明和・安永年間リンク⇒ | 東北 | 関八州・江戸 | 東海・北陸・甲信 | 近畿 | 中国 | 四国 | 九州 | 洋上 | 前ページへ |
●明和2年(1765)
●明和3年(1766)
●明和4年(1767)
●明和6年(1769)
●明和8年(1771)
●安永2年(1773)
●安永4年(1775)
●安永5年(1776)
●安永6年(1777)
●安永9年(1780)
亀屋与兵衛、金手(かねんて)町教安寺境内に芝居小屋を建てる(亀屋座の前身)。
市川大門村(市川大門町)に駿府紺屋町陣屋の出張陣屋建つ。
2月7日−幕府が長州藩・新発田藩など9藩へ、美濃・伊勢と甲斐の河川の堤防普請を命じる。
明和事件、山県大弐処刑される。
6月−浪人風の者が関東や伊豆・甲斐の村々で銭をねだり、また止宿す
るため,幕府が逮捕と公事方勘定奉行への報告を命じる触れをだす。
上矢敲氷(うわやこうひょう)、川田村(甲府市)に平橋庵(へいきょうあん)を結ぶ。
木喰行道(もくじきぎょうどう)、廻国修行に出発。
如雪庵尺五(じょせつあんせきご)、甲府善光寺に芭蕉句碑を建て、『月影家(つきかげづか)の集』を刊行。
11月−幕府が、郡内地方の伝統的枡を禁止し,樽屋判の枡への統一を命じる。
甲府桝屋伝之丞の桝職差し留め、三郡国桝通用禁止と京桝便用の触れが出される。
10月13日−身延山久遠(くおん)寺が火事にあう。
三郡農民の国桝存続の訴願運動が始まり、天明4年まで続く。