|
vol 72:プライド
人間の世界を身近に見ると、
人もまた、我々神や霊との関わりが絶えない事が良く解る。
あの世に居れば神々と霊の挟間が良く見え、
下界に行けば人間と霊、神の挟間が良く見えるものだ。
「白蛇神、お帰りなさい。」
「ただいま。」
蛇の国の住人や、修行中の蛇神に声を掛けられても、
挨拶などしたこともなかった。
自分は声を掛けられて当たり前だと思っていたからだ。
すっかり・・・元の名よりも、
シロが定着してしまって、名を呼ばれてももどかしい。
蛇の国はあの世にもあるが、
あの世の蛇の国と、下界の蛇の国は共存している。
下界の蛇の国の場所は美輪山だ。
大神の姿が見えない。
「大神は居ないのか?。」
通りすがりの蛇に問う。
「はい、お出かけになられております。」
珍しい事もあるものだ。
大概は本堂に居て、人々の願いを聞いているのだが。
美輪神社は下より木々の道があり、
本堂に続いている。
その間、祓えの神の祠や夫婦石などがあり、
本堂に辿り着くと、右手には兄様の御神木。
その先を行くと狐神がいる。
本堂より左に行けば上へと登る道があり、
その他の元は人だった者が祀られていたり、
病を治癒する専門の神、水の神に辿り着く。
水の神より右手には山に登る修行場があるのだ。
修行場には、まだ人の姿にもなれぬ蛇達が日々、
神に近付こうと修行している。
我もまた、兄様の力になるべく修行場に向かった。
そこに行き、山に登り、力の意味と人間への理解を悟る為。
山に入ると頂上に着くまで邪念を払いながら、
その意味について考える。
(お前のその傲慢な態度は直らんなぁ~。)
(シロの分際で生意気なんじゃボケ~。)
浮かんでくるのはカンの我をイジメる態度。
我は眉間に皺を寄せては、この邪念を振り払う。
(ねぇ、シロ。俺はカンが好きで・・・、
カンが人間になるって言うから俺も人間になった。
そしてカンを守る役目だって思ってる。
でも・・・人の歴史を見れば見る程に、
過ちを学ばない。
地球という星を思えば・・・人間を救うべきなんだろうか。)
兄様が何気に話した言葉が浮かぶ。
必要以上に動物を殺し、食すならともかく、
我々蛇の皮を剥ぎ、縁起物として財布や鞄という物にして、
金にする。
絶滅に近くなれば保護し、増え過ぎれば非難し、
狩猟に変じる。
自分が一番になりたいという感情を治めている者は拭えず、
領土で争い・・・。
「うるさい!。」
「だから、我々の話を聞きなさい!。」
「いやよ!。」
物想いに耽っていると騒がしい声で我に返る。
ここは修行場。
こういった騒がしい事は珍しい。
「どうした。」
人形になった蛇達がしゃがみ込んでいる。
我は近付き声をかけた。
「し、白蛇神様。」
皆は立ち上がり深く頭を下げた。
その足元を覗くと、
「亀・・・ではないか。」
まだ小さな1匹の亀。
美輪神社の中には少し大きめの池があり、
そこには亀が暮らしている。
そこで命を終えた亀は、大神が導き蛇の国で共に過す事が多い。
「そうなんです。池で命を終えた為、
希望を聞くと人になりたいと申したので、私がここに連れて来たのですが、
この者、騒ぎだしまして。」
大神の使いは困った顔を我に向けて溜息を吐きだした。
すると亀は頭を伸ばし、
「人間になりたいのに、どうしてわたしは蛇と一緒にいなきゃならないの!」
「ですから、修行しなければならないとあれほど、」
「修業するにも、どうして蛇と!。」
やり取りを聞いていても亀は聞く耳持たずのようだ。
「お前、人間になぜなりたい。」
我は不思議で仕方が無かった。
「アンタも蛇なんでしょ!。
蛇なんかに、わたしの気持ちは解らないわよ!。」
この亀・・・。
「おい!この方は大神様の御子息だぞ!
