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  この非常に不思議で、口で言うと何かつまんないことになってしまうんですけど、この感覚を黒部さん実によく捉えてらした。どの詩にも、この面白い陰影がついているんですね。
  私もね、これが、自分の中で――私は他にとりえがないんですけど――あるんです。曲ったと思ったけど、曲ってなかった。あすこに階段がありますね、確かにここにあったんだけど、今日はない。ちょっと半分夢の中のようだけど、現実にそうである。この感覚を持っている人が意外と少ないんです。口で言うと分かったように思うんですけど、実際に生理感覚として分かるという人はときどきいらっしゃるんで、珍しく二人がそこで分かり合ったんじゃないかなという気がするんです。

 私は、黒部さんの詩集の作り方というのに、私なりの作りたい方法があったんです。それはうまく口で説明できないんですが、黒部さんが非常に怜悧なところが逆にいけないの。いけないというとおかしいんですけど(笑)、ぼわーっとしたものを受け取れないくらい頭が良すぎるもんですから、必ず詩集を作るときに、何か非常に怜悧に割切っていくんです。
  私はそういうふうにものごとを捉えられないので、黒部さんが黙っていたら、私ならこう作ってあげたいなって思うことがあります。
  一度私の家で、彼女も来て、相談して作った詩集が 「空の皿」 という、お病気が治ってやっと東京にも出て来れるようになったときに、みんな自宅で出版社の人とも会って作った。そのとき私は、黒部さんの言う作り方は、私にとってはちょっといけなかった。だけど何と言っても、彼女には彼女の信念があって、いやこうなんだと。一行たりとも絶対に譲らないので、しょうがないので、作っちゃったんですね。
  それからまもなく彼女が倒れた。そのときね、しめたと思ったんですよ、ある意味で。非常に失礼なんですけどね(笑)。そうしたら私が作るからと。

  ただし、黒部さんがまた治られて、こんなもの作っちゃ困りますと怒ると困るので、息子さんの晃一さんに何度も聞いたんです、全快の見込みがあるのと。そしたら彼が多分ないんじゃないかって。そうだったら私が彼女に成り代わって作りたいんだって。
  それが今読んだ 『まぼろし戸』 という一冊なんです。これは私はとってもうまくできたと思っているんですけど。作るのは、ものすごくやっぱり、自分のならどうでもいいんですけど、人のものを成り代わって作る、しかもあの神経の尖ってらした彼女のものを作るんですから、大変な気の入れようで、自分のものをまとめることの三倍くらい時間がかかり、作り上げた詩集です。

 それからまた長い年月、十年経ちました。確かあのとき晃一さんが私に見せてくれた、詩集に未収録の詩がまだ随分あったなあという記憶がありまして、もう一回残ったものを私にまとめさせてくれないかというお話をしたことがあるんです。それが最後の詩集になってしまった 『北向きの家』 なんですね。
  このときは、余計もう少し気が楽になってた。『まぼろし戸』が念願だった賞もいただけたし――賞もらっとくといいんです、記録に残るし。で、よかったなあと思って。だから今度のは気楽でいいやと思って、肩の力が抜けて、私の本当に好きなようにまとめたのが『北向きの家』で、このときはもう本当に私一人だったもんですから、気楽にできちゃったんですね。
  そしたら大変評価が高くて、本当に土井晩翠賞が転がり込んできたときは、あんまりびっくりして、思わず電話口で「やったー!」って言っちゃったんです(笑)。そしたら、お知らせくださった賞の係りの方が失笑したぐらい、私が驚いたらしいんです。

  賞がどうとかいうことは、私は本当の意味で詩人にどうということはないんですけど、本当にいいのは、記録の上にこれは受賞作として残ってくれる、これだけで、詩人なんて儚いもので死ねばすぐおしまいなんですよね。死ななくてもおしまいなのもいますけれどね(笑)。だから本当に記録の上に残ってくれる、何かのときに皆さん思い出してくれて、ああこれはそのひとつだなあと読んでくれる、そういう機会を作っておきたいんですね。
  優れた人のものがあるときは。いくら口で私がこれいいんですって言ったってね、そうそう皆さん信じてくれないし、これはとっても、私が人生の中でやったことの中ではとってもいいことの一つだったと思っています。皆さん、今日はありがとうございました。

【北川】 小柳さん、ありがとうございました。小柳さんのお話しを聞きまして、黒部さんの不思議な詩の空間というのが、私もちょっとなかなか理解できなかったんですけれども、少し理解できたような気がいたします。





















詩集『空の皿』(82年)

●詩集『まぼろし戸』(86年)
87年日本詩人クラブ賞

詩集『北向きの家』(96年)
97年晩翠賞


   
黒部節子さんを偲ぶ会