1.概要
北海道旅行については、2020年から自ら計画した個人旅行を楽しむようになりました。その結果、積み残しがでたり、新たな目標ができたりするようになったのですが、それらの中でも「是非、行ってみたい! 見てみたい!」と強く思うものを中心に計画を立てて、行ってきました。北海道は広いので、見尽くしたとか知り尽くしたとかありません。訪れるたびに新しい発見があって、いつ行っても面白いなぁと思います。旅行期間は、2022年7月11日(月)から7月19日(火)までの8泊9日です。今回は、ちょうどこの期間中に、2組の”たび友”夫妻も北海道を旅行していたので、コースがクロスする所で合流して、食事とおしゃべりで楽しみました。お付き合いいただいたM夫妻とY夫妻に御礼申し上げます。
2.福岡から新千歳空港へ、小樽朝里クラッセホテル 泊(1日目/7月11日)
旅行第一日目の今日は、福岡空港11時40分発のJAL3513便に乗って新千歳空港へ行き、そこからレンタカーで小樽のホテルまで移動します。移動だけで一日が終わります。いつものとおり、搭乗1時間前の10時半頃、福岡空港のJALチェックインカウンターに行くと、今までと様子が違っていました。カウンターがなくなって、自動手荷物預け機が並んでいるのです。スーツケースにタグを取り付けた後、小型ベルトコンベアのような機械にスーツケースを乗せて、パネルをタッチして、スーツケースを自分で送り込まないといけないようになっているのです。今までは、チェックインカウンターにスーツケースを持って行けば、スタッフが受け付けてくれていたのですが。。。人件費削減が目的なんでしょうかね? 手荷物預けの方法が急に変わると、どうやったらいいかサッパリ分からなくて手間取ってしまいました。
自動チェックイン機からタグを取り出します。
自動手荷物預け機にタグを付けたスーツケースを乗せるのです。
チェックインカウンターを無くして、客に全部させるのは良いけど、大丈夫なんですかね? 到着した空港で、自分が預けた荷物を確実に受け取ることができるのでしょうか? 機械が間違えて、他の空港に運んでしまったってことはないの? うーん、イマイチ心配‼ そんなことを考えながら、桜ラウンジでコーラを飲んで搭乗時刻まで時間をつぶしました。
桜ラウンジ
搭乗25分前に6番ゲートに行くと、乗客はパラパラでした。まだまだお客さんは少ないですね。
搭乗口6番ゲートの様子
JAL3513便は、定刻通りに出発しました。フライト中に、まゆちゃん手作りの三色弁当をパクつきました。やっぱり自分が作った弁当が一番美味しい~。(自画自賛‼)
福岡市の上空
手作り弁当
北海道の上空
14時過ぎに新千歳空港に無事到着。北海道の空気は爽やかで気持ちが良いね~。蒸し暑い福岡から脱出できたのが一番嬉しい‼ しばらくは大汗から解放されそうです。で、早速、ホンダレンタカーに向かいました。
福岡から乗ってきた飛行機(新千歳空港にて)
レンタカー
レンタカーに乗ってホテルに入る前に、近くのスーパーマーケットTRIALで飲み物やお菓子などの買い出しをしました。旅行中に何度も買い物に行くのは面倒なので、いつも初日にタップリ買ってストックしておくのです。これだと飲み物などの心配は無用になります。
スーパーマーケットTRIAL
16時には、朝里川温泉の小樽朝里クラッセホテル にチェックインできました。このホテルに泊まるのは、これで2回目です。毎回違うホテルに泊まった方が良いのでは?と言う人がいますが、ホテルの場所や駐車場の位置・使い勝手などを知っていると気疲れしないので、できるだけ同じホテルに泊まるようにしています。
朝里川温泉の小樽朝里クラッセホテル
ロビーは、広くてゆったりしています。
結婚式を挙げることができるようです。
部屋
バス・トイレ・洗面所が一体となっていました。
夕食は、次の通り。ちょっと量が少ないかな⁉
左から:しりべしコトリアード、本鮪のたたきと季節野菜の盛り合わせ、お造り盛り合わせ
フカヒレ餡かけ茶わん蒸し
シャリアピンステーキ
握り寿司、お吸い物
デザート
明日から頑張って観光しないといけないので、今日は早めにお休みタイムをとります。
3.小樽、余市、富良野、プチホテル ブランフルール 泊(2日目/7月12日)
昨日の天気予報では、今日は大雨とのことでしたが、予報が外れて薄曇りでした。そのため、小樽市塩谷港発「青の洞窟」クルージングに行くことにしました。9時半に受付開始なので、9時にはホテルを出発します。「青の洞窟」クルージングが終わったら、余市町の「柿崎商店」で雲丹丼を食べて、仁木町でサクランボを買って、その後、富良野に移動します。富良野では、日の出公園のラベンダーを見て、今日の宿「プチホテル ブランフルール」にチェックインします。朝ごはんを食べたら行動開始~‼
朝食をしっかりいただきました!
集合場所の小樽市塩谷港まで車で約30分かかりました。私達が一番乗り。受付を済ませて、全員が揃うまでしばらく待たされました。「青の洞窟」に行くルートは2つあって、小樽港から行くルートと塩谷港から行くルートです。小樽港から行くルートの方がよく知られていますが、塩谷港のルートは、「青の洞窟」までの距離が近いので所要時間が短くて済むといったメリットがあります。その分料金も安いです。
塩谷港の様子
ミニのぼり旗が可愛い!
