vol 89:代償



女の子がベッドの上で壁に背を凭れながら、
脅えた顔で目を見開いている。

その女の子の視線は、
ベッドの前で突っ立っている白髪混じりの髪の長い女に向けられ、
俺にも勿論見えている。
そして、その女の足元には狐。
後ろには男。

「おいおい、一人にこの人数かよ。」

俺が声を発すると、ベッドの女の子が俺に顔を向けて、

「助けて!。」

そう叫びを上げる。
良かった、まだ気は狂ってはなさそうだ。
取り憑かれると、精神はやられ、
生気を奪われ、
そうなったら人は正気ではなくなり廃人と化す。

俺は女共を見て気付く。
それは、霊は姿よりも感情が露わになるんだ。
伝わってくる感情で霊の気持ちは読み取る事が出来る。

「怨み?。」

女の子は俺の言葉に顔を歪めた。
まるで、
なんでアンタが知ってるの?。
バレた。

俺は中に入ってドアを閉めた。
母親に聞こえない為にだ。
霊より、女の子に問う。

「お前、人を怨んだのか?。」

すると狐が言葉を吐きだした。

(コノ人間ノ願イヲ叶エタ。)

この狐、言葉が片言。
という事は、稲荷神にはなれてないな。
神になれば人の言葉を話せるようになる。
見た目も人になれる。

動物が死んでから人間の姿になるには、
有る程度の修業が必要だ。

「願いを叶えた代償はなんだ?。」

俺は霊に問う。
女の霊が言葉を吐く。

(この人間の代償は足を2本。)

「いや・・・いや・・・。」

ベッドの女の子は頭を左右に振り拒否している。

「何を願った?。」

俺はベッドに近づき腰を下ろすと、
女の子の頬に触れて眉尻下げ、

「何を怨んだ?。」

女の子は俺を見つめ、悲壮な顔をして、

「・・・と、友達のお父さんを。」

「どうして?。」

「・・・。」

女の子の名前は愛という。
両親の離婚で母親は仕事の毎日。
いつも孤独感を抱えていた。
唯一、一人じゃない時がある。
それは親友と居る時。
親友は愛の状況を知っている為か、
母親が夜勤で夕飯が一人の時は自分の家に呼んで、
一緒に夕飯を食べたり。
親友の両親も愛を受け入れて優しくしてくれた。

それが愛にとっては僻みに変わっていく。

両親と幸せそうな親友が羨ましい。

専業主婦でいつも家にいる母親。

仕事から帰ると娘に優しい父親。

親友の家庭は愛の理想の両親。

そして愛は願う。

この子の父親もいなくなればいい。

そうすれば、

母親は働きに出て、この子も私と同じ、

一人になる。

愛は怨みを叶える事で有名な寺に行き、
願いをかけた。
始めは躊躇したものの、
寺に掛けてある絵馬を見ると、その不安も飛んでいく。
絵馬には人の怨みが綴られていたからだ。

「で、その親友に何をした?。」

俺は質問を霊に向けた。

狐は答える。

(男ト女ヲ離レサセタ。)

「離婚か?。」

女が答える。

(父親を事故に合わせた。
家族愛が強い。
命を奪うには難しい。
だが、両足を奪った。
もう歩く事は出来やしない。)

愛情の力は大きなバリアの役目をする。

「同じ名前を貰い、母親はお前の為に、
一日働いて・・・。」

思った事を口にするも、きっとこの女の子は重々解っている。
ただ、自分だけが苦しいと思う事で、
自分をヒロイン化して自分を慰めていただけ。
でも、判断を誤ってしまった。

(さぁ、お前の願いは叶えた。
お前のその両足をおくれ。)

「いや!いやぁああああ!。」

女の子は叫んで俺の服を掴む。

「お前ら、代償の話しはしたのか?。」

霊は目を泳がした。

「こういった願いには必ず代償が発生する。
生き物を傷つけるからだ。
どうなんだ?。」

(代償ハ話サズトモ、当タリ前のコト。)

