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《目次》





北海道米の奇跡



 北海道の米は、長い間「やっかい道米」と嫌われ続けてきた。冷涼な気候、劣悪な土壌、そして冷害常襲の北海道。そこで米作りが行われた。くじけても立ち上がった。研究・指導機関と農家の血のにじむ努力が実を結び、ついに全国的にも有数の良食味米産地に生まれ変わった。その軌跡・奇跡を見る。



北海道米の軌跡・奇跡《目次》



北海道の米の軌跡

1.ゆめぴりかの軌跡

≪真価≫

本州展開、国際線にも

 ゆめぴりかは引っ張りだこだ。イトーヨーカドーは昨年、オリジナルブランドとして、全国で販売。5kg3,000円超の南魚沼産コシヒカリに次ぐ2,700円弱と値は張るが、「『味が抜群』の声が多く、リピーターも増えた」。関東で約120店を展開するスーパーのヤオコーも「特売品を除けば売れ行きは一番。昨年産米は一昨年産米の10倍の量を確保した」。米どころにも打って出た。新潟県の大手スーパー、清水フードセンターが昨年4月に発売。東川町産を15t以上扱う予定だ。新潟で道産米が本格販売されるのは初めてではないかという。全日空は2月まで国際線ファーストクラスの機内食に使う。各地のブランド米から選んで3カ月ごとに入れ替えているが、ゆめぴりかは3回目。ここ数年で複数回採用されたのは、このコメだけだ。「まさか道産米で、すしが握れるとは…」。こう話すのは、札幌市の老舗すし店「すし善」店主で「現代の名工」の嶋宮勤さん(70)だ。道産米はパサパサで質が良くなく、すし飯は本州産が常識とされた。嶋宮さんは昨秋、ホクレン農業総合研究所のブレンド米開発に協力した際、ゆめぴりかを食べ、粘りとうまさに驚いた。すし飯としては粘りがやや強いので、別の道産米「ななつぼし」と混ぜてみた。すると、本州産米に負けぬ味になった。「ネタも地元産を使えば、本当の『道産すし』。今は1店舗だが、いずれは全8店で道産米を使いたい」と話す。

≪食味試験≫

2009年、首都圏在住の消費者324人を対象に実施



 北大大学院農学研究院食品加工工学研究室とホクレン農業総合研究所食品研究室が、2009年に首都圏在住の消費者324人を対象に6種類のコメで実施。その一部を抜粋した。数値は標準的な道産米を基準(±0)とし、それと比較した。数値が大きいほど良い。札幌でも同人数を対象に調査し、ほぼ同じ結果が出た。

≪北海道米の深化≫

粘り追及、交配の軌跡

 ゆめぴりかとななつぼしは、日本穀物検定協会の食味ランキングで道産米で初めて最高ランクの「特A」に入った。北大大学院とホクレン農業総合研究所が2009年に首都圏と札幌で実施した大規模な食昧試験でも、ゆめぴりかは1位に輝いた。最大の要因は「粘りの強さ」だ。日本人がおいしいと感じるのは、粘りがあってほどよく軟らかいコメとされる。粘りを左右するのは、でんぷんの一種であるアミロースの含有率で、少ないコメほど粘りが出る。昔の道産米のアミロース含有率は20%ほどだが、ゆめぴりかは15%%前後。品種改良で低アミロース化に成功した。低アミロース米は他にもあるが、香りが悪いといった欠点が出ることもある。だが、ゆめぴりかは弱点が少ない。同研究所の吉田慎一主査は「つや感の良さや、冷めても食感が良い点なども優れている」と言う。食味試験をした北大大学院の川村周三准教授は語る。「30〜40年前の道産米を知る人からすれば奇跡のような進歩だ」。

≪北海道米の進化≫

開発30年、挑戦は続く

 1997年、比布町にある道立上川農業試験場で約100組のイネが交配された。その中の一つにアミロースの低い「北海287」と多収量の「ほしたろう」があった。後にゆめぴりかになる組み合わせだ。選抜と世代交代を繰り返し、味や収量、耐冷性、耐病性など多くの試験を経て、1系統に絞られたのは11年目の2007年だった。「先輩から脈々と続く積み重ねがあったからできた」。開発チームの佐藤毅主幹(50)は語る。原点は80年に始まった良食味米開発プロジェクトだ。「まずい」道産米は不人気で、転作に拍車をかけていた。危機感を抱いた道は、収量から味重視ヘ方向を転換。道立3農試で、おいしいコメの開発が始まった。88年に「きらら397」が登場。それまでとは比べものにならないうまさで道産米の主力になったが、本州産の最高級米には及ばなかった。「コシヒカリに並ぶ品種を」と開発が続けられ、「ななつぼし」、「ふっくりんこ」などが次々に生まれた。きらら397開発にも参加した元農試職員の稲津脩(おさむ)さん( 68) は、この30年間の歩みを「北海道コメルネサンス」と呼ぶ。「失敗を重ねる中で独自技術も生まれた。品種改良だけでなく、栽培技術や貯蔵、流通改善までオール北海道での取り組みが実を結んだ」。アミロースと並ぶ重要な成分はたんぱく質で、含有率が高いと硬くなる。含有率は肥料の与え方など栽培法が大きく影響する。ゆめぴりか農家で作る「新たなブランド形成協議会」は「たんぱく質含有率6 .8% 以下」を目標に栽培法の確立や普及に取り組む。協議会の東広明会長 ( 63) は「品質を維持するには土地や気象条件に合った作り方が必要だ」と話したうえで、こう言い切った。「道内の生産者が一丸になり、意識をさらに高めれば、日本一のコメ産地も遠い未来のことではない」。道内の試験場全体では毎年、約300組のイネの交配が続けられている。「品種改良に終わりはない」と、上川農試の佐藤主幹。狙うのは「ゆめぴりか超え」だ。

