(詩)天弓詩篇序歌


 

天弓詩篇 序歌 (『霊界の星々』より)
(旧制一高寮歌「暁寄する新潮の」の歌調にて歌うことを得る)

1 明治は三十七の年
    日露開戦その直前、
  真午の太陽輝ける
    弥生〔やよい〕が岡に産声〔うぶごえ〕を
  あげて生〔あ〕れにし吾〔わ〕れなるか。

2 幼き時に父は去り、
    母は五人〔ごたり〕の遺兒抱〔かか〕え、
  お茶の水なる女子校に
    教育の道励みつつ
  われらをよくぞ育てたる。

3  田園情緒ゆたかなる
    千駄ヶ谷にて幼年を
  一人の友と野に川に
    遊び貫〔ぬ〕きける思ひ出が
  心のカメラに今もあり。

4  小石川区の林町
    高師附属の小学の
  前半時代を暮しけり
   「よく学びてよよく遊べ」
  われはよくぞ遊びける。

5 我は弱虫泣虫の
    寔〔まこと〕「づくなき」児なりけり
  さはあれ真善美に対し
    感激性の浅からぬ
  夢ゆたかなる少年よ。

6 西片町に転居して
    小学高年暮しける
  時しも我は病臥せり
    英語を長兄〔あに〕に学びしが
  英語の興味津々よ。

7  同心町の二階屋に
    舎兄政美と暮しける
  附中時代の生きざまが
    髣髴〔ほうふつ〕として目交〔まなかい〕に
  現前するかな感無量!

8  英語の実力〔ちから〕抜群の
    長兄政美はロンドンに
  赴任内定ありけるに
    サタンに謀略〔はか〕られ北京赴任〔ゆき〕
  悪疫のため仆れたり。

9  時期〔とき〕は世紀の二十一
    北京の空に点〔とも〕りしは
  長月二十二の日なり。
    小池政美若くして
  生命を棄てぬ何ゆえぞ。

10  上司公森〔きんもり〕語りけり
    「小池政美の喪失は
  国家の損失誰か知る
    常人四、五年の仕事をば
  一年足らずで仕上げたり」

11  政美の重病〔やまい〕に母と次男
    朝鮮南満経由して
  同仁病院に馳せ往きぬ
    すでに高熱死の床よ
  嗚呼悲劇的再会よ。

12  死の三日前キリストが
    白衣を纏〔まと〕うて現はれぬ
  「愛する母よキリストが
    迎へに来臨、ゆるされよ
  お先きに失礼いたします」

13  夫婿〔ふせい〕亡き世の嶮路をば
    永年〔ながねん〕歩みしわが母は
  今や過労と悲涙の身
    杖と頼みし長男の
  遺骨抱きて帰路につく。

14  黄海上にてわが母は
    失明したり、噫無情!
  次男龍二に手を曳かれ
    遺骨を抱くわが母が
  東京駅に降り立てり。

15  何たる悲劇ぞ、迎えたる
    わが眼は霞みて言なし。
  「政美兄上、母上よ」
    眼にて叫びしわが胸中〔みぬち〕
  天地晦冥どん底よ!

16  わが青春の暴風雨〔あらし〕なり
    借家を去って叔父のもと
  母と我とは借り住居
    高校受験の我れなれば
  一高〔いちこう〕目指して猛準備。

17  憧憬一高受験には
    自信充分ありければ
  受験票をば手に入れぬ
    されど叔父への責めゆえに
  水高受験と母の声。

18  涙を呑んで水高を
    受験、合格トップ級
  されば一高も合格〔ぱす〕のはづ
    残念無念悲憤なり
  長兄〔あに〕の墓前で泪〔なみだ〕せり。

19  水戸高校の時にして、
    大手町なる内村の
  聖書の講義胸をうち
    光を浴びて信ぜしは
  二十歳〔はたち〕に満たぬ時なりし。

20 病の波に襲はれて
    惨憺たりし水高よ。
  聖書とルッター、ヒルティーを、
    燈火〔ともしび〕として辿〔たど〕りける
  獨り旅路を忘れめや。

21 東大独文学窓は、
    古典の粋たるゲーテ、シラー、
  ダンテとミルトン、西欧の
    詩歌の世界に憧憬〔あこが〕れて
  日に夜を継いで読み耽る。

22 藤井の門下五星霜
    主の日遵りて貫きぬ。
  噫、千九百三十年
    内村、藤井仆れたり、
  み空に點〔とも〕る巨星〔ほし〕二つ。

23 藤井の信友 塚本虎二の
    門弟となりて学びけり
  かくて無教会の陣営で
    聖書の研究一点張り
  観念信仰我もまた。

24 時期〔とき〕は世紀の五十年〔いそとせ〕よ
    阿蘇は霜月三日より
  垂玉〔たるたま〕温泉〔いでゆ〕瀧見荘、
    聖書講読の集会〔つどい〕にて
  手島と小池の告白よ。

25 神キリストに祈り入る
    彩雲裂きて聖霊が
  われを霊撃したりけり。
    その瞬間にわが体躯〔むくろ〕
  宙に浮びて地に伏しぬ。

26 わが全身はみ霊にて
    漲り溢れ痺〔しび〕れたり
  聖霊降臨、新生よ!
    使徒らの次元慕わしや!
  生涯〔いのち〕を賭けて追及〔おい〕往かん。

27 十字架聖霊〔みたま〕のキリストの
    無者たる実存賜りて
  左顧右眄〔さこうべん〕なくわれは往く、
    この罪びとを抱〔だ〕き給う
  無量の愛ぞ力なる。

28 八八〔はちはち〕峠を越えゆきて
    無尽の涙を霊泉〔いずみ〕とし、
  燃ゆる血潮を霊火とし、
    聖霊〔みたま〕の霊生〔いのち〕を力とし、
  天弓詩篇は進みゆく!

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