「話してないんだな?。」

霊達は無言になった。

「だったら、この願いへの代償は生じない。」

(何っ?!。)

俺は女の子の頭を撫で、

「この子はどう見ても、代償を知ってはいない。
お前達、神がその願いを叶えるにあたって、
これは契約だ。」

俺はこの霊達を神だなんて思っちゃいない。
だが、あえて神だと言った。

「契約とは、全てをお互い承諾して始まる事。
代償が伴う事を話していないとなれば、
あんた達が勝手にこの子の願いを叶えた事になる。」

(そんなものは、ただの理屈にすぎない。)

「いいや、理屈の話しでは終わらないさ。
契約上の話しだ。」

この霊達で良かったと思う点。

これが闇の者であれば、

有無を言わさずに命を奪う。

だが、この霊は人助けをしている感覚。

正義感で可哀想な人間を助けてやってる感覚。

願いを叶え、祀られ気分がいい。

本当の神々への願いというのは、

善悪を定められ、本人にも苦労させ、

尚且つ、叶うとすれば、その願いへの新たな道を授けられる。

そして願いとは、

自分でも叶う為に努力させ、

その者を大きく成長させてやるのが神々の願いの叶え方。

叶った時に礼を言えば、

それは我々の力はほんの欠片。

お前自身が叶えたのだと告げられる。

人に害を及ぼす願いには、

願った方も、叶えた方にも代償が付く。

だから、この霊達も今の状態のまま。

狐は人にもなれず、言葉も片言のまま。

女は白髪頭で綺麗とは200歩引いて言える容姿のまま。

(オ前ハ、誰ダ。)

狐が俺に問いかけた。
どうやら周りの霊も気になるようだ。

(お前は人か?。)

(イヤ、人ヨリ光ガ眩シイ。)

言葉が飛び交う中、俺はベッドから立ち上がり、
霊達に真顔を向け、
俺が真顔になるのは珍しいなぁ。

(俺はあの世で生まれ、如来を約束され、
人々を救う為にこの人間界に降りた、
・・・弥勒菩薩。)

(み、弥勒菩薩!。)

生きていた人間ならば、誰しも名くらい知っているだろう。
名を告げて、どうこうしようとは思っちゃいない。
だが、今回は代償という大きな話し。
こいつらにはこのくらいが丁度いい。

(菩薩様・・・菩薩様。)

人間の霊は脅えたように土下座をする。
狐には人間の霊が事情を説明すると狐も頭を深々と下げた。

(頭を上げてくれ。)

俺はしゃがみ皆と同じ目線で眉尻下げ、

(お前達、願いを叶えられる程の力を持ちながら、
なぜ、人を殺めるような事に力を使うんだ。)

霊達は話しを聞きながら戸惑いを見せる。

俺は女の髪に触れ、

(お前は美しい女であろう?。)

そして俺は狐の頬に触れ、

(お前は、もう四つん這いで歩かなくてもいい。)

皆に顔を向け、

(皆、水を見るがいい。
そこに映る自分を見るがいい。
これがお前達が行ってきた事のお前達への代償。)

霊達は不安に駆られている。

(今、世は荒んでるんだ。
俺はお前達の力を借りたい。)

(我々の力を・・・菩薩様が?。)

(そうだ。
菩薩と言えど、一人では何も出来ん。
お前達一人と同じ力しかない。
だが、皆が集まり力を集めれば、
それは大きな光となり、
大きな力となる。
怨みの不を取り去れば、お前達は立派な弟子になる。)

(ドウスレバ弟子ニナレルカ!。)

(それには修業が必要だ。
皆、立ちなさい。)

皆を立たせ、俺は天井を向いて手を合わせ、
無限の光を持ち、心とは何かを教えるスペシャリスト、
阿弥陀如来を呼び寄せた。

(弥勒よ・・・どうなされた。)

(阿弥陀如来。)

