vol 39: 人間と神




人は救いを求めて神に願う。

厄除け、病気平癒、家内安全、合格祈願、商売繁盛。

様々な願い事。

それを神に願い祈り信仰する。




「暑い。」

カンカンに照りつける太陽に、法衣の中は流石に汗でビッショリだ。
堪んねぇ。
結構ある境内の掃除は朝から始めてもなかなか終わりゃしない。
本堂の床磨き、仏像の拭き掃除、庭の枯葉拾い。
その合間に朝の教読、昼飯の支度。
これ全部俺一人でやってるんだもん。

一番念入りにやってしまうのが、御本尊の大日如来の拭き掃除。
この方は、実際に超厳しいお人なので、手抜きするのが怖くなる。
自分の銅像なら全然手抜きしてたであろう。

「弥勒や。」

「あ、はい。お師匠。」

「狐憑きだそうだ。」

「仕事ですか。」

「わしの変わりに行って来てくれ。」

「はぁ。詳しい事は?。」

「まぁ、行けば解るであろう。先方にはお前が行くと伝えてある。」

「解りました。」

用意をし、山を下りる。
この住所ならチビ神の近くだな。
カンとチビ神にメールを送り電車に乗るも坊主の格好は目立ち過ぎて。
女子高生の前では恥ずかしさも出る。
これが人間の感情なんだとつくづく感じて依頼主の場所へ。

場所というのは敷地のある会社。
中に入ると事務所の隣に小さな祠が祀られていた。
祠の左右には狐の石像。

「綺麗にしてるじゃないか。」

狐を祀っていて綺麗にしてあるにも関わらず、狐憑きか?。
疑問しか浮かばない。

「ちょっとアンタ。坊主がなんの用だ。」

後ろから声を掛けられ振り返ると、作業服の男が怪訝そうに見ている。

「あー・・・高野から呼ばれた弥勒と言います。」

「呼ばれた?。・・・あぁ、全く。社長の仕業かよ。」

この態度。まぁ、慣れてるけど。

「このご時世に祟りだの・・・。」

「貴方は佐々木さんですか?。」

「いいや。佐々木は社長で俺はここの作業員だ。
社長は・・・。」

「高峰君。」

「社長!。」

事務所からごっついおっさんが出てきた。
どうやら、あのおっさんが依頼主らしい。

「社長、坊さん。」

「おお!。あなたが弥勒さんでございますか!。」

「あ、はい。高野より参りました弥勒です。」

俺は軽く会釈をした。

「お暑いでしょう。どうぞ中へ!。ささっ!。」

高峰とかいう作業員の疑った目を気にしつつ案内されて事務所の中の、
客間に入った。
クーラーをガンガンに効かした部屋は出たくない程に快適。
出された麦茶を一気飲み。

「お煙草はいかがです?。」

「あぁ、いただきます。」

煙草を貰って火をつけ、肺に煙を廻らす。今日初の1本目。

「で、狐憑きとお聞きしましたが。」

向いに座って煙草に火をつけたおっさんの顔が曇る。

「そうなんですよ。このご時世に、全く。」

いつの世もあるっつーの。

「うちの会社は私が設立してねぇ、そこそこ注文もあって、
おかげさんで繁盛させてもらっとるんですわ。
繁盛するっちゅーことは、妬まれる事もありましてなぁ。
設立と同時に事務所の隣にお稲荷さんを祀ってるんだが、
先日泥棒が入って事務所は荒らされて、お稲荷さんの祠までも潰されて。」

「潰された?。綺麗でしたが・・・。」

「新しく建て直したんです。」

「あぁ。それで。」

「うちは夜勤もしてまして、それ以降、作業員達が狐を見ると。
狐を見た者もいれば、女を見たものもいたり、
大事な依頼担当が何人も病気になったりでね。
気味が悪くて。」