天候は、まぁまぁ。
皆が揃うまで待っている時に、目の前の海中を見ると、昆布のような海藻が茂っているのが見えました。船長さんに「あの海藻は昆布ですか?」と尋ねると、「そう、昆布です。あれを採ってきて乾燥させると、美味しい出汁がとれるんですよ」と教えてくれました。自然に生えているものなので、自由に採っていいそうです。昆布は買うものと思っていたので、「えーっ? ホント??」と驚きました。10時前に全員が揃ったので、船長さんの説明付きでクルージングがスタートしました。
動画:塩谷港から「青の洞窟」へ
「青の洞窟」の中は、想像以上に美しかったですね~。海の色が素晴らしい‼ 天気予報が外れてくれてラッキーでした。また、「青の洞窟」周辺の海も綺麗で、海底が見えるくらい澄み切っていました。この一帯では、今でもアワビや雲丹がたくさん捕れるそうです。船長さん自身も子供の頃にアワビや雲丹をおやつとして食べていたとか。羨ましいお話しですね。クルージングの時間は、40分の予定でしたが、20分も延長してくださって、結局1時間になりました。船長さんはお疲れになったことと思います。どうもありがとうございました。面白いお話もタップリ聞かせていただけたので、楽しかったです。初めて「青の洞窟」に行ったのですが、素敵な所だということがよ~く分かりました❣
クルージングを終えてから、余市町の「柿崎商店」へ大急ぎで行きました。ランチタイムなので出足が遅れると、並ばないといけなくなります。人気店だからお客さんが多いのですよー。去年は、駐車場探しで無駄な時間がかかり、その結果、30~40分も待たされることになったのです。なので、今年は工夫を凝らして、ニッカウヰスキー近くの公共駐車場に車を停めることにしました。その結果、待ち時間5分くらいで席に着くことができました。よかったね~。
「柿崎商店」の店内の様子
注文したのは、「赤雲丹丼」「白雲丹丼」「ホッケ」「イカ焼き」です。「赤雲丹丼」は6,650円で、「白雲丹丼」は3,020円です。なんとまぁ、倍以上の値段の差があります。値段がそれほど違う理由は、食べてみて直ぐ分かりました。赤雲丹の方が味が濃厚で、断然美味しい~‼
「赤雲丹丼」
「白雲丹丼」
「ホッケ」
「イカ焼き」
食事を終えたので、1階の鮮魚店を覗いてみることにしました。ホタテ貝が1袋500円、生ガキが8個一袋で1,000円と安かったのですが、極めつけは、全長80㌢くらいのイナダ(ブリの若魚)です! 今朝水揚げされたばかりのデカイ魚が、たったの500円だなんて凄いです。メチャ安いのでビックリ仰天しました。刺身にして食べたら美味しかろうねと思いましたが、旅行中なので諦めました。
ホタテ貝は1袋500円、生ガキ8個一袋で1,000円
全長80㌢くらいのイナダ(ブリの若魚)が、一匹500円‼
続いて、余市町の隣の仁木町にある「フルーツ農園偕楽園」に行きました。昨年、このお店に初めて訪れた時に、サクランボが美味しかったので、今年も立ち寄ることにしました。国道5号線を余市町から南方面に下って行くと、仁木町の標識が見えてきます。サクランボやりんごの絵が可愛いです。仁木町は、ワインを始め、サクランボやりんごなどの果物で有名な町です。
仁木町の標識
「フルーツ農園偕楽園」(ピンクの建物が目印)
お土産用にサクランボを買って、ゆうパックで発送していただくようにしました。ついでに、自分が食べるサクランボも購入しました。山形のサクランボも美味しかったけど、仁木町のサクランボも負けないくらい甘くて美味しいと思います。
ハウス内のサクランボは、たわわに実っていました。
サクランボ(綺麗な粒で、甘くて美味しかったです‼)
サクランボをつまみながら、富良野の「日の出公園」を目指して移動しました。約3時間かかって「日の出公園」に到着。公園内には、幸福の鐘やハートの花壇、展望台がありました。この時期のラベンダーが最も綺麗だそうで、夜間にライトアップもしていると聞きました。
かみふらの日の出ラベンダー園
カラフルで綺麗でした~。
幸福の鐘
ハートの花壇
展望台
「日の出公園」を楽しんでから、本日の宿「プチホテル ブランフルール」にチェックイン。部屋に入ると、「富良野産新じゃが芋10㎏を無料でプレゼントします」と書いたチラシが入っていました。送料のみ負担すればよくて、9月上旬より順次届けてくれるそうです。新鮮で美味しい新じゃが芋が食べれるなんて嬉しいなぁと期待して、申し込んでみました。9月が楽しみになりました。
「プチホテル ブランフルール」
部屋
バス・トイレ・洗面所
夕食は、レストランで「ジンギスカン食べ放題」です。ようちゃんは、焼肉が大好き。おかわりを何度もするので、レストランの人から睨まれそうな気がして、まゆちゃんはヒヤヒヤ。健啖家のようちゃんは、よく飲んでよく食べました‼
ジンギスカン専門のレストラン・たまねぎ
夕食のジンギスカン
食事が済んでから「日の出ラベンダー園」のライトアップを見に行く予定だったのですが、”食べ&飲み”が過ぎたため身体が重くなり、行かないことになりました。
4.富良野、小平、苫前、稚内、天北の湯 ドーミーイン稚内 泊(3日目/7月13日)
今日は、富良野メロンのお店「藤林商店」でメロンを買って、小平の「旧花田家番屋」等を観光して、「苫前町郷土資料館」で三毛別(さんけべつ)ヒグマ事件の展示を見て、日本海オロロンライン・宗谷サンセットロードを通って、本日の宿「天北の湯 ドーミーイン稚内」まで移動します。ここで、たび友のM夫妻と合流して、夕食を共にする予定です。今日の移動距離は、約340㎞とハードですよ。事故を起こさないように注意しながら、ぶっ飛ばして行こう!
朝食は、別棟にあるレストラン「しらゆき」でいただきました。こじんまりしていて、おしゃれな雰囲気のレストランでした。玄関には、高価そうなアメジストの塊や珍しいアンモナイトの化石が飾ってあって、「うわーイイね」と思わずため息がでました。こんなのが家にあったら元気が出そう~。
朝食
玄関に飾ってあるアメジストの塊とアンモナイトの化石
いつもより早めの8時半にホテルを出発して「藤林商店」に直行しました。今回は、朝一でお客さんが多く、お店の人はお客さんの対応に追われていたため、富良野メロンの味見どころではありませんでした。昨年は、午後の一段落した時間帯だったので、味見できたのにね。残念でした~。次回は、朝一を避けて、午後3時前くらいに伺うことにしよう! 慌ただしい中、富良野メロンを購入して、家族の元に送っていただくことにしました。「藤林商店」の富良野メロンは安くて美味しいので、ありがたいです。
富良野の麓郷にある「藤林商店」
メロンを買ってから、日本海側の留萌に向かってぶっ飛ばしました。留萌では、「道の駅るもい」で休憩をとってから、小腹が空いてきたので食べ物を探してウロツイテいたら、蒸しトウモロコシを見つけました。トウモロコシのシーズンには少し早いのか、今まで蒸しトウモロコシの姿を見かけませんでしたね。やっと巡り合えたので、即食べることに決定!
