東  照  権  現  ・  東  照  宮

当サイトにある東照権現・東照宮

以下は当サイトに取上げた東照権現・東照宮である。(東照権現の全貌ではない。)

2021/12/07追加:
○Wikipedia「東照宮」 より転載。
徳川家康は逝去の直前、金地院崇伝、南光坊天海、本多正純を呼び、次のように遺言したいう。
 「久能山に納め、御法会を江戸増上寺、靈牌は三州大樹寺、御周忌終て下野国日光山へ小堂を營造、京都には金地院に小堂をいとなみ所司代はじめ武家の輩進拜せしむべし。」『 徳川実紀(台徳院殿御実紀四十二巻)』
 しかし、その後、各地の徳川・松平一門大名、譜代大名や徳川家と縁戚関係がある外様大名も競って東照現権を建立し、全国で500社を超える東照宮が造られたとという。
(廃絶されたものを含めると約700社が確認されているともいう<「地形把握も兼ねていた家康のタカ狩り 遷霊行列は中原と府中で「御殿」に宿泊」産経新聞、2015.1.25>。
現在では、徳川幕府崩壊・明治維新以後の廃仏毀釈などもあり、廃社や合祀が相次ぎ、現存するのは約130社という。

2021/12/07追加:
「現代・神社の信仰分布」岡田莊司・加藤直弥、文部科学省21世紀COEプログラム國學院大學「神道と日本文化の国学的研究発信の拠点研究」、2007 では
東照宮は「282位・21社」として集計されているのにすぎない。

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陸奥弘前東照権現  →弘前大円寺(最勝院)のページ中、附:若干の弘前の寺社→弘前東照権現の項を参照。
陸奥仙台東照権現  →陸奥大崎八幡別当龍宝寺のページ中「仙台東照宮康国寺仙岳院」を参照。
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上野世良田東照権現 長楽寺は徳川氏の開創、家康は天海に命じ寺を復興させる。寛永17年(1640)天海、家光に請い、元和造営の旧奥社拝殿・唐門・木造多宝塔を移建する。つまり長楽寺に東照権現を勧請して成立する。
 →上野世良田東照権現
下野日光山東照権現 元和3年(1617):家康の遺骸が久能山より、霊地日光山に遷る。徳川秀忠が東照大権現を創建する。
 →日光山東照権現
常陸常磐山東照権現 元和7年(1621)頼房が、霊松山(元禄年中光圀により常磐山と改称する)に創建する。
中央に東照大権現、左に山王権現、右に麻多羅神(日吉大神と同神と云う)を祀り、「三所権現」と称する。
元和10年台徳院霊屋を建立、その後、歴代将軍の霊が相殿として祀られる。
別当は大照寺であったが、天保14年(1844)斉昭によって寺僧は罷免され、祭祀は神式に改められ、左右の配神二座が除去される。
明治8年県社、社殿は創建時のものが残り国宝であったが、昭和20年戦災により焼失する。
常磐山東照宮・水戸東照宮
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武蔵川越仙波東照権現 元和3年(1617)家康(遺骸)の久能山から日光山への遷座の途中、川越喜多院に4日間逗留して供養。
寛永10年(1633)天海が喜多院の一画に東照宮を創建。これが仙波東照権現である。
 →武蔵仙波東照権現
武蔵浅草東照権現 元和4年(1618)日光造営を受けて、当時幕府の増上寺と並ぶ重要寺院であった浅草寺においても東照宮の建立が開始される。
寛永8年浅草寺炎上。すぐさま寛永の造営が行われ、東照宮などが再営される。
一方幕府による寛永寺の造営が開始され、寛永13年江戸城内紅葉山山王之社が寛永寺観理院に移転、その後紅葉山には東照宮が創建され、浅草寺東照宮神体が江戸城内紅葉山東照宮に遷座する。
寛永19年浅草寺は再び全焼。その後の慶安度造営では東照宮社殿は造営されず 、廃堂となる。
 →武蔵浅草東照権現
武蔵上野寛永寺東照権現 寛永4年(1627)藤堂高虎が上野の高虎家敷に創建する。これは元和2年(1616)家康遺命と云う。
慶安4年(1651)家光が社殿を改築、この社殿が現存する。
 →武蔵上野寛永寺東照権現
武蔵芝増上寺安国殿 元和2年(1616)家康は死去に際して「寿像」を祭祀する社殿を増上寺に建造するよう遺言し、翌年社殿が増上寺境内に完成する。この社殿は家康の法名から安国殿と称された。神像は駿府城にて祭祀していた家康「寿像」を安置する。
寛永10年(1633)家光が新社殿を造営、旧社殿は開山堂となる。
寛永18年(1641)移転改築がなされ、駿府城惣門、福岡藩主黒田忠之が寄進した鳥居、拝殿、唐門、透塀が造営される。
明治の神仏分離の処置により、増上寺の抵抗を排除し、芝東照宮が捏造される。
昭和20年戦災によって灰燼に帰す。(「寿像」は残る)昭和44年現社殿再建。
 →武蔵芝増上寺安国殿
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駿河久能山東照権現  →駿河久能山東照権現
駿府圓山東照権現 家康死後(元和2年没)、駿府城内に家康が祀られる。
元和8年(1622)駿府城内の「東照宮」は府中浅間社別當惣持院境内に遷される、これが圓山東照権現の始りという。(「駿国雑誌」「安東村」)
惣持院は天海が宿所とするという。
明治元年神仏分離の処置で惣持院は廃寺、東照宮のみ残る。
明治8年東照宮は村社となる。
明治33年一社一村の令により、隣村の八雲社を合祀し、東雲社と改称する。(東雲は「しののめ」ではなく「とううん」と発する。)
平成17年(2005)放火により東雲社(圓山東照宮)は全焼する。
平成20年東雲社は小祠ながら、再建される。
なお、 東照大権現坐像が現存する。
社殿は平成17年焼失するも、どういう事情かは不明であるが、本像は現存する。
静岡市有形文化財に指定される。
東照大権現坐像の像高:37.5cm、檜による寄木造、圓山東照宮に伝来、寛永20年は家康生誕100年であり、それを記念して造立か。

