[231] 誰かに話すということ
両親
ソリューション データ: 高校3年のちょうどに受験勉強ピークの頃、母親が家を出て行き返って来なくなりました。 今までも両親はとても仲が悪く、土、日は母親が家に居ないというのが定番でした。それでも平日はちゃんと家に帰ってきていましたが何日もに連続に家に居ないというのが悪かったので、とてもストレスが溜まりました。 かと言って誰かに相談できるような問題ではなく、受験勉強もしなければならないような追い込まれた状況でした。そんなときよく聞いていたラジオに悩みを投稿したところ、スタッフの方が見てくださってMCの方と直接ラジオの放送中に相談させていただける事となりました。 直接的な解決にはならないけれど、匿名でシビアな問題を相談できたことはすごく精神的にも楽になる結果 となりました。
キーワード: 受験勉強
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[228] 自分で考えて行動する子供の育て方
子供のころ
両親
ソリューション データ: 私の両親は、勉強に関することに特に何も言いません。成績を見せて褒められた覚えもなければ怒られた覚えもありません。受験の時も私の意志を尊重してくれました。ただ「自分の人生だから自分の好きなようにしなさい」と言われ、ほっとかれていたことが多かった気がします。ほかの姉妹を機にかけているように思い「自分のことなんてどうでもいいのか」と考えた時もありました。でも。そのおかげで自分で調べて考えて行動するようになったと思います。見ていない王でも口にしないだけでちゃんと親は見守ってくれているのだと思いました。
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[223] 不器用な父への理解
大学生
父親
ソリューション データ: 私は今、実家暮らしで父母と生活している。 毎日顔を合わせ昔は楽しく生活していたが私が大学生になりバイトを始めたころから私と父のそりが合わなくなり、一緒にいればけんかをするようになってしまった。 しかし私もケンカをしたくてしている訳ではなく、本当は毎日楽しく過ごしたい。 だから、必要最低限の会話ですごそうと思っていたが母と話しているときに「お父さん、会社でも人付き合い上手くないんだろうな」と言っていてなんだかさみしい気持ちになった。 会社でも家でも家族だけはその不器用さをわかってあげようという気持ちになり、私自信も父と話すときに気をつけています。
キーワード: 家族、父
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[205] 変わるキッカケ
ソリューション データ: 友人のお兄さんAさんは、中学1年のころから反抗期を向かえ、食事は自分の部屋で食べ、両親とも兄弟とも会話をすることがなくなったそうです。 Aさんのお母さんはとても悩んで、自分にはご飯を作って持って行ってあげることしかできないと嘆いていたそうです。 少しずつ必要最低限なことは話すようになったのですが、次第に兄弟もAさんに話しかけることをあまりしなくなり、この状態がAさんが大学1年になるまで続きました。 しかしAさんが大学1年の夏に海外ボランティアに参加し、帰国してから変わったそうです。 家に帰るとすぐリビングに行き、ご飯もみんなで食べ、会話もするようになったそうです。 家族もなにも働き掛けなかったわけではないみたいですが、Aさん自身が自分でなんとなしなければと強く思い、ボランティアに参加したことが大きな変化に繋がったようです。
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[203] 家族でのトラブル
小学校6年
両親
ソリューション データ:
A男は中学受験を親に勧められ 多忙な日々を過ごしていた。 (5年生までは、友達と外で遊ぶ活発な子。) 小6になると、日々のストレスと厳格な両親 からのプレッシャーに耐えきれず 学級崩壊の主犯格的存在に。 多くの人がいじめにあい、引っ越したり 引きこもりになったりした。
学級崩壊は市をあげての大問題へと発展。 卒業するまで続いた。 A男は、そのうちにすべての責任を背負わされ同じ公立の中学校へ行くことが困難になった。
A男の両親は、自分たちの圧力をなかなか認めなかったが、やがて気付き、親子関係の修復へ取り組む。
・引っ越ししてA男を新しい環境へ ・勉強の強要をやめる ・よく話し合う
高校へ行くようになって、親子関係もよくなり始め、 最近では、小学校のことも思い出して話すことができるようになった。
