vol 106:喜びと笑顔と言葉



夕飯の準備が出来たと呼ばれ、
食堂らしき部屋に向かう。
電気もつかない建物は暗く、ロウソクがいくつも並んでた。
俺達が部屋に入った頃には子供達もみんな席についていて、
テーブルにはパンが1個にシチューのような白いスープ。
俺はサタンの隣に座らされた。

『では、お祈りを。』

みんなが両手の指を胸の前で絡めて俯き目を閉じる。
弥勒もやってるから、俺も真似てやってみた。

祈り。

『天におられる私たちの父よ、

み名が聖とされますように。

み国が来ますように。

み心が天に行われるとおり

地にも行われますように。

私たちの日ごとの糧を

今日もお与え下さい。

私たちの罪をおゆるし下さい。

私たちも人をゆるします。

私たちを誘惑におちいらせず、

悪からお救いください。

アーメン。』

神父が祈りの言葉を綴ると、
最後に全員がアーメンと口にした。
俺も遅れて言う。

「アーメン。」

悪からお救いください・・・か。
なんや俺が言われてるような気分になった。
心が痛い。

『アーメン。』

隣でサタンが呟く。

「・・・お前も祈りなんかするんやな。
悪魔は祈り聞いたら苦しいんちゃうん?。」

映画なんかでは、悪魔祓いなんかで祈りの言葉を言うと、
悪魔は苦しむ設定や。
俺の問いかけにサタンはニッコリ笑んで、

「そうだねぇ。でも、僕は神使いだから。
あ、元ね。元神使い。」

コイツのこの笑顔が憎たらしい。

「ただ、悪魔は祈りを聞くと苦しむって言うか、
不快感がすごいだけなんだよね。
耳障りな感じかなぁ。
祈りなんて結局、イエスが人間に教えた言葉なだけで、
悪魔にすれば黒板を爪で引っ掻く音に聞こえるわけ。
言葉は所詮言葉。
痛くも痒くもない。
本当に悪魔が苦しむのは、やっぱりそれなりの力だよ、カン。」

初めて聞く闇の者の性質。
それを、闇の支配者から聞く。
サタンは嘘つきで有名な話しやけど、
俺からすれば、嘘やなくて巧みなだけ。
俺はスープに浸かるスプーンに触れた。

「スープは飲まない方がいい。
パンは大丈夫。僕達が持って来たからねぇ。」

スプーンに触れた手を止めては手を引いた。

「さっきからその事言うてるけど、
一体なんやねん?。」

サタンはパンを掴んではちぎり、

「僕も調べ中。
この施設、おかしいと思わないかい?
みんなを見てごらんよ。」

俺は静かな部屋を見渡す。

「・・・。」

子供達は誰ひとり、会話をしない。
神父はシスターと会話をしている。
それくらいや。
俺の隣の弥勒に顔を向けたら、弥勒もスープには手をつけん。
パンをかじっては子供達を見てる。

「ねぇ、カン。君は明日には帰るんだよねぇ?。」

「・・・だからなんやねん。」

「放っておける性格じゃないから、君。
今夜起こる事を目の当たりにしても、
僕が救うから心置きなく帰って構わないよ。」

「は?お前が救う?
何の為に救うねん。お前は滅ぼしたい側やろーが。」

「・・・わかってないねぇ。
黄泉の国の神はもう気付いてるのに。」

サタンが何を言いたいんか、
何を企んでるんか、まだ俺にはいまいち理解出来ん。

「さっきの祈りの言葉だけど・・・、。」

「あ?。」

「矛盾感じない?。」

矛盾?。

「私達の罪をお許しください。
私達も人を許します。
・・・人間って何様?
イエスになりきって言う身の程知らず。」

私たちの罪をおゆるしください。

私たちも人をゆるします。

「カン、僕の計画のヒントをあげる。
祈りの言葉の中に重要な言葉が隠されている。」

「祈りの言葉に?。」

ニッコリと笑んで俺を見つめるサタンに、
俺は目を丸くした。
隣の弥勒が俺を挟んでサタンに言う。

「人はただ神の言葉の本意を掴めていないだけだ。
サタン・・・お前は滅ぼした後、お前自身がどうなるか解っているのか?。」

どうなるかって・・・。

「クフフ・・・僕はそうなりたいんだよ?
黄泉の国の神。」

「どうして。
今まで、ここまで人間を導いているお前が、
今も尚、こうしていられるのは、。」

「不味い食事がさらに不味くなる話はやめようよ。」

サタンが弥勒の言葉を遮った。
俺には二人の会話の意味が解らん。
ふと、子供たちに目を向けると、
チーを見付けた。

チー。

嬉しくなるも、チーの隣に座るラドゥンの前には、
パンもスープもない。

俺は心でラドゥンに話しかけた。

(ラドゥン・・・食わんのか?。)

