大阪のこと、言えないってことで、まぁ、均等に割るということ自体、詭弁はありましょうが、以前、友人との話で、赤ん坊が生まれた途端、その子に500万円の借金が生じるなんてねぇと言っていたのに、いつのまにやら600万円超。
国の借金、過去最高795兆円=国民1人623万円に−6月末
件のやふーニュースにございます。
私は国債とか申します類、もちろん株券も、触れたこともない貧乏人ですから、いや、まぁ、国から返して戴かなくてもよろしゅうございますが。
リアルタイム財政赤字カウンタ、リアルタイムで表示しているページでございます。
徳政令
『企業再生屋が書いた借りたカネは返すな!』 加治将一/著 八木宏之/著 出版社名 アスキー・コミュニケーションズ
いずれ、国の財政が破綻する、それはほぼ間違いないのではと考えます。
この、破綻したときに、以下に国からの被害を被らないようにするか、それを考える時期に既に至っていると考えます。
予想してなかったと言えば嘘になるが、この国の大人は、選挙権を持っ
ている彼らは、何を思っているんだと嘆く。
江戸時代およそ300年の呪縛を未だに、我が身を縛る呪縛を後生大
事にしている様子に呆れるやら哀しいやら。
「思考」とは「思う」に始まり、「考える」に帰結する。
ところが、この国の人は「思う」で機能停止してしまう。
「イメージ」に踊らされているのだ。
もう、どうしようもない。
明日は衆議院総選挙、最高裁判所裁判官国民審査。
さて・・・
今回の選挙は、今までの選挙と少し趣が違う。
投票用紙の裏に隠れている白紙委任状、これが今以上に大きく意味するようになる。
いわゆるマニフェストだとか、選挙公約だとか、そういう類に書き込まれている約束については、なるほど、参考にしよう。問題は書かれていないことについては白紙委任をするということだ。
選挙に通った某は、通ったことを免罪符として、書き込まなかったことは己の都合と思惑で、それもまた、これは有権者からいただいた免罪符として利用する。
だからこそ、今回の選挙はこの国の未来、その方向性を決定せしめるだろうと思う。
この白紙委任状がいつか、赤色の紙になってこれからの世代の人たちに送られてくることだけは避けたいと思う。
ブログってのは、けっこう、大変だったりする。いや、自分の好きなこと、書きたいことを書く、それは、楽しい。大変ではない。特に私は学生時代から400字詰め原稿用紙、大きな段ボール箱にいっぱい、くらい書いてきた人だから、こんな短い文章書くのは楽なものだったりする。あえていえば、ブログや掲示板に書き込むようになってから文章が下手になったが、それについてはまたいづれ。
さて、大変なのはコメントとトラックバックだったりする。仕事用のブログにはコメントを書き込めるようにしているのだけれど、ココログとこのブログはコメント拒否にしている。
何かについて、私には私の意見があり、それをまた構成するところの土台となるべきたくさんの考えがある。これについて、同意してくれるコメントは良いのだけれど、そうでないのもある。
自分の言葉に対して、異なる意見を提示されると、それはそれで公開している以上仕方がないが、間違いなく、自分自身を削り取られていくような疲弊感を感じるのもまた有りなのである。
だから、ある意味、たいしたことを書いていない仕事用のブログはコメント可に設定しているが、このブログなどはコメント用のプラグインすら取り付けていなかったりするわけだ。
さて、改めてこんなことを書こうと思ったのは、久方ぶりに仕事用ブログでリンクしている「mimiちゃん日記」が閉鎖するのを見てのこと。
夜回り先生こと、水谷修氏の応援ブログである。彼女の閉鎖するというキャパオーパ、その言葉の内は、もう一つの彼女のブログと合わせ読んできた中で、さもありなんとは思う。
楽しんで読んでいた読者の一人としては寂しい限りだが、それはしょうがない。
