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 [310] スクールカウンセラーを利用すること
   

ソリューション データ:
Aさんは、小学校の時に知らない男子に悪口を言われ、5月のゴールデンウィーク明けから不登校となった。まだ新しいクラスに慣れていなかったことも原因の1つとなった
スクールカウンセラーの先生と2回ほど手紙のやり取りをして、その後は市の相談センターを紹介され、毎週決まった時間に相談センターに通った。クラスの友達も手紙も書いてくれて、定期的にやり取りをしていた。手紙の内容は、それとなく早く学校に戻ってきてと伝える内容であった。そのような生活を繰り返していくうちに、次の学年が始まる日から学校に復帰すれば、周りの子と一緒に新しいスタートが切れるというアドバイスを相談員から受けた。新学期が始まる前に、一度放課後にクラスを訪問し、クラスメイトがどのようなことをしているか等、担任の先生から話を聞いた。新学期当日は、周りの反応がどうなるか、不安だったが、気持ちよく迎え入れてもらい、その後の学校生活は順調に贈ることができた、担任の先生は新しいクラスで同じで安心するように配慮してくれていた。家族やスクールカウンセラー、担任の先生、相談員とたくさんの人に支えられて、感謝の気持ちしかない。不登校とあった当時はこの先どうなるか、家族もおそらくそのようなきもちであったが、スクールカウンセラーや相談員のシステムがあることを知り、本当に良かった。特に相談員との手紙のやり取りやアドバイスは今の人付き合い等に生かされている。

 [309] お弁当
 高校1年生  

Aさん、別のグループ


ソリューション データ:
 高校1年生の時、私は3人でお弁当を食べていました。他の子たちも何人かでまとまってお弁当を食べていたのですが、ある時「グループの中に嫌な子(Aさん)がいるから、その子をあなたたちのグループに移したい」というようなことを言われました。私たちはそもそも、グループがどうであるとかというようなことを意識していたわけではなかったので、その言葉に驚きました。一緒にいたいと思う人と一緒にいる、ただそれだけのことなのに……。とにかく、次の日からAさんをお昼に誘っていろいろ話をしてみると、Aさんはとてもいい子で、私たちはすぐに仲良くなりました。お昼に誘うことになった経緯は一切話しませんでしたが、Aさんはそのことを知っていたそうです。Aさんがもともとお昼に食べていた人たちは、わざとAさんの分の席を作らないなどの嫌がらせをしていたようで、偶然ではありましたが、そのような状況からAさんを引き離すことが出来てよかったなと思います。
 仲のいい友達と一緒にいることは、確かに楽しいことです。しかしながら、グループがどうとか、そのようなことばかり気にしていては勿体ないと思います。いろいろな人と出会って、話をしてみるべきです。来る者拒まず、去る者追わず、時には自分から知らない人に話しかけてみる。そんなスタンスでいると、とっても楽で、楽しいです。

 [308] 友達の彼氏と仲良くなって…
 中学校  

クラスの男子


ソリューション データ:
中学校二年生のとき隣の席の男の子Kくんと仲良くなった。そのKくんには彼女Hさんがいた。特別な感情を抱いていたわけではないが、私はとてもKくんと仲良くなった。それをHさんが嫉妬した。実際、私がKくんと話している内容は、Kくんののろけ話、Hさんの誕生日プレゼントの相談などだったので、私に悪気はなかった。しかし、Hさんはそういうわけにもいかず、HさんやHさんの友達にぐちぐちと言われるようになった陰から、見えるように「男好き」「きもい」のようなことを言われ、楽しく生活できなくなった。Kくんは、どんなことがあったか知らず、仲良くなった私に毎日話しかけてきたりした。毎日いろんな悪口を10人くらいに言われ続けさすがに腹が立ってきたので、私は、直接Hさんに「陰でぐちぐち言うなら直接言いに来い」と言った。そしたら、何も言われなくなった。このように直接はっきり言うことが解決に導いたと私は思った。

