vol 29: 鬼




ここは高野山のある寺の中。
俺は下界に降りてから自分の宗派の密教の寺に入った。
下界の全ての流れを知るために。

俺の名前は弥勒。
人間ではなく菩薩と言う名の神だ。
黄泉の国より同じ姿で下界に降りてきた。
仲間の二人が下界を救う為に降りたのが気にくわなくてな。
俺は黄泉の国で定めを受けていた。
時が来れば下界に降り、人々を救う役目を。
なのによ?先に降りやがって・・・。

「弥勒よ。山を降りなさい。」

「お師匠。」

教本を読んでいた俺の背後からお師匠の言葉に振りかえる。

「山を・・・ですか?」

「文が届いての。調査に向かって欲しいのだ。」

「はい。」

高野山。平安時代の弘仁10年(819年)頃より、
弘法大師空海が修行の場として開いた高野山真言宗、
ひいては比叡山と並び日本仏教における聖地であり総本山。
密教とも深く関わる場所。

基本、黄泉の国でも簡単に言うと、
密教・仏教・神道・道教に大きく分かれている。
説明するとだな、密教・道教は力。
仏教・神道は心だ。
俺は道教や神道は学んではいないが、仏教と密教は黄泉の国で修行した。
とは言っても、まだまだ修行中の身だな。
この間の餓鬼を逃がしちまった時も、仏教の心を忘れてたし。
人間は宗教とやらに偏りすぎている。
仏教なら仏教のみ、密教なら密教のみ。
それは間違いだぜ。密教を習得したけりゃ、
仏教を知らないと大惨事となる。
力のみ手に入れても、自分を滅ぼすのみだからだ。
仏教の慈悲あっての密教の力。
それを解ってる奴が、この世にどれだけいるのか。
10人中0だな。

お師匠に言われて山を下り、町に出た。
場所は、神社?
神社は神道。なんで真言宗に依頼を・・・。
俺は不思議に思いながらも依頼主である神社に向かった。
坊主の格好は人目を引く。
町は物欲に溢れ、ジーンズにシャツ姿に俺は目を引く。
電車を乗継、山中にある神社。

「すんません。高野から来た弥勒と申します。」

神社の境内にある案内所で依頼主を待つ。

「如空様のお弟子様の弥勒様でしょうか?」

「えぇ。」

案内所から中太りの宮司が出てきた。

「よくぞお出で下さいました。どうぞ、中へお上がりください。」

「その前に参りたいのですが、よろしいでしょうか。」

「え?・・・あぁ、どうぞどうぞ。」

宮司は苦笑していた。
他に参りなど・・・とでも大方思ってるんだろう。
神は宗派が違えど神なんだ。
これが仏教の心。

お参りを済ませ、案内所に入りソファに座らされて冷たいお茶と、
和菓子がテーブルに置かれた。
和菓子に俺は生唾を飲み込むも、我慢だ。

「如空様より弥勒様のお話は聞いております。
お若いのに大した法力をお持ちとか。
弥勒菩薩様の生まれ変わりとのお噂も。」

「修行は一通り終えましたし、皆、名前からの妄想です。
生まれ変わりではありません。」

俺は本物だっちゅーの。

「で、依頼の件ですが・・・。」

「はい。この神社は古くから歴史ある神社でございます。
水の神を祀り、古代の祈雨八十五座の一座とされるなど、
古くから祈雨の神として信仰されておりました。
古来より、晴れを願うときには白馬が、
雨を願うときには黒馬が奉納されたが、
実際の馬に代わって木の板に描いた馬が奉納されたこともあり、
このことから絵馬が発祥したとも言われております。」

「ほう。その歴史あるこの場所と、今回の依頼なにか接点でも?」

「それは解りません。実は・・・息子が急に不治の病に侵されまして。
床に伏しております。いろいろな専門医に診てもらいましたが・・・。」

「物の怪のせいだと言いたいのですか?」

「夜中になると唸りだすのです。」

「時間はいつです?」

「深夜決まって2時に。」

「丑の刻・・・ですか。」

「お願いします、弥勒様。どうか、どうか息子を!
一人息子なのです。」

「解りました。調べてみます。」

「はい!どうぞよろしくお願いします。」

丑の刻は基本深夜1時から3時とされている。
とりあえず、和菓子を食べてから息子に会うか。

荷物を置かせてもらい、心配そうな母親に案内されて息子の部屋に向かう。
息子は18歳の高校生。
見た目も金髪で、こりゃ後継ぎになりそうもないな。
仰向けで布団に寝ているも、顔色は悪く頬がこけている。
息子を見る為に掛け布団を捲る。