「道の駅るもい」
初物のトウモロコシは、旨かった‼
留萌では、稚内方面に右折して小平町に向かいました。「藤林商店」を出発してから約2時間半後(移動距離:154㎞)に「道の駅 おびら鰊(にしん)番屋」にやっと到着。敷地内に国指定の重要文化財の「旧花田家番屋」があります。国道を挟んだ海岸側には、「三船遭難慰霊之碑」もありました。
「道の駅おびら鰊(にしん)番屋」・・内部は番屋のような造りになっていました。
道の駅の隣りにある「旧花田家番屋」は、明治38年に創建され、現存する北海道最大の鰊(にしん)番屋です。当時の雇い人は、200人を超えていたそうです。国の重要文化財に指定されていて、平成13年には北海道遺産にも認定されています。木造建築ですが、とても大きくて頑丈そう。
「旧花田家番屋」
番屋の入口には、モッコ背負いの女性像がありました。この像が、当時の鰊漁の栄華を物語っているとのことでした。
番屋の入口
モッコ背負いの女性像
「旧花田家番屋」の次に、「三船遭難慰霊之碑」を観ました。第二次世界大戦末期の1945年8月22日、北海道留萌沖の海上で日本の引揚船3隻(小笠原丸、第二新興丸、泰東丸)がソ連軍の潜水艦による攻撃を受け、小笠原丸と泰東丸が沈没(第二新興丸は大破)して1,708名以上が犠牲となった事件がありました。三船遭難慰霊之碑は、その時に亡くなった御霊を鎮めるために設けられた碑です。後ほど知ったことですが、横綱大鵬関も小笠原丸に乗船していましたが、稚内で下船したために一命を取り留めたそうです。こんなに穏やかな海で、悲惨な事件があったなんて信じられないと思いながら、終戦直後の混乱と、当時の人々の苦難に思いを馳せ、戦争は絶対にしてはいけないことだと心に誓いました。
「三船遭難慰霊之碑」
碑文
次は、「苫前(とままえ)町郷土資料館」です。ここで見たいのは、三毛別(さんけべつ)ヒグマ事件に関する展示や資料です。三毛別ヒグマ事件は、北海道開拓時代にあった「世界の熊害史上最大の悲惨な事件」。事件の概要は、ここをクリック! 実際に事件が起きた場所は、ここから約26㎞ほど山の中に入った所です。当時を再現した建物や実物大の模型のヒグマが展示されています。私達は気持ちが悪いので行きませんが、興味のある方は、行ってみたらよろしいかと思います。ヒグマに襲われるかもしれませんが、そこは自己責任で‼ (参考までに現地の写真を掲載してます。)
苫前町郷土資料館
ヒグマが襲ってきた様子を再現していました。
現地の写真(三毛別ヒグマ事件の模型)
開拓時代の住居は、藁ぶきの掘っ立て小屋で、ヒグマの一撃で簡単に壊れてしまうほどの粗末な造りでした。極寒の北海道で、こんな小屋で生活してたことにも驚いてしまいました。苫前町郷土資料館は、ヒグマの話だけではなくて、擦文時代(さつもんじだい)から現在に至るまでの苫前地域の人々の暮らしなども紹介していました。因みに、視聴覚室では、三毛別ヒグマ事件を題材にして東映が製作したテレビ映画「羆嵐」(三國連太郎主演)が上映されていました。元千葉県知事の森田健作の若かりし頃の姿を観ることができま~す。
苫前町郷土資料館を後にしてから、日本海オロロンライン・宗谷サンセットロードを通って稚内市に近い「こうほねの家」に向かいました。途中、北海道ならではの壮大な原野と、日本海側には利尻富士を間近に見ることができました。曇っていたのが少し残念でしたけど。4年前に、106年ぶりに熊が利尻島に上陸したというニュースが流れましたが、こんなに近いので熊でも泳いで行けそうだねと思いました。
宗谷サンセットロード(右:サロベツ原野、左:日本海)
風力発電機がずらーっと立ち並んでいました。
宗谷サンセットロードから見えた利尻富士(雲がじゃま)
「こうほねの家」は、利尻礼文サロベツ国立公園内にある休憩施設です。屋上からは、日本海の向こう側にそびえ立つ利尻富士や美しい夕日が見られるそうです。絶好ビューポイントを期待していたのですが、雲が垂れこめていて、利尻富士の姿はぼんやり見える程度。残念でしたね~。「こうほねの家」の中に飾ってあった写真を見て、天気が良かったらこんなに綺麗に見えるんだと思って、気を取り直しました。
「こうほねの家」
屋上から微かに見えた利尻富士(手前は、こうほね沼)
飾ってあった写真(利尻富士が美しいですね。)
「こうほねの家」を出てから、宿の「天然温泉 天北の湯 ドーミーイン稚内」に行きました。たび友のM夫妻と18時に一緒に食事をする約束をしていたので、時間に間に合うかどうかハラハラしましたが、なんとか間に合いました。移動距離が約340㎞ある上に、観光したい場所も多かったので、焦りました。
「天然温泉 天北の湯 ドーミーイン稚内」
M夫妻とは、2019年の11月に一緒に「カリブ海&パナマ運河&中米旅行」に行って以来、約3年ぶりの再会です。3年の歳月が経ったとは思えないほど、M夫妻はちっとも変わっていません。懐かしくて、お互いの近況報告に花が咲きました‼ 楽しいひと時を過ごせたことに、改めて感謝を申し上げま~す❣
M夫妻と記念写真
夕食会場の「竹ちゃん」
刺身が美味しかったです!
ホテルでは、夜鳴きそばの振舞いがあったので、夕食後に夜鳴きそばも食しました。もうお腹一杯‼
夜鳴きそば
私達が泊まった部屋です。ベッドルームが狭いぶん、シャワールーム・洗面所・トイレがそれぞれ独立していました。このタイプの部屋の方が一体型より使い易いですね。
ベッドルーム
シャワールーム
洗面所
トイレ
5.稚内、宗谷、サフィールホテル稚内 泊(4日目/7月14日)
7時半に朝食を食べ、その後、M夫妻とお別れしました。M夫妻は、私達と逆の方向で旅行していて、今から富良野へ向かうとのこと。私達は、網走の方へ向かいます。今日は、稚内市を中心に、「ノシャップ岬」「ノシャップ寒流水族館・稚内市青少年科学館」「漁師の店で赤雲丹丼」「稚内市北方記念館・開基百年記念塔」「旧瀬戸邸」「 稚内副港市場」「稚内市樺太記念館」を観光してから、「白い道」を通って「サフィールホテル稚内」にチェックインします。
朝食
ホテルを8時50分に出発し、先ずは、「ノシャップ岬」から。ここには大きなイルカのモニュメントがあります。なぜイルカのモニュメントがあるかというと、イルカが宗谷海峡を通過したという昔話があるからだとか。あまり深い意味はなさそう。
「ノシャップ岬」
「ノシャップ岬」には、「ノシャップ寒流水族館・稚内市青少年科学館」があります。すぐ傍なので、行ってみました。建物はかなり古くて、「展示はたいしたことないかも⁉」と思ったのですが、意外にも充実していて楽しめました。
「ノシャップ寒流水族館・稚内市青少年科学館」
施設の中に入ると、青空の下、ゴマフアザラシやペンギンの水槽がありました。ゴマフアザラシの餌やりが楽しかったです。アザラシも餌をくれる人をちゃんと覚えていて、自己アピールをするのですよ。アザラシと言えども賢いね~。
ゴマフアザラシの餌(ほっけの稚魚)
動画:ノシャップ寒流水族館・ゴマフアザラシの餌やり
ゴマフアザラシの中には、人間とコミュニケーションが取れる者もいて、彼らを使ったゴマフアザラシのショーが行われていました。とても愉快で笑えました~。
動画:ゴマフアザラシのショー
建物の中に入ると大きな水槽があって、大きな魚が悠々と泳いでいました。この近辺に生息している魚です。
大きな水槽
大きな水槽を通り抜けると、小さな水槽が並んでいました。色とりどりに飾られていて、まるで香港の金魚店みたい‼ こうした展示方法って、今の流行りなのでしょうか?