俺は両手を合わせたまま頭を下げ、

(この者たちを阿弥陀の国で修業を。
今は不を纏っておりますが、
この者達の力は大きなものとなります。
どうか、御慈悲を。)

阿弥陀如来は優しく微笑み、

(私が責任を持って面倒をみましょう。)

(ありがとうございます。
さぁ、皆でついて行くといい。
神の国へ。)

霊達は阿弥陀如来と共に消えた。

女の子は何が起こっているのか解ってはいない。

「さてと、
愛ちゃんだっけ?。」

俺はベッドの女の子へと顔を向ける。

「わざわざ説明しなくても君は解ってる。
良い事をしていない事。
君の親友のお父さんは足を失った。
それは事故だろうが、
実際は君のせいだ。」

愛は俯いて涙を流す。
俺はベッドに再び腰掛け愛を抱きしめた。

「お前にはお母さんがいる。
かけがえのないお母さんが。
世の中、お母さんもお父さんも居ない、
君より小さな子供がたくさんいるんだ。
君は幸せなんだよ。
それに気付くべきだ。
もう、君は判断のつく歳。
甘える歳じゃない。」

「わたし・・・どうしよう。
おじさんに謝っても許されない。」

「そうだ。許される事じゃない。
ただ、命を奪わなかったのが幸い。
俺に任せとけ。
おじさんの足を元に戻してやる。」

甘いな、俺。

「え?そんなこと出来るの?。」

「あぁ。怨みを叶える神がいれば、
病を治す神もいる。
生き返らせる事は出来ないが、
足を治すくらいはお手の物だ。」

微笑み、愛の顔を覗き込み、

「だから、親友にも誰にもこの事は内緒。
俺と愛の秘密。
お母さんも心配するから言うな。
でも、今回の事は忘れるな。
2度としないように。
な?。」

愛は頷き俺の背中に手を回して抱き締める。

俺は母親には適当に誤魔化した話しをした。
まぁ、霊にとり憑かれていて話し合いで解決みたいな。
愛にも話しを合わせるように言ってある。
親友の父親の件は、薬師如来に内容を説明して承諾を得た。
これで、人間にとっても、
霊にとってもハッピーエンド。

俺が真顔になったのだけが、
俺的にすごく恥ずかしい思いでいっぱいだがな。







「愛ちゃん、来てくれたのか?。」

「そうだよ!愛、お父さんの事すっごく心配してくれてたんだよ!。」

「ごめんなさいねぇ?愛ちゃん。」

「おじさん・・・おばさん、優、ごめんなさい。」

「おいおい、愛ちゃんが謝らなくても。」

「そうだよぉ、愛は悪くないよ?。」

「愛ちゃん、今日、お母さんはお仕事かしら?。」

「・・・うん。」

「だったら、4人で一緒にご飯食べに行きましょう?。」

「4人って?。」

「それがね、愛、お父さん、驚異的な回復力でさぁ、
足の骨粉砕して神経もやられて一生歩けないだろうって言われたのに、
骨が集まってきてるんだって。」

「おじさん、すごいだろ?愛ちゃん。」

「あなた、あり得なさすぎて気持ち悪いわよ。」

「酷いな、お前。
よし!4人でパーっと旨いもん食うぞぉ!。」

「愛ちゃん、お母さんにもお土産持って帰ろうね。」

「おばさん・・・おじさん・・・うん!。」







「アンタ、母親の父親だったのか。」

高野の山からついて来ていた老人の霊が礼を言いに来た。

(弥勒菩薩様とは存じずに・・・。)

「いや、それはいいんだ。
あの親子、見守っててやってくれ。
とくに、あんたの娘をな。
子供の事を自分の責任だと深く心を痛めてる。
寝ているときに枕元で声を聞かせてやるといい。
そうすれば、人の心に響くはずだ。」

(ほんに、ありがとうございます。
ありがとうございます。)

俺に手を合わせて老人は姿を消した。

良い事、まぁ、当たり前の事をしたんだが、

俺が真顔になったのはー・・・、

カンには言えないな。












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