1日に1機が到着し出発するだけです。今回の飛行機は、にっぽん丸のオプショナルツアーのチャーター便。飛行機は、フランスとイタリアの航空機メーカーATRが製造したターボプロップ双発旅客機、ATR72。日本でも沖縄の離島便で使用されているそうです。ちょっと安心しました。

トゥアマシナ空港ターミナル

チャーターした双発旅客機ATR72

予定通りムルンダヴァ空港に到着しました。
乗客60人が、1台に3人乗った4WD、20台に分乗。さらに、前後にガイドと添乗員の4WDで、モロンダバ地方のバオバブ見学に出発しました。4WD車は個人の所有のようで、それぞれのオーナーが運転手のようでした。私の4WDの運転手はフランス語しかだめで、黙ってひたすら運転していました。

モロンダバ空港

20台の4WDに分乗

空港周辺の道路は整備されていましたが、バオバブの木が出現するあたりは、整備されていない、凸凹の泥道で大きな泥水たまりもありました。

凸凹の激しい泥道

【ツイン】と呼ばれるバオバブの木。「ザー」といわれる種類。幹が少しアサ黒い。車窓から撮った写真です。

ツイン

バオバブの木

バオバブの木

【バオバブの並木道】とよばれる有名なところ。「グランディディエリ」という種類。天に向かって真っすぐ伸びるが、乾燥地では樽型になるそうです。

バオバブの並木道

バオバブの並木道

【相思相愛の木】と呼ばれるバオバブで、2本の幹が絡み合っています。「フニー」という種類で、幹は主に徳利型。枝は垂れ下がらず、上に向かって伸びるそうです。

相思相愛の木

バオバブの木のお土産

バオバブの木

近くの町と人々の様子

近くの町と人々の様子(裸足で歩いていました)

三輪車にはたくさんの人が乗っていました

バオバブの樹皮で化粧をしている女性

バオバブ並木道などを観光した後、Morondava Beach(ムルンダバ・ビーチ)のPalissandre Cote Ouest resort & SPA(パリサンドル・コット・ウエスト・リゾート&スパ)ホテルで食事をしました。プールサイドでは、ずっと歌と踊りが披露されました。

ホテルでの昼食

その後、モロンダバの町を30分程度散策の後、モロンダバ空港発のチャーター機に搭乗し、トゥアマシナ空港に着陸、にっぽん丸に帰船しました。

1月12日(木)29日目 トゥアマシナ

まゆちゃん

自宅でゆっくりと過ごしました。

ようちゃん

マダガスカルの滞在最後の日なので、「さよならマダガスカル」が市内の劇場のようなところで開かれました。マダガスカルのあちらこちらから、いろいろな種族の若者が、それぞれ特徴ある衣装を着飾り、踊りと音楽を披露してくれました。マダガスカルにはいろいろな種族が集まって来ており、南部アフリカ系、北部アフリカ系、中部アフリカ系、東南アジア系などの種族が集まっているそうです。

「さよならマダガスカル」の様子

「さよならマダガスカル」の様子

「さよならマダガスカル」の様子

「さよならマダガスカル」の様子

マダガスカルのたくさんの踊りと音楽を堪能した後、近くの市場に買い物に行きました。大きな市場で食料品から日用品、お土産屋もありました。

市場の様子

市場の様子

マダガスカルのお土産品

バオバブの木の彫刻

にっぽん丸は、17時にマダガスカルのトゥアマシナ港を出港し、シンガポールに向かいました。

トゥアマシナ港を出港

お見送り、どうもありがとう‼

夕食です。

夕食メニュー

根セロリとヨーグルトのムース

冷製メロンスープ

カジキマグロのグリル

仔牛フィレ肉のステーキ

ティラミス

マダガスカルは、日本に向かって帰る折り返し地点です。

続きは、ここから

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