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vol 64:現代病
なんだ・・・体が怠い。
寺の朝は早い。午前4時には掃除を開始。
だから、俺はいつも午前3時には起きなければいけない。
人間の体は、時に重くなり、筋肉痛は痛い。
眠くなったり、腹が減ったり不思議な体だ。
黄泉の国にいる時には体験出来ない貴重な事も、
時折、苦痛に感じる。
この苦痛があるからこそ、あの世で生まれた俺には、
苦痛を学ぶ重要な事でもある。
この日に限って朝3時になっても起きられない。
何故だ?。
夜更かししてアニメ見てたからか?。
いや・・・いつもの事だ。
風邪でもひいたかな?。
咳も鼻水もない。
煙草でも吸ったら気分が変わるか。
・・・。
吸う気にならない。
体がおかしい。
なんとか3時半に布団から出て、坊主の格好に着替えて、
長い髪を結ぶ。
「ふぁ・・・。」
いつもより辛い欠伸。
布団を畳、外に出てホウキを持って玄関から掃く。
もう9月。
山は冷え込む。
やっぱり風邪か。
6時になると掃除を一旦終わらせて朝食の準備。
この場所は寺の敷地内にお師匠の家がある。
台所に立って、米をとぎ炊飯器で炊いて、
味噌汁と漬物、鮭の塩焼きを作る。
ここで、包丁で指を切った。
まだ不慣れな頃は良く切ったが、今になって切るなんて。
せっかく焼いた鮭を床に1切れ落としてしまう。
今日はどうかしてる。
7時頃、お師匠が起床し居間に来る。
「おはよう、弥勒。」
「おはようございます。」
俺はこの寺に厄介になっているが、この人間に関心を持ってはいない。
なぜこの寺を選んだか。
この寺の住職はさほど黄泉の国の知識もなく、
法力も大したことはない。
ただの住職だ。
それに、教えようともしないところが気に入った。
あの世を知り尽くしている俺が、あの世に行った事もない人間に、
あの世の話を説法されてもな。
気楽が一番であることと、抑えつけられないから自由だ。
1日の流れも、お師匠に言われたわけじゃなく、
自分で考えた。
やる事やってるから、何ひとつ文句は言われない。
また、言わせない。
朝食を済ませるも体調は変わらず、重く気だるい。
一番変だと思ったのが、不安で堪らない。
料理の味、掃除の仕方・・・こんなのは毎日こなしている事で、
不安になる意味すら解らない。
そう思うと、あれこれ関係のない事まで考えてしまう。
俺は、どうして掃除してるんだ?。
俺は、どうして人間に飯を作ってやってるんだ?。
何しに人間になった?。
菩薩の地位を保証されたこの俺が。
その感情は、今まで思った事のない事ばかりで、
俺はこんな事を胸に秘めてたのかとも思った。
そして、次の一言に目を見開いた。
人間など、助ける意味はない。
俺は慌てて携帯を取り出し、カンに電話をかけた。
「もしもし!カンっ!。」
『あー?なんや坊主。』
生意気な奴なのに、なぜか気持ちが落ち着く。
俺は朝からの不調の話をした。
『なんやそれ。もしかして鬱ちゃうの。』
「鬱?この・・・俺が?。」
鬱については知っている。
何故ならば、その単語によって自殺した霊が増えているからだ。
『せやけど・・・お前が鬱んなるなんか考えられへんしなぁ。
気晴らしに遊びに来いや。』
そう言われて感じたのが、外に出る恐怖。
一体なんなんだ。
「い、いや・・・ちゃんと電車乗って行ける自信ない。」
俺らしきない発言にカンは驚き、俺自身驚いた。
『おい、弥勒。お前マジで病院行け。』
「でもな、別に咳も出ないし鼻水も熱もない。
感情がおかしいのと体が重いだけなんだ。」
『わかった。大樹と今から行くから待っとけ。』
「今からって・・・お前学校じゃ、。」
『学校で勉強しとる場合かっ。
お前のが俺も大樹も大事じゃボケ。』
電話がプツっと切れた。
「あ、おいカンっ!・・・ボケってなんだよ。馬鹿のくせに。」
アイツの性格が時に羨ましく感じる。
俺には無い熱いものを持っていて、そのくせグウタラで、
良く笑い、良く怒り、良く泣き、良く話す。
明るい性格だ。
まだ昼前か。あいつらが着くのは今からだと、14時頃か。
「弥勒や。」
「あ、はい!。」
お師匠に呼ばれて振り向いた。
「今から出かけてくる。留守を頼んだ。」
「解りました。今日は友人が訪れます。」
「カンか?。」
「えぇ。」
カンは夏休みの少しをこの寺で過ごした。
アイツは誰にでも気さくで、すぐに皆を虜にしてしまう。
