札幌・江別の「のっぽろカウンセリング研究室」です。私自身の心理臨床の歴史と言っても過言ではありません。私は基本的に、ライヒ→カイザー→シャピロのラインで臨床を行ってきたような気がします。オルゴン療法に移行する前のライヒの性格分析を受け継ぎ、カイザーがそれを防衛分析に洗練させて、シャピロによって開花した手法です。
ライヒを多声性の心理療法として理解するには、ちょっと無理があるのかもしれません。しかし、カイザーのみならず、パールズのゲシュタルト療法の起源であることを考えると、ライヒには萌芽的に多声性の思想が宿っていた、と考えるのが自然です。クライエントが何を話すかだけでなく、どんな風にして話すか着目すべきであると言うライヒのモットーは、必然として身体性に目を向けるものであり(バフチンのイントネーション・振る舞いを強調した超言語学と類似)、バーバルとノンバーバルの矛盾に多声性を読み取るスタンスが込められていたわけです。
シャピロの心理療法になると、クライエントのセルフ・トーク、つまり内言に焦点化する姿勢が強く打ち出され、ヴィゴツキー的なアプローチが優位となります。カイザーの心理療法だと、「二重性」の概念を駆使しながら、ポリフォニー的なバフチンの思想に近づくことになります。このような二人のライヒ派アプローチが、ハーマンズ一派の対話的自己論・ポリフォニー論と遭遇することで、いまの私のカウンセリング・スタンスが大きく左右されることになりました。
[ヴィルヘルム・ライヒ Wilhelm Reich]
一冊のみ紹介します。この「性格分析」は、臨床家であれば、非精神分析家であっても読む必要があると思います。カウンセリングの世界では、歴史に残る著書であると思います。ただ、小此木先生の訳書は後半部分が削除されており、その部分に関してはぜひ原書を読むことをお勧めします。多くの臨床家にいまだに影響を及ぼし続ける名著です。
投獄されると言うスキャンダルのこともあって、ライヒには正当な評価が与えられてはいません。シャラフの書いたライヒの伝記もぜひ読んでください。食わず嫌いほどもったいないものはありません。
Wilhelm Reich (1949) Character Analysis: 3rd, Enlarged Edition. Orgon Institute
Press. trans by Theodore P. Wolf (小此木啓吾(1966)性格分析-その技法と理論.岩崎学術出版社)
マイロン・シャラフ(1996)ウィルヘルム・ライヒ: 生涯と業績 上・下. 新水社
[ヘルムート・カイザー Hellmuth Kaiser]
第二次世界大戦に翻弄され、著作はあまりありません。ポリフォニーという言葉は使っておりませんが、音声に着目する描写や、「二重性(duplicity)」なる概念を打ち出してもいるので、多声性の心理療法を志向する臨床家にはとても参考になります。バフチンの「複声的な言葉」そのままです。カイザーがユダヤ人であること、新カント派の哲学者であったことは、ユダヤ対話哲学の強い影響下にあったことをうかがわせます。彼は精神分析家として出発しましたが、精神分析の世界では孤立し、ヤーロムなど人間性心理学の世界でむしろ注目された人です。
カイザーの考えはどんどん変わっていき、最終的にはプレゼンスを重視する立場に至ったわけですが、もともとはライヒを受け継ぎながら、精神分析の基本規則と内容解釈を放棄すると言うものでした。精神分析らしい内容解釈を放棄する立場は、極端であるといってライヒから批判されましたし、フェニーヘルからも「忘れてはならない。それは精神分析ではないよ」と忠告されたほどです。似たような立場にあるゲシュタルト療法のパールズのように著名になることはありませんでしたが、いつまでも忘れずにいたい臨床家の一人です。
長文ですが、こちらにカイザーの重要な論文【技法問題】の試訳があります。精神分析における歴史的な論文ですから、抵抗分析について深く考えたい方は一読をお勧めします。
Louis B. Fierman ed.(1965) Effective Psychotherapy: The Contribution of
Hellmuth Kaiser. The Free Press.(翻訳出版準備中)
[デイヴィッド・シャピロ David Shapiro]
自己欺瞞の視点から、師のカイザーの心理療法アプローチを受け継ぎました。三十代で名著「神経症のスタイル」を出版した(私が思うに)天才的な心理臨床家です。シャピロ先生の著書を翻訳できたことは、私にとって身にあまる光栄です。「神経症のスタイル」も訳出したいとお願いしたものの、なかなか作業が進んでいません。はやくしなければ。
(翻訳)
田澤安弘(2008)自己欺瞞の精神療法-ナラティヴの背面へ.北大路
田澤安弘(2005)ロールシャッハ色彩論.大学教育出版
(著書)
Dynamics of Character:Self-regulation in Psychopathology. (2000), Basic Books.
