vol 80:告知



サタンが人の子として降りて来てるなんてことを、

今の俺らは全く知らんかった。

この事に気付くんはもう少し先になりそうや。






「カン、あれから大樹とは話たのか?。」

仕事中の俺の部屋に弥勒が来てドアに凭れながら問いかけてきた。

「あ?・・・いいや。
普通の会話しかしてへん。」

パソコンのキーボードを打ちながら返事をする。

「そりゃまぁ、そうだよな。
お互いの深い悩みの一つだしな。」

「っていうか、お前はなんや?
邪魔しに来たんか。」

キーボードを打つ指を止めて椅子を回して振り向くと、
弥勒は眉尻下げて笑み、

「つきあえよ。俺の仕事にも。」

最近の弥勒の仕事と言えば本や新聞を読み漁ってばっかり。

何を手伝えと言うんや。

弥勒の部屋に向かうといつもなら本や新聞が散らかってるのに、
今日は奇麗に片付けられてた。
机に1冊の本がある。
俺は床に座って煙草を咥えた。

「カン、この本見てみ?。」

机の本を指さされ煙草を咥えたまま本を手にしてみる。
題名は、景徳伝灯録。

「けいのり、。」

「けいとくでんとうろく。」

「・・・。」

「あっはっは!のりって。」

その古い書物に俺は振り仮名くらいふっとけと思った。

「これなんやねん。」

俺の読み方に有り得ないと笑う弥勒に問う。

「あー、燈史だ。
仏教界における歴史書。」

「歴史書がなんやねん。」

「面白い記事がある。達磨大師のな。」

「達磨?。」

「そうだ。知ってるだろ?。」

達磨大師、
禅宗の開祖とされている人物で、中国で活躍した仏教の僧侶や。
少林寺の裏で9年座禅してたっていう人。

「で、なんで達磨さんなん。」

「付箋してるページ読んでみ?。」

付箋されてるページを開く。
俺はすぐに顔を顰めて弥勒に中身を見せ、

「これを読め言うんか・・・嫌がらせ?。」

弥勒は笑いを堪えて本を受け取り読みだした。

「帝日く、朕、即位以来、寺を造り、経を写し、僧を度すること、
勝げて数うべからず、何の功徳かある。
師日く、並に無功徳。
帝日く、何を以てか並に無功徳。
師日く、人天の小果、有漏の因、影の形に随うが如し。
有りといえども実に非ず。
帝日く、何をか真の功徳と謂う。
師日く、浄智妙明にして体自ら空寂なり、
是の如きの功徳、世に於て求めず。
帝又問う、如何が是れ聖諦の第一義なるや。
師曰く、廓然無聖なり。
帝曰く、朕に対する者は誰ぞ。
師曰く、識らず。」

弥勒は読み終えたとばかりに俺に顔を向けた。
俺は弥勒に指さし、

「その意味はっ!?。」

落語の掛け声のように問う。
なぜならば、チンプンカンプン。

「中国の梁という国の初代皇帝が、寺を建立したり、僧を育てたり、
写経をしたり、とても仏教の信仰の篤い、
自らも仏教の修行をしてたような人が、
インドから中国に渡ってきた達磨に対して、
私の功徳はどれほどのものだろうか?と聞いたわけだ。
それに対して達磨大師の答えは、功徳などないというものだった。」

ギャハ。

「どうして?と問われて達磨大師は、
あなたがした行いによって受ける善果は、
あくまで人間界・天上界において認識される有限の果報にすぎない。
形あるものに従う影のように実体のないものである、と答えた。」

「ほう。」

「武帝は、では、真の功徳とは?とさらに問う。
これに対し達磨は、
真の功徳というのは、
浄智妙明であってかつ空寂かつ無相な悟りの境地に至ることそのもの、
人天の小果を求めるような者には何の縁もないものである、
聖諦の第一義ってのは、
佛教の真義、仏法の根本とは何であるかって意味だ。
その次の「廓然無聖」も、
これまた「無功徳」の次ぐらいに仏教界においては有名な言葉だ。
師曰く、廓然無聖なりと言う。
このカクネンムショウは、
真の実相は、
からりと晴れた青空のようなもので聖とか梵の分別は無く、
からりと晴れわたった虚空のごとく、
聖と名づけられるものさえない。
是非善悪損得のモノサシにこだわっているようでは、
まだ佛道の聖者とは言えないって事だな。
無所得・無所悟の立場だから比較論の尊さなどない。」

「んー。」

「あなたこそ聖者ではないか。
そうでなければ私に対しているあなたは誰であろうというのか。
不識。」

「ふしき?。」

弥勒はその漢字を俺に見せた。

「この不は否定の言葉じゃないんだ。
一般的の知らないって意味でもない。
不思量・非思量の不であり、誰ぞという比較に対しての応答。
真実の表情を問われたことに対して、
真実の表情を示されたもの。
だから、不識は識にあらずと読むべきだろうな。」

「へー。」

弥勒は本をパタンと閉じ、
俺の煙草は先から数センチ灰になってた。

「感想は?。」

灰皿に灰を落として両膝を抱えて座り直した。

「感想言われてもなぁ~。
せやけど、その質問した奴?。」

「武帝な。」

「そうそう。あー、人間やっぱり欲が絡むなぁ~って。」

「ギャハ!。」

弥勒は笑う。

「せやかてそうやろ?
だって、なんの為に仏教を信仰して寺まで建てて、
僧侶も育てたんやって事やん。
結局、ご褒美期待しとるやん。」

「クククッ、だな。」

「そら、悟ってる達磨さんは呆れて功徳なんかあるかって言うやろ。
貴様はなんの為に信仰しとるんじゃ~。」

口をへの字にして眉間に皺寄せ知らない達磨大師を真似てみる。

「なんだよそりゃ。似てねー!。」

弥勒は非難しながら拍手。

「佛教の真義、仏法の根本とは何やって答え聞いてる始末やろ?
聞いてどうする!。」

俺がふざけながら思ったことを口にしていると、
弥勒は柔い笑みをし、

「答えを聞くのはどう思う?。」

「え?・・・まぁ、ケースバイケース。
どーせ、答え聞いても理解出来ん奴は出来んし、
結局それに対して動くんは自分やし。
ただ、武帝の感覚は好きやない。」

顔を顰めて膝に顎を乗せた俺を見て、弥勒は呟いた。

「武帝はたくさんいるぞ、カン。
達磨大師は、ほんの一握りか・・・それ以下だ。」

悟りとは、神業。

並はずれた精神力やないと難しい。

でも、悟った答えは実に簡単な答えで、

その簡単な事が如何に難しく困難で。




「達磨大師が俺の元に来てた。」

「え?。」

「大師は精神力・根性を鍛え、真意を生みだす手助けをしてくれる。
お前には根性やら真意は必要ないが、
今の大樹やシロには必要だ。
阿弥陀如来が達磨大師を使わせた。
大樹やシロが大きく変わるだろう。
どう変わるかは奴等次第。
迷い、苦悩な日々をどれくらい過ごすか・・・。」

「・・・。」

「カン。」

「あ?。」

「大樹を支えてやれよ?
あいつを支えてやれるのはお前しかいないんだ。
大神でもなんでもない。
あいつが悟れるかどうかは、
お前にもかかってるんだ。
そして、大樹が悟れた時、
お前も大きな力を得る。」

大樹が苦難に。

俺が・・・。

大樹・・・。

















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