デリー(ニューデリー・オールドデリー)・ジャイプル・アーグラ 4泊6日

インドのゴールデントライアングル(デリー、ジャイプル、アーグラ)を4泊6日で旅行してきました。「インドは治安が悪くて、観光客を狙った犯罪が多い。特に、女性旅行者に対する暴力が多い」と聞くので、正直おそろしい。なので、全行程を現地旅行会社にお願いすることにしました。ネットで探したDecent Indo Tours Pvt. Ltd.(ディセント インド ツアー)に、日本語ガイドと専用車とドライバー付きで。日本国内の旅行会社じゃなかったので、ビザを取るのに苦労しましたが(インドのVISA申請のURLは、入力中に回線がプツプツ切れる!何度もやり直しをせねばならず、泣かされました~)、信頼できて安上りでした。大正解やったで〜す。個人旅行をするなら、この旅行会社をおススメいたします。で、車での移動ですが、インドは日本と同じで右ハンドル・左側通行です。でも、街中に入ると渋滞がひどくて、カオス状態なんですよ。車線無視・クラクションの多用・慢性的な渋滞、これらに加えて、バイク・リキシャ・人、挙句には牛までもが入り乱れています。よくもまぁ事故が起きないなぁと驚くばかり。「日本と同じ右ハンドル・左側通行なら、レンタカーで大丈夫じゃない」は、トンデモナイコト。私達に腕利きのドライバーさんが付いていたからこそ、何ごともなく無事に旅を終えることができたのですよ。お忘れなく。ドライバーさん&ガイドさん、ありがとうございました。の旅行では、クルーズ船を利用していません。

1.旅行先

インド/デリー(ニューデリー・オールドデリー)・ジャイプル・アーグラ

 

2.旅行時期及び期間

2026年5⽉2⽇(土)から2026年5⽉7⽇(木) 4泊6⽇  

 

3.1日目 福岡発・羽田経由・インド/ニューデリー着&泊 2026年5月2日(土)

福岡空港7:00発のJL300便で羽田空港行の搭乗だったので、5:30に予約したタクシーに乗り福岡空港に向かいました。5:50頃には福岡空港に到着しました。すぐに、福岡空港2階のJALグローバルクラブのエントランスで羽田空港経由インド/ニューデリーのインディラ・ガンディー空港までのチェックインを済ませ、サクララウンジで7:00発のJL300の搭乗開始を待ちました。

福岡空港サクララウンジ入口

JL300便の搭乗口

JL300便は予定より10分遅れで羽田空港第1ターミナルに到着しました。国際線乗継の第3ターミナルへはシャトルバスで移動します。第3ターミナルへ移動後、10:55発のインディラ・ガンディー空港行JL039便 の出発ゲートを確認して、出発ゲート近くのサクララウンジに入りました。

JL300便の航空ルート

第3ターミナルへのシャトルバス乗場

羽田空港第3ターミナルのサクララウンジ入口

サクララウンジは、少し混んでいましたが、JL039便の搭乗開始時刻まで飲物と軽食を取ってゆっくりしました。

サクララウンジ内の様子

サクララウンジ内の様子

サクララウンジ内の様子

サクララウンジ内の様子

搭乗開始時刻より早く搭乗口に行きましたが、すでに搭乗は始まっていました。

JL039便の長いボーディングブリッジ

JL039便

ビジネスシート

シートの説明

JL39便の飛行ルート

羽田空港を飛び立ち、しばらくして昼食が提供されました。まゆちゃんは和食、ようちゃんは洋食でビーフにしました。まずは、まゆちゃんの和食です。コーラ、一の膳「春の前菜盛り合わせ」、二の膳「台の物・ご飯・味噌汁・香の物」です。。まゆちゃんの食べた感想ですが、ご飯と味噌汁と香の物以外は、味がせず美味しくなかったです。「機内での加熱ミス(オーバークック)」や「機内の乾燥による味覚の麻痺」などが原因か?期待していただけに残念‼

コカ・コーラ

一の膳「春の前菜盛り合わせ」

二の膳「台の物・ご飯・味噌汁・香の物」

ようちゃんの洋食では、赤ワイン、オードブル、メインディッシュ(ビーフステーキ)、デザートが提供されました。ようちゃんは、酔っぱらっていたようで、普通に食べれたそうです。

赤ワイン

オードブル

メインディッシュ(ビーフステーキ)