ただ、思うのは言葉は共有するものであるけれど、本来の共有ではなく、自分の側に引き寄せようとする、あまりにも暴力的な同化を共有と勘違いしている、そんな言葉を放つ人たちがたくさん存在する。
繊細な感性がそんな暴力から身を守るには、最初っから、コメント不可にしてしまうか、もしくは、思考を重ね、それを背景に自信を持つことだ。
最近読んだ「ぐるりのこと」梨木香歩著の帯に「もっと深く、ひたひたと考えたい」とあった。言い得て妙な良い言葉だと思う。
なお、このブログもコメント不可にしているが、別に私は繊細ではない。程良い大きさの掲示板も付けてるし。
興味あること、近日、これらについて記事を書くかも知れない。
生きる:小児がん征圧キャンペーン 難病の子、夢かなえ800人−−MAWJ
再生治療:心臓に骨髄細胞を注入、61歳が退院 回復の仕組みは不明−−埼玉医大
<ワクチン>原価350円が接種時3000円 厚労省公表
多少なりとの歴史認識があれば、軍事力が救おうとするのは、軍隊が救おうというのは、国民ではないということくらいわかりそうなものである。
それらが守ろう、維持しようとするのは、それらが寄って立つところの、国体であり、その国の威信である。国民は顔のない総体であり、そんな国民をたまさか、軍隊が救ったように見えることがあるとするなら、それは、国体を守るための手段として救ったのである。
・・・なんだか、 匿名にした途端、好きなことが書けるなぁと思いつつ、
MSN-Mainichi INTERACTIVE
『米ハリケーン:地元紙が政府批判、大統領への公開書簡掲載』によると、ハリケーン・カトリーナの被害に対して、地元紙「タイムズ・ピカユーン」が連邦政府の対応を痛烈に批判するブッシュ大統領への公開書簡を掲載した、とある。
つまりは、軍の救援が遅かったと批判しているわけだ。
よくよく考えてみれば、つまり、軍が救おうとするのが国体であるとすれば、彼ら軍、軍隊の行為は当然のこと、当然のことを当然の対応で為しているだけなわけだ。
ついでに言うなら、救援物資や被災者の保護よりも、災害に乗じたテロや混乱に対応しょうとしたのも、たいして不思議ではない。
軍隊とはそういうものだ。
NHK クローズアップ現代
薬物が若者にしのびよる
〜“夜回り先生”の闘い〜
本では読んでいるが、実際、映像として見るとその迫力に戦いてしまう。
サイトより
9月5日(月)放送予定
薬物が若者にしのびよる
〜“夜回り先生”の闘い〜
若者に広がる薬物乱用。この夏、厚労省や自治体の規制の取り組みが強化されたが、薬物の種類、販売ルートとも多様化、巧妙化する一方だ。警鐘を鳴らすのは、長年夜の繁華街を回って若者たちの非行・薬物防止に取り組んできた水谷修氏。定時制高校を辞し、全国規模で夜回りと相談を行うようになった水谷氏の元には、今、薬物汚染に関する情報と悲鳴が一晩に150〜300件も寄せられる。水谷氏によれば、薬物の乱用に陥っていく若者たちには、深い"心の傷"があるという。更正施設や麻薬検定官と連携しながら、薬物汚染と闘う水谷修氏の奮闘を追い、薬物に依存する若者たちの実情に迫る。
(NO.2130)
スタジオゲスト : 水谷 修さん
(元夜間高校教師)
「隠密、余裕…自民非公認の無所属組それぞれの戦い」gooニュースを読む。
記事によると、26日浜松市議会の保守系会派に土下座し支援を依頼したらしい。
さて土下座はいけません、土下座とは相手に思考の停止を強要する行為です。つまり、論理的思考を廃棄せよ、と言っているようなものです。
日本社会においては土下座を認める意識がいくらかなりとあるようですが、少なくとも、政治家が、日本の未来を舵とって行こうという人達が、土下座をするようではどうしようもない。
また、土下座というのは、1,2回やりますと、案外気楽にできるようになったったりしますし、ついでに、いやいや、頭を上げてくださいよ、なんて促され頭を上げると、なんだか、ヒロインになったようで、逆に気分が良かったりします。
とにかく、土下座はいけません。
片山さつきホームページはこちら