「そうか。カンが来るなら私も早めに帰る。
お昼はお前だけでお食べ。」
「はい。いってらっしゃい。」
俺は軽く笑んで頭を下げた。
この瞬間も人間に頭を下げてと不快な気持ちになる。
寺の掃除に移動した。
本尊の大日如来の銅像を専用の布で丁寧に拭う。
悲しみが溢れだす。
これは、ただの人間の拠り所として作られた物でしかない。
それを何故俺が拭くのか解らない。
この仏像には、あいにく魂は入っていないし。
ただの物でしかない。
この感情・・・恐怖と悲しみと怒りのみの感情に、
俺はゾッとした。
昼飯も作らずに気を落ち着かす為、
仏像の前に座り経を唱える。
自分ではないこの感情を悟る為に。
「みーろーくー!。」
3時間程経った。
外で名を呼ばれ立ち上がり外に出る。
「悪いな。」
「大丈夫?弥勒。」
カンと大樹の顔を見ると心から笑みが溢れた。
するとカンが俺を指差し、
「弥勒・・・お前憑かれとる。」
「あ・・・本当。」
カンと大樹の目線を追って振り返ると、25、6の男が俺の真後ろに居た。
「き、気付かなかった・・・。」
俺とした事が、なんで。
気付かないわけがないのに。
仏像の前に座って男に問う。
「なんで俺に憑いた。」
(・・・。)
「気から見て、自分で命を絶ったな。」
「自分でって自殺ってことか?。」
カンの問いに俺は小さく頷いた。
「でも、どうして自殺なんか・・・。」
大樹が切なげに話しかけた。
霊はゆっくり口を開き、
(僕は・・・鬱でした。)
「鬱ぅ!。」
カンが声を張り上げる。
「お前、鬱で自殺したんか!。」
(・・・はい。)
カンが何か言おうとした時に大樹がカンを止めた。
「カン。話を聞こう。それで、あの世に行けないの?。
だから弥勒に憑いたの?。」
(いいえ。自殺者の地獄にいました。
でも、後悔ばかりを感じていて・・・。
今、僕のような人はたくさん、たくさんいます。
だからっ・・・だから自殺をすれば必ず後悔するって伝えたい。)
驚いた。
自殺者の地獄から這い上がってきたって言うのか?。
自殺者が行く場所は決まっている。
死んだ心狂のまま自分で気付くまで、そのまま過ごす地獄。
自分で気付ける奴はそうそう居ない。
皆、ほぼ永遠にそのまま泣き怯え怒り続ける世界。
(鬱は、恐怖と寂しさ、絶望の気持ちになります。
体も重く、外が怖く、何事も失敗にも恐れてしまう病気。
でも、でも死んでしまっても何も変わらない!。
死んでしまった方が、自分は消えてしまう。
感情だけに支配されてしまう・・・。
黄泉の国で阿弥陀如来様に、神が今人間となって地上にいると聞きました。
今、黄泉の国も天界も、自殺者が増えています。
宗教で神の加護をもっと受けたいと言って自殺する人や、
世の中の矛盾を感じ自殺する人。
僕のように病気で自殺する人。
すごい数が増しています。
僕は・・・僕と同じようになる人を増やしたくない。
死んだら楽になれると思っている人ばかり。
違うって、違うって言いたいんだ!。)
霊はそのまま蹲った。
俺が今日1日感じた事が全く同じ。
やはり、コイツの感情。
いや、コイツというより、人間の感情か。
「話はよう解った。
けどなぁ、それには人間の弱さだけと違う何かもありそうや。」
「何かって?。」
「人間のこんな弱みを、サタンが手加えへんと思うか?。」
「なるほど。」
「けど、俺は鬱を病気にする奴は好きやない。
ただの逃げや。」
「カン、それは少しキツイ言い方だよ。」
「いいや、大樹。
俺も経験あるねん。だから言うんや。」
霊はカンを見て興味深そうに話を聞いていた。
しかし、カンが鬱って。
一番かけ離れてる奴だと思ってた。
「俺も、外に出るんも怖い時あってな。
誰とも会いたくないし。
でも、これやったらアカンおもて3日間毎日散歩したんや。
近所の公園に1日目行ったらな、頭痛が酷くて。
外に出たら頭痛するねん。
2日目、頭痛も怖くなって悩んだけど、これで止めたら・・・、
俺、一生逃げる気がして。
山に登ったんや。一人で。
3日目は距離のある山に登った。
山頂に着いた時、気持ち良さが半端やのうて、
嬉しくてなぁ。
あん時、俺鬱になったって思ったで?。
せやけど、病院行って安定剤なんか飲みたくなかった。
あの薬は気持ち落ち着かすやのうて、
頭をボーっとさして何も考えられんようにする薬や。」
(そう。僕も薬を飲み続けた。
医者からは仕事もするなって言われて、最後は入院して、
