山本七平学のすすめ

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山本七平

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山本七平が40年前に「軍隊四部作」で述べた日本軍の弱点は克服されただろうか?(2021年11月6日)
 山本七平が、その日本軍隊論で述べた最も重要なポイントは、「日本軍は言葉を奪った」ということと、その思想が「生の哲学」ではなく「死の哲学」に基づいていたということです。
 今日、政治家の靖国参拝の問題が再び注目を集めていますが、この問題は慰霊の問題であると同時に歴史認識の問題、いやそれ以上に日本人の哲学の問題なのです。
 山本は、そうした視点を、自らの戦争体験を通して、また、三代目クリスチャンとしての自らの信仰と日本の伝統思想との葛藤の中で確立しました。
 大変難しいテーマでありますが、40年ぶりに、そこで山本が発した言葉に、私なりのコメントをつけました。参考にしていただければ幸いです。

 「人が一つの言葉に余り痛めつけられると、その言葉自体が「悪」に見えてくる。私にとって「統帥権」とはそういう言葉で、長い間、平静にはそれを口にできなかった。トースイケン、統帥権、神聖なる統帥権、陛下の大権、統帥の本義にはじまり、統帥権侵害、聖権干犯等々とつづくその口調、そしてそれを口にした時の、軍人たちの狂信的な顔々々々─。
 戦前の日本は、司法・立法・行政・統帥の四権分立国家とも言える状態であり、統帥権の独立は明治憲法第一一条にも規定されていた。従って政府(行政権)は軍を統制できず、それが軍の暴走を招いた―─というのが私の常識であり、また戦後に一般化した常識である。
 「執拗に統帥権の独立を主張して横暴をきわめた軍」は、私にとって余りに身近な存在であったため、軍部以外に統帥権の独立を主張した人間がいようなどとは、夢想だにできなかった。従ってある機会に、明治の先覚者、民権派、人権派といわれた人びと、たとえば福沢諭吉や、植木枝盛が、表現は違うが「統帥権の独立」を主張していることを知ったとき、私は強いショックをうけ、「ブルータス汝もか」といった気分になり、尊敬は一気に軽侮に転じ、その人たちまで裏切者のように見えた。」

つづく
『私の中の日本軍』、『ある異常体験者の偏見』、『一下級将校の見て英国陸軍』、「敗戦21ヶ条」外

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山本七平プロフィール

大正10年生れ。親戚筋に「大逆事件」で刑死(冤罪)した大石誠之介がいる。自ら三代目キリスト教徒と称する。昭和17年応召、幹部候補生から見習士官となり昭和19年5月フィリピンマニラ上陸、少尉に任官し苛烈な野戦を体験。昭和20年9月フィリピンサンホセ盆地東北部ジャングルで降伏。その後、昭和21年12月に帰還するまでカンルーバン捕虜収容所に収監。帰国後も悪性マラリヤ等の後遺症に苦しむ。

昭和31年聖書学の専門図書を出版する山本書店を創立。昭和38年失火で書店を全焼するも再建。昭和45年岩隈直著「希和対訳新約聖書」の出版費用に充てるため『日本人とユダヤ人』を山本書店より発刊ベストセラーとなる。同書は、昭和46年度第2回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。その後著者に目さるるも否認しつづけた。昭和47年グアム島で横井庄一氏が発見されたことを契機に、日本軍隊論(『私の中の日本軍』他四部作)を書く。その迫真・冷徹な描写力が注目を集めた。「ある異常体験者の偏見」で第35回文藝春秋読者賞受賞。昭和56年日本人の思想と行動を捉えた「山本学」により第29回菊池寛賞受賞。本業を出版業とし肩書きは終生山本書店主であった。

平成3年12月10日膵臓ガンのため死去69歳。死後PHP研究所が「山本七平賞」を創設。生前「聖書学」の専門図書230冊余を出版。山本七平名の著書は、50歳以降死去するまでの20年間に、共著、対談、翻訳等を合わせ200冊に及ぶ。

山本七平学を極める郷土史宮崎照雄氏の日本古代史研究日本近現代史をどう教えるか時事問題教育改革