 [307] 仲間はずれにされた親友
 中3  

ソリューション データ:
中学3年のとき、毎朝一緒に登校する仲の良ぐるいHちゃんという友達がいた。私は、学校の中では、その子とあと3人の友達の、5人グループでよく行動を共にしていた。
しかし、ある日、その日でリーダー的な存在の子が「Hちゃんをはぶろうよ」と言ってきた。私は、優しいHちゃんのことが好きだったけれど、その子に抵抗することもできずにHちゃんのことを無視するようになった。しばらくして、Hちゃんは少しずつ学校に来なくなった。私は、このままではいけないと思い、一緒のグループの中にいる、私と同じ気持ちでいた1人の友達とHちゃんと3人でグループを抜けようとした。3人で行動するようになってからも、Hちゃんは、毎日は学校に来てくれなかった。私は、Hちゃんが使っている駅の改札前まで迎えに行こうか、Hちゃんが学校に来たら少しの間も一人にさせないようにしよう、などと考えていた。しかし、私の学校は中間一貫だったため、中学の出席日数が足りない人は高校に上がれない仕組みになっていた。そのため、Hちゃんは中学で学校を辞めさせられてしまった。私はHちゃんをあの時かばってあげられなかったことをとても後悔し、また、そのせいでHちゃんの将来まで左右してしまったと自分を追い詰めた。そして後日、たまたまHちゃんと会った時に学校の話題になり、「ごめんね…私のせいだよね。」と謝った。すると、Hちゃんは「え、なんで?!全然そんなことないよ!ちょっといろいろあってさぁ…」と言って笑った。私はこのとき、自分はあんなにもHちゃんに寂しい思いをさせてしまったのに、Hちゃんは私に責任を感じさせないために何事もなかったかのように接してくれることに感動し、自分もHちゃんのような本当に優しい人間になりたいと思った。

 [306] 全ての人に好かれなくとも
 高校時代  

高校生


ソリューション データ:
高校2年生の時、クラスの女子5人グループでいたが、次第に私だけ疎外されるようになった。私はいじられキャラという位置付けで、面白おかしく言われることが得意ではなかったが、仲が良いから上だと思いへらへらと平気な感じで受け流していた。そのため、「いつもへらへらしていて腹が立つ」「あいつは何を言っても気にしない」と思われたようだ。軽い無視から始まり、だんだんと居場所が取り上げられていき、完全に私の入り込める余地はなくなった。目の前であたかも私がいないような調子で、「ほんとキモイよね、早く死なないかな」と言われたりもした。自分のことを悪く言われ続ける内、だんだんとその子達に対して向いていた怒りのような気持ちを、全て自分自身に向けるようになっていた。自分という存在が心底嫌いになり、許せなくなり、死ぬことも考えた。周りの人たちに対し生きていることがただただ申し訳なく、人と目を合わせるのも怖くなった。常にすれ違う人に笑われているような、生きていることを責めているような気がした。家族ととても仲が良く大好きだったので、心配をかけたくなくて逆に何も相談しなかった。周りの人を信用できなくなり、しまいには家族のことすら疑うようになり、信じられるのは自分だけだと思うようになった。自分なんかのために食費を当ててもらうことが申し訳なく、食事にもあまり手を伸ばさないようにした。そんな状態だったが、学校には通い続けていた。1年のクラスで仲の良かった4人の子たちが、違うクラスだったが味方でいてくれたおかげだった。また心の奥では、大好きな両親を悲しませたくない、ちゃんと卒業しなくてはという気持ちがあった。お弁当は4人のクラスに行って食べていた。「そんな奴らとはこれ以上一緒にいることないよ。なんかあったら、すぐうちのクラスにおいでよ」と言ってくれていた。その子たちだけは、ぽつりぽつりではあるが現状を相談することができ、人を信頼する気持ちも少しずつ取り戻すことができた。自分自身でも次第と、「卒業して将来こいつらと親しくなんて関わらない。それなら、嫌な思いをしてまで一緒にいる必要なんてない。心許せる子達とだけいればいい」と考えられるようになり、それからは一気に心が軽くなった。それまで私は、クラスの全員に好かれなくてはと思っていた。実際問題、誰にでも好かれるなんて無理だし、自分の好きな人が同じように好いてくれるならそれだけで十分だ。そうわかって、周りの目にびくびくと怯えていた自分を吹っ切ることができたように思う。自分のことを嫌いでなくなるのには時間がかかり、大学生になった最近でやっとほとんどなくなった感じだ。後になって聞いた話だが、両親は何も言っていなくても私の様子がおかしいことに気付いていて、担任の先生との面談の時にこっそりと相談していたそうだ。すると先生も、心配して私の様子を気にかけているのだと言っていたらしい。自分は一人だと感じていたが、決してそんなことはなかったのだ。あの時に味方でいてくれた子たちは、今では親友だ。自分を見失い、死ぬことを考えていた私を繋ぎ止めたのは、親友たちの存在と家族の存在だった。自殺に手をかけそうになった時、家族の悲しむ顔がちゃんと浮かんだ。思考すら上手く働いていないような状況下であっても、それまでちゃんと愛されてきた私は、ぎりぎりの所で家族のきずなを信じることができたのだと思う。自分が一緒に居たいと思える人とだけいればいい。どんな自分だって好きでいてくれる、味方でいてくれる人は必ずいる。それを伝えたい。

