2010年前半

平成22年1月2日
The Lovely Bones (Alice Sebold)☁


 14歳で、残酷なレイプ犯に命を絶たれた少女Susieの、「その後」を描く物語。天国から、残された家族と友だち、そして、殺人犯までを見つめる彼女の語りは、絶えず穏やか。事件後に、両親は、お互いの思いを完全には理解できないまま別れていき、その離別も含めて、妹も、幼くて事件さえ理解できなかった弟の人生も、その事件の影響を受けずにはいない。ただ、事件があったために、むしろ家族の中に入ってくる祖母や、最初で最後のキスをした少年のように、彼女を忘れないでいてくれる存在もある。悲惨な殺人から始まっても、最終的には、家族は再生できるという希望の話でもある。でも、好きになれなかった。前々から、ベストセラーとしての評判は聞いていたけれど、レイプ殺人から始まる「その後」といった小説の紹介を聞く度に、読みたい気が失せていた。なのに、映画の公開もあるし、一度読んでみるかな、ということで読んでみたけれど、やっぱりというか、私には感情移入はほとんど無理だった。事件の描写も、「その後」の描写も、Susieの夢の実現も、どれも、だめ。最後は、ただ終わりたくて速読状態で読んだ感じ。Susieの語りを、作為的な作者の語りとして絶えず感じてしまうのでは、もう小説としては、読めないのだろう。
本に載せられている良いレビューの中には、自分の読後感に近いものは、全くなかった。




2月1日~2月18日

2月に入って、4冊、読んだ。
現実から逃れるために、
何もできないままでいるより、と本をひらく。
今までに感じたことがないほどの失望感。無力感。
一度も本の世界に入っている気もしないのに、
でも、本がないと、その失望したままの現実から、
離れられないから。
弱い者への不正義。傍観者であるしかない無力な自分。
小説と現実のどちらに生きたいといわれたら、
どんな素晴らしい夢のような世界を読んでも、
答えは
絶対、現実だったけれど、
今はわからない。
この読書記録を始めて2年、
出来るものなら、そのまま
本の世界に入ってしまいたい私がいる。
今まで本を読むのを楽しめたのは、自分が
幸せだったから、それにも気付いた。
私は、もう幸せではないのだろうか。



平成22年2月
The Borrowers (Mary Morton)☀☀


 英国の家の床下に住む小人のクロック一家の話。映画化の話を聞いて、すでに持っていたのを読んでみた。まさに全てのものを、床上に住む人間から借りてくるこの一家は、父親のポッド、母親のホミリ―、そして、娘のアリエッティの三人。他の小人たちはこの家にはおらず、3人だけの生活の中、アリエッティは、人間の男の子と知り合いになる。ある程度、ストーリーを想像し、子どもの気分でぐらいに思って読み始めたけれど、静かなペーソスが感じられてよかった。床下で、外の世界、他の小人達、そして少年、と他者と繋がることを求めるアリエッティ、父親らしく頑張ってみせようとするポッド、わあ、似ていて怖いという箇所もある、愛すべき(と思いたい)自己中で、同時に家族だけの世界に満足したホミリ―、そして、床上では、戦場での「英雄の死」(p.7)など、微塵も想像できない、世界中のすべての子ども達の、その「最善の子どもらしさ」をそのまま見せている少年、そして、彼を愛し、やさしく思い出しているのであろう語り手である少年の姉、というコンビネーションがいい。
‘He might have caught you’, shuddered Homily in a stifled voice. 'Yes,' said Pod, 'but he just give me the cup. “Here you are,” he said.’ (p.40)
いいな。
いつのまにか失う小さなもの。これは日常茶飯事。これを読むと、きっとみんなも、と思えて、元気はでる。大きなもの(昨年12月に5年ぶりに発見した、黒の長いコートも。5年は探したけれど、そのいつも探しているクロゼットで見つかった。すでに流行遅れ)全部、小人のせい。絨毯にでも使ったのね。
‘The Borrowers has in its idea and storytelling somehitng very like genius…we are led to a subterranean home of the little creatures, furnished from odds and ends from Above…humorous, wise and touching’ (The Times Literary Supplement)



Child 44 (Tom Rob Smith)☀☀☀


 ソ連、スターリン時代のウクライナの飢餓状態の中での悲劇から始まり、突然、20年後にとんで、不可解な子どもの死となるスリラー小説。主人公Leoが、これらの悲劇の連続と、どのように関わりあうのか、完全な答えが出るまでは、ミステリー小説ともいえる。ベストセラーになったというだけあって、ページをめくる手が止まらないようにできている。様々な人間の欲望・嫉妬、恨みがからみあう中、異端者には一時の逃げ場さえない粛清と恐怖に満ちた体制下でのLeoの活躍は、ハリウッドアクション映画の主人公顔負けにもなっていき、「そこまでやらす?」という箇所もあるけれど、そして、謎が全て結びついた後、もう一回驚きたかった、なんて欲も出るけれど、とてもよく出来た映画を見たようなスピード感があり、休みの日に一気に読んだ。現実のしょげた自分を引きずったまま本を読んでいる、この2月でも、これを読んでいる時は、さすがに、怖いやら、どうなるのとハラハラするやらで、現実は忘れた。この世界に住むのは、ダメ。たとえ、愛についても考える箇所もあったとしても。だって、怖い人間がいっぱい。社会が怖いと、保身のために、人間はもっと怖くなる。A hero’s face, a henchman’s heart-(182)-怖い。続編が出ているということなので、読むとは決めたけれど、こんなに、こんなに大変な思いをしたLeoが、またまたもっと大変らしい、その続編を、今読むのは無理。Leoは大丈夫なのだろうけれど、こちらが休まないと。
“Immensely entertaining.”(San Antonio Express-News)
“The buzz about Child 44 is on target. This page-turning thriller kept us up way past our bedtime.”(Boston Herald)
“This gripping thriller has everything you could wish for in a holiday read—and more…a real page-turner…Bleak but compelling, this is just the thing to make a long-haul flight fly by.”’(The Independent London)

