vol 188:自分への迷い道






(チビ神様!。)

(は!チビ神様だ!。)

(おかえりなさい。)

(おかえりなさい。)

「ただいま。みんな元気にしてる?。」







久々に体を抜けて自分の国に帰る。

緑に囲まれた自然の多き国。

(あら、チビ神様。)

1匹の女が声をかけて来た。

俺を見て声をかけない蛇はいないけど。

「どうも。」

軽く会釈してみせる。

(大神様に御用ですか?。)

「えぇ。久々に顔を見に。」

(大神様もお喜びになられます。)

笑みを見せて女は去っていく。

本堂に行くと、大神は真っ白な大蛇の姿で、

本堂の中にいた。

「大神。」

(おや・・・チビ神。おかえりなさい。)

「ただいま。」

人間界の両親とは、もう1年以上会っていない。

海外でボランティア活動に励んでいるから。

大神の大蛇の姿にふと疑問が浮かんだ。

「大神、なぜ、貴女は人間の姿より大蛇の姿でいることが、
多いのですか?。」

なんともくだらない質問。

でも、だいたい修業を終えて人間の姿に変える事が出来る蛇は、

すぐに人間の姿になりたがる。

逆に蛇の姿でいるのが珍しいくらいだ。

(皆が蛇よりも人の姿を好む理由はなんだと思いますか?。)

「見た目、ですか?。」

大神は頭を縦に揺らした。

(昔から蛇は良きモノと悪しきモノに区別され、
人間によっては、蛇というだけで恐れ、
醜い存在に思う者もいます。
そして、我々の先祖はサタン。)

俺は言葉を失った。

そう、蛇の生まれはサタンなんだ。

サタンから蛇が生まれ、

醜い生き物と天界の神がレッテルをつけた。

「だから、皆は姿にコンプレックスを持ってるんですね。」

(カンと出会った時を覚えていますか?。)

「はい。」

そんな俺達、蛇を初めて見たカンは神秘的で美しいと言った。

(私は我々のこの姿は本来の自分。
何も後ろめたくもなく、堂々としていたかったのです。
しかし、生きている人間だけではなく、
神々や天界の者すらも、我々を見る目は冷たかった。
それでも、私はこの姿でいる事に誇りを持つ為に、
この姿のまま。
蛇の分際でと罵られた事もあります。)

「罵られた?。」

(そこで言葉をかけてくださったのが、阿弥陀如来。
お前の姿はとても美しいと。
天の子のカンにも言われ、
私は私でいる事に初めて真の誇りを持つことが出来たのです。)

知らなかった蛇の国の過去。

この国を造ったのも大神で、

阿弥陀如来や薬師如来、その他の神々に世話になったと聞く。

今では、数多くの人間にも祀られ、

たくさんの蛇達が信者としてこの蛇の国に修業に来る。

ここまでしたのは大神。

「お母さん、俺は自分が何も出来ていない気がして、
ただ、カンの側にいるだけで。」

大神はゆっくりと体をうねらせて俺に近付くと、

俺の体に自分の体を巻き付けた。

「弥勒やシロも何かをやっているのに、
俺はカンから離れたくなくて。」

(チビ神、それで良いのです。
何も間違ってはいません。
それぞれにそれぞれに合った役目が存在します。
ソナタの役目は、天の子を守ること。
守るの中にもたくさんの意味があります。
そして、時期もあります。
天の子カンが強い心でいられるのは、
お前の存在があるから。
お前に癒されているから。)

カンは、俺に癒されているのだろうか。







海外に行っているカンに電話をかけた。

『もしもし~?。』

「あ、カン?。
お疲れ様。」

『おーぅ。めっちゃ疲れたわ。』

「はは。あんまり無理しないでよ。」

『無理したないんやけどなぁ。』

「ねぇ、カン。」

『ん~?。』

「俺は俺のままでいいのかな?。」

『あ?。』

「俺はカンを癒せてる?。」

『なんやねん、急に。』

「このままでいいのかなって。」

『大樹、お前の存在は俺にとってデカイんや。
存在だけでも癒されてんのに。』

「ホントに?。」

『ホンマや。そのままで居てくれな困る。』

「カン・・・。」






生きていく上で、

自分はこのままでいいのか?って思う時は、

いろんなパターンで有ることで。

そこで行き詰っても、

決められた役目があれば、

運命が決まっていれば、

どうあがこうと、どう迷おうと、

結局、同じなんだ。

でも、このままでいいのかって感じる事は、

けっして、悪いことじゃない。

そこで悩んで、また、何かを感じ、学ぶことも出来るから。












                188       次のページ








187話に戻る
戻る

花手毬