東照大権現坐像
 東照大権現坐像:左記拡大図
 造底の墨書銘:次のとおり
  天下安全萬民安楽
  於駿州久能山開眼■■尊陽
  奉刻彫(?)東照宮■
 種字(バイ)(薬師如来)
  寛永20癸未暦(1643)
  願主 駿府宮中玄陽院法印鎮宥 敬白
  将軍家光公 武運長久子孫繁昌

※玄陽院は浅間社(新宮)別當
三河鳳来寺東照権現  →三河鳳来寺東照権現
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比叡山東照権現  →比叡山東照権現
南禅寺金地院東照権現 拝殿・石の間・本殿は重文。
徳川家康の遺言で建てられ、家康の遺髪と念持仏を祀る。
元和2年(1616)徳川家康は、側近の以心崇伝、南光坊天海、本多正純を召し、「(遺体は)久能山に納め奉り、御法会は江戸増上寺にて行はれ、霊牌は三州大樹寺に置れ、御周忌終て後下野国日光山へ小堂を営造して祭奠すべし。京都には南禅寺中金地院へ小堂をいとなみ、所司代はじめ武家の輩進拝せしむべし」と遺言したという(「徳川実紀」)。
寛永5年(1628)社殿造営。拝殿はいわゆる権現造で、総漆塗、石の間・本殿は軸部を丹で、壁や扉は白・黄・緑といった極彩色で彩られる。拝殿天井には狩野探幽の「鳴龍」が描かれ、さらにその欄間には土佐光起画・青蓮院宮尊純法親王の書になる「三十六歌仙」額が掲げられる。
江戸期には京都所司代の番所が置かれていたという。
元禄6年(1693)幕府により1千両をかけて社殿回りの修復と御門廊下の新設が行われる。
正徳4年(1714)幕府により社殿回り、門柵の修理が行われる。社殿は「東照宮御宮、御幣殿、御拝殿、御廊下、御門、御供所、南指出、表御門、御唐門、御成御門」(「京都御役所向大概覚書」)という。
2021/09/09撮影:
 金地院東照宮門1     金地院東照宮門2     金地院東照宮門3     金地院東照宮門4
 金地院東照宮門5     金地院東照宮門6
 金地院東照宮手水舎     金地院東照宮参道     金地院東照宮参道・鳥居
 金地院東照宮
 金地院東照宮唐門1    金地院東照宮唐門2    金地院東照宮唐門3    金地院東照宮唐門4
 金地院東照宮唐門5    金地院東照宮唐門6    金地院東照宮唐門7
 金地院東照宮透塀1    金地院東照宮透塀2
 金地院東照宮社殿1    金地院東照宮社殿2    金地院東照宮社殿3
 金地院東照宮拝殿1    金地院東照宮拝殿2    金地院東照宮拝殿3    金地院東照宮拝殿4
 金地院東照宮拝殿5    金地院東照宮拝殿6    金地院東照宮拝殿7    金地院東照宮拝殿8
 金地院東照宮石間1    金地院東照宮石間2    金地院東照宮石間3
 金地院東照宮本殿1    金地院東照宮本殿2    金地院東照宮本殿3    金地院東照宮本殿4
 金地院東照宮御成門
2021/12/13追加:
●金地院東照宮1/10模型
国立科学博物館・理工学研究部・理工電子資料館 に 金地院東照宮1/10模型 がある。
なお 
本模型(重要文化財東照宮 金地院模型)製作は「尾田組」である。
 金地院東照宮1/10模型