考えさせないように点滴を24時間打たれた。
廃人だったよ。
最後には見舞いに来る家族さえ誰だか解らない。
ただ、そんな中、頭に浮かぶのは死。
急に目覚めたように点滴を腕から抜いて窓から飛び降りた。)
「現代病と認定されたから、
余計に逃げ場を与えたようなものかもしれないね。」
元、人間ではない俺にはただただ、
人間は弱い生き物だっていう事しか思わなかった。
だからこそ、俺達神が守ってやらなければいけない。
そして、その人間が死を迎え、自分も守りたいと感じ、
あの世で修行して神になり、また生きた人間を守る。
廻ってるんだ。神も人も。
「伝えるったって、弥勒は坊主やし、
なんか活動してるわけでもないで?。」
カンの言葉に頷いた。
「そうだ。俺はこの世界を勉強し守る為に生を受けた。
この俺にどうしろと?。」
(阿弥陀如来様は言われました。
その者に人間の弱さを教えてやって欲しいと。
彼は、あの世で生まれたから人間の弱さへの理解はまだまだ足りない。
自分が守ろうとしている生き物全ての弱さを知りなさい。
そう伝えてくれと。)
阿弥陀如来が俺に・・・。
「な~んや、心配して損した。」
カンが唇尖らせて仰向けに寝転んだ。
「でもまぁ、良かった。弥勒が本当に病気になったんじゃないかって、
すごく心配したから。」
大樹は柔らかい笑みを溢し、
霊も微笑んだ。
「だぁぁああああああ!。」
俺は叫んで仰向けに寝転び、
「俺もまだまだだな・・・阿弥陀如来も忙しい身、
それなのに俺が不甲斐無い為に。」
「バーカ。お前・・・ここに降りて来て、
どんだけの霊や人間救ってきてん。
不甲斐無い言うな。
その人や霊に失礼やろが。」
ガキに言われる言葉に反論できない悔しさ。
「とにかく、もう少し自分の後悔と闘って、
同じ事を他の人が起こさないように守る為に、
修行して欲しい。
修行しないと人は守れないから。」
大樹の言葉に霊は頷き消えようとした。
「ま、待ったぁ!。」
「どうしたの、カン。」
霊も驚いた顔をしている。
「もうちょい一緒におったらええやん。
今から菓子食いながらゲームすんねん。
お前も俺ん中入ってええから、一緒に楽しもうや。
な?。」
この馬鹿。
直ぐに読み取れた。
カンは、この楽しさを知らない霊に、
自分の楽しさを通して、楽しいという気持ちを教えようとしている。
この後、霊はカンの中に入ってカンの気持ちと同化し、
良く笑い、良く怒り、良く泣き、良く話すを体験したようだ。
「弥勒、御前は良くやっています。
人間になっただけでは、神だった時間の方が長い為に、
人間の弱さを体験することは無いでしょう。
あの者を見つけた時、
私は直ぐに弥勒に会わせたいと思ったのです。
人間を守る使命の御前にとって一番大切な事。
身をもって体験することが一番身につく方法なのです。
カンよ、そなたは人間を守るのではなく、
地球を守る使命の子。
本当に・・・御前はまた強くなりましたねぇ。
見ていて実に面白いですよ?。
ちゃんと今すべき事をこなしている。
逃げずに真直ぐに。
チビ神・・・いいえ、此処では大樹ですね。
御前は自分の愛する者を支え、守り、癒し。
とても重要な役目です。
神時代の友との絆、兄弟の愛、一族への想い。
愛するという意味を一番知っているのかもしれません。
御前達、
もっと経験をしなさい。
もっと人と霊を助けるのです。
そして、人と神との間の子。
人にもなれず、神や霊にもなれず・・・、
妖怪達を探しなさい。
弥勒、カン、大樹よ。
妖怪達を探しなさい。」
夜中に目が覚めた。
俺が起きるとカンも大樹も起き上がって3人で顔を見合わせた。
「聞いた?。」
俺が問う。
「阿弥陀?。」
カンが問う。
「妖怪を・・・探せ。」
大樹が言う。
カンは顔を顰め、
「妖怪て・・・妖怪なんかこの世に存在すんのか?。」
「伝説みたいなのは各地にあるけど・・・。」
「あの世では聞いた事がある。
人間と神との禁断の子で、人でもなく神でもない為にあの世にもいけない。
寿命も長い。」
俺達は顔を見合わせてまた布団に寝、眠りについた。
「おい・・・カン・・・。」
「グォ~。」
「おい・・・。」
「弥勒、カンは寝たら起きないから。
子守唄だと思ったら、案外眠れる。」
「グォ~グォ~。」
「・・・無理。」

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