小さな水槽
小さな水槽
小さな水槽
香港の金魚店で見た水槽(2019年10月)
小さな水槽の先には、ドクターフィッシュの水槽があって、水槽に手を入れると魚が寄ってきます。こそばゆかった~‼
ドクターフィッシュ
水族館を見終えた次は、稚内市青少年科学館に入りました。ここには、南極第1次越冬隊についての資料等が展示されていて、興味深かったです。昭和基地のライブ映像があって、感心しました。南極の石も展示されていたのですよ。で、最も感動したのは、稚内市で生まれ育ったタローとジローの奇跡的な生存です。タローとジローの話しは、子供心に覚えています。南極がどんな環境の所か分かりませんでしたが、凄い犬がいるってことだけは頭の中にインプットされたようです。
砕氷艦しらせの模型
昭和基地のライブ映像
南極の石
タローとジロー
隊員の部屋
基地内で料理を行っている時の様子
続いて、「漁師の店」に行きました。ここは、「ノシャップ寒流水族館・稚内市青少年科学館」の近くです。車で3分くらいの場所にあります。この店は、美味しくて安いので有名。余市町の「柿崎商店」では、赤雲丹丼が6,650円だったのに対し、ここでは2,000円でした。3杯も食べれるのですよ~❣ ホタテ貝は1個250円。ナメタガレイ&鰊のみりん干しは、各100円です。全部美味しかった~‼ 「柿崎商店」を卒業して、来年からは、稚内市の「漁師の店」に通います。
「漁師の店」
2,000円の赤雲丹丼(「柿崎商店」との違いは、海苔とワサビだけ)
メニュー表
ナメタガレイ&鰊のみりん干しとホタテ貝を炙って食べました。
腹ごしらえができたので、「稚内市北方記念館・開基百年記念塔」に行きました。展望台からは濃霧のために遠くが見えませんでした。目の前は、宗谷湾なんだけど、サッパリです。
開基百年記念塔・北方記念館
展望台からの景色
ここで驚いたのは、「伊能大図」です。伊能忠敬と間宮林蔵の合作だそうですが、江戸時代の測量技術と地図作成の正確さにビックリ(@_@)‼ 現在の北海道地図と遜色ないんですよー。「伊能大図」は床に貼られているのですが、その上を歩いてみると、正確で精密なことに気が付きます。凄い技術を持っていたのですね~。
間宮林蔵の像
「伊能大図」は床に貼られていました。
続いて、「旧瀬戸邸」に行きました。「旧瀬戸邸」は、昭和27年に底曳漁業を営んでいた瀬戸常蔵によって建てられています。建物の正面と裏側につけられた赤レンガの2本の煙突や、切妻形式で赤いトタン葺き屋根、棟飾りなどが特徴だそうです。建物は平成24年4月より一般公開され、平成25年6月20一日には、国の登録有形文化財に登録されています。当時の宴席風景が再現されていて、漁業に関する展示物もありました。
旧瀬戸邸
玄関
宴席風景
当時の写真(稚内の賑わいが分かります。)
貴重な象牙製の帆船が展示されていました。
ズワイガニ製の帆船もありました。ユニークですね。
続いて、「稚内市樺太記念館」に行きました。稚内市と樺太の係わりに関する様々な資料が展示されていました。ここでは、新しい発見がありました。それは、横綱大鵬に関することです。
「稚内市樺太記念館」入口
展示の様子(右側の菊の御紋の入った石は、国境標石だそうです。)
映像コーナーがあって、5本の映像の内、エピソード2の「大鵬と樺太編13分」が新しい発見の基です。横綱大鵬の子供時代の出来事を中心に語られていました。
記念館の映像資料一覧
映像の概要:横綱大鵬は、樺太の敷香(ポロナイスク)で、ウクライナ人の父と日本人の母の間に生まれた。家業は、牧場経営。終戦後、ソ連の侵攻から逃れるために母親と兄弟と一緒に命からがら大泊(コルサコフ)まで列車で移動し、引揚船の小笠原丸に乗った。小樽で下船する予定だったが、すし詰め状態だったこともあって母親の船酔いが激しく、やむを得ず稚内で下船した。その後、小笠原丸は、小樽に向かったが、留萌沖でソ連軍の潜水艦の攻撃を受け沈没してしまった。1945年(昭和20年)8月22日の出来事。同日に、引揚船の第二新興丸は大破し、泰東丸は沈没。1,708名以上が犠牲となっている。大鵬は、稚内で下船したために、命を落とさずにすんだ。大鵬はいつも「ここで降りたがために、今がある」と言っていたそうだ。大鵬は、弟子屈の川湯温泉で育ったが、貧しさゆえの苦労を味わい、人一倍の努力を重ねて横綱まで登り詰めた。大鵬相撲記念館は、川湯温泉にある。
横綱大鵬
樺太の敷香(ポロナイスク)で、ウクライナ人の父と日本人の母の間に生まれた。
母親と兄弟と一緒に敷香(ポロナイスク)から大泊(コルサコフ)まで移動し、引揚船の小笠原丸に乗った。
大鵬達は稚内で下船したが、その後、小笠原丸は、留萌沖沈没した。
稚内で下船したために、九死に一生を得た。日本に帰国後、屈斜路湖近くの弟子屈町川湯温泉で育った。
大鵬が、子供時代に、貧しさから家計を助けるために納豆を売り歩いていた事は知っていましたが、引揚者だった故に大変な苦労をしたことまでは知りませんでした。偉業を成し遂げたのも、こうした背景があったからだと大鵬の立派さを痛感しました。(ハンサムな理由も初めて知りました)
本日の最後の観光は、宗谷岬の南側に広がる宗谷丘陵の「白い道」です。ここは、一方通行になっており、宗谷岬方面から入らないといけません。道が分かりにくく、入口を探すのに少し戸惑いました。「白い道」は全長2.3㎞で、ホタテの貝殻が敷き詰められています。車で通れば、ゆっくり走っても10分もかかりませんでした。宗谷海峡の【青】と緑地の【緑】と道の【白】のコントラストが美しいとのことで、人気のドライブコースだそうですが、この日は曇っていたので、どおってことはありませんでしたね。貝殻の粉末でフロントガラスが白くすすけて見通しが悪くなったのは、マイナスかな⁉
白い道のスタート地点
動画:宗谷丘陵の「白い道」
「白い道」を通り抜けてから、稚内市内にある「サフィールホテル稚内」に行きました。このホテルは、今朝チェックアウトした「天然温泉 天北の湯 ドーミーイン稚内」の隣にあります。
「サフィールホテル稚内」
部屋
バス・トイレ
夕食はビュッフェでした。
6.浜頓別、枝幸、岡島、紋別、東横INNオホーツク・網走駅前 泊(5日目/7月15日)
今日は、現金が少なくなったので、「猿払簡易郵便局」でお金を引き出し、近くの「海王食品」でおつまみを購入して、ひたすら一直線でライダーに人気の「猿払エサヌカ線」を通過して、「オホーツクミュージアムえさし」「蟹の爪オブジェ」「北海道立オホーツク流氷科学センター」「東横INNオホーツク・網走駅前」と進んで行きます。
朝食
ホテルをチェックアウトしてから約50分後に「猿払簡易郵便局」に到着。ATMがないので困っていると、窓口の女性が「キャッシュカードがあれば、ここでATMと同じ手順でお金を引き出せますよ」と言って、小さな読み取り機を出してきました。それにキャッシュカードを差し込んで金額と暗証番号を入力すると、女性がお金を支払ってくれました。日本中の郵便局すべてにATMはあるものと思っていたので、この装置に感激。これだと振り込め詐欺なんてできっこありませんね! 旅行中、現金を補給するためには、いつも郵便局を利用しす。全国どこの郵便局でも(たとえ離島でも)”手数料なし”で引き出せるのでとても便利です。