「これは・・・。」

息子のパジャマから見える手足は痩せ細っている。
手首を持つも重い。
部屋の空気は重くどんよりしている。

「息子さん・・・人に恨まれるような事は?」

母親は俺の問いかけに首を左右に振り、

「いいえ!この子は優しい子です!恨まれるなんて・・・。」

今にも泣きそうだな。泣かれても困るし。
母親をとりあえず部屋から出させた。

「さぁて、調べるか。」

俺は線香を焚き、教を読み部屋を浄化した。
空気は軽くなり、苦しそうな息子の表情も和らいだ。

「よし。で、と。ちょっくら拝借。」

机の中を調べる。何か手掛かりがないものか。
もし憑かれているのなら、一気に除霊すれば済む話。
が、本人がこれだけ弱ってちゃ、除霊後ポックリっとなりかねない。
机の中にはこれといった物はなし。
ただし、財布の中からコンドームが出てきた。

「避妊・・・ねぇ。」

その数30枚。若いねぇ、全く。
優しくていい子が一人相手にこの数ですか。
知らぬが両親のみって事か、見て見ぬふりか。
財布にしまい、夜になるまで待つ事に。
ふと、戸に貼られた札に目がいく。

「五芒星・・・陰陽道?」

五芒星は星の絵。これはいろいろな見方がある。
世界中で魔術の記号として用いられ、
扱い方一つで守護に用いることもあれば、
上下を逆向きにして悪魔の象徴になることもある。

札に書かれている事から黒ではないな。
と言うことは阿倍清明桔梗印か。

阿倍清明は言わずと知れた平安時代の最も有名な陰陽師の一人。
当時最先端の呪術・科学であった天文道や、
占いなどの陰陽道の技術に関して卓越した知識を持ったエキスパートだ。
清明・・・は関係してないだろう。
清明は俺の友人だからだ。
親が魔除けに使った物だと思われるな。

お山では味わえない豪勢な料理を夕飯にいただき、
ヒノキの風呂に浸かる。
裕福だねぇ。
裕福の源の先祖の気持ちを受け継いでいるのか、
あの宮司じゃ、無理だろうな。
長く伸びた銀髪を良い香りのジャンプーで洗いリンスする。

「サラサラー。」

黄泉の国じゃ、風呂の気持ち良さは味わえない。
風呂から上がり、袈裟に着替えて濡れた髪を一つに結い、
深夜まで待つ。
普段は朝4時には掃除している俺だ。
眠過ぎる。
息子の部屋の柱に凭れてウトウトしていたが、
気配に目を覚ます。
時刻、2時。

「来ましたか。いらっしゃい。」

寝ていたはずの息子が布団に立ち、虚ろな目をしている。
精気はない。

俺は立ち上がり息子の様子を見つめる。
手掛かりを掴む為に。

「愛子・・・愛子・・・。」

「女の名?」

ボソボソと口走る女の名。
名を呼びながら布団から出、部屋をゆっくり出て行く。
後からついて行く。
階段を下り、玄関に向かう息子。
1階で寝ずに居た両親が息子の名を呼んで居間から出てきた。
俺は両親に静かにするように言い、
息子は裸足で外に向かう。
泣き崩れる母親。それを支える父親。

「いつもどこへ?」

「いえ、いつも我々が止めるので解りません。」

答えた父親は俺について来る。
神社を歩き奥へ奥へと暗がりを歩く。
真夜中の神社は静けさを増し、地蔵すら妖艶に見える夜の世界。

「そのまま行くと川です。」

「しっ!このまま後をつけましょう。」

息子は足を汚しながら川の方へと歩いて行く。
真っ暗の中、小さな明かりが二つ。
その明りを囲むかのように青い明かりが灯っている。

「鬼火・・・。」

宮司の腕を掴み大木に身を隠れさせた。
俺はそっと距離を置いてついて行く。

「愛子・・・。」

川の中に白装束に頭に蝋燭をつけた女が浸かっている。

髪を5つに分け5本の角にし、
顔には朱をさし、体には丹を塗って全身を赤くし、
鉄輪 (てつわ、鉄の輪に三本脚が付いた台)を逆さに頭に載せ、
3本の脚には松明を燃やし、さらに両端を燃やした松明を、
口にくわえ、計5つの火を灯している。