デザート

到着まで9時間20分と長いですが、インターネット接続で観光先の情報を調べたり、機内の映画を見たりしました。到着1時間半くらい前には、軽食が提供されました。

機内の映画

軽食

ガイドのサンさんが、空港に迎えに来てくれました。彼は日本語が達者で親切で、とても優秀なガイド。ずいぶん助けていただきました。日本語は、自力で勉強して取得したそうです。凄いね~‼

ガイドのサンさん

ドライバーの待つ駐車場

今日のホテル、ラディソン ブルー ホテル ニューデリー ドワルカに到着しました。途中、市街地では、車で渋滞することがありましたが、ホテル到着でホットしました。

ラディソン ブルー ホテル の部屋

ラディソン ブルー ホテル の部屋

ホテルにお願いして、ミネラルウォーターをたくさん頂戴しました。水道水が飲めないので、沸かす場合でもミネラルウォーターを使うし、歯磨き時の口すすぎにもミネラルウォーターを使うから必要です。

今日は、朝早くに起床したので、直ぐに眠くなりました。明日からの観光のために早々と寝ることにします。

4. 2日目 ニューデリー&オールドデリー観光、ジャイプル泊 2026年5月3日(日) 

朝8時に出発しました。既に気温は36℃もありました。5月が最も暑い時期で、45℃になることもあるそうです。旅行に適した季節は、秋(9月)から春(3月)の間。ガイドのサンさんは、9月までガイドの仕事がないと話していました。それから、大気汚染が酷いと聞いていたのですが、実際のところマスクは不要で、不快感などなくて問題無し。午前中にデリーの観光を行って、昼食後、次の観光地のジャイプルに4時間かけて移動しました。
デリーの観光先は、ヒンズー教寺院「ラクシュミーナーラーヤン寺院」、チャンドニー・チョーック・ロード(オールド・デリー)、ガンジーのお墓「ラージガート」、ムガル帝国時代の王様のお墓「フマーユーン廟」、戦争記念碑の「インド門」でした。

ホテルのレストランでビュッフェの朝食を食べました。辛い料理を食べると、お腹の調子が悪くなることがあると聞いたので、辛くない料理だけを食べました。最終日まで徹底しなくちゃ‼・・・試しに一口だけカレーを食べてみたのですが、ものすごく辛い‼ 口の中がしびれる~ぅ。食べられたもんじゃなかったです。

ビュッフェの朝食

MASALA TEAの朝の特別サービスがありました。

デリーの地図に、本日5月3日と5月6日に巡った主な観光場所の位置を示します。(下の観光地図)

デリー観光地図

まず、ラクシュミーナーラーヤン寺院に行きました。ヒンドゥー教寺院で、ヴィシュヌ神の化身ナーラーヤンと、その妻である「美と幸運と繁栄の神ラクシュミー」が祭られています。寺院の中に入るためには、靴を脱いで、携帯を預けないといけません。内部の写真撮影は不可。お参りに来ている人は多かったです。

ラクシュミーナーラーヤン寺院

ラクシュミーナーラーヤン寺院

ラクシュミーナーラーヤン寺院でお参りをしている時に、ガイドのサンさんから額に赤い印「ティーカ」を塗られました(怪我をして血が出ている訳ではありません)。この印が長いほど長生きするそうで、既婚女性は、前髪の中から眉の下まで赤い印を入れるそうです。

額に赤い印「ティーカ」

レッド・フォート建造物群(赤い城)に来ました。愛妃の死を悼み、総大理石の白亜の霊廟タージ・マハルを建てたムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーン。その彼がアグラから都を移し、自らの名を冠した新都に築いた居城が、「赤い城」レッド・フォートです。1639年から9年の歳月を費やし1648年に完成した居城は、建材に赤砂岩を用いていることからレッド・フォートと呼ばれ、「コーラン」に描かれた楽園を具現化した城内です。2007年に、隣接するサリームガル城(Salimgarh Fort) と併せて「赤い城の建造物群」としてユネスコの世界遺産に登録されています。

赤い城(レッド・フォート建造物群)

赤い城は、オールド・デリーの中心にあります。向かい側のチャンドニー・チョーック・ロード(にぎやかなショッピング エリア)でリキシャに乗って散策しました。
リキシャには20分ほど乗りました。運転手は、20代~30代の若者。私ら二人、重たかったでしょう。ごめんね~