◆金地院
応永年間(1394 - 1428)洛北鷹峯に創建され、慶長10年(1605)頃に以心崇伝によって現在地に再興される。
方丈(重文)は慶長16年(1611)伏見城遺構を移築、塀重門は明智光秀に因む門で、明治期大徳寺方丈から移築。ここに建てられていた唐門は豊国社に移築され、国宝として現存する。
開山堂は以心崇伝塔所。
2021/09/09撮影:
 金地院山門     金地院塀重門     金地院庫裡
 金地院方丈1     金地院方丈2     金地院方丈3     金地院方丈4     金地院方丈5
 金地院方丈6     金地院方丈庭園1     金地院方丈庭園2     金地院方丈庭園3
 金地院開山堂1     金地院開山堂2     金地院開山堂3     金地院開山堂4
 金地院開山堂5     金地院開山堂6     金地院開山堂7
山城東本願寺東照権現 2010/11/01追加:2009年03月報道発表 より
文久2年(1862)「東照宮御霊殿」落慶、徳川家茂の入洛に合わせて建立される。
幕末においても幕府と東本願寺は昵懇であったというべきかあるいは幕府政治の行き詰まりで藁をも掴む窮余の策であったというべきなのか。
2年後の元治元年(1684)蛤御門の変で焼失し現存せず。
建立場所は阿弥陀堂西南の東西60m南北30mほどの敷地(現在の同朋会館の場所であろう)で、本殿・拝殿・廻廊・唐門・築地塀からなる。
 東本願寺東照権現1     東本願寺東照権現2:東本願寺蔵、東照宮御霊殿鳥瞰図
2016/10/26撮影
 東本願寺遠望:京都タワー展望台より
 御影堂門     阿弥陀堂門     東本願寺御影堂1     東本願寺御影堂2
山城御香宮東照権現 山城御香宮に非常に小規模な東照宮がある。社殿の彩色が鮮やかなので近年(2001年以前)に修復されたものと思われる。沿革などは情報がなく不明。
 東照宮鳥居の年紀は安政5年(1858)、東照宮御宝前石燈籠2基のうちの1基の年紀は嘉永辛亥年(4年1851)が刻まれ、以上によれば幕命が危うくなった幕末頃急遽造営されたものなのか。(伏見奉行所は当宮の南にある)
あるいは、御香宮は家康との関係が深く、また頼宣、頼房は伏見で生誕したといわれ、御香宮は紀州・水戸の寄進もあったようであり、その関係から東照権現を祀っているのであろうか。
 →山城御香宮
2001/12/16撮影:
 東照宮本殿向拝(非常に小規模であるが、近年修理・復元されたと思われる。 )
2005/02/04撮影:
 御香宮内東照宮1     御香宮内東照宮2     御香宮内東照宮3     御香宮内東照宮4
2010/11/06撮影:
 御香宮内東照宮5     御香宮内東照宮6
2014/04/13撮影:
 御香宮内東照宮11     御香宮内東照宮12     御香宮内東照宮13     御香宮内東照宮14
 御香宮内東照宮15     御香宮内東照宮16     御香宮内東照宮17
2020/07/18追加
 安永9年(1780)の「都名所圖繪・御香宮」では、東照宮は本殿の向かって右後(北東)に描かれている。
現在この地には東照大権現ならね豊国大明神が皮肉のように祀られている。
しかし、なぜ、こうなったのかは分からない、また何時ころ現在地の遷宮したのかも分からない。
少なくとも、江戸中期には東照宮は存在し、また本殿の向かって右後(北東)にあったことは確かであろう。
大和東大寺東照宮 東大寺鎮守八幡宮神楽所の一郭に東照宮社殿が現存する。
明治の神仏分離の処置で東大寺東照宮(現天皇殿)から放擲され、鎮守八幡宮に移動するという。
 →東大寺東照宮
攝津川崎東照宮 明治維新の神仏判然の処置で、廃社となり廃絶する。
攝津四天王寺東照宮 用明宮が江戸期には東照宮となり、明治維新後は用明殿として祭神(用明天王ほか六躯)が復活する。
明治の神仏判然令などにより、東照宮は廃される。
 →摂津四天王寺>用明殿の項を参照
紀伊東照権現  →紀伊東照権現
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因幡東照宮 鳥取藩初代池田光仲(徳川家康曾孫)によって造営され、慶安3年(1650)竣工する。
祭神は、勿論、東照大権現である。
本殿(桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺)・拝殿・幣殿・唐門は重文。
明治7年、国家神道の愚策で樗谿神社と改称、配神として池田忠継・忠雄・光仲・慶徳を合祀する。
平成23年、どういう頭の構造か見てみたいが、鳥取東照宮と改称する。
なお、別當は大雲院であり、現在は鳥取市立川町に移転して現存する。
 
