岩見沢等、札幌圏の精神療法

札幌|のっぽろカウンセリング研究室
トップページへ


自分の心を偽ること



 人間は嘘をつく生き物です。人間だけではありません。昆虫や動物もそうです(擬態など)。相手を騙さなければ、自分の生存が脅かされるときがあるのです。けれども、人間は相手だけでなく、自分自身にも嘘をつくことがあります。自分の心を偽ること、つまり自己欺瞞(じこぎまん)です。


いわゆる嘘


 生きているかぎり、誰しも嘘をつくものです。それは相手に対する思いやりに発したり、相手をだまして何かを巻き上げようとする意図に発したり、悪いことをして叱られないためであったり、実にさまざまです。

 例をあげてみましょう。愛する人が癌を発病し、もう手の施しようが無いくらい進行していたとします。医師はあなたに真実を告げるものの、本人に告知すべきか一緒に考えましょうと提案します。いろいろなことを考えて、あなたは最後まで癌ではないと、愛する人に嘘をつき通す決意をします。

 金もうけをたくらむ詐欺師は、あなたに甘い言葉をかけて油断させ、金を巻き上げるまで嘘をつき続けるはずです。すっかり信じ切ってしまう人がいるのは、相手の嘘が嘘と思えないほど真実味を帯びているからです。

 最後に子どもの例です。A子ちゃんは母親が大切にしていたあるものを壊してしまいました。母親はA子ちゃんに尋ねます。「壊したのはAちゃんなの? どうしてそんなことしたの?」。Aちゃんはすかさず答えます。「違うよ、私じゃないよ。Bちゃん(弟)がやったの」。自分の身を守るための、可愛い嘘です。


特殊な嘘

 病的な虚言癖を持つ人もいるようです。大法螺を吹いて周囲を驚かせますが、そのうち誰も見向きもしなくなってしまいます。

 ミュンヒハウゼン症候群と呼ばれる病的状態もあります。たとえば、大量の針をみずから飲み込んで病院に駆け込み、治療を求めるような場合です。代理人によるミュンヒハウゼン症候群もあります。これは、パートナーに毒をもったり、幼い我が子にわざと怪我をさせて、自分は相手をケアする役割に収まるような場合です。

 こんなことをして何の得になるのか首をひねる人もいるかもしれません。けれども、こうした虚偽性障害によって、救いを求める医療関係者からは同情を集めることができるのです。


自己欺瞞

 では本題に入りましょう。自分の心を偽る自己欺瞞とは、一体どんな現象なのか。

 作り話で例証しましょう。札幌に住むA子さんは結婚を焦っていました。アラフォーになるのにパートナーがいない、可愛い赤ちゃんが欲しい、早くしなければ手遅れになってしまう。とにかく結婚したかったのです。そんなときに素敵な男性が現われて、その人と結婚することになりました。札幌を離れて、男性の郷里である福岡で新生活が始まります。

 結婚して間もなく子どもが生まれ、幸せな日々を送ります。けれども、夫がこんなことを言うようになりました。「お前は私と一緒にいると、いつも嫌そうな顔をする。札幌に帰りたいの? それとも僕のことが嫌なの?」。A子さんにはそんな自覚が無いので、どうしてそんなことを言われるのか不思議です。夫のことが好きで、住み慣れた札幌を離れたわけですから。夫婦関係がどんどんギクシャクしてきました。そして、彼女は、夫婦関係の相談ということでカウンセラーを訪ねることにしたのです。

 A子さんは、カウンセラーに対して、夫から言われた言葉を話し続けます。そして、どうしてそんな風に言われるのか自分には分からないと付け足します。ところが、精神療法を重ねて行くと、「夫を愛さねばならない。自分は夫を愛している」のだと、A子さんは、自分自身にいつも言い聞かせていることが分かってきました。まるで、何かを打ち消すために、それとは反対の言葉を心の中で繰り返しているかのようでした。その姿は、自分が夫を愛していること信じて下さいと、カウンセラーを説得しているかのようにも映りました。

 精神療法を始めて半年がたちました。A子さんは驚くべきことを口にします。「私は夫のことを愛していないのかもしれません。彼と一緒にいることが嫌だと、うすうす感じてはいました。札幌に帰りたい。私は、自分の心を偽っていたのです」。

 最初の段階でA子さんは、カウンセラーに対して嘘をついていたのでしょうか。いいえ、嘘ではありません。彼女は、その段階での気持ちを正直に話していただけなのです。それが、精神療法が進むにつれて形になって行き、いままで見えなかったものが、見えるようになったわけです。閉ざされていた心の声が、かたちとなって聞こえるようになったのです。

 これは作り話ですから、A子さんがその後どうなったのかは、皆さんが想像してください。子どもを連れて札幌に戻ったのか、一人で札幌に帰ったのか、そのまま福岡に残ったのか、それとも・・・・


おわりに

 自分の心を偽ること、自己欺瞞はどうして起こるのでしょうか。それは、自分の気持ちに気がついて自覚すると、心がズキッと痛みを感じるからです。痛みを感じないように、できるかぎり見ざる、聞かざる、言わざるを続けようとするわけです。

 けれども、そのようにして閉じ込められた気持ち、心の声は、か細いながらも響こうとします。これが自分の気持ちなのよ、耳を閉ざさないで、聞き届けてと、あなたに向けて囁いてくるはずです。うすうす気が付いていると言うのは、このような意味です。

 キリスト教の伝統がある西欧の価値観では、真と偽が明確に区別される傾向があります。しかし、日本の文化は、虚実入りまじった曖昧さを許容します。ですから、この自己欺瞞(self-deception)の現象は、日本人だとあまりはっきり見て取れないものなのかもしれません。

 嘘とは異なり、自己欺瞞そのものは誰に迷惑をかけるものでもありません。むしろ、私は自分の心を偽っているのではないかと考えることのできる人は、そのときもうすでに、自己欺瞞を抜け出そうとしているに違いありません。
そして、自覚した後の決断は、あなたの手に委ねられているのです。


関連記事


札幌や岩見沢等、札幌とその近郊の精神衛生を求めて