7月16日更新
昨日は埼玉県の各地で記録的な豪雨に襲われ、我が町でも夕方から滝のような雨がふりました。
幸い、短時間で通過してくれてほっとしました。その後は一気に気温が下がり、今日は久しぶりにクーラーなして過ごしました。
この口絵のような、しとしと降る小雨の中に咲くアジサイのような風情は、昔話になりました。(2007年撮影)
さて、連日ガザ戦争のニュースが流れてきます。情報源がハマス直轄のガザ保健省とイスラエル軍(ID)の両方しかないので、お互いの立場の違いが明瞭です。
パレスチナ人は常に我々はこの80年間常に抑圧されてきた。占領されてきた。反抗すれば、テロリストと呼ばれる。と一方的な被害者意識をもっていますが、これは明らかに間違いです。
1948年イスラエルが国連決議で建国された時、最初に周辺のイスラム国と共に彼らを攻撃したのはパレスチナ人であることは、歴史の事実で、最初の被害者はイスラエルであることを忘れてはいけません。生まれたばかりのイスラエルがどうしてパレスチナ人を抑圧することができるのでしょうか。攻撃されれば自衛のために戦うのは、当たり前で、以後、4度の中東戦争は全てそれの延長線上で起きたことです。そして、その全てに勝ったことで、正義はイスラエルにあったと断言することができます。
その後、イスラエルは着実に国力を強めて行ったの対して、パレスチナ人は執拗に周辺国と共に常にイスラエル殲滅をスローガンに掲げてきました。10月7日のテロ以降も、川から海まで、が彼らのスローガンでした。そんな中で、現在は個人各機関が、それぞれの立場から意見を言い合って、さしずめパレスチナは大小自己主張の世界のヒノキ舞台の感があります。
小は例の環境少女ことスウエーデン人のグレタさん。流石に環境問題だけではネタ切れとあって、最近では政治にも顔を出し始め、とうとうガザに救援物資を運び入れるため、エンジン付きの小型船で上陸を試みましたが、敢え無く、というか計画通りに、IDによって拿捕されました。
かつて環境問題で名を馳せていた時は、排気ガスを出さないヨットで移動したりしてアピールしていましが、今回はエンジン付き。地球環境など、どこ吹く風の自分勝手。挙句の果て、拿捕されて、全員のケータイ電話を海に投棄したとか。
海洋汚染も眼中に無。挙句の果て、スウェーデンにイスラエル政府の用意した飛行機で喜んで帰国したそうです。
IDも拿捕などせず、そのまま上陸させて、ハマスに人質に捕られるか、暴徒と化した住民に惨殺された方が、よっぽど話題になったと思います。
一方大は、グテーレス率いる国連で、戦争抑止という役割を20世紀で終えたようです。
今世紀に入り、ウクライナ戦争、ガザ戦争と全く戦争を防ぐ役割が果たせないばかりか、その調定役さえままならないのは、この組織が古くて機能せず、戦争当事国の信頼さえ得ていない証拠でしょう。
その存在価値を疑問視した、トランプ大統領が国連への分担金を大幅に減額したことで、文字通り、その存在が危ぶまれており、物価高のニューヨークからケニアのナイロビに本部を移転するなど、対策に大わらわなのも当然でしょう。
グテーレス氏の一週間分のニューヨーク滞在費で、一日数ドルで暮らしているアフリカ難民が何日生きて行けるのか、想像してみてください。
そして、ガザ戦争においては反イスラエル、反ユダヤ主義が明瞭です。
その一例として、この戦争の起きる数年前にグテーレス氏はネタニヤフ首相の招きでガザのトンネルを視察しています。
その時、ネタニヤフ首相からハマスがいかに危険なテロ集団であり、こうして着々とイスラエル攻撃の準備をしていると伝えられながら、何ひとつ対策を講じないばかりか、UNRUWAを通して、ハマスに軍資金を大量に送り続けてきました。
現在はこれに代わってイスラエルとアメリカがこれを行っているので、ハマスは物資を奪って転売し、資金を得ることが出来ないので、これに怒って様々の妨害工作をして、イスラエルを貶めているのは、連日の報道の通りです。
そもそもイスラエルを滅ぼしてパレスチナ全土を自国の領土にするハマスの考えを支持しているパレスチナ人を、戦争を無くして平和な国際社会を創ろうとしている国連に加盟させていること自体が、国連の掲げている世界平和の目的に違反している筈です。それを、許しイスラエルを一方的に非難しているグテーレス氏は、明らかに反ユダヤ主義者です。
又、ネタニヤフ首相に逮捕状を出した国際司法裁判所の代表は日本人女性で彼女は、トランプ大統領がこれを行った4人の検察官に対して制裁を下した件について、彼らは泣いて夜も眠れないほど苦しんだと、話しているそうですが、そもそも、パレスチナ人たちのテロにより、安心して眠れなくなった900万のイスラエル国民の安全は誰が守るのでしょうか。紙に書かれた律法一枚で、一国の首相を逮捕できる特権を誰が与えたのでしょう。
彼らにその権限はなく、ICCの締結国にその義務があるそうですが、権限の無い律法など、絵に描いた餅です。
例えるなら、彼らは弓も矢も槍も持たずに出かけた間抜けな狩人で、獲物を見つけてこう叫ぶだけです。
「ほら、ほら、そこに獲物がいる。早く誰か捕まえて!」馬や鹿ならすぐ逃げるでしょう。(馬鹿でも逃げる)
しかし、熊とライオンなら、彼らの命はないでしょう。プーチンとトランプは、それをやっただけです。
それにしても、私が思うのは、彼らパレスチナ人の図々しさです。
自分たちの起こしたテロによって始まった戦争で仲間が死んだことをイスラエルのせいにし、イスラエルの思いやりのある避難勧告で何度も移動させられたと不平を言い、無料の救援物資を取りに行ったら銃で撃たれたと文句をいい、まさに自分達のやったことは棚に上げての言いたい放題です。
一体どこから、この厚かましさが来るのでしょうか。
作家の山本七平氏は何度かイスラエルを取材して、その体験から、彼らユダヤ人もアラブ人にも図々しい、という言葉はない。とことん自己主張して、相手の身になって考えるとうこと自体無い。何故なら、そんなことをしたら自分の立場が無くなってしまうからだ、と述べています。
なるほど、と思ってしまいました。
かつて、作家の曽野綾子さんが、ガザの難民キャンプを訪れた際、彼らの依存心の強さと、物貰い根性にほとほと愛想が尽きた、とある新聞に書いておられました。
難民も三代も続いて、ろくに働かなくても国連援助で食べていける、その甘い環境のせいで当初、70万人ほどだったパレスチナ人が今や500万人近くに増えた訳です。
人口が増えればイスラエルとの間に問題が多く発生するのは、当然で、全てこれらはパレスチナを占領しているイスラエルが悪いという図式が出来上がってしまいました。
しかし、この現状を見た時、彼らが何故そこまでして、このパレスチナという土地に固執するのか、今回の聖書画では、その歴史的、聖書的意味を探ってみました。
詳しくはGallery油彩と聖書画をご覧ください。