2021/06/07撮影:
 因幡東照宮手水舎
 因幡東照宮随身門1     因幡東照宮随身門2     因幡東照宮随身門3
 因幡東照宮随身門内
 拝殿・幣殿・唐門・本殿
 因幡東照宮拝殿幣殿1     因幡東照宮拝殿幣殿2     因幡東照宮拝殿幣殿3
 因幡東照宮拝殿1     因幡東照宮拝殿2     因幡東照宮拝殿3     因幡東照宮拝殿4
 因幡東照宮拝殿5     因幡東照宮幣殿1     因幡東照宮幣殿2
 因幡東照宮唐門本殿
 因幡東照宮唐門1     因幡東照宮唐門2     因幡東照宮唐門3     因幡東照宮唐門4
 因幡東照宮唐門5     因幡東照宮唐門6
 因幡東照宮本殿11    因幡東照宮本殿12    因幡東照宮本殿13:上図拡大図
 因幡東照宮本殿14    因幡東照宮本殿15    因幡東照宮本殿16    因幡東照宮本殿17
 因幡東照宮本殿18    因幡東照宮本殿19    因幡東照宮本殿20    因幡東照宮本殿21
 因幡東照宮本殿22    因幡東照宮本殿23    因幡東照宮本殿24    因幡東照宮本殿25
 因幡東照宮本殿26    因幡東照宮本殿27
備前東照権現 正保2年(1645)岡山藩主池田光政、東山玉井宮の地に東照宮を勧進する。
 玉井宮はもともと児島郡小串村光明崎(今は米崎)に鎮座するも、応徳2年(1085)上道郡門田の山中(東山)に移転遷座する。
東照宮勧進に伴い、山頂の玉井宮は南側の一段下に移築され、その跡地に東照宮が建立され、その東照宮本殿は現存する。
明治14年東照宮と玉井宮は合祀され、玉井宮東照宮と号する。
明治33年旧玉井宮の建物は移築され、拝殿が建立される。
昭和22年操山山頂の三勲神社を合祀する。
 ※三勲神社とは三勲の名の示す通り、明治8年に国家神道の教義により岡山の国家主義者たちによって創建された和気清麻呂、楠木正行、児島高徳を祭神とする神社である。
平成元年幣拝殿・神饌所・社務所・参集所などが焼失する。
本殿は正保元年(1644)竣工、東照宮本殿である。桁行三間、梁間二間、入母屋造、屋根銅板葺。
2014/02/15撮影:
 備前東照権現本殿11   備前東照権現本殿12   備前東照権現本殿13   備前東照権現本殿14
 備前東照権現本殿15   備前東照権現本殿16   備前東照権現本殿17   備前東照権現本殿18
 備前東照権現本殿19   備前東照権現本殿20
 備前東照権現本殿平面図   備前東照権現随身門
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筑前荒戸山東照宮  →明治以降の五重塔の福岡大圓寺の項(564)を参照、明治維新後東照宮は廃社、別当なども全て廃寺。
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2021/12/07追加:
○「全国東照宮連合會々報 第53号」全国東照宮連合会、2020
の巻末「全国東照宮連合會加盟神社」一覧によれば、2020年現在で、52社(次に転載)を数える。
東照権現 鎮座地( )内は連絡先
