ラジオの経験 2002.12.29 あっという間に今年も終わりです。早いものです。
今年は厄年ということもあって、あまりあれこれと手を出さずに過ごした1年でした。特に変わったことといえば、生活面ではホームページで何度も書いたように犬と猫を飼い始めたこと。仕事面ではラジオのコメンテーターをやらせてもらったことでしょう。
TOPICSでも紹介してありますが、東海ラジオの「サタモニ・フリーウェイ」という土曜朝の番組で、あんびるとよぞう、谷川明美の両アナウンサーとともに、時事問題からスポーツ、音楽など、いろんな話題を語り合う(というか雑談する)わけです。
これまでマスコミに出るときは、やはりドラゴンズ関係の話題がほとんどだったので、今回のような幅広い話題について自分の意見を話すというのは、恐いようでもあり快感でもあり、人間性を試されるような非常に面白い経験でした。
私の場合はまず話す内容以前の問題で、普段あまり人と話すことがなく、話す場でも主に聞き役に回ることが多いので、それがそのままラジオの放送になると、「ホーホー」というフクロウが鳴いているようなあいづちだけになってしまうのです。ちょっとテンションを上げないと人並みの発言量にならないので、朝起きてコーヒー、放送局についてコーヒーという調子でカフェインの助けを借りて放送に臨むわけです。
しかしそれでもアナウンサーという「しゃべりのプロ」には及ぶべくもなく、気がつけば2人の会話に聞き入っているということが何度もありました。話の量、話題の豊富さでは月とスッポンくらいの差があるので、私はひたすら自分ならではの切り口でズブッと切り込もうと、一発逆転の役満をねらう勝負師のように机の下で刃を研いでいるわけですが、その言葉もいざというときにカミカミになっちゃって、まあ本当に関係者のみなさんにご迷惑をかけている次第です。
それにしても普通は自分の意見を多くの人に聞いてもらおうとすると、新聞に投書したり、ラジオやテレビにFAXしたり、それでも飽き足らないと自分で費用を出して本を出版したり、意見広告を出したり、CM枠を買ったりと大変なエネルギーが必要なわけですが、口数は少ないとはいえ、政治や社会の問題について自分の意見を言えるのはすごいことだなーと思います。感謝とともに責任感をヒシヒシと感じ、「いいかげんなことは言えないぞ」とタクシーの中で正座をしながら早朝の町を放送局へと向かっています。
そのほか、自分が学生時代に深夜放送で聴いていた宮地佑紀生さんが同じスタジオで話していたり、他の番組でゲストに来た伊勢正三さんが自分と同じ椅子に座ってるのを見るとこれまた嬉しくて、一人でこっそり感動しています(ただのミーハーじゃないか)。
番組は年が明けてからもまだまだ続きますので、良かったら聴いてください。東京や沖縄でも聞こえるようです。ちなみに私の出番は1/18からです。
それではみなさん、よいお年を。
松井選手をメジャーに走らせたもの 2002.11.8
プロ野球もストーブリーグに入って、来季を見据えての球団、選手の動きが活発になってきた。中でも今年一番の注目は、巨人の松井、近鉄の中村という両リーグを代表するバッターの去就だろう。
松井選手は日本シリーズが終わるとすぐにFA 宣言をして大リーグ挑戦を表明。すでにメジャー球団のいくつかが獲得に動いているようで、来季はメジャーでプレーすることが確実のようだ。
今から思えば滑稽なことだが、巨人球団は松井残留にかなりの自信があったようで、5年50億の条件をけられたオーナーは「予想外だ」と口走ったそうだ。好待遇さえ与えておけば留まり続けるだろうという発想は、失礼ながらいかにも老人に似合っている。
私は今回、松井選手のメジャー入りに最も貢献したのは巨人球団だと思っている。というのも自前の選手だけでも十分な戦力があるのに、さらに他球団の主力をかき集め、いわばドリームチームを作ってしまった。ペナントレースでは全く危なげなく首位独走、そのままぶっちぎりの優勝で、さらに日本シリーズを無敗制覇した。
こういう状況を4番打者として戦った松井選手は、達成感とともに閉塞感も感じていたのではなかろうか。もはやこのチームでは、やることがなくなったという感覚である。チームの戦力が不十分であれば、自分の力をさらに高めてチーム全体をレベルアップしようとするだろうが、このドリームチームではもうその必要もない。
狭い鉢植えで育った植物が成長し、やがて鉢の外にまで葉や根を伸ばす。それが成長過程にある生物の自然な姿なのである。それを忘れた老人は、その鉢の中にほかの植物をいっぱいつめこんで成長の場をさらに狭くしてしまった。この先も同じようなチーム作りを続ければ、さらに鉢の外に成長の場を求める選手が出てくることだろう。
さてもう一人、去就が注目される近鉄の中村選手だが、こちらも移籍は確実なようだ。入団が濃厚とも報道された巨人のオーナーからは「巨人に来るのなら髪の毛を黒くしなさい」などと中学生が言われるような注意を受けていた。
これで尻尾をふって巨人に行くのでは中村らしくないと思ったが、FA会見に臨んだ髪形はシーズン中よりも黒い部分が多いように見え、「なんだよ、ノリってそんな軟弱なヤツだったのかよ」とガッカリしていたところ、11/7の東西対抗戦では以前よりいっそう鮮やかな金髪に染め上げたヘアスタイルで登場した。それでこそ中村紀である。その後の報道によれば、中村選手もメジャー行きが次第に現実味を増してきたようだ。狭い鉢植えにわざわざ入り込まずに、広い世界で大きく成長してほしいと思う。