Psychotherapy of Neurotic Character. (1989), Basic Books; reissued with
new Introduction (2000); transl. Italian; two chapters also reprinted in
Conoscere UCarattere, (1996); audio cassette, Essentials of Behavior, in
production.
Autonomy and Rigid Character. (1981), Basic Books/ Harper Torchbooks;
audio cassette, Essentials of Behavior in production.
Neurotic Styles. (1965), Basic Books/Harper Torchbooks; reissued with new Introduction (2000); transl. Italian, Spanish, French, German; audio cassette (2003) Essentials of Behavior.
(論文)
“Obsessive-Compulsive Character,” Evidence and Experience in Psychiatry (forthcoming).
“The Tortured, Not the Torturers, Are Ashamed,” Social Research, 70(4);
1131-1148, Winter 2003
“Theoretical Reflections on Wilhelm Reich’s Character Analysis,” American
Journal of Psychotherapy, 56(3); 338-346, 2002
“Obsessive-Compulsive Character or ‘OCD’?” Psychoanalytic Inquiry, 21(2); 242-252, 2001
“On the Psychology of Self-deception,” Social Research, 63(3); 785-800,
Fall 1996
“The Self-control Muddle,” Psychological Inquiry, 7(1); 76-79, 1996
“Character and Psychotherapy,” American Journal of Psychotherapy, 50(1); 3-13, Winter 1996
“A Characterological Understanding of Paranoia” in Paranoia:New Psychoanalytic
Perspectives. International Universities press 1994
“Toward a Structural Theory of Psychopathology,” Social Research, 59(4);
799-812, Winter 1992
“From a Characterological View,” in Panel Presentation: The Difficult Patient or the Difficult Dyad, Contemporary Psychoanalysis, 28(3); 519-524, 1992
“Psychotherapy and Subjective Experience,” Psychiatry, 48(4); 311-317,
1985
“Review of The Discovery of Being: Writings in Existential Psychology
by Rollo May,” Contemporary Psychology, 29(11); 917, 1984
“Speech Characteristics of Rigid Characters,” Language and Style, 10(4); 262-269, 1977
“Dynamic and Holistic Ideas of Neurosis and Psychotherapy,” Psychiatry,
38(3); 218-226, August 1975
“Review of The Manipulator: A Psychoanalytic View by Ben Bursten MD,”
Contemporary Psychology, 19(6); 479-480, 1974
“On Psychological Liberation,” Social Policy, July/August; 9-15, 1972
“Motivation and Action in Psychoanalytic Psychiatry,” Psychiatry, 33,329-343,
1970
“Aspects of Obsessive-Compulsive Style,” Psychiatry, 24(1); 46-59, 1962; reprinted in Handbook of Character Studies: Psychoanalytic Explorations, ed. Manfred F.R. Kets de Vries, International Universities Press, 1991
“A Perceptual Understanding of Color Response,” in Rorschach Psychology,
ed. M. Rickers-Ovsiankina, Wiley, 1960. Reprinted in revised edition, 1977
“The Integration of Determinants and Content in Rorschach Interpretation,”
Journal of Projective Techniques; 365-373, 1959
“A Hysterical Character Disorder in a Housewife,” in Clinical Studies
of Personality−Volume U of case histories in clinical and abnormal psychology,
ed. R.E. Harris and A. Burton, p.178-190, Harper and Brothers, 1956
“Color Response and Perceptual Passivity,” Journal of Projective Techniques, 20(1); 52-69, 1956
“Special Problems of Testing Borderline Psychotics,” Journal of Projective
Techniques, 18; 387-394, 1954. Reprinted in A Rorschach Reader, ed. Murray
Sherman, International Universities Press, 1960
“A Study of the Influence of the Social Field on Individual Behavior:
As revealed in the expression of hostility and warmth by neurotics in discussion
group situation,” Genetic Psychology Monographs, 42; 161-230, 1950
以上、札幌・江別の「のっぽろカウンセリング研究室」でした。
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