1 北海道東照宮 北海道函館市陣川82-153
2 弘前東照宮 青森県弘前市笹森町38
3 仙台東照宮 宮城県仙台市青葉区東東照宮1-6-1
4 出羽三山神社 山形県東田川郡羽黒町手向7
5 水戸東照宮 茨城県水戸市宮町2-5-13
6 花園神社 茨城県北茨城市華川町花園567
7 日光東照宮 栃木県日光市山内2301
8 前橋東照宮 群馬県前橋市大手町3-13-19
9 赤城神社 群馬県勢多郡富士見村(前橋市田口町149-1)
10 世良田東照宮 群馬県太田市世良田町3119-1
11 徳川東照宮 群馬県太田市世良田町387-1(世良田東照宮) 
12 仙波東照宮 埼玉県川越市小仙波町1-21-1(南通町19-3)
13 古尾谷八幡神社 埼玉県川越市古尾谷本1408(古谷上2071)
14 忍東照宮 埼玉県行田市忍本丸12-5
15 三峯神社 埼玉県秩父郡大滝村三峰298-1
16 秩父神社 埼玉県秩父市番場町1-1
17 大宮住吉神社 埼玉県坂戸市塚越241
18 八日市場東照宮 千葉県八日市場市イ2435
19 上野東照宮 東京都台東区上野公園
20 浅草神社 東京都台東区浅草公園2-3-1
21 芝大神宮 東京都港区芝大門1-12-7
22 芝東照宮 東京都港区芝公園4-8-10
23 大国魂神社 東京都府中市宮町3-1-1
24 吾妻神社 静岡県御殿場市御殿場196(西田中255-2)
25 久能山東照宮 静岡県静岡市根古屋390
26 静岡浅間神社 静岡県静岡市宮ヶ崎町102-1
27 東雲神社 静岡県静岡市葵区丸山町13(丸山町12西谷祐一)
28 長窪東照宮 静岡県駿東郡長泉町元長窪717-2(下長窪739)
29 城岡神社 静岡県沼津市大手町3-5-16
30 田中神社 静岡県藤枝市花倉332
31 五社神社・諏訪神社 静岡県浜松市利町302-5
32 鳳来山東照宮 愛知県新城市門谷字鳳来寺4
33 菅生神社 愛知県岡崎市康生町630-1
34 龍城神社 愛知県岡崎市康生町561
35 伊賀八幡宮 愛知県岡崎市伊賀町東郷中86
36 滝山東照宮 愛知県岡崎市滝町山篭(西中町2-1)
37 松平東照宮 愛知県豊田市松平町赤原
38 名古屋東照宮 愛知県名古屋市中区丸の内2-3-37
39 飛騨東照宮 岐阜県高山市西之一色町3-1004
40 伊奈波神社 岐阜県岐阜市伊奈波通り1-1
41 豊崎宮 大阪府大阪市北区豊崎6-6-4
42 佐佳枝廼社 福井県福井市大手町3-12-3
43 伊賀東照宮 三重県伊賀市老川1103-2
44 日吉東照宮 滋賀県大津市坂本5-1-1
45 紀州東照宮 和歌山県和歌山市和歌浦西2-1-20
46 鳥取東照宮(樗谿神社) 鳥取県鳥取市上町87(行徳ろ-705聖神社)
47 松江神社 島根県松江市殿町(春日町386)
48 広島東照宮 広島県広島市東区二葉の里2-1-18
49 屋島神社 香川県高松市屋島中町140
50 掛川神社 高知県高知市薊野町1375
51 霊丘神社 長崎県島原市弁天町
52 諏訪神社 長崎県長崎市上西山町18-15



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