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第5回インドネパール精神世界の旅ポスター



横尾忠則氏に描いていただきました




  そもそも、わざわインドに出向いて行くには,それなりの理由があるに違いない。
自分でそれと気づいているかどうかは別として、
特別な食い道楽とか骨董趣味ならともかく,
こんなしんどい臭を放っているような国に何があるというんだろう?
そう心の奥の方にかすかな期待があるんだ。
何か肝腎なものに会えるんじゃないか。
何か自分の人生を変えてしまうような手ごたえのあることが起こるんじゃないか、
インドにはそういう匂いがある。
ある意味ではその期待は当たっているし
ある意味ではまったくの幻想だと言ってもいい。
そう、あのマントラの響きのように。





朝、夜明けとともに目が覚める。
小鳥がさえずりニワトリが朝を告げる。
どこでも同じ風景だ。

夜中に着いた旅の疲れは少し残ってはいるが、
安宿ホテルの窓から、外を眺める。
野菜を積んだ荷車を運ぶ人が通る。
市場に野菜を売りに行くのだろう。
まだ静かな街の風景。
何故かワクワクする。
初めての町、何も知らない町。地図にもない町。

少し陽も昇ってきたので、服を着替えて外に出る。

後ろを振り返ると、夜中に着いたホテルはこんなのだったん だと、初めて気づく。
夜汽車を降りて駅前のオートリキシャで寝ているアンちゃん を叩き起こし
「チープホテル」と言って連れてきてもらったのがこのホテルだ。
思ったよりまあまあじゃないか。

出る前にホテルのオヤジに聞いてきた町の中心地に向かって 歩き出す。
少しづつ家が増えてくる。商店もいくつか見える 。でもまだ開いていない。

しばらく歩く続けると、少しづつ仕事に向かう人たちが増え だして、町は活気付いてきた。

ちょうどチャイ屋も開いたので、「エッグ チャイ」(チャ イを1つ)と言って木の椅子に腰掛けた。
そしてアツアツのチャイをすすりながら、町を眺める。

向こうに白いビルが見える。銀行のようだ。よく見るとその 近くに映画館もあるようだ。
他に何があるのかな・・・。

こうやって小さな冒険の一日が始まる。



  はじめに、おことわり

古い情報と新しい情報のチャンプール!
ここにある本文の内容は今から30年程昔しに私たちが実際に体験したことを本に書いたものを元にしいます。
ですから、今では金額や店などの情報は変わっています。

 そのため、信頼できる友人たちによる今年の最新の情報も追加しました。
特に各地にある現地日本人会のホームページの情報はとても役に立つと思います。
内容はこのようになっています(リンク先)

 生活においても、今では都市が近代化され日本と同じものを手に入れることができるようになってきました。昔は未知への冒険旅行や、宗教やヨガなどの精神世界的なスリルやワクワク感を求めての旅行だったのが、今では、ただの観光旅行になりつつある様な気がします。別にそれはそれで良いと思います。
ただ、このページを楽しんでいただければ良いと思います。
 物価が上がっていてますが、生活習慣などはあまり変わっていないはずです。気をつけるべきことは気をつけて、楽しい旅をしてください。



 今は昔TIC(ティアイシイ)というインド旅行にかけては日本一の旅行会社がありました。たとえばJALをチャーターして一度に300人もの旅行者をインドに送り込んだり、横尾忠則さんや正木守さんにポスターを作っていただいたり、本を出版したり、インドやネパールの情報にかけても当時は日本一多い情報が資料室にあふれていました。

 このページはその資料を使い、1975年から1985年にかけて、1000人を越す人々のレポートを基本に編集しました。

 しかし、ここにある情報も、今では30年も昔の事となってしまい、
当時に比べ現地の状況や地名、価格も大きく変わっています。
 「カルカッタ」が「カルカタ」、「ボンベイ」は「ムンバイ」に、「マドラス」が「チェンナイ」変わりました。またネパールも政情不安がささやかれ、アフガニスタンは当時ヒッピー(安旅行者)の天国でしたが、内乱により危険地帯と化してしまいました。