「猿払簡易郵便局」
次に、猿払の「海王食品」で人気商品「みみくん」のおつまみを購入しました。猿払は、ホタテ貝の産地として有名です。「海王食品」は、ホタテの貝ひもを低温乾燥で熟成させ、ピリ辛珍味を製造しています。製造過程でB級品がでるので、それを安い値段で工場直販しています。味見したところ、唐辛子のパンチが効いていて旨い。ビールのお供に最適です❣
海王食品㈱の建物
「みみくん」は3種類あります。残念ながら、中央の品(200円)しかありませんでした。
「海王食品」前の道路から「猿払エサヌカ線」が始まります。全長約16㎞で、途中に2つのクランクがありますが、これを除けばひたすら一直線に牧草の中を突き抜ける道路になっています。道路沿いには電柱や看板はなく、視界を遮るものがないため、地平線を最大限に楽しむことができます。北海道らしい壮大な景色が人気とのこと。走っていると、ついつい飛ばしたくなるのですが、そこはグッと我慢。この一帯には鹿がたくさん生息していて、道路に飛び出して来て大きな事故になることが多々あるとか。「猿払簡易郵便局」の女性からも、「海王食品」の販売員からも言われました。かくなる上は、十分注意をして、通行しましょう。
完全な平原(曇っていたので、折角の景色がイマイチでした。)
「猿払エサヌカ線」を通過してから、「オホーツクミュージアムえさし」に真っ直ぐ行きました。「オホーツクミュージアムえさし」の展示室には、体長7mを超える国内最大級のシャチの骨格が飾ってありました。また、オホーツク文化を今に伝える「目梨泊遺跡」の出土品(国指定重要文化財)をベースに、床面積100㎡近くある”大きな住居”も展示されていました。寒い地域だからでしょうか、大人数で暮らしていたそうです。
「オホーツクミュージアムえさし」
体長7mを超える国内最大級のシャチの骨格標本
「目梨泊遺跡」の住居の模型
住居の内部の様子(3家族程度が共同で生活していたようです。)
シャチの骨格標本や「目梨泊遺跡」の住居以外に、透明の骨格標本もありました。これは珍しいですね。
透明の骨格標の説明(クリックすると拡大します。)
カエル
ヌマガレイ
クリガニ
枝幸(えさし)は、日本でも指折りのカニの漁場となっていることから、実物大のカニの標本も展示されていました。
タラバガニ(すごく大きかったので、驚きました。)
ハナサキガニ
ケガニ
施設が新しくて展示品も多いので、時間をかけてゆっくり見て回ると面白そうな博物館でした。
次に、昼食を取るために、「道の駅 マリーンアイランド岡島」に行きました。ようちゃんの好物のカツカレーを食べました。時々は、カレーも美味しいです。
「道の駅 マリーンアイランド岡島」
カツカレー
食事が終わってから、紋別のシンボルの「蟹の爪オブジェ」を見に行きました。高さ12㍍、直径6㍍、重さ7㌧もあって、迫力満点。すごいなぁと感動しました。こんなに大きなオブジェを見たのは初めてです。
紋別のシンボルの「蟹の爪オブジェ」
その後、隣接している「北海道立オホーツク流氷科学センター」に入って、見学をしました。網走にある「オホーツク流氷館」と内容がよく似ていました。どちらにも、マイナス16℃~20℃の部屋があります。
北海道立オホーツク流氷科学センター
マイナス20℃の部屋では、透明な氷に包まれた植物や魚の標本が飾ってありました。また、シャボン玉を飛ばして即座に凍らせる実験ができる部屋もありました。凍ったシャボン玉は、球形のままで床に落ちてきます。写真にある丸い物は、凍ったシャボン玉です。
マイナス20℃の部屋の入口
透明な氷に包まれた植物の標本
透明な氷に包まれた魚の標本
丸い物は、凍ったシャボン玉です。
その他、流氷ができる過程を現した動画も面白かったです。
流氷ができるまでを現した動画
オホーツク流氷科学センターを見終えてから、網走駅前にある「東横INNオホーツク・網走駅前」に向かいました。紋別から網走まで近そうな感じがしますが、結構遠くて、1時間50分もかかりました。
「東横INNオホーツク・網走駅前」
部屋はハートフルツインです。部屋の広さは22㎡です。
夕食は、YAKINIKU網走ビール館に焼肉を食べに行きました。行く途中、網走駅の前に「モヨロ人漁労の像」があるので、写真撮影しました。モヨロ人とは、6から10世紀頃、サハリンなどの北方からオホーツク沿岸に渡来してきたオホーツク文化の人々のことです。網走市最寄(モヨロ)貝塚は、その代表的な集落跡だそうで、彼らはクジラやトド、アザラシなどを主な生活の糧とする古代の優れた海洋狩猟民だったと聞きました。
「モヨロ人漁労の像」
YAKINIKU網走ビール館
焼肉をお腹一杯食べたようちゃんは、ゴキゲンでした。
7.網走、北見、大空、清里、ホテル緑清荘 泊(6日目/7月16日)
今日は、網走市の有形文化財に指定されている「旧網走刑務所正門遺構」を見て、「網走刑務所作業製品展示場」でお土産を購入し、北見市の「ハッカ御殿」と「北見ハッカ記念館・薄荷蒸留館」に行って、大空市の「オーヴェールの丘」、清里町の「さくらの滝」でサクラマスの遡上を見て、「ホテル緑清荘」で旅友のY夫妻と合流することになっています。今日もスケジュールがいっぱい詰まっています。
朝食
最初に、「旧網走刑務所正門遺構」に行きました。正門は、明治45年(1912年)に建てられ、大正13年(1924年)に永専寺に払い下げられ、現在の場所に移築され、網走若葉幼稚園の門になっています。正面中央に櫛形アーチ、両脇にドーム屋根をつけた番所など、ユニークな門となっています。歴史的に大変貴重な建物とのことで、昭和52年(1977年)に網走市の有形文化財に指定されています。現在の網走刑務所の正門とよく似たデザインです。(こっちが先輩)
「旧網走刑務所正門遺構」
次に、「網走刑務所作業製品展示場」に行きました。ここには、受刑者の方達が作った様々な手作り品(焼き物、木製品、手芸品など)が販売されており、質が良くてリーズナブルな多いとの評判です。網走の人気スポットになっているようです。
現在の網走刑務所の正門(旧刑務所正門とよく似たデザイン)
「網走刑務所作業製品展示場」
焼き物
万能丼
木製品
木製品や手芸品
色々と見て回った結果、木製の本(やさいの本、年間行事の本)と木製パズルを購入しました。本は、どちらも色が綺麗なので気に入りました。パズルは、ボケ防止用。
やさいの本(中央の絵は表紙)
年間行事の本(中央の絵は表紙)
木製パズル
木製パズル
「網走刑務所作業製品展示場」では、毎年10月に、玉ねぎやジャガイモなどの農産物も販売するそうです。それを買って宅配便で自宅に送ったところ、段ボール箱に大きな文字で「網走刑務所」と書いてあったので、すごく恥ずかしかったとM夫妻とが話していました。可笑しくて皆大笑い‼ お土産を買ったので、次は、「ハッカ御殿」です。「ハッカ御殿」とは、ハッカ商として活躍した大地主の五十嵐弥市の私邸のことです。建築に、地元の大工・山中金五郎が3年の月日を費やしています。一刀彫で仕上げた彫刻欄間など、至る所に贅を尽くした造りになっていました。ハッカで大儲けしたのでしょうね。
ハッカ御殿の概要(クリックすると拡大します。)
玄関
大広間
和室