チャンドニー・チョーック・ロード

リキシャに乗車

リキシャに乗車

動画:チャンドニー・チョーック・ロードでリキシャに乗車

リキシャ乗車の途中、サンさんが、チャイを飲むために喫茶店『Nagori Tea』に連れて行ってくれました。

チャイの喫茶店『Nagori Tea』

メニュー

下の写真がチャイです。19世紀〜20世紀初頭のイギリス植民地時代に、輸出用高品質の紅茶の残り(下級茶)を美味しく飲むため、ミルク、砂糖、スパイスを加えて煮出したのが始まりだとか。現在では、国民的な飲み物となっています。1杯40円くらいでした。容器は、素焼きの陶器で、使い捨てだそうです。

素焼きの陶器のチャイ

Raj Ghat (ラージガート)に来ました。ラージガートは、マハトマ・ガンジーが火葬された場所です。 1948年1月30日に暗殺され、その翌日、ここでヒンドゥーの儀式に従って火葬が行われました。 以来、慰霊碑のそばには「永遠の炎」が絶えず燃え続けています。

慰霊碑への参道

マハトマ・ガンジーが火葬された場所の慰霊碑

インド門を観ました。イギリスがインド軍兵士の慰霊碑としてインド門を建設しました。第一次世界大戦と第二次世界大戦で戦死したイギリスインド軍兵士約84,000人と第三次アフガン戦争約13,300人の兵士に捧げられています。アーチ型の門で、高さは約42メートルあります。

インド門

インド門

フマーユーン廟に来ました。フマーユーン廟は、ムガル帝国の第2代皇帝フマーユーンの墓廟。インドにおけるイスラーム建築の精華のひとつと評され、その建築スタイルはタージ・マハルにも影響を与えたといわれています。1993年に世界文化遺産に登録されました。

フマーユーン廟への参道

フマーユーン廟

フマーユーン廟の霊廟内部です。天井の高い中央のドームには、美しい大理石の透かし彫りがあり、中心にはフマーユーンの墓標がありました。

フマーユーン廟の霊廟内部

ドームの天井

フマーユーンの墓標

続いて、昼食のために中華レストラン『FUJIYA』に入りました。FUJIYAの周辺には、政府の庁舎や外国大使館が並び、こうした機関で働く職員や国内外の来賓の方が利用するレストランだそうです。『ふじや』と記載している観光案内がありましたが、日系かどうか詳細はわかりません。

中華レストラン『FUJIYA』の入口

内部の様子

食事の内容は、次の通りです。

昼食

ゆっくり食事を済ませ、ジャイプルまで車で約5時間、移動しました。
午後7時ごろ、やっと本日の『ホテル・ロイヤル・オーキッド』に到着し、チェックインしました。

ホテル・ロイヤル・オーキッド

ホテル・ロイヤル・オーキッドの部屋の様子です。ペットボトルの水はたくさん貰えました。

ホテル・ロイヤル・オーキッドの部屋の様子

到着が遅かったので、ホテルのビュッフェの夕食が付いていました。

ホテル・ロイヤル・オーキッドのレストラン

ビュッフェだったので、辛くないものを選びました。

ビュッフェの夕食

今日は、デリーとジャイプルの市街地を車でかなり移動しました。市街地では、牛や犬がウロウロ。ごみをあさって、食べ物を探していました。時々、餌をやる人がいるとか。大半の牛には飼い主がいて(野良牛もいる)、放し飼い状態にされていて、夜になると家に戻るそうです。道路の真ん中で寝そべっている牛もいました。ドライバーは、傷つけないように配慮しながら運転していました。

市街地の道路をたむろす牛

街中の光景です。車やリキシャやバイク、そしてゴミなどでゴチャゴチャ。商店街入口の狭いところに多くの人達が行き交っているので、物騒な感じです。商店街を歩く気にはなれませんね。また、女性がほとんどいなくて男性ばかりなので、気持ち悪いです。

街中の光景

街中の光景

街中の光景

街中の光景

5.3日目 ジャイプル観光、ジャイプル泊 2026年5月4日(月)

ホテルのレストランでビュッフェの朝食を食べました。辛そうにない食事も用意されていたのでよかったです。

朝食

本日、5月4日は、インドのラージャスターン州の州都「ジャイプル」を観光しました。気温は、デリーより少し低くて33℃。やっぱり暑いです。午前中、少し早めに北のデビジンプラのアンベール城まで行きました。ホテルから約1時間かかりました。ここでは、丘の上にあるアンベール城まで象に乗って昇ります。日中は暑くなるので、象のために午前10時で搭乗受付を終了しているそうです。
アンベール城をゆっくり観光して、水の宮殿の外観を観た後、インドの絨毯屋に行きました。絨毯屋では、お土産用に象の手織り絨毯を購入。ランチの後、現在も王様が住んでいる「シティ・パレス」、天文台の「ジャンタル・マンタル」、風の宮殿を見て回りました。