ラドゥンは俺の声を聞いて俺の方を見て笑んだ。

(カン。俺は顎がないから食べられないんだ。)

ラドゥンは食事が出来ない。
だからと言って、栄養をとる点滴をされるわけでもない。

(せ、せやけど・・・あぁ、後で食べさせてもらえるんか。)

そう思いたかった。

(まさか。そんな事してもらえないよ。)

(ほんなら、なんでここに・・・。)

(解らないけど、シスターが部屋にいたら駄目だって。
だから、こうやってみんなと居る。
食べられなくても、食べた気になれるでしょうってシスターが。)

無意味な理屈。
こんなもん虐待か拷問やんけ・・・。

俺は立ち上がって、自分のスープを持ってラドゥンの所に向かった。
シスターと神父は何事かと俺を見る。
子供達も。

「ラドゥン、俺が食わしたる。
腹減ってるやろう?
喉もカラカラで辛いやろう?。」

ラドゥンは両手を左右に振って目を見開き、

(カン!俺、食べれないよ!。)

「食える。
ラドゥン、上向いて。」

ラドゥンは困った顔をしてる。

「ほら?俺を信じてやってみ?。」

ラドゥンは渋々頭を上げて上を向いた。

「ええか?ゆっくり垂らすから。」

冷めきったスープに浸かったスプーンを掴んで、
ラドゥンの上から見える喉に向かって滴を1滴落としてみる。
スープの滴はラドゥンの喉を湿らせる。
また1滴、また。
顎がないだけで、喉はちゃんとある。
飲み込めたら肺には入らんやろう。
滴の落ちる感覚になれさせてから、
スプーンに半量掬い流してみた。
ラドゥンは喉を動かして飲む。
噎せるわけでもなく、

「お!いけるやん!。」

俺も喜んだけど、一番喜んだのはラドゥンで、

(カン・・・飲めた。俺、スープが飲めた。)

『ラドゥン!飲めたの?スゲー!。』

チーが手をパチパチ叩いて声を上げた。

「美味いか?。」

(ん~、味はわかんないけど飲み込んだ時、すごく気持ちいい。)

「アハハ、そっかぁ。
自分でやってみ?ゆっくり、ゆっくりやで?。」

『がんばれ!ラドゥン!。』

ラドゥンが自分でスプーンを持ってスープを飲んでみる。
自分のペースでゆっくり。

『わー!飲めてる!。』

「あっは!やったなぁ、チー!。」

俺とチーはお互いの言葉も解らずに、
でも満面の笑みで喜んでお互いの手を合わせた。
すると、前の席に座っていた女の子、
その隣の男の子、ラドゥンの隣の子に、
チーの隣の子供達が微笑んで、

『ラドゥン、よかったね。』

『ラドゥン、おいしい?。』

『ラドゥン。』

この施設に来て、ラドゥンとチー、ジャンヌ以外の子供たちの声も、
笑顔も見た事なくて、
みんなまるで恐怖のみの顔をしとった彼等が、
言葉を発して笑んでる。

俺は嬉しかった。
最高に。













『シスター。彼は?。』

『えぇ。ラドゥンと言って最近施設に来た子でして。
私も食事を食べさせようとしたのですが、
あの傷では食べれませんでした。』




「嘘八百。
食べさせようともしなかったろうに。」

シスターのプライドが折られた屈辱感は僕にも伝わる。
僕はこういった気持ちを察知するのは得意だからねぇ。

「お前が良く解らないよ。未だに。」

黄泉の国の神が僕に話しかけた。

「そうかい?僕はどこにでもいる元神使いだよ。」

僕は彼に笑んで見せる。

「神を憎むお前が、なぜまだ神使いと名乗るのか。
お前・・・まだ・・・、。」

少し・・・油断したかな。

「まさかぁ。そんなわけないよ。
深読みし過ぎ。弥勒・・・菩薩。」






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