 貧しく思えたインドも今ではコンピューターのソフトプログラムでは世界有数のIT立国になっています。マイクロソフトのOSやアップルのOSの多くがこのインドで作られました。インド人は割と理屈ぽいところが多く逆にそれがITに向いているのと、人件費が10分の1以下で済むのが、海外から進出しやすい理由だと思います。

 携帯電話の普及率は世界第3位とか。今や「チャイ屋」のオヤジや「リキシャ」のアンチャンも持っていたりするとの事(日本みたいにカメラ付きではなくシンプルな電話機能だけのものが多いけど)。なにしろインドは日本の9倍も広いので値段の高い電話線を張り巡らせるより、携帯無線の鉄塔アンテナの方が安く設備できるので当然の結果だと思われます。
 以前は日本に国際電話をかけるのにも半日待たされたのがうそのようです。今では主要都市にはパソコンのできるネットカフェがあるそうです。
 また、最近はスマホ大国になっているようです。

 高速道路網も充実してきており、ニューデリー・ボンベイ(ムンバイ)・マドラス(チェンナイ)・カルカタなどの主要都市間を繋いでいます。
 しかし、その高速道路に人が歩いていて、バスを見かけて手を上げると、そのバスは高速道路上で止まって乗せてくれるそうです。また場所によっては、ヤギや牛の群れが高速道路を横断するそうです。
 このようにして、根本的に現在もインドはインドであり続け、ネパールはネパールであり続けています。

 これは全てノンフィクションです。登場する人物、団体名、地名、建物は全て実在しました。



1978年に出版したガイドブック「インド・ネパール旅カタログ ライブ」
装丁・杉浦康平氏


特別企画
私の高校時代の同級生による
インドのデリーと
バングラデッシュのダッカ
からの最新情報

{1}
2008年4月から2011年12月までの
インド駐在員福田氏による
最新のインド報告

(現在も月1回日本からインドに通っている)
クリックしてください
その@はじめに・地理と気候・言葉と通貨

そのA駐在員の基本的 な生活パターン
そのB電気、水道、道路、鉄道
そのCカレー・コブラ・美人・カースト
そのD聖なるガンジス河の聖水タジマハール紅茶

{2}
2009年から現在に至るまで、
バングラデシュのダッカで医療活動を続けている
山家氏による
最新のダッカ報告
クリックしてください
その@東京からダッカへ
そのAダッカからバリ島へ
そのBダッカからパリへ
そのCダッカからローマへ
そのDダッカ日常の冒険
そのEダッカからカトマンズへ

そのF
ハルタルのダッカから
そのG
そのHダッカより愛を込めて(007のDVD
{3}

その他、同級生駐在員による海外情報
その@南アフリカからの報告1
    南アフリカからの報告2(森本氏)

そのAブラジルサンパウロからの報告
(佐原氏)

福田氏による
[最新のインド写真集]

その@生活編
クリックしてください。写真集に移動します。



そのA街編
クリックしてください。写真集に移動します。

   

クリックしてください。結構役に立ちます。
インドの地図
地図の使い方
例えばダージリンの場合。まず、下の「州(28州)」から「西ベンガル州」をクリック。
地図の上にある町名のシリグリあたりを中心にまで動かし、左横にあるサイズバーの+で拡大する。
12番のダージリンの表示が出てくるので、そこを中心に動かす。そして左横サイズバーで拡大する。
そうすると、ダージリンの駅から通りの名前やホテルなどを表示したシティーマップまで拡大できる。
また、右上の「航空写真」をクリックすると実写の航空写真画像が見れる。
ネパールの地図

インフォメーション(情報)      
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インドで生死について考える



2014年7月に息子がインドに行ってきました。
その時の画像集です。
ニューデリー・アグラ・ジャイプール・バナラシ(ベナレス)・サルナートを8日間で回る日本語の話せるインド人ガイド付き一人(インド人ガイドとの二人)旅です。
 
クリックしてください

インドの観覧車が怖い!
https://www.youtube.com/watch?v=yi03w9cy-dw
インドの裏道をリキシャで通ってみた
https://www.youtube.com/watch?v=1N80SVhMnrU

リンク
インド大使館
日本大使館インド
ネパール大使館
日本大使館ネパール
コーショーのHP

    インド・ネパール旅カタログLIVE

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