俺が社長と話をしていると、外で大声が聞こえてきた。

「ちょー離せや!おっさん!。」

「ここは関係者以外立ち入り禁止なんだよ!。」

「弥勒っ!みろくぅー!おらんのかー!。」

「うるさい!。」

「弥勒さん、お知り合いでも?。」

「え?。・・・失礼。」

事務所の窓を開けると、高峰とかいう作業員に両手を掴まれて暴れている。

「か、カンっ!。」

「あ!弥勒っ!。おい、離せよ。」

俺は慌てて外に出た。カンは俺に笑顔で近づき、

「メール見て近くやったから来てん。」

「お前・・・チビ神は?。」

「大樹は補習生徒おるから学校。」

「ハァ・・・何しに来たんだよ。こっちは仕事だぞ。」

呆れて言う俺にカンはニッコリ笑い、

「頼まれたし。」

「頼まれた?。」

「弥勒さん、お知り合いですか。」

社長も外に出てきた。

「えぇ、すみません。」

苦笑しながら頭を下げ、

「少し社内を見させていただきます。仕事の邪魔にならないように。」

「そうですか。私は事務所にいますので、何かあったら声をかけて下さい。」

「はい。・・・行くぞ。」

カンの腕を掴み、とりあえず建物の裏に回った。

「カン!。お前邪魔する気かよ!。」

「は?。別に。なん?、俺来たらそんな嫌なん?。」

頬を膨らませて睨まれても・・・。

「なぁ、弥勒。ここめっちゃ可愛いなぁ。」

「・・・何が?。」

「お前見てへんの?。ちっさい狐がいっぱいおる。」

「小さい・・・どこに!。」

「どこって・・・ここに。」

カンは俺の肩を指差した。
右肩を見ると狐の顔が。体を俺の首に巻き付けている。

「・・・ぜっんぜん気付かんかった。」

「あはは、アホや。」

「やかましいわっ!。・・・物の怪じゃないな。
気付かないくらいに澄んでいる。狐神だ。」

「あっちこっちにちっさいのおったで?。」

首に巻きつく狐の首根っこを掴み体から離させ、目を見つめて問い掛けた。

「お前、主はどこだ?。」

狐は俺をジッと見て言葉を交わさない。

『坊主よ・・・何をしに来たか。』

持っている狐ではなく、声はカンの口から放たれた。
カンの眼球は白く濁り、体を乗っ取られたんだ。

「アンタが主か。」

こんなに早くにお出ましとは、早く片付きそうだ。

『わらわは、ここの守り神。お前は何をしに来た。』

「なぜ聞く?。解ってるんじゃないのか?。」

『・・・。』

子狐を離してやると子狐はカンの足元に身を隠す。

「アンタが災いを?。・・・なわけねぇよなぁ?。
神なんだし。」

『人間は愚か。忠告を聞かず忠告を察知せず、お前のような坊主を。』

こいつ、俺の正体を解っていないようだな。

「忠告って?。何があったか話してみろ。」

『ここの主の人間はわらわに毎日手を合す。わらわを信じ、
わらわもまた主の願いを叶えてきた。』

「願いって、商売繁盛か。」

『病になれば癒し、金に困れば仕事を増やし。』

「って事は、今回の災いは別の仕業か。」

『いいや。わらわの忠告。』

「忠告?。」

『今行っている仕事の依頼主は、わらわを鼻で笑い蔑み、
可愛い子供たちの頭を叩いた。その人間の仕事など引き受ける事はない。
そう言うているのに・・・あの者は気づかない。』

その顔は怒面から悲しみの表情へと変わる。

「そいつの仕事をさせん為に、作業員を病気にさせたり、
子狐に化けさせたりして忠告してたってわけか。」










「解りました。この値段でやらせていただきましょう。」

「いや~佐々木さん、あんた話が解るねぇ。
今後、贔屓にさせてもらうよ?。」

「ありがとうございます。金田さん。」








「ん?。あれはなんじゃ。」

「あぁ。あれはうちの守り神ですわ。」

「あんたとこ、お稲荷さん祀ってるんかいな。」

「ええ。金田さんとこは何か祀っておられるんですか?。」

「いんやぁ。わしは神や仏なんぞ信じんでな。
まぁ、祀って金もうけ出来るんじゃったら祀っても構わんが・・・。
こんな石ころに金出すんなら旅行でも行きよるで。
ガハハハハハ。」

「ちょっと、金田さん!。」

「なんじゃ?。」

「頭を叩かんでください。」

「・・・ふん。こげなもん。」

「か、金田さん唾を!。」

「佐々木さん、期日は守ってもらうさかいにな。」


『わらわに唾を・・・許せぬ。許せぬ。』










「まぁ、話は解った。けどな、人間は声が聞こえない。
災いを起こしても気付けるはずもないだろう。
病気にさせられた関係のない人間はどうなる?。
会社の為に死のうなんて人間はいねーよ。
その話を破断にする方法は他にもあるはずだった。
アンタは怒りに負けて自分を見失っている。」

『なに?。お前もわらわを侮辱するのか?。』

「侮辱じゃなく本当の事だろうが。
佐々木さんはアンタと同じ気持ちだと思うぜ?。
自分の守り神がそんな事言われて、唾ひっかけられて。
でも、人間にも人間の世界がある。
グッと堪えないといけない時もあるんだ。
アンタは佐々木さんをもっと見るべきだ。」