大広間
居間
ハッカ御殿の近くに「情報センター」があって、タッチパネルで薄荷の歴史などが分かるようになっていました。また、実際に蒸留して作ったハッカ油もありました。
タッチパネル
ハッカ油
「情報センター」の裏には、「薄荷蒸留所」があったので、中に入って見学しました。中央に蒸留釜があって、ハッカ油を水蒸気で蒸留して抽出していた様子が分かり易く示されており、面白かったです。
「薄荷蒸留所」
蒸留の方法を解説した図
乾燥させた薄荷の葉
蒸留釜
近くの畑では、ハッカが栽培されていました。葉っぱを嗅いでみると、ハッカのいい香りがしました。お菓子などに使うミントによく似ています。今でも周辺の畑では、ハッカが栽培されているようでした。
薄荷畑
続いては、「北見ハッカ記念館・薄荷蒸留館」です。北見では、明治30年以降に入植した屯田兵や開拓民の手によってハッカが栽培され、広がっていったそうです。そして、昭和14年には、世界総生産の70%を占めるまでに至り、北見は”ハッカ王国”になりました。その後、外国製ハッカ製品に押されるようになったことや、合成ハッカが出回るようになったことで、ハッカ産業は衰退していきました。ここでは、原料となる乾燥ハッカを始め、蒸留装置やハッカ製品、ハッカを使った商品などが展示されていました。勿論、お土産用に販売もしていました。ハッカの生産量が世界第一位になっていたなんて知りませんでしたが、国産ハッカをマスクにちょっと付けるなどして今も愛用しています。喉や鼻がスッキリしますよ。
施設説明文
「北見ハッカ記念館・薄荷蒸留館」
蒸留桶
できあがったハッカ
ハッカが入っているお菓子
「北見ハッカ記念館・薄荷蒸留館」の次に、「オーヴェールの丘」に行きました。ここは、日本を代表する映画監督だった黒澤明の最後の作品となった「夢」の1つのエピソードである「カラス」のロケ地になった場所です。フランスのオーヴェール地方に似ているとの理由でロケ地に選ばれ、そのことから「オーヴェールの丘」と呼ばれるようになったそうです。麦畑が黄金色に輝いていて、静寂さに包まれた美しい所でした。北海道は広大なので、美しい場所・素敵な場所がたくさんあるね。
道路脇に立っていた看板
看板の写真によく似た地形の畑
美しい麦畑
本日の最後を飾るのは、清里町の「さくらの滝」でサクラマスの遡上を見ることです。昨年も来ましたが、今年もやって来ました。「さくらの滝」は、斜里郡清里町の斜里川にあります。滝の高さは、約2.5㍍。サクラマスは、渓流の女王といわれるヤマメが海に下り大きく成長し、再び産卵のために川に戻るサケ科の魚です。滝越えに成功するサクラマスはわずかだそうですが、力いっぱいジャンプする姿に逞しい生命力を感じます。素晴らしいですね。いつもながら「頑張れ~‼」と応援しました。余計なことですが、�「熊出没」と書いてある看板が気になります。
動画:「さくらの滝」でサクラマスが遡上していました。
サクラマスの遡上を楽しんでから、「ホテル緑清荘」に直行しました。予定通り、たび友のY夫妻と合流できました。Y夫妻も北海道を旅行している真っ最中です。福岡でも時々ご一緒することがありますが、北海道でご一緒するのも「また楽しからずや」。Y夫妻にはいつもお付き合いいただきまして、どうもありがとうございます。
Y夫妻と一緒に記念撮影
夕食は、 Y夫妻おススメのお食事処「大田」で、大田御膳をいただくことにしました。内容は、刺身(貝柱、海老、鯛、マグロ、タコ、鮭、ブリ)、酢牡蠣、生ハムサラダ、魚のフライ6個、天ぷら、海鮮丼、味噌汁、漬物となっています。こんなに盛沢山で、1,650円なんですよ‼ 福岡では考えられません。3,500円くらいはしそうな感じです。福岡の半額って言っても良いくらい。安くて美味しくて、最高でした~❣ 良いお店を紹介してくださって、Y夫妻にお礼を申し上げます。
お食事処「大田」
刺身7点盛
生ハムサラダ、魚のフライ、酢牡蠣
天ぷら
海鮮丼、味噌汁、たくあん
「ホテル緑清荘」には、源泉かけ流し日帰り温泉の「きよさと温泉」があります。なので、温泉だけを利用するお客さんが多いのです。しかも宿泊料金が安いので宿泊客も多く、随分と賑わっていました。
「ホテル緑清荘」
部屋
バス・トイレ・洗面所
私達は、明日、ここを発って釧路に行きますが、Y夫妻は、ここを根城にして北海道東部方面の観光を継続するそうです。部屋は広くて快適だし、温泉は付いているし、近くに安くて美味しい居酒屋があるしで、長期間滞在するのはもってこいの宿だと思いました。
8.弟子屈、東横INN釧路十字街 泊(7日目/7月17日)
朝から激しく雨が降っていて、今日は一日中雨が降るとの天気予報です。今日は、釧路川でカヌーに乗って楽しむ予定だったのですが、中止になりました。仕方ないです。釧路の「涙岬展望台」に行くのも中止。ガスがかかって何も見えないでしょうから。それで、今日は、「アイヌ民族資料館」と「コタン温泉」の観光だけとなりました。終日強い雨が降るとの予報なので、注意して釧路へ移動しなくちゃね。朝7時半にY夫妻と一緒に食事をしました。楽しい時間を過ごすことができて、Y夫妻には、心から感謝申し上げます。いつもありがとうございます。
朝食
9時半頃、Y夫妻とお別れをして、屈斜路湖の畔にある弟子屈町に向かいました。弟子屈町に近づくにつれて雨が酷くなってきました。「アイヌ民族資料館」には、11時前に到着。ここでは、アイヌの人々の日常生活に欠かせない品物が展示されてましたが、中でも一番面白いと思ったのは、探検家・松浦武四郎の活躍を分かり易く紹介した映像コーナーでした。
アイヌ資料館の入口
展示の様子
展示の様子
展示の様子
アイヌの人達の食事(左:ヒシの実ご飯、中央:芋と筋子を混ぜ合わせた物、右:団子)
鮭の皮で作った靴
映像コーナー
映像コーナーで初めて知ったことは、北海道の名付け親が松浦武四郎だったと言うこと。映像を見るまで全く知りませんでした~。
映像の概要:松浦武四郎は、旅行話が大好きな少年だった。それが高じて、16歳の時に江戸へ一人旅をするようになり、更には、諸国を巡るようになった。旅行の資金源は「印鑑作り」。旅行しながら、印鑑を作っては売っていた。武四郎が蝦夷地に行くようになったきっかけは、長崎で住職を務めていた時のこと。長崎で、ロシア帝国が蝦夷地を狙っていることを耳にしたので、蝦夷地を守るために僧侶を辞め、調査を行うべく蝦夷地に向かった。1845年28歳の時に蝦夷地に渡り、アイヌ民族の人々に道を案内して貰って、調査を行う。その後、江戸幕府から蝦夷調査担当に抜擢され、計6回の蝦夷地の調査を行った。武四郎は、当時の蝦夷通だった貴重な人物。明治政府となり、武四郎が新政府に提出した上申書の中で、蝦夷地の名称候補を「北加伊道」とた。「加伊」は、アイヌの人々がお互いを呼び合う「カイノー」が由来で、「人間」という意味。「北加伊道」は「北の大地に住む人の国」という意味で、武四郎のアイヌ民族の人々への気持ちを込めた名称だった。明治政府は「加伊」を「海」に改め、現在の「北海道」としたとのこと。
松浦武四郎
松浦武四郎が明治政府に提出した上申書
一回目の調査場所
二回目の調査場所
三回目の調査場所
三回目の調査場所(国後島・択捉島まで行ってるんですよ!)
