平成24年(2012年)
加圧メニューに変化なし
●1/8(日) 駅からハイキングに挑戦(寄居駅)12km
昨年、右足首の痛みが出て歩けなくなったため、今回は、念のため次男坊を連れての参加
無事ゴールしたが、またまた大失敗
ゴール後、帰りの電車が1時間待ちだったので長時間、駅舎の木の椅子で休憩して臀部を冷やし、股関節痛を再発させてしまった。
昔の駅舎で古い木の椅子だったが、これが思ったより冷たく、臀部を急激に冷やしてしまった。
それに気付いたのは、電車が来たときである。
椅子から立ち上がった途端、昔、急に歩けなくなったときと同じような股関節にチクチクとする痛みを感じた。
帰宅して直ぐに風呂で十分に股関節を温め、ストレッチをしたが、翌日も痛みは治まらず
夕方、ポールウォーキングに出かけ、ストックで体重を支えながら、ゆっくりと3km歩き、小学校で懸垂していると徐々に痛みが和らぎ、自宅に戻るころには、すっかり良くなった。
やはり、痛いからと言ってジッとしているのはダメである。
● 1/29(日) 駅からハイキング(秩父氷柱)10km
2週空けての駅からハイキングの挑戦
前回、股関節を冷やし痛みが再発したので、どこでも座れるようにアルミのクッションシートをリュックサックに入れて出発
注意事項に「アイゼン」が必要とあったので、念のため持参したが使うこともなく、氷柱に到着
安心して河原で写真を撮ろうとした瞬間、足を滑らせて1回転・・・・・
右に持った一眼レフカメラは大丈夫だったが、尻餅をついた
河原の石に積もった雪がコチンコチンに固まってアイスバーンになっていたのだ
幸い、骨頭に異常はなく、歩いて帰れたが、一歩間違うと大けがである。
トニーが写真を撮っていると、1分間に1回くらいのの割合で「キャー」という悲鳴が聞こえた。
アイゼンが必要な意味が判った。
加圧メニューに変化なし
加圧メニューに変化なし
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加圧メニューに変化なし
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●6/5(火) ○○病院(手術を勧める)で定期診察
昨年、臨床調査個人票の記入もれで2度も無駄足したが今回も同じ結果になった。
いつもようにレントゲンを撮り終わり、診察室に入ると担当医から驚きの発言
レントゲンを見ながら
担当医:「よく、頑張りましたね〜、もう治りましたよ」
トニー :「えっ、先生、帯状硬化像、写ってますよ?」
「痛くない動作しているだけで無理すると痛みますよ。」
「レントゲンも前と変わりませんよね」
担当医:「じゃ、MRI撮りましょう、もしかしたら、治っているかもしれない」
トニー :「はぁ〜」
と首を傾げたが、最近、MRIも撮っていないのでまあいいかと思い、MRIを撮ることにした。
しかし、IONは、レントゲンで帯状硬化像が判別出来ない場合でも、MRIで撮れば壊死部が綺麗に写るわけで、トニーのようにレントゲンでハッキリ帯状硬化像が写っている場合、MRIを撮るまでもないのだ。
トニーの場合、右足の壊死が酷く、レントゲンでも右骨頭の帯状硬化像は判別できるが、左足の壊死部はレントゲンでの帯状硬化像の判別が難しい。
ところが、MRIを撮ると左足の壊死部もハッキリ写るのだ。
6/13(水)
MRI検査を受け診察へ・・・・・
医師:「う〜ん、まだ、壊死の跡が残っているね」
トニー:「はぁ、そうですね」
「じゃ、臨床調査個人票、お願いします」
と臨床調査個人票の作成を頼んで帰宅
ところが、のちに送られてきた臨床調査票の医師の意見欄には「軽作業を勧める」などと書かれていた。
骨頭壊死の人は、回転骨切り術がベストでそれが無理な場合、人工関節となるが、そのほかの治療法としては、なるべく荷重を掛けないで生活する「保存療法」とに分けられる。
今のトニーは、この保存療法をしているわけだが、どういうつもりで軽作業を勧めるなどと書いたのか、不思議だったが、特に保健所に提出する書類に問題ないだろうと、そのまま保健所に提出した。
ところが9月に保健所から、特定疾患の更新が難しいと電話があり、書類を戻されるハメとなってしまった。
加圧メニューに変化なし
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★9中旬、保健所から
・臨床調査個人票を見ると通院していないので特定疾患の更新が難しい
・他に通院している病院があれば、その医師に追記してもらいたい
との連絡があり、9/19特定疾患更新の書類一式が戻ってきた。
そこで、9/27(木)加圧に週1回通っている大和田整形の院長先生に○○病院で書いてもらった臨床調査個人票を見せると「おかしいなあ、レントゲンも撮って、MRIも撮って医者が骨頭壊死と認定しているのに、これで何故、特定疾患に認定されないの?