最後に、夕食を兼ねてインドの伝統舞踊を鑑賞しました。

アンベール城の位置

アンベール城です。16世紀に築城され、ジャイプルが州都になるまで150年間繁栄し続けています。城内はイスラム様式の影響を強く受けています。

アンベール城

アンベール城は丘の上にあるので、象のタクシーに乗って登りました。マハラジャ(偉大な王の意味)の気分を味わうことができてラッキー! ここで働いている象は、メスばかり。オスの象は気性が激しいので、タクシーには向かないそうです。

象が調教師の指示通りに動くので驚き

象が調教師の指示通りに動くので驚き

インドでは車は左側通行、象も左側通行

インドでは車は左側通行、象も左側通行

終点に到着

シン・ポル(ライオン門)は宮殿本体への入口です。ライオンは力強さを象徴しています。この門は、サワイ・ジャイ・シン(西暦1699年~1743年)の命令で建てられました。シン・ポルの外壁にはフレスコ画があります。通路は安全上の理由からか、宮殿へまっすぐにはつながっていません。

ライオン門(宮殿本体への入口)

下の写真は、アンベール城内のガネーシャ門です。壁面に精緻な幾何学模様のモザイクが施され、世界で最も美しいと言われる、象頭の神ガネーシャが描かれています。(中央ゲート入口上部をご覧ください)

ガネーシャ門

中央上部の象頭の神ガネーシャを拡大したのが、次の写真です。ガネーシャ門自体が、精緻な幾何学模様のモザイクで装飾されていることが分かります。

象頭の神ガネーシャを拡大

世界一美しいといわれるガネーシャ門をくぐり抜けると、ディーワーニー・カースという中庭に出ました。マハラジャ(偉大な王)が来客の貴族と謁見するための場所、「鏡の間(シーシュ・マハル)」あるいは「勝利の間」と呼ばれる壁面に小さな鏡を散りばめた幾何学模様で飾られた部屋がありました。天井や壁一面に小さな鏡が散りばめられていて、扉を閉じて外光を遮り、中でキャンドルを灯すと、鏡にキャンドルの灯が写り込んで、まるで星空のような幻想的な風景が見られるそうです。

中庭(ディーワーニー・カース)の中の鏡の間

鏡の間(シーシュ・マハル)or 勝利の間

アンベール城の目前には、雨水を貯めて生活用水にするための人造湖「マオサ湖」がありました。中央は、サフランガーデンです。昔は、ここでサフランを栽培していたとか。

人造湖「マオサ湖」内のサフランガーデン

アンベール城の周囲の山の稜線に見えるのが、ジャイガル要塞。万里の長城のようにアンベール城を取り囲んでいて、現在でも多く残った城壁がアンベール城の周りの山に見られます。

ジャイガル要塞

アンベール城内には庭園もありました。庭園(ジャレブチョーク)は、モザイク璧に囲まれた緑と水の豊かな植込みが有り、山上の城とは思えない風情でした。

アンベール城の庭園

庭園から一番奥に入ると、四方を建物で囲まれた広場に出ました。マハラジャ(偉大な王)のハーレム(ザナーナー・マハル)です。広場中央は踊り子の舞台です。ここでマハラジャは夜ごと宴をひらき上から見物していたらしいとのことです。10人以上の側室に与えられた部室は、それぞれ独立していて、壁や天井はきれいに装飾が施され、床には水路を通し、水を流し、涼しくするための工夫がされているそうです。マハラジャは他人に気付かれずに、各室に入れたといいます。

広場中央の踊り子の舞台

側室の部屋の並び

アンベール城への昇りは象さんでしたが、下りはドライバーが迎えに来てくれました。ジャイプルへ引き返す途中、マンサガ湖に浮かぶ水の宮殿「ジャルマハル」を観ました。マハラジャの避暑地として、18世紀半ばに建設されたそうで、マハラジャ達はここで鴨狩りなどをしていたそうです。現在は、宮殿内に入ることはできず、湖岸から見るだけでした。