五回目の調査場所
北海道に行くと、いろんな所で松浦武四郎の名前を耳にしていました。その時の印象としては、「単なる探検家でフーテンの寅さんみたいな人」だったのですが、今回、かなりの知識人だったことを知りました。北海道の名付け親に留まらず、北海道開発に大いに貢献した立派な人だったんです‼
「アイヌ民族資料館」を出てから、すぐそばにある「コタン温泉」に行きました。「コタン温泉」には、”コタン共同浴場”と”コタン温泉露天風呂”がありました。”コタン共同浴場”は、地元の人だけしか入浴できないそうです。なので、外観の写真だけになりました。
”コタン共同浴場”
一方、誰でも入って良いのは”コタン温泉露天風呂”です。無料だそうです。左右に男女別の脱衣所がありました。ただし、ドアはありません。温泉分析書が貼ってあるので本物です。湯加減もちょうどよくて、イイ感じ❣ まゆちゃんが写真を撮っている時に、脱衣所でおっちゃんが着替えをしている最中で、お互いにドッキリしました~。裸を見られてもヘッチャラな方におススメの温泉ですね~。或いは、見張り付きの人ですかね~。
標識
”コタン温泉露天風呂”(左右の小屋は、脱衣所)
”コタン温泉露天風呂”
脱衣所
温泉分析書
雨は、相変わらず強く降っており、何処にも寄らずに釧路の「東横INN釧路十字街」に直行しました。弟子屈から車で約2時間かかりました。
「東横INN釧路十字街」
部屋(面積14㎡)
夕食は、「東横INN釧路十字街」推薦の「海鮮炉端 釧路っ子」に行きました。 若い人向きの居酒屋でした。
「海鮮炉端 釧路っ子」
皮たれ串(売れ行きNo.1だそうです。)
仙鳳趾(せんぽうし)産の蒸し牡蠣
手羽先の塩焼き
山芋のバター炒め
食事を済ませてホテルに戻り、コインランドリーで洗濯をしようと思ったら、洗濯をしたい人が並んでいました。今日は大雨が降ったため、ツーリングドライバーさんを始め、皆さん雨に濡れて大変だった様子。なかなか順番が回ってこなくて、洗濯機を使用できたのが21時頃で、乾燥が終わったのは23時近くでした。洗濯機と乾燥機があるのは助かるのですが、各2台ってのは少ないです。また、乾燥機も電気式じゃなくてガス式だと30分もすれば完全に乾くのに、昔風の電気式だから少なくても1時間はかかります。時間ばかりかかって、なかなか乾かない・・・これが電気式の欠点です。なので、人気のある店舗は、早くガス式に変えて欲しい~!
9.上士幌、鹿追、音更、十勝川温泉観月苑 泊(8日目/7月18日)
昨日は大雨だったのですが、今日の釧路は曇り。天気予報でも「一日曇り」と言っているので、安心して観光ができます。本日の予定は、「ナイタイ高原牧場展望台」「しんむら牧場クリームテラス」「然別湖(しかりべつこ)」「とかち鹿追ジオパーク・ビジターセンター」「道の駅 ガーデンスパ十勝川温泉 」「十勝ヶ丘公園・花時計ハナック」「十勝が丘展望台」です。観光最後の日なので、しっかり楽しまなくちゃね。で、最後の宿は、「十勝川温泉観月苑」です。
朝食
9時にホテルを出発して、 「ナイタイ高原牧場展望台」に向かいました。127㎞も移動したので、2時間半かかり、11時半頃に到着しました。「ナイタイ高原牧場」に入ってからの景色は、緑豊かで爽やかでした。
「ナイタイ高原牧場」内の景色
「ナイタイ高原牧場」内の景色
「ナイタイ高原牧場」は、総面積約1,700ha(東京ドーム358個分)で、日本一広い公共牧場です。「展望台」に至るまでの道すがら、遥か遠くの方でに牛を放牧している光景を見ることができて、また、色合いの異なる緑に包まれた景色を楽しむこともできました。で、展望台の下に広がる草原では、緑のじゅうたんが足元にやさしく、寝そべりたいくらい心地よかったです。展望台に上がると、天気が良かったこともあって十勝平野を一望にすることができ、爽快な分を味わいました。ここには子ども連れの家族やツーリングドライバーなどたくさんの人が集まってきていて、賑わっていました。
ナイタイ高原牧場展望台から十勝平野を望む
ソフトクリームを販売している看板があったので、「展望台でソフトクリームを食べたら気分最高だろう‼」と思ってお店に入ったら、既に30人くらい並んでいたので、「これじゃぁ、いつ買えるか分らん」と思い、諦めました。人気の観光スポットなのでしょう。皆さん考えることは同じのようです。
ソフトクリームの看板
行列のできるソフトクリーム!
お腹も空いてきたし、ソフトクリームも食べれそうにないしで、「しんむら牧場クリームテラス」に移動することにしました。「 しんむら牧場クリームテラス」では、放牧牛乳を使った料理を食べることができるそうです。早速、放牧牛乳とミルクジャムがセットになったスコーンを注文。ミルクジャムを食べたのは初めてで、練乳とは違ってサラサラしていて、甘くて美味しかったです。
「しんむら牧場クリームテラス」入口
お土産品も販売していました。
食事コーナー
ワッフル、カレー、放牧牛乳
スコーン、ミルクジャム、ミルク紅茶、放牧牛乳
レストラン入口の近くには山羊が寝そべっていて、顎髭を生やした雌山羊がいました。髭が生えるのは、雄だけだと思っていたけど、山羊は人間と違うのでしょうか??
手前の寝そべっている山羊は、雌です。
お腹が満たされ、休憩も取れたので、次の観光先の「然別湖(しかりべつこ)」に行きました。然別湖は、大雪山国立公園唯一の自然湖で、標高810mに位置しており、北海道内では最も高い場所にあります。周辺の山々は、かつての火山活動によって誕生しており、溶岩ドームが川をせき止めたことによって然別湖ができたと言われています。然別湖は、とても綺麗で、畔には足湯もありました。
「然別湖(しかりべつこ)」
きれいですね~。
足湯がありました。
「然別湖」では、冬場、マイナス20℃前後まで冷え込むことがあるそうです。湖面が分厚い氷で覆われる1月下旬になると、湖面上に雪と氷で作られた【コタン】が設営されると聞きました。カウンターやグラスまで氷で作られたアイスバーや、脱衣所まで雪でできた氷上の露天風呂も現れるとか。「是非、コタンに遊びに来てね!」と言われましたが、こんな山の中までどうやって来たらいいのでしょうか?スタッドレスタイヤを装着したとしても、氷の山道の運転には自信ないよ~。
然別湖コタン
然別湖の端っこに湖底線路があると言うことなので、行ってみました。線路が湖底に消えていくため、「まるでアニメ映画のワンシーンのような景色だ」とSNSを中心に人気を博しています。最初は、鉄道の廃線かな?と思っていたのですが、冬季に遊覧船を陸に引き上げるためのレールだそうです。
湖底線路
「然別湖」の周辺には、冷気が噴き出している風穴がたくさんあるそうです。「それは珍しい」と思い、風穴を探しに行きました。山肌のあちこちに風穴はあって、手をかざすと、冷たい風が吹き出ているのが分かります。風穴の4㍍下には、永久凍土があるとの説明。地表からわずか4㍍下に永久凍土があるなんて、まるでシベリアみたい‼ この風穴を住かにして、絶滅危惧種のエゾナキウサギが生息しているそうです。
風穴(赤丸で囲った所が風穴です。)
エゾナキウサギ
続いて、これまた珍しい岩塊斜面(千畳くずれ)も探しました。樹木が茂っていたので分かりにくくて、少し苦労しました。
岩塊斜面(千畳くずれ)
岩塊斜面(千畳くずれ)ができる仕組みや風穴に関して、解説したパネルが近くに掲示してあったので紹介します。