通院ウンヌンは関係ないよね、それに○○病院の印が押してあるのに、これに追記するの?
こんなの聞いたことないよ?」と不思議がっていた。
結局、他の病院で書いた臨床調査表に他の医師が追記することは出来ないので、新しい臨床調査個人表を保健所から再度、もらって持参し、新たに大和田整形でレントゲンとMRIを撮って、院長先生に臨床個人調査表を書いてもらうことになった。
2度手間は、良いにしてもレントゲン代とMRI代が別にかかり、大変な出費となってしまった。
平成18年8月に特発性大腿骨頭壊死症が発覚して以来、最初に来院したA病院に臨床調査個人票をお願いしていたが、これを機会に来年から特定疾患の更新時に
大和田整形外科病院
で臨床調査個人票を書いてもらうことにした。
また、これまで、骨頭が潰れたら、A病院で人工骨頭にしようと考えていたが、もしものときは、大和田整形に特別診療に月2回くる、東京女子医大の加藤教授に診てもらい
東京女子医大病院
にお願いすることとした。
加圧メニューに変化なし
★10/21(日)東京女子医大の加藤教授の特診
将来的にA病院で手術することはなくなったが、もし、骨頭が持たなかった場合、東京女子医大で手術を依頼することにした。
加藤教授には、骨頭壊死を発症した平成18年の秋にセカンドオピニオンとして診てもらったが、それ以来である。 診察は、大和田整形の姉妹病院である東整形外科で、月2回ほど教授が出向いてくるので予約をいれると見てもらえる。
そこで、初めて変わったレントゲンを撮ってもらった。レントゲンのカメラが弧を描いて動きながら股関節を撮影するのだ。
撮影された画像は、立体的に映り、トニーも初めてその画像を見た。
結果、レントゲンでありながら立体的な写真が見れるのだ。
レントゲンを診た加藤教授からは
「これさ〜、うちの女子医大の股関節チームに診させくれない」
「骨切りやると絶対うまくいくよねー」
と言われた。
でも、トニーが 「先生、仕事上休めないんですよ」と言うと
「う〜ん、じゃ、3ヶ月、いや4ヶ月ダメ?」
と言うのでトニーが
「潰れたら、人工骨頭にします」
の一言で、教授も
「うん、判った、じゃ骨を強くする薬出すから」
「また、時々見せて」
と了解した。
そして、最後に加藤教授が、
「でも、ホニャラララが起こると、もしかして完治するかもな」
とボソッと独り言をつぶやいた。
壊死発症当時の6年前にセカンドオピニオンで加藤教授に診てもらったときも、
同じことを言っていたので、その横文字が何を言ったのか判らないが、体の中で何かが起こると骨が再生するらしいことだけは、言葉尻から判った。
ということで、やばくなったら東京女子医大の股関節専門チームに手術を依頼するとして、しばらくの間、今までどおり、加圧で足を保たせることになった。
11/5 駅からハイキング 北本駅 (13km)
2週続けての駅からハイキングに挑戦となったが、とうとう右足首(古傷の捻挫部分)に故障が出た。
歩き始めて、4.3km地点で右くるぶしの前付近、ちょうど立方骨というのがあるが、その辺りが急に痛み出した。 前回同様、ストックを持たずに歩き始めたが、急遽、ストック2本を伸ばし、両手に持って、再度、歩き始めた。
ところが、痛みはいっこうに治まらず、6.6kmの折り返し地点で痛みが頂点に・・・・・ そこで昼食休憩を兼ね、30分ほど、足を休ませるが、痛みが治まらないので、「タクシーでも呼んで帰るか」などと考えもしたが、結局、痛みを押して歩き出し、だましだまし歩いて、何とか13kmを完歩しゴールした。(トニーのお気に入りブログ参照)
しかし、こんな無理をする自分の性格が、逆にストレスを受け、体調が悪くとも仕事を休まずに続け、結果的に大腿骨頭壊死症を発症してしまった理由のひとつでもあるのだが・・・・・
でも、悪い面ばかりでなく、長年、加圧トレーニングを続けてこられたのも、この性格のお陰なのである。
加圧 いつもと異常なし右足首の調子がイマイチなので駅からハイキングは当分、中止としたが、週1回は、ストックを両手に持ち、自宅周辺の3kmコースをウォーキングし、小学校の鉄棒で懸垂を30回〜20回こなしている。