宝永・正徳年間リンク⇒ | 東北 | 関八州・江戸 | 東海・北陸・甲信 | 近畿 | 中国 | 四国 | 九州 | 洋上 | 前ページへ |
●宝永元年(1704)
●宝永3年(1706)
●宝永4年(1707)
●宝永6年(1709)
●正徳2年(1712)
●正徳3年(1713)
●正徳4年(1714)
2月−結城藩水野勝長の死去により実弟の勝政が遺領を継ぐ。
●宝永2年(1705)
10月−久世重之が三河国吉田から関宿藩に再封、以後、関宿藩主は久世氏で定着する。牧野成春、三河吉田へ。
成田山新勝寺は江戸弥勒寺の支配を離れ、翌年京都大覚寺末となり寺格を上げる。
8月−佐倉藩主稲葉正往、家督を次男正知に譲り、隠居。
6月−古河藩主松平(大河内)信輝、家督を嫡男信祝(のぶとき)に譲り隠居。
7月−古河藩主松平(大河内)信輝、三河吉田藩に移封。古河には本多忠良が5万石で入封。
多古領(香取郡)の旗本松平(久松)勝以が大阪定番に昇進、加増を受け1万2000石の大名となり多古藩成立。
2月28日−幕府が利根川・荒川の浚渫を行う。