批判

日韓併合をめぐる


時事問題
 
・自民党政権の崩壊―構造改革(郵政民営化)
・民主党政権の行方
・小沢一郎の権力意志と歴史認識
・オバマ大統領の戦争論
日の丸・君が代論争
・菅内閣の正体不明
日本の安全保障
・靖国論争について
尖閣漁船衝突事件について
・福島第一原発(危機は回避できるか)
・橋下論

・最近のtweet
・人権問題
・竹島・慰安婦問題
・東電撤退問題
・安倍政治について

対話編
最近の語録  カテゴリー 掲載日付け 
 なぜ、戦国期の日本にキリスト教は受け入れられたか  日本史  2013.8.01
 農民への一揆の浸透が一向宗やキリシタン信仰の基盤となった  日本史  2013.6.01
 武家社会への貨幣経済の浸透が縁族を越えた一揆という契約集団を生んだ
 日本史  2013.4.07
 日本は明治の初めに仏教と神道をあわせて国教を作ろうとしたが失敗した  日本思想  2010.9.08
 日本の「固有法」である「貞永式目」を創った北条泰時の思想  日本思想  2010.7.31
 日本の組織はピラミッド型ではなく「ぶどうの房」型  日本史  2010.6.01
 日本の平等主義・集団主義は、自立主義・能力主義を前提とする  日本史  2010.5.14
 武士の所領への貨幣経済の浸透は血縁集団を一揆という契約集団に変えた  日本史  2010.4.24
 律令に代わる日本の固有法「貞永式目」はどのように制定されたか  日本史  2010.3.25
 武家はどのようにして天皇の権威を棚上げし政治の実権を握ったか  日本史  2010.2.02
 神仏混合の寺院が多数決という議決方法を生んだ  日本史  2010.1.04
 神道はどのように自らの思想を形成したか  日本思想  2009.12.16
 仏教は日本人の思想形成にどのような影響を及ぼしたか  日本思想  2009.12.04
 律令政治はなぜ崩壊したか、また天皇制はなぜ存続したか  日本史  2009.11.25
 神道はなぜ儒教や仏教と「三教合一」したか  日本思想  2009.10.21
 日本文化の源―「かな」が日本文化をつくった  日本史  2009.10.4
 日本の国作りはどのように進められたか  日本史  2009.9.25
 縄文文化から弥生文化への発展は日本をどう変えたか  日本史  2009.9.22
 日本語はどのようにしてできたか  日本史  2009.9.08
 いつ頃日本人は発生したか  日本史  2009.9.04
 日本と中国そして韓国の文化的関係  日本史  2009.8.25
 英語はうまいが日本のことは知らない日本人  日本史  2009.8.22
 祖国をポケットに入れて世界中を歩き回る  未来論  2009.8.10
 民族は伝統的文化を失わない限り存続する  未来論  2009.8.03
 緒戦の大勝利が敗戦への道  昭和史  2009.7.22
 ユダヤ人より上回る現代日本人への反感  未来論  2009.7.20
 動乱、殺害、掠奪は人を変えていく  昭和史  2009.7.11
 ヤプーによせる一つの印象―著書と著者  ベンダサン  2009.7.01
 「仲間ぼめ」  日本軍  2009.6.26
 「気魄」という名の演技  日本軍  2009.6.15

論争編
日本はなぜキリシタンを禁止したのか
日本近現代史をどう教えるか2

「日本近現代史の検証」
日本はなぜアメリカと戦争をしたか
日本はなぜ中国と戦争をしたか
トラウトマン和平工作関係資料
トラウト万和平工作10の疑問
昭和の青年将校はなぜ暴走したか
NHKジャパンデビューの検証
・昭和史緒論(統帥権、華北分離工作、参謀本部無罪論、三国同盟、終戦工作、A級戦犯その他)
・近衛文麿の思想
南京大虐殺の実相
幣原外交の再検討
昭和の精神史
終戦工作
・中国人から見た日中戦争
・保守の思想を再点検する

・松本徹三氏との日韓併合をめぐる
・華北分離工作

・日本国憲法について


田母神論文から有事教育のあり方を考える
昭和47年グアム島で横井庄一氏が発見されたことを契機に、日本軍隊論(『私の中の日本軍』他四部作)を書く。その迫真・冷徹な描写力が注目を集めた。「ある異常体験者の偏見」で第35回文藝春秋読者賞受賞。昭和56年日本人の思想と行動を捉えた「山本学」により第29回菊池寛賞受賞。本業を出版業とし肩書きは終生山本書店主であった。平成3年12月10日膵臓ガンのため死去69歳。死後PHP研究所が「山本七平賞」を創設。生前「聖書学」の専門図書230冊余を出版。山本七平名の著書は、50歳以降死去するまでの20年間に、共著、対談、翻訳等を合わせ200冊に及ぶ。
 大正10年生れ。親戚筋に「大逆事件」で刑死(冤罪)した大石誠之介がいる。自ら三代目キリスト教徒と称する。昭和17年応召、幹部候補生から見習士官となり昭和19年5月フィリピンマニラ上陸、少尉に任官し苛烈な野戦を体験。昭和20年9月フィリピンサンホセ盆地東北部ジャングルで降伏。その後、昭和21年12月に帰還するまでカンルーバン捕虜収容所に収監。帰国後も悪性マラリヤ等の後遺症に苦しむ。昭和31年聖書学の専門図書を出版する山本書店を創立。昭和38年失火で書店を全焼するも再建。昭和45年岩隈直著「希和対訳新約聖書」の出版費用に充てるため『日本人とユダヤ人』を山本書店より発刊ベストセラーとなる。同書は、昭和46年度第2回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。その後著者に目さるるも否認しつづけた。
『日本人とは何か(下)』
(1989.9.4発行)
H25.10.23更新
日本近現代史をどう教えるか

