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Futaro's Galleryにようこそ!たんぽぽsunのギャラリーから名前を一新して改めてクリスチャン向けのHPとしてスタートしました。お気に入りに追加していだだけたら幸いです。

8月10日更新   アニメ アジサイ

ガザ戦争も、もうじき2年になります。常に言われてきたのは、イスラエルよ、お前はやり過ぎだ。というメディアによるイスラエル批判です。
一クリスチャンとして、イエスだったら、この問題についてどう言うのか、考えてみました。
参考になるのは、聖書のヨハネのよる福音書第8章に書かれている、姦淫の女のエピソードです。
要約すると、イエスの元へパリサイ人と律法学者が来てこう言いました。
「先生、この女は姦淫の現場で捕まえられたのです。モーセは律法書の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」
(中略)すると、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」すると、かれらは、それを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとりが出て行き、イエスが一人残された。
イエスはそこで、女に言われた。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はいなかったのですか。」
彼女は言った。「だれもいません。」そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」
彼らが去っていった理由について、諸説ありますが、要は、イエスのことばによって実際、誰一人として彼女を罪に定めなかったという話です。
そのイエスなら、このガザ戦争でイスラエルを批判する人達にどう言うでしょう。
たぶん、こう言うと思います。
「あなたがたの内で、今すぐ自分の国の刑務所に行って、そこに捕らわれている、人を殺した者、レイプした者、幼児と子供を焼き殺した者どもを、皆許して罪を問わず牢から出してやりなさい。
その上で、ガザに行って、イスラエルの軍隊にこう言いなさい。
我々は皆、刑務所に捕らわれている人殺しどもを皆許して牢から出してやりました。だから、あなた方も、同じように罪を犯したパレスチナ人たちを許しなさい。
それでも、彼らがガザから撤退しないのなら、彼らを堂々と非難しなさい。
鋤に手をかけてから後ろを振り返るような人はわたしにふさわしくありません。
また、自分の十字架を負ってわたしについてこないものは、わたしにふさわしい者ではありません。」
果たして、イエスの言う通りに、殺人犯を皆許した上でガザに行く者がいるでしょうか。多分、一人もいないでしょう。人間なら誰にでもある欠点ですが、他人には厳しくしても、自分には甘いのです。
所で、その彼らパレスチナ人が何故そこまでして、このパレスチナという土地に固執するのか、今回の聖書画では、その歴史的、聖書的意味を探ってみました。
詳しくはGallery油彩と聖書画をご覧ください。