「平吾・・・平吾・・・。」

川の女は息子の名を呼び呼び寄せる。
それに応えるかのように息子は川へと足を入れた。

「平吾!」

見かねた宮司が息子の名を叫んでしまった。
俺は慌てて息子向かって駆け寄る。

「誰だ!誰が邪魔する!」

川の女は怒りを露にした声で叫び、女を囲む鬼火が宮司の方へと飛びかかる。
しまった!
幸いにも息子への術は説かれ息子が力をなくした事に、
息子を川縁に寝かせて宮司に飛びかかる鬼火に向かって手のひらを向け、

「ハァァアアアアア!」

グッと手のひらにエネルギーを集めると、鬼火に向かって法力を放つ。
宮司は自分に近づく青い炎に悲鳴をあげるも、俺の法力で鬼火は消え去った。
法力は普通の人間が見ても目に見えない力。
見える者が見ると、それは大きな光になる。
宮司には見えなかったらしい。

川に振り返り、改めて女を目にした。

「丑の刻参りは寺の中じゃねーのか?お嬢さん。」

「橋姫・・・。」

宮司がポツリと口に出しだ名前。

「橋・・・生きながら鬼となった宇治の橋姫か!」

「平吾は私のもの!お前らにやるものか!」

「祟りだ!祟りだ!」

宮司は正気を失っている。
惑わされるな。
女はどう見ても生きた人間だ。
橋姫じゃない。

「そうか。橋姫の伝記を真似たんだ。
鬼になりたくば、姿を改めて宇治の河瀬に行きて三七日漬れか。」

橋姫を真似るって事は、男に騙されたか浮気。
あのコンドームの束じゃ、浮気だな。

「やめるんだ!君は鬼になりたいのか?!」

「私は、私は平吾を自分だけのものにしたいだけ。
邪魔をするな!」

鬼火は俺にいくつも飛びかかる。
弱い鬼火だ。
俺は手で印を結んだ手で払うと鬼火は消える。
そのまま川に入っていった。

「君は浮気症の男がそんなに欲しいのか?
自分を愛していない男の為に鬼になるつもりか?」

「うるさい・・・うるさいうるさいうるさい!」

女はギリギリと歯軋りをたて耳を塞ぐ。

「教えといてやる。
人が鬼になる事は容易い事じゃない。
俺達に見られた以上、この行は失敗だ。
それに・・・君は愛しいからこそ、こいつに振り向いて欲しい。
違うか?」