「日本近現代史における躓き」
・[日韓併合  21箇条要求  満州問題
・日本を破滅に導いた満州問題
・幣原外交はなぜ国民の支持を失ったか
・幣原外交から自主外交への転換
・張作霖爆殺事件が切り開いた満州事変への道
・張作霖爆殺事件に胚胎した敗戦の予兆
・張作霖爆殺事件と昭和天皇
・満州事変を熱狂的に支持する世論の変化はなぜ起こったか
・「偽メシア」石原莞爾の戦争責任
・満州事変は日本の「運命」だったか
  
山本七平学のすすめ
ブログ 「竹林の国から」
語録より
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教育行政と学校事務

義務教育国庫負担制度について
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教育改革の行方
 
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教育改革の行方
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山本七平の不思議
山本七平とイザヤベンダサン
「百人斬り競争」報道から何を学ぶか
「百人斬り競争」報道の実像に迫る
「百人斬り競争」裁判への疑問
「百人斬り競争」論争の現在

日本教の社会学

山本七平の天皇制理解について

「百人斬り競争」資料
洞富雄の論理を検証する
『百人切り競争』裁判批判
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           ホームページ開設にあたって(平成20年3月10日)
 昨年(平成18年)11月、「竹林の国から」というブログを立ち上げ、教育基本法改正問題次いで百人斬り競争裁判について山本七平の論考を紹介しつつ論じてきました。なんとか1年ほど続けることができましたので、いよいよ念願のホームページ「山本七平学のすすめ」の開設に取りかかったのですが、それにふさわしいコンテンツとすることは必ずしも容易ではありませんでした。

 幸い、山本良樹氏(山本七平氏の長男)や稲垣武氏(「『怒りを抑えし者 評伝 山本七平』」の著者)及びPHP出版研究所の好意で、関連する著作物からの引用や転載を許可していただき、ようやく「年譜」や「戦歴」等のページを完成させることができました。これにより、断片的に語られてきた山本七平の生い立ちや戦争体験を、氏自身の言葉を通してリアルに追体験できるようになりました。

 近年、近現代史教育の重要性が指摘されています。しかしその関門は依然として昭和史であり、そのカギは日中・日米戦争をどう理解するかにかかっています。今回、あらためて、山本七平が自らの体験を述べた日本軍隊論4部作を読み返してみましたが、”よくぞここまで書いたものだ”という驚きとともに、絶望的な戦場にあって”氏が生かされた”事実に、深い感動を覚えずにはいられませんでした。

 そもそも、氏がこうした自らの戦争体験を語りはじめたのは、グアム島で横井さんが(1972.1)、ルバング島で小野田さんが(1974.3)が発見・救出されたことがその契機になっています。また、1972年1月より始まった「百人斬り競争」論争において、その実行犯と目された二少尉が、山本七平とほぼ同じ境遇にあり、かつ彼らにかけられた「捕虜及び非戦闘員殺害」の嫌疑を、冤罪だと確信したためでした。

 この事件をめぐる山本七平と本多勝一氏との論争は当時大きな反響を呼びましたが、山本七平の「立場」にとまどいを感ずる人もいて、氏が『私の中の日本軍』でこれを論じていた頃、氏のもとに次のような手紙が届いたそうです。「お前の『百人斬り競争』についての記述は事実だろう。だが一体お前は何を言いたいのだ、お前は右翼なのか左翼なのか。もういい、理由は言わない、もう書くな、絶対何も書くな・・・」

 この意見に対して、山本七平は次のようにいっています。

 「人は虚構を事実として、それで安心していたい。そして私とて同じ傾向があったことを自ら認めないわけにはいかない。(しかし)『正しい座標』は、何本もの線が一点交会して出来あがるわけではない。・・測角には必ず誤差があるから、三線は交会せず三角形が出来・・・対象がぼやける。・・・しかし、このぼやけたときにはじめてその測地はある程度の精度をもちうるのである。」

 「従ってもし、絶対誤りないといわれる座標があり、疑う余地なく何線もが交会しているから、そこに目標があるのは『断固たる事実』だというものがいれば、それは常に、虚構の座標に意識的に線を交会させ、それによって自らを欺きかつ他を欺く『創作』をしているにずぎないのである。・・・」「事実論」は多数決とは関係はない。「みんながそう言っている」は何の意味も持たない。

 山本七平は、こうした事実論を、氏が砲兵であったときの「測地」の体験をもとに説明しているのですが、それが社会的あるいは歴史的な「事実論」となると、人間には誰しも「偏見」がありますから、「測角」の誤差だけでなく、視点そのものがずれるという問題が生じてきます。そのため、引かれる基線もあらゆる方向からなされ、かつ、その本数も数え切れないほどになってきます。

 だが、こうした個人の「偏見」は各人がもっている基線のようなものであり、各人はそれに基づいて標定すればよく、従って、「一億人いれば一億人の標定による交点は円に近い超多角形を生み出す」ことになる。しかし、「それによってわけがわからなくなったと不安がる必要はなく、求めるべき座標がその超多角形の中心点に捉えられていることはほぼ間違いない」というのです。

 「満州事変以降、すべての人が内心では、『こんなことをしていて、一体日本はどうなるのだろう』という不安を持ちつづけていた。そして、この不安が強まれば強まるほど、虚構の座標を事実と信ずるため、そこへ、自分の線を合わせていくのである。しかし虚構は虚構であり、そして、事実が虚構の座標の方へ移動してくれることはない。だがしまいには、何かが、超人的な何かが、事実を虚構の方へ移動してくれないかと願うのである。・・・」

 戦前は、これがムッソリーニでありそしてヒトラーだったのです。日独伊三国同盟を締結した頃の日本人の心理的背景はこのようなものでした。そして、このことは戦後も少しも変わりなく、あるときはスターリン、あるときは毛沢東と──そこには神の如く奇跡を行う指導者と聖徒の如き人々が住み──そしてこう信じないと人々は安心できなくなる。

 しかし、 「これが、どれだけ大きな害を流し、悲しむべき結果を招来したことか。」

(以上、引用は山本七平ライブラリ『ある異常体験者の偏見』p224〜228より)