≪北海道米の歴史≫

北海道コメルネサンス

朝日新聞2013年(平成25年)1月1日付、北の味から



2.米という漢字は-

米が実るまで八十八回手をかける

≪禾(のぎ)へんは稲の穂先≫
 植物の稲を表す漢字は「禾」(カ、のぎ)。これは稲の穂先が垂れ下がっている姿からきたもの。穀類の総称としての意味もあったらしい。漢字として中国から日本に伝わってからは、稲という意味のほかに、穂先にある毛のことを指す意味が加わった。禾へんには、稲や種、穂、穫、秋など稲作に関係深い漢字が多い。植物のイネを表す「禾」に対して、その実である「米」という漢字は、稲穂が実っている姿をそのまま漢字にしたものと言われている。もともとは横棒に上下3粒ずつ、計6粒の実が付いている姿を表していた。その後、真中の粒の上下が繋がり今のような漢字になった。米へんには粉や粒、糊、糧、などのほか、粥、粳(うるち)、糀(こうじ)など、人の手が加わった状態を表す漢字が多い。「米」という文字を分解すると、「八十八」となる。これは、「米が実るまでに八十八回も手をかけるから」と言われている。(岩波書店「広辞苑」、学研「漢字源」参考・参照)



3.1989年10月5日「きらら397」発売

道産米イメージ一変

 平成が幕開けした1989年に販売が始まった「きらら397」はそのおいしさと値頃感で、評判が良くなかった道産米のイメージを一変させた。開発した上川農業試験場(比布町)には誕生までの長期間、実用品種が出ない「暗黒の17年」と呼ばれた時期があった。生みの親である佐々木多喜雄さん(83)=下の写真=に当時の苦労を聞いた。

「きらら397」の開発について語る佐々木多喜雄さん(川崎市川崎区で)=鷹見安廣撮影
ささき・たきお 1935年旭川市生まれ。北海道大学農学部卒。道庁に採用後、道立農業試験場上川支場(現・道立総合研究機構上川農業試験場)に赴任。旭川大女子短期大学教授を退職し、現在は川崎市在住。

 信じられませんでした。なじみのスーパーで、きらら397の袋が山積みで売られていたのですから。大きな期待を感じましたね。東京や大阪でも、89年度産は予定より随分早く底をつきました。
 <89年10月5日、妖精のイメージキャラクターが印刷されたきらら397の新米が全道の売り場に一斉に並んだ。コシヒカリに迫る味わいでありながら、2割ほども安いことが、主婦たちの心をつかんだ>
 きらら397は、上川農試で行った優良米の開発試験で生まれました。3桁の数字は、開発中の呼び名だった「上育397号」に由来します。開発までに8年かかりました。
 研究員3人で交配の組み合わせを70通りほど出し、話し合いで30通り近くに絞った後、人工交配や稲の選別を繰り返し、最終的には栽培試験を行って決めました。上育397号は食味が良い「しまひかり」と冷害に強い「キタアケ」の掛け合わせでした。選別の過程で一度廃棄の対象になりましたが、私が「様子を見たい」と撤回させたものです。あの時は自分の直感を信じて本当に良かった。
 上川農試は71年に「イシカリ」という品種を開発した後、17年にわたって新しい実用品種を作ることができませんでした。イシカリの系統にこだわり続けたのが最大の原因です。イシカリは冷害には強いけど、味も色もいまいちだった。その呪縛を解いたことが、暗黒時代に終止符を打つ契機になったのです。きらら397が誕生する2年前、上川農試の創立100周年記念式典で配布された「思い出集」には「低迷時代とされかねない十数年を通してしまい、誠に残念」など耳の痛い言葉が並んでいました。その頃、きらら397は完成間近でした。おいしいコメができるという確信があったので、恥ずかしい思いをしながらも「今に見ておれ」という気持ちでいました。
 <30年の歳月が流れ、きらら397をルーツとする新たな品種の誕生により、北海道は今や、全国に名だたるブランド米の産地へと生まれ変わった>
  コメ育種の業界には「1位があって2位なし」という言葉がある。実際の水田では1種類しか栽培できないからです。全国の試験場が特Aを目指して競い合い、様々なおいしいコメが出てきましたが、私にはやはり道産米が口に合うのでしょう。今の一押しは「ななつぼし」ですね。私も自宅でいただいております。(佐藤淳)

子孫のコメ相次ぐ「特A」
 きらら397の遺伝子は 「ななつぼし」や「ゆめぴりか」といった優良品種に受け継がれている。
 道内で消費されたコメのうち、道産米が占める割合(道内食率)は、きらら397ブームが去った後、50%以下に低迷していた。
 21世紀に入り、冷めてもおいしい「ななつぼし」の一般流通が始まり、道内食率は右肩上がりに上昇。道内食率は厳格な販売基準を定めた「ゆめぴりか」の普及によって2011年度に80%、12年度には90%を超えた。CMやコンビニ弁当への利用促進など、道が農業団体などと「オール北海道」で進めるPR戦略が実を結び、17年度も86%と高水準を保っている。
 日本穀物検定協会の食味ランキングでは、「ななつぼし」が10年産から8年連続、「ゆめぴりか」は11年産から7年連続で最高評価の「特A」を獲得。ふっくらとした食感の「ふつくりんこ」も15、16年産が「特A」を獲得している。


読売新聞2019.1.7 平成回顧【第1部】D



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