「私は・・・私は好きなの。優しい平吾が・・・好きなの。」

救いがある。

「なら、絶対鬼にはなれん。鬼になれるのは憎しみの心。
君の愛情で鬼にはなれない。」

女の近くまで行くと泣き崩れる女の腕を掴み支えて、
頭の鉄輪を取ってやり、

「優しい奴は、浮気はしねーよ。」

鉄輪を川に潜らせて火を消し、女を抱きあげて川から上がった。
女は震えている。

「大丈夫だ。」

「平吾!」

宮司は息子に駆け寄り抱きしめ、俺の抱いている女に向かって睨み、

「うちの平吾を!鬼女め!」

「ちょい待ち。その鬼を作ったのは、あんたの息子だぜ?」

そう言って宮司の家に向かい、母親にタオルを借りて女に掛けてやった。
宮司と母親は、なぜこの女を家の中にと不快な顔をしている。

「君が橋姫の真似をして、こういった事をやったのかは目星がつく。
でもな、橋姫と君は違う。」

「何が違うものか!この女は橋姫と同じ鬼だ!
うちの息子を殺そうとした。」

「宮司、ハズレ。」

「なに?」

「この女はあんたの息子を愛してた。
橋姫は旦那と愛人を憎んでた。大きな違いだ。
この子は鬼にはなれやしない。」

「だが、息子が!」

さすがの俺もイラッとき、

「おい・・・アンタ、息子息子ってなぁ、
アンタの息子の財布ん中見たことあんのか?」

「財布だと?」

「コンドームでいっぱいだ。金なんか一千も入っちゃいねぇ。」

「こ、こん・・・。」

「息子は優しさを武器にして、女を食ってたんだよ。
その末路だ。自業自得。」

両親は固まったまま。
女は目を閉じたままだ。

「体、辛いだろ?
神がかりな行いは良きも悪きも自分に返ってくる。
今日は何日目だ?」

「・・・37日。」

「最終日か。鬼火が出てたもんなぁ。」

宮司が立ちあがり、俺に指をさし、

「あんた、出て行ってくれ!坊主が聞いて呆れる。
怨んだ女に肩入れして、被害者の息子を・・・。」

解ってねぇな。これが人間か。
息子は助かっているにも関わらず、正当化。

俺は腰を上げて女の腕を掴み、荷物を肩に掛け家を出た。

「おい!塩だ!塩まいとけ!」

宮司の怒り声が外まで響く。

「おっ、もう朝だな。」

女の手を握って歩いて寺を出る。

「私は彼と死ぬつもりでした。
お父さんが言うようにわたしは・・・。」

「いいや。君は鬼じゃないね。
鬼は愛しい気持ちで殺したりしないさ。
それに、鬼はこ~んな顔してるんだぜ?」

俺は両手人差し指で両目を吊り上げ、両手親指で口端を吊り上げて見せた。

「・・・っぷ!」

女は笑顔を見せて吹き出した。

「ほら、そんな可愛い顔は鬼はしねーって。」

女は自分から足取りを速めた。

「あなた、面白い人ね。名前は?」

「俺?俺は嫌われた坊主だ。」

ニッコリ笑んで女に答えた。

「なぁ、愛子ちゃんだっけ?」

「はい。」

「鬼はな、元から鬼じゃねーんだ。
勿論、もとから鬼の奴もいる。鬼で生まれてなぁ。」

「鬼で生まれる?」

「そ。でも鬼の面してるだけで悪いってこともない。
ただ、そこに生まれた故に誤解されてるんだ。
橋姫は、妬んでいた女、
その縁者、相手の男のほうの親類、
しまいには誰彼かまわず、次々と殺した。
男を殺すときは女の姿、
女を殺すときは男の姿になって殺していったと言われている。
とてつもない女と思いきや、そうさせたのは男なんだ。
夫を信じて心配していた分、悲しくも怨みに変わり、
鬼と化した。
夫と愛人を殺しただけなのに、見返りとして魂までも鬼となり果てた。
可愛そうな人なんだ。」

俺達は歩いていたが、川に出てきてしまった。

「そうですか・・・。
私、噂で聞いたんです。ここで縁切りの願いを叶えてくれるって。
縁を切りたいわけじゃなかった。
でも、他の女は殺したかったわ。
平吾の優しさにつけ込んでって。
でも、あなたの言う通り、平吾に問題があったと思う。
そう思いたくなかったの。」

「そっか。」

俺は川に向かって両手を合わせ、

「今は眠りし橋姫よ・・・貴女の苦しみを見真う者に慈悲の心を。」

俺は阿弥陀経を唱え始めた。
女は俺の隣で両手を合わせる。


「お師匠!只今戻りました!」

「おお、どうじゃった?誘惑には負けんかったか?」

「ま、負けませんとも。それより、依頼の件は片付きました。」

「原因は源平盛衰記か。」

「ご存じでしたか。」

「寺の名前でのぅ。」

「依頼主からは勘当されましたが・・・。」

「ハッハッ!それもまた御仏の試練じゃ。」

お師匠が出て行くと俺は荷物を置きに自分の部屋に行く。
風呂敷を開くと新しい携帯電話のケース。

「・・・街の誘惑に負けました。」

そして俺は携帯を手にしてメールを送る。

≪件名:嫌われ坊主。
本文:昨日から仕事で街に。お疲れモード(´ヘ`;) ハァ。
今帰って来た。≫

直ぐに受信。織田からや。

≪件名:大丈夫?
本文:お疲れ様。仕事って今回はどんな内容だったの?
嫌われ坊主って・・・誰に言われたのさ。
また、カンとお山に行くから、出来るだけゆっくりしなよ?≫

さすがチビ神。やっさすぃー。

再び受信。カンから。

≪件名:嫌われ坊主に賛成!。
本文:だったら寝とけ( ̄д ̄)。
週末にそっちに行く。
ストファイ持ってくから勝負や。
(ノ- -)ノ∈≡≡⊃ ☆(@@)ハドウケンッ!≫

「アハハ・・・。」

俺は菩薩。
だが、体は人間。
人間の世界にいると、感情も人間と変わりなく、
黄泉の国の忙しさ程ではまだない。
それ故に、織田やカンが恋しくなって、
今すぐにでも会いたくなる。

人間もまた、いいもんだ。









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