    記事一覧               掲 載 日 付 順 記 事 一 覧(ブログ「竹林の国から」)

論               題  カテゴリー 掲載日付
「南京事件」に関する私論へのHATENA::DAIARY様の反論への反論  南京事件 2015年11月08日 
「南京大虐殺」が創作された歴史的経緯  南京事件 2015年11月03日 
『南京戦史』が明らかにした「南京事件」の実相  南京事件 2015年11月03日 
集団的自衛に「専守防衛」理念を組み込むことの可能性について  安倍政治  2015年10月05日 
安倍「70年談話」は歴史認識における「日本人の視点」確立に寄与する  安倍政治  2015年8月28日 
安保法制の「集団的自衛権」は我が国の「存立危機事態」に同盟国と共同で対処すること(2)  安倍政治 2015年8月1日 
安保法制の「集団的自衛権」は我が国の「存立危機事態」に同盟国と共同で対処する 安倍政治 2015年7月31日 
戦争の反省で大切なことは、自分自身の問題として考えること  日本国憲法  2015年7月11日 
幣原喜重郎の「戦力放棄」は「本心」か「欺し」か?  日本国憲法  2015年7月11日 
日本国憲法第9条2項は日本人にとって「栄光」かそれとも「屈辱」か(2)  日本国憲法  2015年7月5日 
日本国憲法第9条2項は日本人にとって「栄光」かそれとも「屈辱」か  日本国憲法  2015年6月27日 
国際政治では騙した人をなじるより騙された自分のうかつさを反省すべき  昭和史緒論  2014年12月21日 
石原莞爾の「最終戦争論」と華北分離工作  華北分離工作  2014年10月17日 
軍による満州の領国化が招いた華北分離工作(3)  華北分離工作  2014年10月11日 
軍による満州の領国化が招いた華北分離工作(2)  華北分離工作 2014年10月7日 
軍による満州の領国化が招いた華北分離工作  華北分離工作  2014年10月4日 
元菅内閣主要閣僚の執拗な「仲間のかばい合い」から見えること  東電撤退問題  2014年9月13日 
普通の人の常識の目で見た東電「全員撤退」問題の真相  東電撤退問題  2014年9月6日 
(再掲)「東電「全面撤退」問題をめぐる私の総括――菅首相は東電が全面撤退しないことを知っていた  東電撤退問題   
朝日新聞は、自社の政治的主張を正当化するために事実報道を歪めている!  東電撤退問題   
ahoraさんとの日本と中国の近現代史をめぐる歴史対話   対話  2014年7月21日 
トラウトマン和平工作失敗は、和平交渉打ち切りより傀儡政権の樹立が問題  トラウトマン工作 2014.7.13 
日中戦争は誰が始めたか(2)  日中戦争  2014年6月12日 
日中戦争は誰が始めたか(1)  日中戦争  2014年6月12日  
日本が今中国に対して出来ること、なすべきこと  中国論  2014年5月10日 
「南京大虐殺」論争における現在と未来(3)  南京大虐殺  2014年月4日  
「南京大虐殺」論争における現在と未来(2)  南京大虐殺  2014年4月23日 
「南京大虐殺」論争における現在と未来(1)  南京大虐殺  2014年4月28日 
「南京大虐殺」は東京裁判の「作り話」。「南京事件」が相当。その主因は国民党軍の退却の失敗(3)  南京大虐殺  2014年4月12日 
「南京大虐殺」は東京裁判の「作り話」。「南京事件」が相当。その主因は国民党軍の退却の失敗(2)  南京大虐殺  2014年4月5日 
「南京大虐殺」は東京裁判の「作り話」。「南京事件」が相当。その主因は国民党軍の退却の失敗(1)  南京大虐殺  2014年4月3 日 

「百人斬り競争」裁判はこの事件の「ヤラセ」の基本構造を見えなくした(3)

百人切り競争  2014年3月20日
「百人斬り競争」裁判はこの事件の「ヤラセ」の基本構造を見えなくした(2) 百人切り競争  2014年3月20日 

「百人斬り競争」裁判は事実の究明には役立つどころかむしろその真相を隠蔽した

百人切り競争  2014年3月14日
戦前と戦後の「日中戦争」のイメージギャップから目をそらしては、日中戦争の真の原因はつかめない 日中戦争 2014年2月19日 

政局好きの小泉元首相が読むべき、山本七平著『日本人と原子力』

原子力発電  2014年1月29日

安倍首の靖国神社参拝について――靖国神社は純粋の慰霊施設とし、歴史認識問題とは切り離すこと

靖国神社  2014年1月25日 

安倍首相の唐突な靖国神社参拝は、氏の個人的な思い入れによるものか、それとも外交的深謀遠慮に基づくものか?

靖国神社  2014年1月 8日

松本徹三氏の歴史認識について―歴史を現在の基準で判断することのあやまり

日韓併合  2013年11月 6日 

松本徹三氏の「最終メッセージ」への反論――歴史を現代の価値観で裁くことの怖さ(2)

