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2026年1月20日更新   アニメ ユダヤ人とアラブ人

ユダヤ人とアラブ人


年末から正月にかけて、現在紛争中のイスラエルとパレスチナについて、興味深い本を読んだ。
現在いかに間違った報道がされているのか、よくわかる本だったので、紹介します。
その本は、デイビットKシプラー著、アラブ人とユダヤ人。というタイトルです。
1979から84年にかけて、著者がニューヨークタイムズ特派員エルサレム支局長として赴任していた時書いた記事をまとめた本だ。
それによるとユダヤ人が受けたホロコーストについて知っているアラブ人は少数だそうだ。
西岸のアラブ民族主義の拠点ビル・ゼイト大学には、ホロコーストの関する講座はまったくない。
その上で彼らは一方的なイスラエルの暴力に晒されていると感じている。この大学生の一人はこう著者に話した。
「連中(ユダヤ人)は1200からの法律を作って、厳しい人種差別と人種隔離をおこない、生活のあらゆる面でほしいままに支配しています。(中略)そういうことが重なればジェノサイドと呼んでもいいくらい残酷なことになると思っています。」
それに対して著者が彼に、ジェノサイドというのは大げさではないのかと尋ねてみた。
このことばの本来の意味の、皆殺しの意思がここでは見当たらないからだ。
「虐殺の形が変わってきているのです。」と学生は答えた。「?ある民族に対する集団虐殺?という意味なら問題ないでしょう。ある民族集団が人間らしさを失い始めると、どんなことだって起こりかねないのです。」(本文470P)
さらに学生は続ける。「ホロコーストはわれわれパレスチナ人にとって非常にまずいことだった。ホロコーストの結果として世界のこの地域にパレスチナに敵対するイスラエルが作られたからだ。
つまり、我々こそがホロコーストによってひどい目にあっているのだ。我々は被害者なのだから。それも最後の究極の被害者だ。」
 1980年4月7日、イスラエル北部のミスガブ・アムキブツにある子どもの家がテロ攻撃にあった。
5人のパレスチナ人がカラシニコフ銃と重火器を持ち、地雷原を突破して、民家になだれ込んだのだ。
中には女性二人がいたが、彼女たちはとっさに浴室に逃れた。パレスチナ人は子供二人を捕まえて、隣の子供の家に立て籠った。
すぐにイスラエル軍が来てテロリストと交渉した。翌日、午前10時半に軍のテロ対策工作員がヘリコプターで着き、救出作戦を実行した。
そして、パレスチナ人5人全員を射殺したが、兵士一人と二歳半の男の子が死んだ。この事件から三日後、著者は西海岸でパレスチナ学生と話す機会があった。
この学生たちの多くがテロリスとの行動に賛意を表した。後に逢った職業学校の若いアラブ人の女性の顔にも笑顔があった。
他にもイスラエルによって破壊された村の記念日にデモをしていた若い女性たちにも逢った。彼女たちの目には狂ったような歓びでぎらついていた。
彼女たちはテロリストを称賛していた。著者が彼らをどう思うか、と尋ねると、彼女たちは口々に「私たち、あの人たちに賛成です。」と答えた。
「子供達を殺してでも?」と尋ねると、「子供は大きくなれば兵士になるわ。」と解説した。これは、今から45年前の出来事だが、パレスチナ人のユダヤ人への考えは今と少しも変わらない。いや、変えようがないのだ。
 この本が出版されたのは半世紀近く前だが、驚いたことにこのころから彼らの口からジェノサイドということばが日常的に使われていたのだ。
そして、彼らパレスチナ人にとって、ユダヤ人のジェノサイドによって被害を受けているのは、我々なのだ、とう被害者意識があるということだ。
彼らには欧米人が共通して持っている、ユダヤ人はナチスによるジェノサイドによって600万人にも及ぶ同胞を失った憐れむべき人達なのだ、とう感情が全くない。
そして、そのジェノサイドということばを拡大解釈することによって、自分達の方がより被害者なのだという主張をしている。
では、実際パレスチナ人はユダヤ人と同様のジェノサイドに逢っているのか。簡単な数字がある。
ユダヤ人はナチスによるジェノサイドによって当時世界で1800万人いたといわれる彼らの人口が1200万人にまで減少した。三分の二である。
彼ら全員が親族の三分の一を殺されているのだ。現在イスラエルだけで約900万人のユダヤ人がいるとされているが、世界中に居るユダヤ人を合計しても、第二次世界大戦前の人口に届かない。
一方、パレスチナ人は1948年、第一次中東戦争で70万人のパレスチナ人難民が生まれたが、現在はガザとヨルダン川西岸地区合計で500万人居る。
なんと7倍にも増えているのだ。なんのことはない、戦後パレスチナ人は国連の庇護の元、ぬくぬくと人口を増やしている。
それでいて、われわれこそが真の被害者なのだ、と常に抗議している。それを真に受けて、国連や国際社会や、左翼メディアがパレスチナ人はジェノサイドに逢っていると抗議している実態だ。
これは、ナチスによって殺された600万人のユダヤ人にたいする侮辱以外なにものでもないだろう。
屈辱といえば、イスラエルのネタニヤフ首相がパレスチナ国家承認はテロリストへのご褒美だと言った。
彼らにとってテロリストに褒美を与えることは、ユダヤ民族にとって屈辱以外のなにものでもないだろう。
果たしてパレスチナは国家に値するのか?ここにイスラエルとパレスチナが元の土地をどのように分けたのか示した図がある。
パレスチナの地図