『ぐぬぅぅぅ。』

「でもまぁ、その人間はどうせロクな人間じゃなさそうだ。
案外、恨まれまくってるかもしれないぜ?。」

『・・・。』

「とりあえず、アンタの話は解った。佐々木さんに話すよ。
後は、佐々木さんが決める事だ。
アンタも落ち着いて佐々木さんを信じてやりな。」

俺は狐神と話をした。
人間にも人間の屈辱にも耐えなければならない理由もあると。
本当に守り神なら、どんな事があろうとも守れと。
カンから抜けた狐神は祠へと戻って行った。

「カン、俺は社長に話をしに行くが、来るか?。」

「おう。」

カンを連れて事務所に行き社長に話しをする。
今日来たばかりの俺が知るはずもない話に社長は驚き、
また、泣いていた。

「そうですか・・・。私も大手の会社だったので臆病になってました。」

「まぁ、佐々木さんは悪くないですよ。
お稲荷さんも佐々木さんを守りたい気持ちが強かったんです。」

「はい。ありがたいお話です。
金田さんの件は今の受注の分で終わりにします。」

「・・・いいのか?。」

「ええ。私もあんな無礼な人に媚びりたくない。
自分の会社に誇りを持っていれば何も怖くない。
それに、私にはお稲荷さんがいてくださっている。」

「そうですか。」

「本当にありがとうございました。弥勒さん。」

「いえ。荒事にもならず解決出来て良かったです。」

「これはほんのお気持ちです。」

「あ、いや・・・もうこの件のお気持ちはいただいていると聞いています。」

「これはまた別です。帰りに何か食べて帰ってください。」

「そうですか。ありがとうございます。」

金の入った袋を懐にしまい再び出されていた麦茶をいただく。
今回は楽な仕事だったな。

「ところで・・・。」

「はい?。」

「そちらの方はいったい何を?。」

カンは仲良くなった子狐とムツ○ロウさん状態でじゃれ合っている。
俺には狐が見えるも、見えない人からすると・・・。

「気にしないでください。夏日の暑さにやられたんですよ。」

「は・・・はぁ。」

とまぁ、説明する程でもないかと思い、挨拶をしてカンを連れて会社を出た。

「しっかし、お前がなんで来るかなぁ。」

「せやから!頼まれた言うたやろ!。」

「誰に。」

「俺、ここの子狐と仲ええねん。
狐神が怒ってて、坊主来る言うし、お前からメール入ったから。」

「じゃ・・・知ってたのかよ!今回の一連。」

「え?。うん。」

キョトンとして返事をするカンに大きく溜息を吐き、

「カン・・・カラオケに付きあえ。」

「カラオケ?。ええよ。」

さっき貰った金もあるし、たまには気晴らしでいいだろう。
カラオケに1度行ってみたかったんだよな。









「あの・・・弥勒さん?。」

マイクって声が通るじゃねーかよ。スゲー。

「なぁ・・・なぁって・・・。」

「かんじーざいぼーさつ、ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじ、
しょうけんごーおんかいくーう、どいっさいくーやーく・・・。」

「なぜにアカペラ般若心経っ!。」









「あ、カン。弥勒からメール。」

「なん?。」

「うん。明日お山から下りるから、3人でカラオケ・・・。」

「無理!絶対無理ぃぃぃい!。」

「ちょっと、どうしたの?。立って発狂しなくても。」

「アカペラ般若心経3時間無理ぃぃいい!。」

弥勒は山にいて、物欲を禁じられてる。

せやから、ニューミュージックとかは全く知らんわけで・・・。

3時間、立って両手でマイクを持って般若心経。

地獄や・・・。

それを大樹に話をすると、大樹は腹を抱えて爆笑。

「アハハハ!痛い、お腹が痛いよ!。弥勒・・・最高だね。」

後日、俺は断って行かんかったけど、大樹は面白見たさにカラオケへ。

3時間の弥勒般若心経。

感想を聞くと、

「早く終わらないかなって時計ばかり見てたよ・・・。」

終わっても終わっても始めから繰り返される。

苦行の一つに加えてもいいんじゃないかと思った。

なぜ般若心経かと問いかけたら、
理由は般若心経の教えに感受したらしい。

五蘊、
(色・受・想・行・識のことで物質・肉体や感受作用・想念・意思・認識)
は皆空であると悟れば、一切の苦厄から救われる。

弥勒マイ・ブーム。












              39        次のページ


38話に戻る
戻る

花手毬