日韓併合  2013年10月31日 
松本徹三氏の「最終メッセージ」への反論――歴史を現代の価値観で裁くことの怖さ(1)  日韓併合  2013年10月31日

その後の松本徹三氏とのツイッター上での意見交換――日韓併合をどう見るか

日韓併合  2013年10月27日 

松本徹三氏「日本人と韓国人はどこで性格が大きく変わったのか?」への反論

日韓併合  2013年10月 2日

南京事件についてのまるきよさんとの対話

南京事件  2013年10月 1日
日中戦争及び大東亜戦争において、「世界支配の侵略戦争を共同ぼう議」した軍人はいなかった 学習会 2013年8月 7日
石原莞爾が「酒田臨時法廷」で”自分を「戦犯」として認めた”というのはほんとうか? 学習会 2013年7月 9日
東京裁判が下した判決は日本人の昭和15年戦争の反省には役立たない 学習会 2013年6月 3日
第二回 昭和史の評価は戦後どのように変遷したか 学習会 2013年5月22日
「昭和史を再検証し『日本人とは何か』を考える」会の発足について 学習会 2013年4月 6日
テロ脇 研様との対話――日本における「保守主義(=保守の思想)」をめぐって 保守の思想 2013年2月9日
「保守の思想」を再点検する(最終回)――福沢諭吉が儒学批判と共に、その「尊王論」で訴えたこと 保守の思想 2013年2月2日
「保守の思想」を再点検する9――「神聖秩序」と「世俗秩序」を二元論的に並立させる思想と日本の天皇制の関係について 保守の思想 2013年1月20日
「保守の思想」を再点検する8――日本人が独立回復後も「一部の軍国主義者」論を脱却できなかったのは何故か 保守の思想 2013年1月5日
我善坊さんとの対話――日本文化の個別性の自覚なしにそれを普遍化し他に押しつけようとしたことが昭和の悲劇を生んだ 対話編 2012年12月30日
「保守の思想」を再点検する7――保守主義と自由主義の対立関係を止揚する「保守の思想」の確立ということ 保守の思想 2012年12月19日
「保守の思想」を再点検する6――敗戦を国民の胸に深く刻み、その原因を究明し公表すること 保守の思想 2012年12月11日
「保守の思想」を再点検する5――戦後憲法の「他者依存」の精神を、「独立自尊」の精神に立ち返らせるには 保守の思想 2012年11月22日
「保守の思想」を再点検する4――「東西文明対立論」を基底とする「昭和維新」は「反近代」の思想に通じていた 保守の思想 2012年11月5日
「保守の思想」を再点検する3――満州事変は満州問題の解決のためではなくその目的は別にあった 保守の思想 2012年10月16日
「保守の思想」を再点検する2――満州問題の外交的解決に当たった最後の外交官佐分利貞夫はなぜ死んだか 保守の思想 2012年9月28日
「保守の思想」を再点検する1――日本には明治期も戦後期も真の「保守主義」は根付かなかった 保守の思想 2012年9月18日
竹島、従軍慰安婦問題から私たち日本人が学ぶべきこと。 竹島・慰安婦 2012年9月3日
東電「全面撤退」問題をめぐる私の総括――菅首相は東電が全面撤退しないことを知っていた! 福島原発 2012年8月23日
「全面撤退」問題に対する菅氏の対応の評価及び山本七平の「純粋人間」「空気」概念の理解の仕方を廻るKH氏との論争3 福島原発 2012年8月15日
「全面撤退」問題に対する菅氏の対応の評価及び山本七平の「純粋人間」「空気」概念の理解の仕方を廻るKH氏との論争2 福島原発 2012年8月14日
福島第1原発:吉田前所長 ビデオでの発言全文--これが日本の技術者だ! 福島原発 2012年8月11日
「私人」と「公権力」の関係を規定する「人権」概念が、「私人」間の関係を律するようになって起こったこと 人権問題 2012年7月29日
石原完爾の個人的責任を免除した片山杜秀著『未完のファシズム』 諸論 2012年7月13日
「南京大虐殺」(おわり)――日本人は「南京大虐殺」から何を学ぶべきか 南京大虐殺 2012年6月28日
「南京大虐殺」(9)――満州事変以降に重化した日本外交への不信が「南京大虐殺」を生んだ 南京大虐殺 2012年6月17日
「南京大虐殺」(8)――なぜアメリカ人宣教師等は中国軍撤退作戦の失敗を日本軍残虐宣伝に切り替えたか 南京大虐殺 2012年5月31日
「南京大虐殺」(7)――「戦争とは何か」が宣伝本だったことで明らかとなった日本軍残虐報道のウソ 南京大虐殺 2012年5月3日
「南京大虐殺」(6)――便衣兵処断を一万人の一般市民虐殺といい、さらに三万人の捕虜虐殺を加えた「戦争とは何か」 南京大虐殺 2012年4月30日
いわゆるマッカーサー証言について――いわゆる自虐史観からの脱却には役立つかも 昭和史諸論 2012年4月19日
「南京大虐殺」(5)――安全区に逃げ込んだ便衣兵の後方攪乱を日本軍の暴虐として告発した宣教師たち 南京大虐殺 2012年3月31日
事件発生後74年、今「南京大虐殺」について日本人が知らなければならないこと(4) 南京大虐殺 2012年3月31日
橋下政治の今後の帰趨を制する第一のポイントは何か。――権力行使における私情抑制がカギ 橋下論 2012年3月25日
事件発生後74年、今「南京大虐殺」について日本人が知らなければならないこと(3) 南京大虐殺 2012年3月22日
大阪市における「君が代」起立斉唱問題を契機に法律の規制が及ぶ範囲について考える 橋下論 2012年3月19日
事件発生後74年、今「南京大虐殺」について日本人が知らなければならないこと(2) 南京大虐殺 2012年3月6日
事件発生後74年、今「南京大虐殺」について日本人が知らなければならないこと(1) 南京大虐殺 2012年3月3日
「百人斬り競争」論争の現在と未来 百人斬り競争 2012年2月16日
「百人斬り競争」事件について――論争は「ヤラセ」が証明された30年前に終わっていた
百人斬り競争 2012年2月8日
「百人斬り競争」事件について――「百人斬り」新聞記事の真相 百人斬り競争 2012年2月7日
「百人斬り競争」事件について――武勇伝のはずが殺人競争に変身 百人斬り競争 2012年2月6日
「百人斬り競争」事件について――浅海記者は二少尉から聞いたままを記事にしたか 百人斬り競争 2012年2月5日
「百人斬り競争」事件について――二少尉の完全無罪を主張した中国人弁護士 百人斬り競争 2012年2月4日
「昭和の悲劇」は二大政党制に基づく政治主導により引き起こされた japan projekt 2012年1月31日
橋下vs山口論争について――現行教育委員会制度の裏にある日本に対する警戒心こそ解くべき 橋下論 2012年1月22日
最近のツイート――「かんぽの宿」、菅・枝野氏のうそ、原発問題、橋下大阪市長への提言、小沢裁判ほか tweeter 2012年1月15日
橋下徹大阪市長への提言――府教育基本条例案は早急に撤回し教育委員会制度の改革を目指すべき 橋下論 2012年1月10日
福田恆存が「滅び行く日本」で問うたこと――橋下徹氏は成功せる平成維新の騎手たり得るか? 橋下論 2012年1月4日
福田恆存の『乃木将軍と旅順攻略戦』――結果論で善悪黒白を断定する歴史観に陥らないこと 昭和史諸論 2011年12月29日
『坂の上の雲』の旅順攻防戦の描写について、やはり、史実を押さえておいた方が良いのでは? 昭和史諸論 2011年12月23日
最近のツイートと補足コメント――Nスぺ「メルトダウン」から「金正日死去」まで tweeter 2011年12月20日
山本七平の天皇制理解について8――「近代の超克」をめざした尊皇思想はなぜ独善的・排他的になったか
