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●慶応2年(1866)
5月 2日-未明、五島列島中通島塩合崎沖で海援隊のワイルウェルフ号沈没。黒木小太郎、池内蔵太ら12名殉難。
〔朝鮮〕9月−米国商船シャーマン号が平壌の下流羊角島付近まで侵入、沿岸の民衆を砲撃したため民衆が同船を焼き払う。
〔朝鮮〕11月−フランス東洋艦隊が江華島を一時占領したが撃退される。
ヘボンが編集した日本最初の和英辞典「和英語林集成」が完成し、上海で印刷される。
●慶応3年(1867)
2月25日−遣露使節小出秀実らがロシア・ベテルブルグで樺太仮規則(樺太の日露両属)に調印する。
2月27日−パリで万国博覧会が開催され、日本は浮世絵・銀・象牙・水晶等の細工物その他を出品し、
茶店では芸者3人に接待させる。
6月-坂本竜馬、京都に向かう土佐藩船・夕顔船中で後藤象二郎に大政奉還建白策を告げる。(船中八策)→
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●慶応4年(明治元年・1868)
4月25日−日本人120余人が,契約移民としてハワイに渡る。