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●天明5年(1785)
●天明8年(1788)
●天明4年(1784)
閏1月16日−幕府が米価高騰のため,関東・東北・信濃の農民へ余剰米の販売を命じる。
2月10日−幕府が、江戸に関八州産の菜種の買受問屋2軒,村々に買次ぎ200人を指定し、
大坂回しと自給分以外の販売を命じる。
5月23日−幕府が、日光道・奥州道の宿駅困窮のため,7年間人馬駄賃2割増しを許可する。
10月7日−幕府が、関八州および伊豆・駿河の諸河川の稼ぎ船から農業船までに
極印登録をして課税を試みるが、強硬な反対運動にあい中止する。
12月−幕府が,凶作により末耕作地の多い陸奥・常陸・下野からの江戸出稼ぎを
制限し,また年季明け奉公人の帰村促進をはかる。
この年までに大丸・越後屋などが,足利の有力機(はた)屋との直接取引を開始し,
また佐野に織物買場問屋をおく。
1月の京都の大火により,西陣織の職人多数が桐生など地方へ下る。