 [305] 一番頼れる者は大人
 中学生  

女子A


ソリューション データ:
同じ小学校で仲良くしていた女子Aと中学校も一緒になったときに、色々な嫌がらせをされた。最初、その女子Aは違う女子Bと学校に通っていたが、(女子Aからの嫌がらせを受けていたか?)女子Bは不登校になってしまった。私は女子Bと凄く仲が良かったので何かあったのか聞いてみたけど答えてもらえなかった。少ししてから女子Aは一緒に学校へ行く人がいなくなり、私に一緒に行こうと言ってきた。そのとき私は違う女子と登校していたので、それは出来ないと言うと逆ギレし、悪口や変な噂を流してお前なんか一人ぼっちにしてやると脅してきた。さすがに怖かった私は仕方なく、いつも一緒に学校に行っていた女子に今度から一緒に行けないと言ってしまった。それから女子Aに毎日付き合わされた。部活も一緒にダンス部に入ろうと言われたのが。私は美術部に入りたかったのでそこは断ったのだが、何故かその女子Aも美術部に入ってきた。早くやめろとか、何でダンス部じゃないんだと言われ、部活帰りに平手で叩かれたり携帯をとられたりした。夏休みの課題を見せてと言われた。まだまだ時間はあるし、たまには自分でやればちちょっと反抗したのだが、その後が大変だった。毎日、家に30件の電話をしてきて、携帯にも10件、メールも来た。家に来てチャイムを鳴らし続けることもあったし、(どうやって知ったのか分からないが)私の祖母の家にまで私を探しに来た。すごく怖かった。親にも言いづらかったので部活の顧問が女子Aの親に電話したようで女子Aのお父さんが謝りに来た。それから女子Aから嫌がらせを受けなくなったし、学校も普通に通えるようになった。もしかしたら自分も女子Bのように不登校になっていたかもと思った。嫌がらせを受けていたことは凄く辛かったけど、部活の顧問に相談して良かったなと思った。凄く仲のいい友達に相談するより、大人に相談したほうが何かと信頼できると感じた。辛い思いはしたけど、部活の顧問といいう存在に相談することで、自分の日常を取り戻せて本当に良かったと思う。