水の宮殿「ジャルマハル」

アンベール城とジャルマハル以外に、今から訪れる観光地を地図に示します。

ジャイプルで今から訪れる観光地

Shree Carpet & Textileという絨毯を製造しているお土産屋に連れて行かれました。たくさんのすばらしい絨毯を見せられました。2023年11月にトルコの絨毯製造の専門店で玄関マットを2枚購入していたのですが、売りの押しの強さに根負けして、象の絵柄のあるマットを孫たちの家に敷くために2枚購入しました。

買わせようと頑張る絨毯専門店のセールスマン

象の絵柄の絨毯

ランチにレストラン『GREEN PIGEON』に入りました。辛くない食事をとガイドさんにお願いしているので、食べ易い食事でした。

建物の上部にある『GREEN PIGEON』の看板

店内の様子

レモンが入った爽やかスープ

タンドリーチキンとチャパティ

カレーのコース料理

チャイ

ジャイプルは、ラージャスターン州の州都です。愛の色・ピンクに塗られた建物が多いことから「ピンクシティ」とも呼ばれています。

外壁がピンク色の建物

外壁がピンク色の建物

マハラジャ(偉大なる王)が現在も住んでいるシティ・パレスです。住居部分については、中に入ってみることは出来ません。シティ・パレスの一部は、博物館になっています。そこには、代々の衣装や武器が陳列されていてました。

シティ・パレス入口

門の上にピンクのガネーシャ

シティ・パレスの貴賓謁見の間(サバ・ニワス)です。中央には金の装飾が施された豪華な天蓋(キャノピー)付きの玉座が配置されています。

貴賓謁見の間(サバ・ニワス)

豪華な天蓋(キャノピー)付きの玉座

天文台「ジャンタル・マンタル」を造ったジャイプル藩王国のジャイ・シング2世の肖像画がありました。

天文台を造ったジャイ・シング2世

また、世界最大級の銀製容器とされる「ガンガジャリ」が展示されていました。

世界最大級の銀製容器「ガンガジャリ」

ガンガジャリの説明が次のようにされていました。世界最大級の銀製容器とされる「ガンガジャリ」は、ガンジス川の聖水を貯めるために作られました。これらは、マハラジャ・サワイ・マド・シン2世の命により、「ミストリ・カーナ」(ジャイプール宮廷の36のカルカーナ、つまり工房の1つ)の銀細工師によって鋳造されました。1902年、マハラジャがエドワード7世の戴冠式に出席するためイギリスを訪れた際、水を運ぶために作られたものです。ガンガジャリは、伝統的に浄化作用があると信じられていた銀で作られました。各壺は、国庫から発行された約1万4千枚の銀貨で作られています。まず木型が用意され、次に銀貨が溶かされて銀板になり、型に沿って叩いて形作られました。壺はそれぞれ約345キログラムの重さがあり、容量は約400ガロン、つまり約2000リットルです。移動しやすいように車輪付きの円形の台座が作られ、壺の口に届くには梯子が使われました。

次に、ジャンタル・マンタル天文台(世界遺産)に歩いて行きました。

日時計

ムガル帝国時代の18世紀前半に建設された石造の巨大な天体観測施設です。サンスクリット語で、「ジャンタル」は器具、「マンタル」は計算・公式を意味し、「計算する器具」という意味だそうです。ジャイプル藩王国のジャイ・シング2世が、より正確な暦の作成や、日食・月食の予測、星の動きを観測するために作ったもの。インド国内に他にも数箇所あるそうですが、こちらが最大規模。2010年にユネスコ世界遺産に登録されています。日時計は、日陰の位置で時刻が分かるようになっていました。正確だったので、驚きました。

日陰の位置で正確な時刻を表示

日陰の位置で正確な時刻を表示

高さ10m以上の日時計もありました‼

遠くの丘の上には、午前中に観光したアンベール城が見えました。

遠くに見えるアンベール城

歩いて風の宮殿(ハワ・マハル)に行きました。1799年にラージプート族の王により建てられた、953個も窓のある5階建ての建物です。正面部分は、奥行きのない小部屋に区切られていて、どの方角からでも風が吹き抜けるように設計されているそうで、これが風の宮殿と呼ばれる所以です。ピンク色は、砂岩の色でとても綺麗です。当時の女性は外出を制限され、顔を人前に晒してはいけないという習慣があり、この窓から姿を見せずに街の様子を見れるようにと、このような構造になっているそうです。窓の数にも圧倒されますが、この建物、奥行きがなく薄い。女性たちが外を眺めるために作られていて、当時、たくさんの着飾った女性らがここから祝祭の行列や、日常の活気ある市井の様子を眺めていたとのことです。

風の宮殿(ハワ・マハル)