 


Precious (Sapphire)☀☀


 米国、ニューヨーク、ハーレム地区、父親との最初の子を12歳で、そして今二人目を産んだ16歳の黒人少女Precious。幼い時から始まった父親の性的ハラスメント、それを知って、彼女の方を責める母親、途切れた教育、AIDS。そうした悲惨な状況、特に、父親とのハラスメントの記述が、繰り返し記述される。感傷的では全くなく、読者にそうなることを期待しているようでもない。Preciousという人間を、生でぽんと語っているような物語。彼女の人生の転機となる、彼女に読むことを教えるレイン先生との関係も同じように、淡々と語られて、途中まで、映画化されて話題になっていなかったら、選んで、失敗と思ったかも。でも、表紙の写真のwingの意味がわかった箇所では、涙がふわっと。私達が自分を生きていると実感する時は、きっと、そのwings を得た時なのだ。飛べるものね。
“The beauty (and the risk) of this book is in its vivid, imperfect harnessing of issues and acts of huge social and moral consequences.” (Newsday)
私が最初この本に感じた、あれ読んで失敗かも、と思ったのも、この批評にあるような、この本の魅力と欠点、両方となっているものによるのだろう。好きな書き方ではないけれど、うまい小説なのかもわからないけれど、でも読んでよかった。Preciousのwingの理由がわかっただけでもね。


The Catcher in the Rye (J.D. Salinger)☀☀☀


 邦題『ライ麦畑でつかまえて』――16歳、プレップ・スクールを放校された、ホールデン・コールフィールドのニューヨークの3日間。「世界」が理解できないゆえに、そして、同時に、よく理解できるゆえに、感じる、怒り、反発、情けなさ。底の浅い、誠実でもなく、尊敬もできない、そんな人間達に反発しても、大勢のそうした人間からなる社会こそ、自分がこれから生きていく社会そのものかも、という、恐ろしいほどの真実への認識もすでに彼にはあるのだから、つらい。この有名すぎるほどの古典を、今まで、若者の不満を格好よく書いて、若者に迎合したような小説なんだろうね・・・と勝手に決め付けて、あえて読んでいなかった。サリンジャー逝去ニュースを読んで、一度は読んでみようと手にとってみた。古典となる理由は、やっぱりあるのだと思った。最後まで、そう思いつつ、読み終えた。
思わずにやっとしたり
Sensitive. That killed me. That guy Morrow was about as sensitive as a goddam toilet seat.(p.55)
The day after I put mine under my bed, he took them out and put them back on the rack.  The reason he did it, it took me a while to find out, was because he wanted people to think my bags were his. (p.108)
The trouble with girls is, if they like a boy, no matter how big a bastard he is, they’ll say he has an inferiority complex, and if they don’t like him, no matter how nice a guy he is, or how big an inferiority complex he has, they’ll say he’s conceited. (p136)
なるほどって思ったり
But what I mean is, lots of time you don’t know what interests you most till you most. I mean you can’t help it sometimes. What I think is, you’re supposed to leave somebody alone if he’s at least being interesting, and he’s getting all excited about something. (pp.184-185)

大人になって、いつ若かったのかさえもわからない年になって、それでも、コールフィールドは、あの最後のhappyをそのまま持っていてほしい。大丈夫。あなたはうんと俗物になっていいよって。16歳で、あれだけ見れる、そのあなたなら、それでもそんなに悪くないはず。絶対、人を傷つける人間にはならないから。絶対、大丈夫。

読んでよかった。同時に、おそろしくつらい読書となった。人間不信で一杯のこの時期に読むことになったから。この年になって、コールフィールドと同じく、ニューヨークをさまよっているような気分。そして、このさまよう街は、私にはこれから永遠に存在するのかも。最後のメリーゴーランドのシーンに泣けた。ずっとメリーゴーランドにのった気分のhappyな人生のつもりでいたけれど、そして、16歳のコールフィールドに会っていたら、ボコボコに言われていたであろう、自己中で、でも、それゆえずっと幸せでいた私だったはずなのに。メリーゴーランドに乗って、また前のように笑って生きることが、私には出来るのだろうか。人生で、一度も止まらないように思えたメリーゴーランドさえ、今止まってしまったのに。


2月24日 数年間連絡が取れないままだった、メアリーからメールが来た。
Your long lost & found friend――そのタイトルを見た時、
長い月日、彼女がなぜ連絡を絶っていたのかを知って、胸がつまった。
それでも、私は一番の親友だった人の今をこれからは共有できる。
その喜びの方がずっと大きい。
元気がなかった今年の始まりだったけれど、
神様の贈り物と思って、ちょっと涙が出た。