 [304] いじめを克服して
   

ソリューション データ:
小学5年のとき、仲が良かった3人組の中で、1人の子がダンスで忙しく遊べないのでもう1人の子と2人で仲良くしていたらある日、Aがえこひいきだと言われ、油性ペンなどで落書きされたり、私を抜いた2人で仲良くしたりしてはぶられたことがあった。けど、この2人以外の子が雰囲気と察してくれて声をかけてくれたので、私自身はそんなにいじめだとか思わずあまりつらい記憶もありません。私の性格の問題もあると思いますが。とにかく、声をかけてくれた友達には感謝してます。

 [302] いじめにあって
 小学生  

小学校の同級生


ソリューション データ:
 小学生の頃、突然いじめられました。朝、普通に登校して、あいさつをしたらそこから全部無視。ボス的存在の女の子が私のことを気に入らなかったようでした。まあ、すぐにいつも通りになるだろうと気に止めていなかったけれど、1か月も「死ね」「ブス」とか言われているとさすがに滅入ってきて、他人の目が恐くなりました。その時、何を思ったのか、フラーと養護の先生の元へ。「よく頑張ったわね。」と声をかけてもらえてほっとしました。学校でも必ず教室以外に居場所があるものなんだと思いました。私にも味方がいて、いざとなれば助けてもらえると思うと、なんと心強いものか!暴言を浴びせられても鼻で笑って流せるようにまでなりました。強い自分を持ち続ければ変われるなぁと今も思います。また、抱え込まないで誰かに話すだけで本当にラクになるものだと身をもって感じました。親以外の大人と話すとより納得ができて、学べることがあります。そして私も誰かの悩みを聞いてあげられる存在になりたいと、勉強中です...。

 [301] いじめと私
 学生  

友達


ソリューション データ:
私が過去に乗り越えることが出来た一つ目の出来事は、小学校時代のいじめである。それは小学校5年のことである。もともとガキ大将のような存在であったA君は、6年生とつるむようになり私たち同級生への態度に次第に変化が現れた。それまでも、私たちのリーダー的存在であったが私たちに対する態度がエスカレートしてきた。友人の一人だけを遊びに誘わず仲間外れにしたり、砂場や空き教室で友人同士にケンカをさせたりと、いじめまがいなことを行っていた。
そんな日々に嫌気がさした私たちは、A君以外で集合した。そこで各自がA君のこと、現状をどのように考えているのか確認した。やはりみんな、現状を良く思っておらずどうにかしたいと考えていた。そこでみんなが出した解決策は、まずは私たちが団結しいじめに荷担しないことであった。A君に命令されても断るようにした。そして数日後私たちはA君に話すことにした。私たちはA君の命令通り行動したくないこと、今のままではA君と友達ではいられないと伝えた。するとその直後、A君は怒って帰ってしまった。それから一週間ほど私たちはA君と話すこと、関わることはなかった。私たちもまた新たな仲間外れを作ることはしたくなかったので、少しずつA君のことを心配し始めていた。
しかし、その翌週A君が私たちに対して「今まではごめん。みんなと仲良くしたい。」と謝ってきた。私たちはA君の言葉を信用し受け入れることにした。それからの私たちは、みんなとの団結で、いじめをなくすことが可能となりこの状況を切り抜けることができた。

二つ目の出来事は中学校時代の話である。私は中学1年生の時は勉強もろくにしなかったため、成績が芳しくなかった。
しかし、2年生からの成績が高校受験に影響すると知り、2年生からは勉強に集中した。当時サッカー部に入ってたため帰宅したらヘトヘトだったが、眠気と戦いながら必死に勉強した。するとみるみる成績は上がりクラスでも上位5名のうちに入るようになった。
このままの調子が継続出来れば良かったのだが、3年生に入ると状況は一変した。勉強に身が入らなくなり、学習意欲が無かった。勉強をしなかったため3年生にの1学期の成績は1年生の時の成績に近づいていた。
今考えると、勉強をする理由がわからず、今の勉強は将来の自分に必要のないものであると考えていたのだと思う。成績が悪化した私に対して担任の先生は「今、勉強することの意味」を説いた。今、勉強し成績を上げることは目的ではなく手段であると話してくれた。今、頑張ることで自分の将来の幅を広げることが出来るのだと教えてくれた。その当時特に将来の夢や目標はなかったが、その目標が見つかった時に困らないように今の勉強を頑張ろうと決意した。
気持ちの切り替えに成功した私は、再び勉強に身が入り無事に第一志望の高校に入学することができた。先生の言葉により、一度失った目標を再び目指すことができ、この状況を乗り越えることができたのだ。