車で宝石のお土産店につれて行かれました。お店では次のような説明がありました。
カシミールやインド周辺では、歴史的に美しいブルーサファイアやルビーを産出してきました。特に、インドとパキスタンの国境付近にあるカシミール地方で産出したブルーサファイアが、「インド産サファイア」として有名とのこと。研磨から装飾品に仕上げる工程の説明もありましたが、あまり興味がないので見せてもらうだけでした。

宝石のお土産店

レストラン「THE ROYAL KITCHIN」でインドの伝統舞踊を鑑賞しながらディナーをいただきました。夕食もカレーのコース料理でした。

レストラン「THE ROYAL KITCHIN」

ディナー

インド伝統舞踏です。衣装がきらびやかで美しかったです。

インド伝統舞踏

インド伝統舞踏

動画を撮影してきたので、ご覧ください。

動画:インドの伝統舞踊

暑かったので、疲れました~。早々と寝ます。

6.4日目 アーグラ観光、アーグラ泊 2026年5月5日(火)

ホテルでビュッフェの朝食をいただきました。朝8時半に迎えに来たガイドと一緒にジャイプルからアーグラへ移動。アーグラには、インド旅行では欠かせない「タージ・マハル」があります。アーグラまで約4時間もかかりました。途中、ジャイプル近郊のアブハネリ村でチャンド・バオリ・ステップ・ウェル(階段井戸)を観光しました。幾何学模様の大規模井戸に圧倒されるばかり。アーグラには午後2時頃到着しました。タージ・マハルに入る前に、サリーのレンタルショップに行ってピンクのサリーにお着替え。インドらしい「ナマステ~」の雰囲気を出しました。その後、アーグラ城を観て、最後に、タージ・マハルの石細工(伝統技法)のお店を訪問して、素敵な石細工を見せていただきました。結果、魅せられちゃって、自分へのお土産を買っちゃった(笑)。

朝食(だんだん食べれるものが少なくなってきました)

アーグラへの地図

最初に、チャンド・バオリ・ステップ・ウェル(階段井戸)に行きました。この階段井戸は、ジャイプルとアーグラの途中にあります。大きさは、縦横約40m四方で深さ約30m。ピラミッドを逆さにしたような形に地面が掘られていて、インド最大の階段井戸と呼ばれています。階段の総数は全部で3500を数えます。8世紀から9世紀にこの地域を支配していたチャンドラ王によって建設されました。雨季の雨水を貯めるだけではなく、地下水を利用できる井戸だったので、イギリス人が入植して井戸や上水道が整備されるまで、千年近くの長きにわたって生活用水として利用されています。
「階段井戸」を、英語では「step well」と訳され、その通り水面まで通じる階段が設置された井戸を指します。日本でイメージする井戸というと、縄と桶、もしくはポンプで水を引き上げる光景が目に浮かびますが、インドの階段井戸では地面を掘り下げ、階段で水面にアクセスできるようになっています。

チャンド・バオリ階段井戸

チャンド・バオリ階段井戸

チャンド・バオリ階段井戸のすぐ傍に、ハルシャット・マタ寺院がありました。ヒンドゥー教の幸福と喜びの女神(ハルシャット・マタ)を祀る寺院で、8世紀から9世紀にチャンドラ王によって建てられました。隣接する階段井戸は、ハルシャット・マタに捧げるものとして建設されたそうです。

ハルシャット・マタ寺院

チャンド・バオリの階段井戸があるアブハネリ村では、たくさんのラクダを見ました。観光客を乗せるラクダとは違って、荷物運搬に従事させられている様子でした。観光以外で働くラクダを見たのは初めて。

荷車を曳いて働いているラクダ

高速道路近くのレストラン『ラジャズサニ・ミッドウェイ』で昼食を食べました。カレー定食です。辛くないカレーを注文。インドで食べたカレーの中で一番美味しかったので、嬉しくなりました。併設されているお土産屋で、孫に送る絵はがきやマグネットなどを購入しました。絵はがきをAir Mailで送ったのですが、帰国してから3週間後にやっと孫たちに届きました。時間がかかるね。

レストラン『ラジャズサニ・ミッドウェイ』

カレー定食

アーグラの市街地に入って、タージ・マハル近くのサリーのレンタル&仕立ての店『KALA KENDRA』に入りました。ここで、タージ・マハル観光時に纏うサリーを調達してくださいとのこと。新しい生地を選んでサリーをオーダーメイドするのとレンタルするのとでは料金があまり変わらなかったので、オーダーメイドすることにしました。私たちが今からタージ・マハルを訪れる時に身に纏うサリーは無料でレンタルOKで、帰って来た時には、オーダーしたサリーは仕上っていて、受け取れるそうです。