左端の図はすでにパレスチナという国家が存在しているかのような印象を与えるが、パレスチナというのはあくまで地名であって国名ではない。
歴史上パレスチナ国家というのは存在したことがない。だから、前述の如くパレスチナ人がユダヤ人によって自分達の領土が侵略されたのいうのは正確ではない。パレスチナの統治はオスマントルコからイギリス、そして国連に引き継がれた。
そして、そのパレスチナを統治していた国連が示した分割案は当時の人口比によって分割されたもので、妥当な案だろう。
しかし、パレスチナはこれを蹴って、周辺のアラブの国とともに、イスラエルを地中海に蹴落とす戦争を仕掛けた。
周辺はすべてアラブの国だから、ユダヤ人にとっては、逃げ場のないまさにジェノサイドである。
この時点では、誰が見てもアラブ側が有利である。それで、かれらはAll or nothingの賭けに出たのだ。
勝利を確信したヨルダンはパレスチナ人に一時避難を呼びかけた。戦争は直ぐ終わる、ユダヤ人たちを皆殺しにしたら、今まで以上の土地が手に入る、そう確信したパレスチナ人たちは喜んで申し出を受け入れた。
別にユダヤ人が追い出したのではない、彼らが一時避難も目的で自主的に出て行ったのだ。この数はかなりになる。
結果、戻れなくなったパレスチナ人が難民となった。さすがに責任を感じたアラブ側がその後4度にわたって戦争を仕掛けたがいずれも勝てなかった。
パレスチナ難民が生まれた全ての責任は当初国連が提示して分割案を受け入れなかったパレスチナ側にあるとわたしは思う。
その後、エジプトは大敗しシナイ半島とガザを全て取られた。シリアはゴラン高原を取られた。負けた原因はいろいろあるが、総括すれば大義がアラブになかったに尽きる。
ナチス同様、ユダヤ人を皆殺しにするような戦争に大義がある筈がない。さらに、賭けである以上、総取りがなければ、オケラとなってパレスチナを去るしかないだろう。
負けた者がゴネ得しているのでは賭けの世界は成立しない。国連が甘やかしているから、いつまでたっても埒があかないのだ。
それに、そもそも、戦争とは土地の奪い合いだから、その大原則が守れない民族は国際社会から排除すべきだと私は思う。
彼らは二言目には、祖父の土地を離れたくない、と主張するが、本来、人間とは移動する生き物である。
聖書では創世記にアブラムが神の言葉に従って、生まれ故郷ハランを離れ、カナンの地に旅立つことで信仰の父アブラハムが生まれたとある。
アメリカも清教徒が迫害を逃れて、祖父の土地をはなれたことで、生まれたのだ。
彼らは臆面もなく当初の好条件を蹴った挙句、自分達を一方的な被害者に仕立て上げている。
現在のパレスチナを見てほしい、まるで、イスラエルに巣くったがん組織のようだ。今や全体の8%しかない。
国家の成立条件第一は確定した国境線だろうが、パレスチナの国境はこの図のように縮小の一途をたどっている。
第二条件は確固たる政府だろうが、これもガザのハマスと西岸の暫定政府と分裂している。国力だが資源も基幹産業もない。
居るのは三代にわたって国連にすがりきりの難民根性のしみついた民だけだ。
要は国家としてなりたたないのは誰の目にも明らかだ。
国家承認に際して、スイスがこう言った。パレスチナは国家承認の時期に来ていない。日本もそれに倣ったのは当然だろう。
国家というのは、他国の承認があれば簡単に出来る訳ではない。しかも、大方のクリスチャンがそう信じているように、神はアブラハムを祝福する者を祝福し、呪う者を呪う。
それが現実となって、今、イランの首都テヘランが日照りよる水不足で大変なことになっている。
それに加えイラン革命から僅か半世紀で崩壊の危機を迎えている。終わりの時、聖書ではエリヤが再び地上に現れるという。
彼はアハブの時代、三年半にわたって天を閉じ、雨を降らせなかった。困ったアハブは彼を「イスラエルを煩わす者。」と呼んだ。彼はアハブ政治の元凶となった450人のバアルの預言者と対決して勝った。
バアルの預言者たちは、戦いの際、自身の体を傷つけ血を流すほどかれらの神に祈ったが、何もおきなかった。
それと同じことが、今、パレスチナとイランで起こっている。血を流し渇きと寒さに痛めつけられているのは彼ら自身だが、彼らの神は何もしない。
出来ないのか、そもそも初めからそこに居ないのか、わたしは知らない。それに反し、我らの神は生きておられる。今回も聖霊に導かれて、キリスト教の知られざる秘密を知ることができました。
詳しくはGallery油彩と聖書画をご覧ください。


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