山本七平の天皇制 2011年12月14日
山本七平の天皇制理解について7――日本人を大量「転向」させた尊皇思想に基づく国体思想とはどんな思想だったか? 山本七平の天皇制 2011年12月9日
田中聡沖縄防衛局長の不適切発言について――二次会でのオフレコ?発言をマスコミはどう扱うべきか 日本教の社会学 2011年12月 3日
山本七平の天皇制理解について6――後期天皇制の要諦は、武家=帝権が公家=教権を分立させそれを支えることにあった 山本七平の天皇制 2011年11月29日
山本七平の天皇制理解について5――日本を破滅から救ったのは「国民と共にある」ことを基本とする伝統的天皇制だった 山本七平の天皇制 2011年11月18日
TPP問題に関連して――日本人の陥りやすい「東西文明対立史観」その系としての「陰謀史観」がもたらすも 日本教の社会学 2011年11月11日
山本七平の天皇制理解について4――軍内の派閥争いが国体明徴運動を経て平泉尊皇思想に行き着いたワケ 山本七平の天皇制 2011年11月 9日
山本七平の天皇制理解について3――津田左右吉の天皇制論は、なぜ戦後思想界に受け入れられなかったか 山本七平の天皇制
2011年11月 5日
山本七平の天皇制理解について2――丸山真男の「天皇制無責任体制」論がもたらした自虐史観 山本七平の天皇制 2011年10月15日
山本七平の天皇制理解について1――「朝幕・併存=二権分立」の後期天皇制こそ、日本の伝統的天皇制 山本七平の天皇制 2011年10月 6日
平家物語の「施恩の権利を主張しない、受恩の義務を拒否しない」という「恩の哲学」について 日本教の社会学 2011年9月26日
かっての日本軍の体質を戦後に継承していたのは「革新陣営」だった。では、その日本軍の体質とは? 日本教の社会学 2011年9月22日
東電はほんとに福島第一原発から全面撤退しようとしたのか2 福島原発 2011年9月12日
「是・非」論と「可能・不可能」論の区別ができない日本的思考について 日本教の社会学 2011年9月 7日
東電はほんとに福島第一原発から全面撤退しようとしたのか 福島原発 2011年9月 8日
吉本隆明「発達してしまった科学を後戻りさせるという選択はあり得ない」発言について 福島原発 2011年8月29日
民主党代表選挙各候補の演説を聞いて思ったこと、日本を滅ぼすものは「和」 日本教の社会学 2011年9月 1日
”アレ”呼ばわりされた戦後民主主義の人望なきリーダー 菅首相の正体不明 2011年8月27日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか12――北一輝から見た皇道派と統制派の違い 青年将校 2011年8月26日
次期リーダが小沢詣でをする民主党には民主政党としての資格はない 民主党 2011年8月23日
原爆と原発を一緒くたにしない――「自然の力」は科学で解明する。人間がそれをどう使うかが問題 福島原発 2011年8月11日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか10――立憲政治を守れなかった戦前の日本人 青年将校 2011年8月7日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか9――真崎甚三郎と北一輝の違い 青年将校 2011年8月1日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか8――皇道派青年将校が生まれたワケ 青年将校 2011年7月24日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか7――皇道派の暴走を利用した統制派 青年将校 2011年7月24日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか6――満州問題が国家改造に発展した 青年将校 2011年7月16日
阿比留瑠比氏「今こそ読み返したい『空気の研究』」について 菅首相の正体不明 2011年7月7日
民主党のリーダーには、金権、ルーピー、ペテン師の外にヤクザもいた! 民主党 2011年7月4日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか5――青年将校にとって満州は生命線だった 青年将校 2011年7月4日
菅首相は、12日に「1号機の炉心溶融が進んでいる可能性がある」と発表した保安院の中村幸一郎審議官を即座にクビにした? 菅首相の正体不明 2011年6月18日
嗚呼!これが日本の政治家、いや首相の姿なのか? 菅首相の正体不明 2011年6月17日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか4――満州問題と十年の臥薪嘗胆 青年将校 2011年6月16日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか3――軍縮が生んだ青年将校の国家改造運動 青年将校 2011年6月8日
人望の研究――菅首相の場合 菅首相の正体不明 2011年6月1日
尾崎行雄の自由憲法擁護論――憲法のためとしあらば此堂を枕となして討死も好し 昭和史諸論 2011年5月30日
尾崎行雄の「天皇三代目演説」について――戦後の三代目は一体どんな日本を創るのか 昭和史諸論 2011年5月21日
田原総一朗氏「なぜ、日本は大東亜戦争を戦ったのか」の行方 昭和思所論 2011年5月21日
昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理解を欠いては決して判らない(10) 近衛文麿 2011年5月21日
昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理解を欠いては決して判らない(9) 近衛文麿 2011年5月12日
昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理解を欠いては決して判らない(8) 近衛文麿 2011年5月6日
昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理解を欠いては決して判らない(7) 近衛文麿 2011年4月25日
昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理解を欠いては決して判らない(6) 近衛文麿 2011年4月17日
大前研一氏「福島第一原子力発電所炉心溶融事故」についての卓見(2) 福島原発 2011年4月12日
大前研一氏「福島第一原子力発電所炉心溶融事故」についての卓見 福島原発 2011年4月9日
昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理解を欠いては決して判らない(5) 福島原発 2011年4月4日
趙無眠著『もし、日本が中国に勝っていたら』から学ぶべきこと 大東亜戦争 2011年4月2日
山本七平著『日本人と原子力』について 原子力発電 2011年3月31日
福島第一原発、危機は回避できるか(2) 福島原発 2011年3月21日
政府の落ち着きは”不安の前の和気あいあい”か? 福島原発 2011年3月18日
福島原発、危機は回避できるか 福島原発 2011年3月17日
日本は自然エネルギー「水力発電」をもっと利用すべきでは? 福島原発 2011年3月16日

昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理解を欠いては決して判らない(4)

近衛文麿

2011年3月 4日

昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理解を欠いては決して判らない(3)

近衛文麿

2011年2月24日

日下公人「さあ、新しい政治の話をしよう」がおもしろい!

民主党

2011年2月17日

蒋介石の「以徳報怨」をどう評価すべきか――ap-09さんとの対話

終戦工作

2011年2月11日

昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理解を欠いては決して判らない(2)

近衛文麿

2011年2月 4日

日本人はなぜソ連に終戦工作の仲介を依頼したか。その背後にあった日本人の無意識の思想は?

終戦工作

2011年1月26日

「昭和の悲劇」をもたらした日本における「悪魔」は実は「空気」だった!という”はなし”

昭和の精神史

2011年1月23日

戦前の日本人はなぜヒットラーを賛美したか。また、その日本人をヒットラーはどう見たか?

昭和史諸論

2011年1月18日

日本の政府・統帥部首脳は松岡を除き「日米諒解案」を支持した。しかし、ヒトラーを賛美する時代の空気がそれを拒否した

昭和史諸論

2011年1月16日

満州事変は日本が、日中戦争は中国が欲した。では日米戦争は誰が・・・?

昭和史諸論

2011年1月11日

幣原喜重郎の「国際協調」「不干渉主義」外交は、どのようにして帝国主義的武力外交に取って代わられたか。

幣原外交

2011年1月10日

昭和の悲劇は、近衛文麿の思想への理 へのリンク解を欠いては決して判らない(1)

近衛文麿

2011年1月 7日

統帥権が悪いのではなく、統帥権を悪用して政権奪取を図った軍部が自縄自縛に陥ったということ(2)

昭和史諸論

2010年12月23日

統帥権が悪いのではなく、統帥権を悪用して政権奪取を図った軍部が自縄自縛に陥ったということ(1)

昭和史諸論

2010年12月23日

トラウトマン工作で、参謀本部の多田次長と堀場参謀は、ほんとに蒋介石との和平を実現できたか2?

トラウトマン工作

2010年12月13日

トラウトマン工作で、参謀本部の多田次長と堀場参謀は、ほんとに蒋介石との和平を実現できたか?

トラウトマン工作

2010年12月 7日

石原莞爾及び日本人一般の「一人よがり」の王道思想が日中戦争を招いた

昭和史諸論

2010年12月 4日

日中戦争、これに直面するもしないも「日本の考え方如何によって決まる」と言った佐藤尚武外相

昭和史諸論

2010年11月28日

日本はなぜ満洲に満足せず、華北分離工作を始めたか、また、石原はなぜそれを止められなかったか

昭和史諸論

2010年11月23日

日中戦争は海軍の上海派兵が原因か、また、終戦の「聖断」はどのようになされたか

昭和史諸論

2010年11月20日

日本はなぜ繆斌工作、ダレス工作ではなく、ソ連に講和の仲介を依頼したか

終戦工作

2010年11月18日

鈴木明が伝える繆斌工作の真相

終戦工作

2010年11月16日

「南京大虐殺」の実相1――蒋介石の始めた第二次上海事変が南京事件を生んだ?

南京事件

2010年11月13日

二人のA級戦犯刑死者の人生観とその思想――悲劇はこのどこから生まれたか

昭和の精神史

2010年11月 3日

幣原外交の再評価をめぐって4――満州事変は幣原「軟弱外交」の帰結か?

幣原外交
幣原外交の再評価をめぐって3――一読者さんとの対話 幣原外交

幣原外交の再評価をめぐって2――健介さんとの対話

幣原外交

2010年10月19日

尖閣問題を機に国際協調・善隣友好を目指した幣原外交を再評価すべきでは?

尖閣問題

2010年10月15日

日本政治思想の課題――本当の国家に対する忠誠は国民の自由意志から生まれる

昭和精神史

2010年10月 4日

小室直樹と山本七平

山本七平

2010年10月 1日

尖閣問題――中国の一党独裁国家としての欠陥が露呈したのでは?

尖閣問題

2010年9月29日

靖国問題について3――日本人の「死んだら仏(または神)になる」という考え方はどこから生まれたか。

靖国問題

2010年9月25日

靖国問題について2――一神道の本体は第一に生命力崇拝、第二に共同体守護(一読者様への返信)

靖国問題

2010年9月19日

岡田外相の「バターン死の行進」公式謝罪で、日本人が思い出さなければならないこと

昭和史諸論

2010年9月15日

靖国問題について――靖国神社は、日本人の伝統的な祖霊信仰に従って政治問題に柔軟に対処すべきだ

靖国問題

2010年9月10日

鳩山前首相「トロイカ+1」の「怪」、小沢氏民主党代表選出馬の「怪」、その帰結は?

民主党

2010年9月 6日

トラウトマン和平工作はなぜ失敗したか――日中戦争のなぞを解く――はるさんの疑問に答えて

トラウトマン工作

2010年8月25日

「日の丸・君が代」論争について3――キンピーさんとの論争、私なりの総括

日の丸・君が代

2010年8月19日

「日の丸・君が代」論争について2――キンピーさんの本当の思想を推測すると・・

日の丸・君が代 2010年8月12日

菅首相の正体不明はどこから来るか2――民主政治を支える「市民的人間型」には民族も国家も関係ない?

