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●慶応元年(1865)
●慶応2年(1866)
●慶応3年(1867)
●慶応4年(1868・明治元年)
3月18日−幕府、神戸村の海軍操練所を廃止。
4月25日−坂本竜馬、薩摩藩の胡蝶丸で西郷隆盛とともに薩摩に向かうため天保山沖を発つ。→
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9月16日−英・米・仏・蘭4国が軍艦を兵庫沖に集結し幕府代表、幕府代表兵庫他の開港をせまる。(兵庫沖会談)
9月下旬−竜馬、薩摩藩汽船・翔鳳丸で長州へ。→
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1月中旬−竜馬、兵庫に潜入。大坂城代屋敷に大久保一翁を訪ねる。→
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4月14日−薩摩藩士大久保利通が,長州征伐における薩摩藩出兵拒否の書を老中に提出する。
4月22日−幕府が大坂近辺の富商から252万5000両を献納させる。
7月20日−将軍家茂(21)が大坂城中で病死する。
12月7日−西郷隆盛、英公使館員アーネスト・サトウと政局を巡って会談する。
兵庫津で米商人、豪商を襲撃、打ちこわしが起こる。(兵庫こぼち)
1月12日-英公使館員ミットフォード、アーネスト・サトウ、薩摩藩士小松帯刀らと会見。
2月6〜7日-仏公使ロッシュ、大阪城で将軍慶喜と会見。内外政策について進言。
3月28日-将軍慶喜、英仏蘭各国代表を大阪城で謁見。兵庫の開港を約束する。
4月 1日-慶喜、米公使パークス謁見。
6月6日−大坂船場で豊年踊が始まる。
7月8日−幕府、大阪東西町奉行所を併合。
8月1日−兵庫停泊中の薩摩藩船・三邦丸内で佐々木に親書を渡すが、船が出港したので止む無く
土佐に同行。→
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11月29日−総督・毛利内匠率いる長州藩軍艦7隻が打出浜に入り、討幕軍先鋒1,200人が上陸。
12月7日−摂津・兵庫が開港され、運上所で式典を行う。大坂が開市される。
12月12日−慶喜、二条城から大坂城に入る。
12月14日−慶喜、大坂城に仏公使ロッシュ、英公使パークスを呼び、政変(王政復古)の非合法性を主張する声明文を手交す。
1月2日-会津、桑名藩を先鋒とする幕府軍、大坂城を発す。
1月6日-慶喜、大阪城を脱出。江戸に向かう。
1月11日−備前岡山藩兵、神戸三宮神社前で外国兵を傷害し、外国兵と武力衝突事件を起こす。(神戸事件)
1月15日−外国事務取調掛東久世通禧(みちとみ)が兵庫で各国公使と会見、王政復古の国書を手渡し、神戸事件の処罰を約束する。
3月21日−天皇が大坂へ行幸する(閏4.8京都還幸)。
閏4月1日−イギリス公使パークスが大阪で天皇に信任状を提出する(外国の新政府承認の初め)。