【宇佐美】 「橄欖」を代表していらっしゃいます日原正彦さん、よろしくお願いいたします。

 ちょっと時間がもうないようですので、簡潔に話します。
  黒部節子さんを知ったのは、最初の詩集ではありません。 『いまは誰もいません』 という詩集です。1974年に出版されています。その年に僕も最初の詩集を出したもんですから、非常に印象深く憶えております。
  それで、いただいたとき、『いまは誰もいません』の最初の詩が、 「川の音」 という詩で、「(いまは誰も)いません」という一行から始まります。この一行がものすごく衝撃的でした。「いません」というところから詩を始めているわけですね。「いません」なので、もう語ることはないんですよね。ところが、そのことを語っているんですよね。
  先ほどからいろいろ黒部さんの詩について語られましたけれど、その後の彼女の作品全部が、そういうこと――「いません」、その後、言うことはできないんですが、そのことを語っているんですね。そこにあったものを語っている。そういう詩人だなあというふうに思いました。

 その後でたくさん詩集を出されて、小柳玲子さんの御尽力でいろいろ詩集を出版され、立派な賞もいただいていますけれど、僕にとっては、この『いまは誰もいません』の最初の一行の衝撃がすべてです。
  僕の二十代――ちょうど僕が最初の詩集を出したのが二十代の後半でしたので、黒部さんそのときは四十代でしたでしょうけれど、とにかく僕の二十代において、もっとも衝撃を与えた詩人の一人です。
  さっき写真に出てきましたけれど、 僕の出版記念会 にも来ていただいているんですけれど、実はほとんどお話しをしたことはないんです。非常に――僕にとってはですね、加藤さんがさっき野性的だと言われましたけれど、僕にとっては非常にひっそりした方で、現実の場面で、お話しはしたかもしれませんけれど、本当に記憶がないんですね。本当に「いまは誰もいません」、そういう詩人です。
  失礼しました。


























●詩集『いまは誰もいません』(74年)

「川の音」
『いまは誰もいません』所収
初出「アルファ」31号(69年11月)

いません
お母さんはいま いません
姉さんはさっき川へごみ捨てにいきました
ユーちゃんは町へ自転車とりにいったわ
いまは 誰もいません 信ちゃんも(信ちゃんはお嫁にいきましたから でもとても遠いんです)

(…後略)

●日原正彦さん出版記念会(80年11月22日)

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黒部節子さんを偲ぶ会