延宝天和貞享リンク⇒ | 東北 | 関八州・江戸 | 東海・北陸・甲信 | 近畿 | 中国 | 四国 | 九州 | 洋上 | 前ページへ |
●延宝2年(1674)
●延宝3年(1675)
●延宝4年(1676)
●延宝6年(1678)
●延宝7年(1679)
●天和元年(1681)
●天和2年(1682)
●貞享2年(1685)
●貞享4年(1687)
溝口重雄(しげかつ)、「当領内掟」を発布する。
6月−長岡藩領内で3万余石が大雨による水害で損亡する。
3月30日−高田城下で大火,武家屋敷など240戸,37町を焼失する。
中江用水完成。受益地域122カ村、石高25,619石余。
10月19日−幕府が高田藩主松平光長の嫡子の死後,養嗣子をめぐ
る争いに対し,反小栗美作派の永見大蔵・荻田主馬らを処罰する(越後騒動)。
将軍綱吉、越後騒動をみずから裁決し、松平光長の領地没収、遺領を幕府領とする。
幕府、信州松代藩主真田信房ら四大名に旧高田藩の検地を命じる。
幕府、小田原藩主稲葉正通を高田十万三千石に移し、金一万両を貸与する。天和元年
以来五年間の藩主不在状態が終わる。
8月25日−幕府が沢海(そうみ)藩主溝口政親(まさちか)を酒乱により改易する。