岩塊斜面(千畳くずれ)ができる仕組み(クリックすると拡大します。)
岩塊斜面(千畳くずれ)ができる仕組み
冬の風穴について
春の風穴について
夏の風穴について
秋の風穴について
続いて、「扇ヶ原展望台」に行きました。この展望台から、然別湖周辺の山々で発生した火砕流や土石流などでつくられた 扇状の台地「扇が原」を見下ろすことができます。 天気の良い日は太平洋まで見通せるそうですが、そこまでは見えませんでした。
「扇ヶ原展望台」から眺めた十勝平野
次に、「とかち鹿追ジオパーク・ビジターセンター」に行きました。入ってすぐの所に、北海道内のジオパークの特徴となる岩石標本が並べられていました。面白そ~やね。
「とかち鹿追ジオパーク・ビジターセンター」
北海道内ジオパークの岩石標本
北海道には5つの日本ジオパークと2つの世界ジオパークがあるそうです。ジオパークは、その保護に取り組むことだけではなく、ツーリズムなど観光振興や地域振興につながることが期待されています。ここで、最も気になったのが、世界ジオパークのアポイ岳です。岩石標本を持ってみて、すごく重たいのでビックリ‼ 一度、アポイ岳に行ってみたいと思いました。
北海道内のジオパーク
また、鹿追町職員の方が、十勝平野が川の動きに伴って形成されたことを、実験をしながら教えてくれました。普段は小学生を対象に行っている実験だそうです。大人が見ても「なるほど」と思う部分があって、楽しめました。
実験の様子
「とかち鹿追ジオパーク」では、大地の成り立ちや鹿追町に生息する動植物などについて、プロジェクションマッピングや展示物、実験装置などを使って紹介していました。
鹿追を出てから、宿泊先の十勝川温泉に向かいました。ホテルに入る前に、「道の駅 ガーデンスパ十勝川温泉 」と「十勝ヶ丘公園・花時計ハナック」に寄り道しました。
「道の駅 ガーデンスパ十勝川温泉 」
内部の様子
「道の駅 ガーデンスパ十勝川温泉 」には、”そらの足湯”と”いで湯の磐座(いわくら)”がありました。”いで湯の磐座”は、日高石という珍しい石だそうで、十勝川温泉のお湯の守り神だそうです。
”そらの足湯”
”いで湯の磐座”
「十勝ヶ丘公園・花時計ハナック」に向かう途中、空が急に暗くなって、夕立が降りました。雨が上がると虹が二重にかかり、とても美しい光景を見せてくれました。夕立後の虹は、いつもきれい。
雨上がりの虹
「十勝ヶ丘公園・花時計ハナック」は、直径18㍍、長い針(分針)の長さは10.1㍍で、設置当時は世界一とされ、1982年にギネス認定されました。しかし残念なことに、今では、世界一の座を明け渡してしまっています。午後5時になると、ドボルザーク作曲の【家路】のオルゴールを流してくれるのですよ。懐かしかった~。このメロディーを聞くと小学生時代を思い出します。
「十勝ヶ丘公園・花時計ハナック」
十勝ヶ丘公園には、北海道遺産の「モール温泉足湯」がありました。無料で誰でも使えます。モール泉に浸かりたくて、十勝川温泉の宿を選んだ私達にとっては羨ましいばかり。モール泉は一般の温泉と少し異なっています。太古の時代の葦などの植物が長い時間をかけて堆積し、このできあがった亜炭層を通って湧き出る温泉をモール泉としています。植物性の有機物を多く含み、写真のように湯の色は褐色になっています。十勝川温泉は、かつてアイヌの人たちが【薬の沼】と言っていたそうで、浸かると肌がヌルヌルになります。
足湯の看板
モール温泉足湯
湯船の底が見えます。湯の色は茶色です。
足湯に入りたかったのですが、温泉に浸かることはホテルでもできるのでパスし、「十勝が丘展望台」に行って、明るいうちに十勝川温泉を展望することにしました。
「十勝が丘展望台」から見える景色(目の前が十勝川温泉です。)
十勝川温泉の拡大写真
「十勝が丘展望台」で写真を撮ってから、本日の宿「十勝川温泉観月苑」にチェックインしました。
「十勝川温泉観月苑」
部屋
部屋から十勝川が見えました。
夕食は、ビュッフェです。夏休みだからか、子ども連れの家族が多くて、賑わっていました。
夕食
ビュッフェコーナ
ビュッフェコーナー
20時から、十勝ヶ丘公園で【夢ボタル鑑賞会】が開催されるとのことだったので、夕食を済ませてから公園まで歩いて行きました。「ホタルを観たのは、小学生の頃以来かなぁ?そう、〇十年ぶりになるね!」とついつい子供の頃を思い出してしまいました。ホタルはかなり飛んでいたのですが、ホタルの光が弱くて、うまく写真に撮れませんでした。残念~。
【夢ボタル鑑賞会】のポスター
10.音更、千歳、新千歳空港から福岡へ(9日目/7月19日)
今日は、福岡に帰る日です。いつもより少し早く朝食をいただき、部屋に戻ってから帰る準備をしました。
ビュッフェの朝食
9時にチェックアウトをして、新千歳空港に向かって出発。ここからだと、高速道路を通っても約2時間半かかります。事故でも起こそうものなら、予定している飛行機に乗れなくなります。事故を起こさないように十分注意しながら運転しました。途中、「星野リゾート トマム」のザ・リゾートタワーが見えてきた時に、2020年12月にリゾナーレトマムに泊まったことを思い出しました。ザ・リゾートタワーにはまだ泊ったことがないので、チャンスがあれば泊まってみましょう。
「星野リゾート トマム」のザ・リゾートタワーが見えます。
ホンダレンタカーに車を返却し、その後は、マイクロバスで空港まで送っていただきました。なんとか12時前には空港に到着できました。空港では、JALグローバル会員専用の受付カウンターで搭乗手続きを行いました。一般のところだと自動手荷物預け機を使って自分で荷物を預けないといけないから。また、手荷物検査所もグローバル会員専用のところを利用しました。桜ラウンジに入って、搭乗時間までのんびり過ごしました。
桜ラウンジに通じるグローバル会員専用の手荷物検査所
福岡空港行きのJAL3512便は、14時に新千歳空港を出発し、福岡空港には定刻通りの16時25分に到着。福岡空港に近づいてきた時、宗像市の神湊と勝島が見えました。新宮町の相島も見えました。陸側は雲がかかっていますが、海の方は、雲がないのでハッキリ見えます。
宗像市の神湊と勝島
新宮町の相島
飛行機は、志賀島上空を通って大野城市方面まで進み、そこからUターンして南側から滑走路内に侵入して着陸しました。最近は、このルートを通るケースが多いですね。
志賀島上空を通過しているところ(眼下に見えるのは、西戸崎)
右上に福岡空港滑走路、下に春日公園が見えます。
飛行機が滑走路に着陸すると、いつものことですが、ホッとします。何ごともなく福岡に辿り着くことができて一安心。北海道でご一緒した M夫妻もY夫妻も、無事に自宅にお帰りになったとの連絡がありました。どうもお疲れさまでした~。楽しかったですね。また、お会いできることを楽しみにしておりますので、よろしくおねがいいたします。
最後に、このたびの旅行で是非行きたいと思っていた所には、概ね行くことができました。積み残しは、大雨のためにキャンセルとなった「釧路川でのカヌー乗船」くらいですね。それと、新たに行ってみたいと思い立った「アポイ岳」があります。今年の秋に再度北海道旅行をする予定なので、この2つの観光地を訪問することも視野に入れて、計画を立てようと思っています。