なんて乱暴な言い方を!。」
乱暴な言い方。
今までの我ならば、無視して自分の行をおこなうも、
カンで慣れたのか、腹立ちさも無い。
「だったら、誰の言う事なら聞くんだ。
同じ亀か?。」
我の問いには酷く顔を顰めて、
「亀って言うな!。」
どうやら、自分に対しての不満が強いようだな。
「いいだろう。お前を人間に合わせてやる。
人間の言う事なら聞く耳も持つのだろうからな。」
「白蛇神様!。」
「構わん。この亀は我が面倒を見よう。」
その場にしゃがむと小さな亀を片手で掴み、
山を下りた。
「あの、白蛇神様が・・・。」
「大神様の言われた通りだ。」
「我々もカンとやらに会ってみたいものだな。」
そんな蛇達の内緒話も我には聞こえている。
我は・・・変わったか。
「おい、離せ!。」
短い両手足をバタつかせる亀を掴んだまま向かう。
我を変えた人間の元へ。
「おう、シ・・・なんや、その亀わっ!。」
亀はカンを見るなり、おとなしくなった。
(この亀の話を聞いてやって欲しい。)
「あ~?お前が俺に頼み事やんて珍しいやんけ。」
不敵な笑みを見せるカン、
やはり腹が立つ。
(うるさい。この童、美輪寺の池の者だ。
どうやら、蛇の国に不満らしくてな。)
亀を床に下ろしてやり我はベッドに腰かけた。
「ほぅ。なんで蛇の国がいらんねや?。」
カンは我以外には優しい笑みを向ける。
亀はジッとして緊張した声で話はじめた。
(わたし、人間になりたい。
亀で生きて自由のないあの池でずっと育って、
いつも楽しそうな人間を見てた。
死んだら人間になれるって思ったのに、
蛇が来て亀は亀だって言ったの。
人の形にはなれても、亀だって・・・。)
我は思ったことを言おうとする。
(それはあたりま、)
「ハァ?蛇の奴等そんな事言いよったんか!。」
何?。
カンは亀を片手ではなく両手でゆっくり掴み、
自分の顔に亀の顔を持っていき、
「お前らも人の形してても蛇じゃ!ってなぁ。」
(・・・ふふふ、あはは。だよねぇ。)
「そやそや。」
なんだこの空気は。
あの亀が笑っている。
何故だ。
何が頑なな心を笑みにさせる。
「なぁ、自分。人間に憧れるんは解るよ。
せやけど、みんな自分と違うもんに憧れるねん。」
カンが静かに話し始めた。
我も話を聞く。
「例えば・・・俺は、
せやなぁ~・・・そこにおるツンツンした蛇に憧れてる。」
カンが我を見る。
我に憧れているだと?。
何を思ってもない事を。
(でもアイツ蛇だよ!。)
「せやぁ。蛇や。
蛇の鱗、見たことあるか?神秘的で、妖艶で。
おっきい目は鋭くて。
蛇も大概が自分が蛇な事を嫌ってる。
でもそれを受け入れて修行しとるのが蛇の国の奴等や。
でもこいつは・・・蛇である事を誇りに思ってる。
蛇で生まれた事に、
大蛇である母親を、
灰色の蛇である兄貴を誇りに思ってる奴やねん。
こいつの兄ちゃんなぁ、
今、人間に生れて頑張ってるんや。
そんな兄貴の為に、こいつは蛇の国の事も、
兄貴の事も頑張ろうとしてる。
ん~・・・頑張っとる、かっこえぇ奴やねん。」
(お、お前!な、何をっ。)
「まぁまぁ、そないに照れんなや、シロ。
ホンマの事やないか。」
カンに我の想いなど話した事もないはず。
何故知っている。
亀が我を見ている。
小さな目で我を。
(わたしも・・・両親が好き。)
「そやったら、自分も好きになれるやろ。
蛇やから、亀やから、人間やからは関係ない。
問題は自分自身や。」
(うん。)
亀は納得して蛇の国でもう一度、人間になる為に、
修行すると言いだした。
我は蛇の国に亀を連れて帰り、
再びカンの元に戻る事にしたのだ。
「も~、なんやねん。まだ何かあるんか?シロ~。」
ベッドで仰向けで漫画を読んでいたカンが、
怠そうに本を胸に置いて我を見る。
(あの亀に何をした・・・。)
「はいぃ?別になんも。」
(あんなに頑なだったんだ!。)
悔しい。
何故、我には解らない。
カンは目を閉じた。
「お前には解らんよ。相手の気持ち・・・今の状況、
それを見抜いても、相手の位に下げて、
自分を落として接する事をお前は出来んやろ。」
(我が・・・童と同じになれと言うのか?。)
「そうしとったら、あの子はお前には話したと思うで?。」
大神の息子の我が・・・亀の童と同じになれと言うのかっ。
カンは寝返り我に背を向けて横向きに寝、
「シロ~・・・大神見てみぃ。
誰にでも偏見なく優しくウンウンって聞いとるやんけ~。
大樹も弱い奴には心底心配して話聞きよるやんけ。
誰も、ず~っと同じになれ言うてない。
その時だけプライド落とせ言うとんのや。
何も難しい事あらへんやろぉ~。」
カンは我に振り向き笑みを浮かべ、
「ま、お前の優しいとこは俺は知っとるけど。」
まるで見透かされているかのようだ。
「ちょー、蛇になって。」
(あ?。)
「ええから。」
我が白蛇になるとカンはベッドから下りて我を両手で掴み、
ベッドに寝て自分の胸の上に我を置いた。
「今日は一緒に寝ようや。」
(な、何故お前と寝なければならん!。)
「そう言うなて・・・ふぁ~。」
カンは欠伸をして目を閉じる。
「シロ、お前は白蛇神であり、シロなんや。
白蛇神の時は偉大な大神の子、
蛇の国を守る白蛇の神。
せやけどなぁ、シロんときは、普通の白蛇でえぇねん。
俺の友達のただの蛇や。
気張んな。」
寝言のように呟けば、名を呼んでも起きなかった。
人間の言うプライドとは、時に必要で時には邪魔をする。
カンが亀に言ったように、
周りではなく自分自身。
我は・・・周りばかり気にしていて、
自分自身を押し殺しているのかもしれない。
我もまた、あの亀の童と同じ幼き心なのかもしれない。
72 
|