キーワード: 中学受験 学級崩壊
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[201] なんとなく家族が嫌だった時期があった。
自分、家族
ソリューション データ: なんとなく家族が嫌だった時期があった。特にこれと言った理由はなかったが、嫌だった。 特に一緒に食事をする時が嫌だった。 そして、家族が嫌な自分もダメな人間だとも思った。 家族からも私は冷たいと思われていた。 こんな状況が辛く、今の自分の気持ちがこうしたいということを初めて家族に伝えた。 具体的に何を伝えたのかは忘れたけれど、泣きながら本当のことを伝えた。 徐々に、家族への嫌悪感は消えていった。
キーワード: 家族 嫌悪 自己嫌悪
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[200] チチアニもんだい
アニ コウコウジダイ
チチ アニ
ソリューション データ: トモだちのカゾクはチチ、ハハ、アニ、イモウトのカゾクでチチがアニにキビシク、イモウトにはあまかった。チュウガクグライからアニとチチのカンケイはあまりヨくなく、アニはコウコウにハイってから、ガッコウにイかないでアソんでいるなどチコクがフえた。チチとアニはアってもナカがワルいのであまりカイワもせず、ナニかモンダイがオこったトキだけチチはアニにセッキョウしたという。しかし、そのジョウキョウをミかねて、ハハとイモウトがチチにアニのイいところをツタえたり、アニにチチのイいところソンケイすべきトコをしばしツタえおタガいにイいインショウをつけるようにしたという。またハハがなるべくアニチチがイッショにいるジカンをフやすことによってカイワもフえカンケイはリョウコウになりつつあった。アニもチチからガッコウセイカツのことをイわれても、ハンコウせずウけイれるようになっていき、ブジソツギョウできたみたいです。
キーワード: ちち
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[198] 離婚問題
友達の家族
ソリューション データ: 今、友達の両親が離婚するので、友達とその姉は母側につき父とは離れることに なっています。その際、引越しや家など色いろとお金がない(母はパート)ので 友達は大学をやめて働こうとしています。母もパートを増やし、姉も小さな子どもが いるが働くといってくれていたがそんなに負担はかけられないようです。 ですが僕らは奨学金や父親さんに頼むなどはからってなんとか友達を大学に 残らせるように説得させています。本当にやめてほしくないと思います。
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[197] 小さい頃よく父親にしかられる時頭をなぐられました。
〜高校生
父親
ソリューション データ: 小さい頃よく父親にしかられる時頭をなぐられました。 小さいころは言っても分からないから多少はしかたがないと思いましたが、高校生になっても時々あったので、困ってました。 ある時私が父と言いあらそいになり、「そんなんだから姉も家を出ていきたいって言うんだよ」とどなりかえすと、 今まで口をださなかった母親が「もう口で言っても判断できる年なんだから。」と父親に言いました。 それ以来父は手を出さなくなったし、前より仲良くなったと思います。 たぶん父は子どもたちのことをいつまでも小さな自分の支配下にある存在だと思っていたのが、 成長して対等(扶養してもらっているから本当の意味ではないが)な立場に子供が育ったことに気付いたのではないかと思います。 今は父と色々な話をします。教えてもらうことの方が多いですが、今のような関係になれてよかったと思っています。
キーワード: 父親 体罰
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[195] どなる母親
母親
ソリューション データ: 母親は時々家族もおかしいと思うくらい怒鳴ったりする。大した事でもなくても大事のようになる。 感情に身を任せるように親としてありえないだろうと言うかんじの言葉を浴びせる。 年々増しているように見えるのだが、その対処として母親の言うことに対してあまり自分も一緒になって乗らないようにしている。家族も比較的にそういう時は黙って冷静になっている気がする。 そうするとだんだん収まる傾向があるように思える。解決されてないと思いますが・・・一応書いておきます。
キーワード: 母親
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