アーグラの観光地図

サリーのレンタル&仕立ての店

サリーの仕立て用生地

タージ・マハル入口

チケット売場&入口

大楼門は赤砂岩づくりで、高さ約30m。イスラム建築で多用される大きなアーチを持つイーワーンであり、両側四隅には八角形の太い塔があります。前後のイーワーンの上には、白い鍾乳石の型体をしたそれぞれ11個の小さな丸屋根が合計22個ありました。

大楼門

大楼門を背に記念写真

大楼門

大楼門のゲートからタージ・マハルが見えます。

タージ・マハル

大楼門を貫けるとタージ・マハルが現れました。

 

 

タージ・マハル

タージ・マハル

廟堂から大楼門の方向を眺めた時の庭園の光景

タージ・マハルは、17世紀にムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、亡き愛妃ムムターズ・マハルのために建てた総大理石造りの霊廟です。2万人以上の職人が動員され、22年もの歳月をかけて完成した、世界で最も美しい建築の一つだと言われています。 1983年に世界遺産に登録されています。左右対称の完璧な構造と、白い大理石に埋め込まれた色鮮やかな貴石の装飾が特徴。愛妃ムムターズ・マハルは、36歳という若さで亡くなりました。死因は、産褥病。17年間の結婚生活で14人もの子供を産み、最後の子供を産んだ時に亡くなったそうで、結婚期間中は妊娠&出産の連続だったようです。
タージ・マハル内に入りましたが、お墓なので撮影は禁止されていました。内部中央の八角形のホールには、その中心に白大理石にコーランの章句や草花の連続文様が装飾された衝立が囲うムムターズ・マハルの墓石がありました。そしてその横には一回り大きな墓石がありましたが、これは夫のシャー・ジャハーンのものだそうです。
タージ・マハルを観て、サリーのレンタル&仕立ての店『KALA KENDRA』に戻りました。レンタルしたサリーを返却し、仕立ててもらったサリーを試着して受取りました。
タージ・マハルでかなりの時間を費やしましたが、次のアーグラ城塞に向かいました。アーグラ城塞は、ムガル帝国時代に建てられた城で、デリーからアーグラへ遷都した際に完成し、3代皇帝アクバルから5代皇帝シャー・ジャハーン(タージ・マハルを建てた皇帝)までがここに住みました。シャー・ジャハーンは、家族をも殺す残忍な性格だったため、息子によってアーグラ城に幽閉されてしまい、亡くなるまでの8年間タージ・マハルを眺めて過ごしたそうです。

アーグラ城塞

最後に、大理石の工芸品を制作、販売している土産物屋に連れて行かれました。下の写真は、タージ・マハルを造った時の伝統技法(白い大理石に色鮮やかな半貴石を埋め込む石細工)と同じ材料と技術で造られた大理石プレートです。象が可愛いかったので、誘惑に負けて、小象の置物と一緒についつい買ってしまいました~。

大理石プレート

小象の置物

夕食は、ホテルのビュッフェで食べました。辛くないものを選んだ結果、デザートが主になってしまいました(笑)

夕食

7.5日目 ニューデリー観光、機中泊 2026年5月(水)

ホテルの朝食です。辛い物を避けると、食べられる料理が少なくなってしまいました。

朝食

朝から気温が34℃もあって暑いです!今日は、19時5分にインディラ・ガンジー国際空港を出発して、羽田経由で福岡に帰ります。そのため、朝8時にアーグラからデリーに向かいました。交通渋滞がなければ3時間半で到着できるのですが、デリーの近くまで来ると渋滞が酷くなり、車がなかなか進まなくなってハラハラドキドキ。遅くても16時までには空港に到着したかったので、最後の観光地「クトゥブ・ミーナール(下の写真)」を短縮。その代わりに、何が何でも行きたいショッピング・モールに連れて行って貰うことにしました。観光はまた来ればできるけど、お土産の購入は今やっておかないと。モールではガイドのサンさんが効率良く案内してくれたので、スムーズに買い物ができました~。これで、安心して福岡に帰れます。
サンさん、ドライバーさん、ありがとうございました。機会があれば、次は、ガンジス川を観に行こうと思います。インドの人口は、中国を抜いて14億人で世界一。しかも若者が多いとのこと。30年前に見た上海に状況がよく似ています。インドの今後の経済発展が大いに期待されますね。投資先の一つにインドを加えたら良いのではないかと思いました。