菅首相論 2010年8月 5日

日本の組織はピラミッド型ではなく、「一揆」組織を「ぶどうの房」のように束ねたもの

日本の組織 2010年7月30日

「14世紀に寿命がなくなった」天皇制とは後醍醐天皇が目指した祭政一致の天皇制のこと?

天皇制 2010年7月25日

「日の丸・君が代」論争について――思想信条の自由をもって「法」を否定するのは間違いだ

日の丸君が代論争 2010年7月21日

小泉構造改革はなぜ批判されるのか――堀江支援と所得再分配政策の欠如がその原因?

小泉構造改革 2010年7月15日

菅首相の正体不明はどこからくるか――日本の伝統文化を無視した市民政治理論の帰結

菅首相論 2010年7月12日

菅首相が永井陽之助『平和の代償』と松下圭一「市民自治の思想」を紹介したことから判ること(2)

菅首相論 2010年6月30日

菅首相が永井陽之助『平和の代償』と松下圭一「市民自治の思想」を紹介したことで判ること(1)

菅首相論 2010年6月28日

小沢氏=「私は常に無私」と言う。「無私」は「無視」の間違いでは?

小沢論 2010年6月14日

菅内閣の命取りとなりかねない郵政改革の国民新党への「丸投げ」――政界再編は必至

菅内閣論 2010年6月13日

なぜ日本の政治は、国民の支持をまともに受けていない極小政党に振り回されるのか

鳩山民主党 2010年6月11日

民主党は、日本の「一揆」的民主主義をコントロールする事ができるか

鳩山民主党 2010年6月10日

普天間基地移設に伴う「日米共同声明」は、本当に沖縄の基地負担軽減につながらないのか

日本の安全保障 2010年6月 4日

福島大臣罷免、社民党連立離脱を歓迎する――自らの言葉(=思想)に責任を持つことが大切!