三つ目の出来事は高校時代で私はバレーボール部に所属していた。部員は私を含め全員バレーの経験はなく、決して強いチームではなかった。ただ、私は一年生からレギュラーとして試合に出場していて目標は県大会出場であった。その目標が、1年の秋大会に達成され、県でベスト32まで勝ち進むことができた。私自身も上達し、バレーに必須のジャンプ力も飛躍的に上がった。
チームも私自身も順調にいっていたが、高校2年生の夏合宿中に相手選手とネット際で接触し足を怪我してしまった。怪我は思ったより重症で当分は松葉杖を使うことになり、本格的に運動が開始できるまでに四か月ほど掛かった。そして、四か月がたち練習に参加すると私は愕然とした。上半身はトレーニングを行っていたので特に問題はなかったが、ジャンプ力がかなり低下していて思ったようにスパイクが打てなかった。
私が練習を開始したのは2年の12月頃であり最後の大会まで半年しかなかった。私がやっていたポジションには後輩が入っており、レギュラーに戻り試合に出ることも半ば諦めていた。しかし、そんな私に対し部員達は「もう一度一緒に試合に出たい。」、私の代わりにレギュラーになっていた後輩も「小林さんが復帰するまで、ポジションは守っています。」など温かい励ましの言葉をかえてくれた。その言葉を糧に、私は懸命に練習をした。全体練習が終わった後も、マネージャーに手伝ってもらい居残り練習を行った。
その結果、ジャンプ力も次第に戻り依然と変わらないスパイクが打てるようになっていった。そして最後の大会では試合に出ることができた。試合では、何本もスパイクを決めることができ、結果として私たちの高校の最高成績である県でベスト8まで勝ち残ることができた。
私は、仲間の温かい言葉のおかげでバレーへの情熱を取り戻すことができ、試合に出場しスパイクを決めるという目標を達成することが出来た。

 [300] いじめで乗り越えたこと
 高校一年生の頃  

学校


ソリューション データ:
私は高校に入り、三か月がたった頃いじめを受けるようになりました。事の発端はある特定の先生を無視するという、くだらないことでした。私のクラスの女子のリーダーが、「君もやるよね?」と聞いてきて、私は「そんなひどいことはしない」と答えた途端から、女子が私を見る目が変わりました。ましてや私は外国人だったので、それはとてもひどいものでした。私の場合は無視が凄かったです。もともと一緒にいた子も話しかけてくれなくなってしまい、正直、これからの高校生活は地獄だと思いました。しかも、まだ高校に入学したばかりだったので、耐えられるかとても不安でした。しばらくして、とうとう学校にも行けなくなってしまいました。心の中ではとても行きたいという気持ちがあったのですが、玄関のドアを触ると吐いてしまうという始末になり、最初は頑張ろうと思ったんですけど、もう限界に達していました。私は、ホームルームの先生に事情を話しましたが、先生に「それはしょうがない」と言われてしまいました。私は、耳を疑いました。私には、その言葉はあたかも私が悪かったと言っているように聞こえました。私は、その言葉を聞いてもう学校をやめようと決断しました。先生がそんなことを言ったら終わりですからね。
私は、この経験を通してとても自分が強くなったと思っています。人を簡単に頼らないこと、なるべくグループには入らないこと、友達を作るときは慎重に決めること。この三つを行動にすれば何とか生きていけるかなと思っています。私は、このいじめでとても苦しい思いをしました。でも、同時に強くなれました。今は、私をいじめた人たちに感謝しています。


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