クトゥブ・ミーナール

クトゥブ・ミーナールは、高さ72.5mを誇る世界一高いミナレット(イスラム教の尖塔)です。13世紀初頭に建設が始まったインド最古のイスラム建築群の一部であり、その歴史的・建築的価値から1993年に世界遺産に登録されています。 時間がなかったので、施設内には入らず、道路脇から写真を撮りました。

昼食ですが、デリーの人気レストラン「Alkauser」でいただきました。料理は、ビリヤニ(インド風炊き込みご飯)です。パンみたいなものは、「チャパティ」です。このたびの旅行では、日本のインド料理店で提供される「ナン」の姿は見かけませんでした。ここの料理も美味しかったです。

レストラン「Alkauser」

昼食

連れて行って貰ったショッピング・モールには、 空港近くの『Ambience Mall』です。モール内にあるスーパーマーケットで買い物をしました。先進国のスーパーと同レベルで、品揃えが良くて清潔感に溢れていて、買物がし易かったです。

スーパーマーケット

買い物を済ませてから、インディラ・ガンジー国際空港の国際線のターミナル入口まで行きました。搭乗チケットがないとターミナル内に入れないので、サンさんとはここでお別れです。
5日間お世話いただきありがとうございました。また機会があれば、インドに来たいと思います。その節は、またサンさんにお願いしたいと思います。

国際線のターミナル入口でのお別れ

チェックイン、出国手続きを終えて、インディラ・ガンディー国際空港のラウンジに入りました。広々としていて、メニューも豊富で、5つ星ホテルより充実していました。快適でした。

インディラ・ガンディー国際空港のラウンジ

ラウンジ内の様子と食べたもの

搭乗ゲートまでかなり距離があったので、カートに乗せてもらいました。ゲートに到着するとすぐに搭乗が始まりました。

ターミナル内移動用のカート

JL0030搭乗ゲート

JL0030便

JL0030便は、ほぼ定刻の19時05分に離陸し、羽田空港を目指しました。

JL0030便の飛行ルート

離陸から、しばらくして夕食が提供されました。洋食のビーフにしました。見た目はキレイですが、料理が水っぽくてまずくて、冷たかったです。ビーフの味が全くしませんでした。5月2日の行きの便でも書きましたが、機内での加熱ミス(オーバークック)」や「機内の乾燥による味覚の麻痺」などが原因か? 日本航空の機内食にガッカリしました。

機内食(夕食)

到着前の軽食です。マフィンは美味しかったですが、メニューの内容はシンプル過ぎ。

到着前の軽食

8.6日目 羽田空港着発、福岡空港着 2026年5月7日(木)

JL0030便は、ほぼ定刻の6時20分に羽田空港に到着しました。入国を済ませ、第1ターミナルに移動して、JL0307便福岡行のゲートを確認して、サクララウンジで搭乗開始を待ちました。

JL0037便の飛行ルート

JL0307便は予定通り出発し、福岡空港に到着しました。到着後、タクシーで自宅に帰りました。

初めてのインド旅行でしたが、ミネラルウォーターしか口にしない、辛いものは食べない、生野菜も食べない、ガイドのサンさんの指示に従うだけで個人行動は一切しない、以上を徹底しました。お陰で、体調が悪くなったり、怖い目に遭ったり、不愉快な思いをしたりと言ったことはなくて楽しく旅行ができ、且つ、無事に帰宅できました。サンさんとドライバーさんには、感謝しています。滞在中、お世話になりました。どうもありがとうございました。

サンさんから聞いた話ですが、インドでは、今でもカースト制が残っていて、同じカースト同士の間で親が決めた相手とお見合い結婚をするそうです。で、男尊女卑の文化が根強い。こうした背景があるため、離婚率は非常に低いとのこと。それから、結婚する時、女性側は多額の結納金(持参金)を男性側に納めなければならないそうです。親にとって娘は負担の大きい存在なのですね。それで、二人の娘さんを持つサンさんは、二人を大学まで行かせて一人前に稼げるように育てたら多額の結納金を払わずにすむので、自分はそうするのだと話してくれました。米国のグローバル企業のCEOにインド人(ほとんど男性)が多く見られる一方で、インドの大半の女性は、昔からの古いしがらみに束縛されて生きているんだなぁと驚きました。女性が自分の人生に満足しているなら良いけどね。

 

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