社民党 2010年5月29日

小沢一郎の宣誓拒否と「知らぬ存ぜぬ」――なぜ偽証を強いられた子分だけが罪に問われるのか

小沢論 2010年5月20日

日本人の国家観・憲法観と防衛意識について――一知半解さんとの対話

日本の安全保障 2010年5月14日

日本の安全保障問題としての普天間基地移設問題を理解するために――フザール様への返書

日本の安全保障 2010年5月10日

昭和十五年戦争のなぞを読む――「東洋文明VS西洋文明」と言う対立図式の誕生

近現代史教育 2010年5月 4日

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと――鳩山首相の「善意」が生んだ「悪意」

日本人の歴史観 2010年4月28日

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと8――一読者様との対話2

日本人の歴史観 2010年4月17日

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと7――一読者様との対話

日本人の歴史観 2010年4月12日

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと6――葵様への返書3

日本人の歴史観 2010年4月 6日

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと5――葵様への返書2

日本人の歴史観 2010年4月 3日

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと4――葵様への返書1

日本人の歴史観 2010年3月30日

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと3――浅見氏の山本批判について

日本人の歴史観 2010年3月27日

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと2――攘夷思想よりディアスポラへの挑戦

日本人の歴史観 2010年3月22日

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと1――政治家森恪の大罪

日本人の歴史観 2010年3月11日
日本の安易な「アジア共同体論」が日中戦争を引き起こした 近現代史教育 2010年2月27日
「正論」を堂々と掲げた権力闘争こそ真の権力闘争 時事問題 2010年2月18日
小沢氏「白」の唯一の道は、原資の出所を明らかにすること 時事問題 2010月2月7日
小沢政治の評価とその行方 時事問題 2010年2月3日
「小沢VS検察論」の行方―再び政界再編となるか 時事問題 2010年1月28日
民主党に小沢政治からの脱却をすすめる 時事問題 2010年1月22日
小沢一郎の権力意志と歴史認識5 時事問題 2010月1月17日
小沢一郎の権力意志と歴史認識4 時事問題 2010年1月6日
小沢一郎の権力意志と歴史認識3 時事問題 2009月12月26日
日本人はオバマ大統領の戦争論にどう向き合うか 時事問題 2009年12月23日
小沢一郎の権力意志と歴史認識2 時事問題 2009年12月11日
小沢一郎の権力意志と歴史認識1 時事問題 2009年11月28日
日米首脳会談共同記者会見におけるオバマ大統領のNOの意味 時事問題 2009年11月19日
鳩山「亀福」内閣後の小沢「普通の国」政治の行方 時事問題 2009年10月30日
鳩山「友愛」、亀井「怨念」、小沢「普通の国」政治の不思議な関係 時事問題 2009年10月22日
自民党「保守の思想」、民主党「友愛思想」は歴史問題とどう関わるか 時事問題 2009年10月14日
民主党政治主導の悪しき前例となりかねない亀井大臣の”傍若無人” 時事問題 2009年10月6日
政治主導と派閥の関係―官僚内閣制から内閣官僚制への転換 時事問題 2009年9月30日
鳩山民主党政権の看板に偽りはないか―正直がなければ友愛もない 時事問題 2009年9月18日
あれよあれよの政権交代劇―小泉がつき麻生がそこねし天下もちちぎりまるめて食うは鳩山 時事問題 2009年9月3日
教育政策について民主党と自民党のマニフェストを比べて見た―民主党は80点自民党は0点 時事問題 2009年8月24日
昭和の青年将校はなぜ暴走したか3―青年将校を政治に引き込んだ森恪という政治家 近現代史教育 2009年8月18日
NHKジャパンデビュー「天皇と憲法」を検証する4―統帥権問題で犬養首相の責任を問うのは筋違いだ 近現代史教育 2009年8月6日
NHKジャパンデビュー「天皇と憲法」を検証する3―明治憲法を葬った教育勅語の国体観 近現代史教育 2009年7月30日
なぜ麻生自民党は国民の支持を失ったか――見失われた「構造改革」の旗印 時事問題 2009年7月19日
師匠に叱られた英夫と邦夫、由紀夫にも受け継がれる怖さの根源 時事問題 2009年7月12日 
NHKジャパンデビュー「天皇と憲法」を検証する2―明治憲法第一条の思想的背景 近現代史教育 2009年7月10日
NHKジャパンデビュー「天皇と憲法」を検証する1―明治憲法の運用を誤ったという見解 近現代史教育 2009年7月6日
山本七平をめぐる論争 山本七平学のすすめ 2009年7月2日
東国原知事「総裁発言」騙したのはどちら? 時事問題 2009年6月25日
古川氏の「大政奉還」は何かの間違いでは? 時事問題 2009年6月18日 
昭和の青年将校はなぜ暴走したか2 近現代史教育 09/06/10
昭和の青年将校はなぜ暴走したか1 近現代史教育 09/05/28
トラウトマン和平工作10の疑問4 近現代史教育 09/05/17
トラウトマン和平工作10の疑問3 近現代史教育 09/05/06
トラウトマン和平工作10の疑問2 近現代史教育 09/04/22
トラウトマン和平工作10の疑問1 近現代史教育 09/04/11
蒋介石の敵か味方か「中日関係の検討 近現代史教育 09/04/02
なぜ日本は中国と戦争をしたか6 近現代史教育 09/03/26
なぜ日本は中国と戦争をしたか5 近現代史教育 09/03/18
なぜ日本は中国と戦争をしたか4 近現代史教育 09/03/08
なぜ日本は中国と戦争をしたか3 近現代史教育 09/02/27
なぜ日本は中国と戦争をしたか2 近現代史教育 09/02/07
なぜ日本は中国と戦争をしたか1 近現代史教育 09/02/09
なぜ日本は超大国アメリカと戦争をしたか3 近現代史教育 09/01/30
なぜ日本は超大国アメリカと戦争をしたか2 近現代史教育 09/01/11
なぜ日本は超大国アメリカと戦争をしたか 近現代史教育 09/01/05
日本国憲法第九条と有事教育の行方1 近現代史教育 08/12/13
「田母神論文」が教える有事教育の必要性 近現代史教育 08/12/02
「田母神論文」から私たちは何を学ぶべきか2 近現代史教育 08/11/22
「田母神論文」から私たちは何を学ぶべきか 近現代史教育 08/11/16
「田母神論文」を支えている日本人の思想的陥穽 近現代史教育 08/11/11
田母神航空幕僚長「最優秀論文」の論旨・論点及び哲学 近現代史教育 08/11/04
日本近現代史における躓き15―満州問題14―満州事変は日本の「宿命」だったか 近現代史教育 08/10/30
日本近現代史における躓き15―満州問題13―「偽メシア」石原莞爾の戦争責任3 近現代史教育 08/10/18
日本近現代史における躓き15―満州問題12―「偽メシア」石原莞爾の戦争責任2 近現代史教育 08/10/13
日本近現代史における躓き14―満州問題11―「偽メシア」石原莞爾の戦争責任1 近現代史教育 08/10/04
日本近現代史における躓き13―満州問題10―満州事変を熱狂的に支持する世論の変化はなぜ起こったか3 近現代史教育 08/09/26
日本近現代史における躓き12―満州問題9―満州事変を熱狂的に支持する世論の変化はなぜ起こったか2 近現代史教育 08/09/19
日本近現代史における躓き11―満州問題8―満州事変を熱狂的に支持する世論の変化はなぜ起こったか 近現代史教育 08/09/13
日本近現代史における躓き10―満州問題7―張作霖爆殺事件と昭和天皇 近現代史教育 08/09/05
日本近現代史における躓き9―満州問題6―張作霖爆殺事件に胚胎した敗戦の予兆2 近現代史教育 08/08/30
日本近現代史における躓き8―満州問題5―張作霖爆殺事件に胚胎した敗戦の予兆 近現代史教育 08/08/21
教育委員会を腐敗させたのは誰か―寺脇研氏の主張 教育委員会制度 08/08/12
日本近現代史における躓き7―満州問題4―張作霖爆殺事件が切り開いた満州事変への道 近現代史教育 08/08/09
日本近現代史における躓き6―満州問題3―幣原協調外交から自主外交への転換 近現代史教育 08/07/25
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日本近現代史における躓き4―満州問題1―日本を破滅に導いた満州問題 近現代史教育 08/07/11
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 「百人斬り競争」報道から何を学ぶか6──週刊新潮の常識的判断── 百人斬り競争 07/07/01
 「百人斬り競争」報道から何を学ぶか5──南京軍事法廷判決と上訴申辨書── 百人斬り競争 07/06/30
 「百人斬り競争」報道から何を学ぶか4──野田少尉の弁明そして遺書── 百人斬り競争 07/06/22
 「百人斬り競争」報道から何を学ぶか3──向井少尉の弁明そして遺書── 百人斬り競争 07/06/20
 「百人斬り競争」報道から何を学ぶか2──「殺人ゲーム」と鈴木明の疑問── 百人斬り競争 07/06/16
 「百人斬り競争」報道から何を学ぶか ──イザヤ・ベンダサンと山本七平── 百人斬り競争 07/06/08
 イザヤ・ベンダサンと山本七平2 イザヤ・ベンダサン 07/05/29
 イザヤ・ベンダサンと山本七平 イザヤ・ベンダサン 07/05/18
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 教育委員会制度と学校事務職員(学校事務理論検討委員会最終報告書第2,3,4章) 教育委員会制度 1889/05「最終報告書」
 
 
 
 「日本はなぜキリシタンを禁止したのか」こういう質問が欧米人から出て不思議でないが、多少キリシタン史を知っている人は、「いつ禁止したのか。何を禁止したのか、よくわからない」というのが普通である。事実、西欧における「宗教の禁止」とは、非常に違うからである。
つづく