有力選手のメジャー入りは日本プロ野球を空洞化させるという意見も、もはや論外。それこそ老人的発想である。鉢植えが空けば、また新しい植物が葉を繁らせるものだ。
ちょっと遅い夏休み 2002.10.16
先日の13、14日の連休は日曜日と休刊日が続いたので、泊りがけで福井県まで行ってきました。夏休みに家族でどこにも出かけなかったので、遅い夏休みといったところです。
福井といっても日本海側ではなく、東海北陸自動車道を白鳥インターまで北上して、そこから西へ1時間ほど走った九頭竜湖のあたり。夏の避暑地に良い場所はないかと以前から探していて目星をつけた候補地の一つで、どんなものかと様子を見る目的も兼ねて出かけたわけです。
避暑地ということは1泊や2泊ではなく、せめて1週間くらいは滞在したいものですが、そうなってくると問題なのは滞在費用。なるべく安上がりに越したことはない。そこで目をつけたのが国民宿舎です。この日は休日料金で8千円強しましたが平日なら6700円と格安。しかしやはり値段は値段で、福井ということでカニがドカーンと出てくるかと期待していた家内には大変不満だったようです。
近くの九頭竜温泉にも入りにいったのですが、これも思ったより狭くてイモを洗うような状態。あんまりいい印象がないなあと落胆気味で翌朝帰る途中、立ち寄った道の駅で恐竜の親子の模型があって、そこで写真を撮っていたら売店のおばさんが「今、スイッチを入れるから、もう動くよ」。「なにっ、動く?」と半信半疑で見ていたら、まず子供の恐竜が鳴き出して、これが結構細かい動き。「へー」と驚いていると、いよいよ親の恐竜がでかい口を開けてガオー! これはなかなか迫力がありました。この恐竜のおかげで少し気分を持ち直して九頭竜湖を後にしました。
その後、ひるがの高原の牧歌の里へ。季節が季節なのでコスモスやサルビアなど、花畑の半分くらいしか咲いてませんでしたが、それでも気分が清々して半日遊ぶにはいいところでした。バーベキューを食べ、牛の乳をしぼって、カウボーイショウを見て、帰りには大和町の温泉に入ってダシガラのようになって帰って来ました。
それにしても一番驚いたのは東海北陸自動車道が渋滞していたこと。いつもスキスキというイメージがあったのですが、さすがに連休ということもあって予定の2倍以上時間がかかりました。高山祭りも終わったし、紅葉にはまだ早いと楽観していたところが、美濃から美並インターのあたりで大渋滞。途中のパーキングではトイレにも長蛇の列。男性はまだしも女性の方は大変。あんなときに大きいのをしようものなら白い目で見られそうです。
なんで渋滞するのかと走りながら見ていると、途中で1車線になるところが何箇所かあって、それはトンネルがまだ片側しか開通していないのを上下線で使っているからで、「なんだよ、まだ完成していないのか」と初めて知りました。こういう経験をすると「道路建設の凍結はけしからん」と、急に道路族になっちゃうからいい加減なものです。帰りは混んでいる有料道路を隣に見て、下の道路で帰って来ました。
帰りの車のラジオで、ドラゴンズの最終戦で福留選手がヒットを打ったことを聴きました。福留選手、首位打者おめでとう。ドラゴンズの皆さん、今シーズン、お疲れ様でした。しばし休息のあと、また秋季キャンプですね。
厄年の正体 2002.9.8
すっかり夏バテで、更新をさぼっていました。それにしても暑い夏でしたね。
会う人ごとに「くらはしさん、やせましたね」と言われるので、なんだか心配になってきて、ちょっと体重計でも買ってきてチェックしたほうがいいのかなとも思っていますが、しかし本来、人間の体というものは夏には体重を自然に減らして、暑い中でも動き易くするという機能がある、それが夏バテだと聞いた覚えもあるので、まあこれも自然なことなのかもしれません。この夏は本当に毎日グッタリしていて、記憶に残るようなことは何一つ無し。こんな不毛の夏を過ごしたのも珍しい気がします。普通なら忙しいと言いながら、夏の間に一度くらいはどこかへ出かけたりするのですが、今回はそれも無く、私は家にこもってじっとしていたわけです。
それというのも以前にも書きましたが、この春からわが家では犬と猫を飼い始めて、その世話もあって出かけられなかったのです。猫はほっておけばいいのですが、犬は散歩だ、エサだ、保冷剤だ、フンが出たなどと、そのたびに鳴いて、まったく気の休まる暇が無いくらいで、夜も何度か起こされる始末。防犯のために飼ったのが、結局のところ人間が起こされているので防犯になっているという皮肉なことになっています。
朝は5時に起きて散歩に出かけるため、夜は10時を過ぎるともう眠くなり、昼間も仮眠をとらないと頭がボーとしている状態。犬の世話の合間に仕事をしているという、本末転倒なことになっています。
その散歩にしても、朝はどこの犬も散歩タイムのようで、狭い道で犬同士がハチ合わせしないように、角を曲がるときは戦々恐々、前方に犬がいないか確認して、もしいようものなら急遽、コースを変更、そんなときに限ってウンコしちゃったりして、慌ててスコップですくうんですが、これがまたすくえない。思わず手で掴もうかと思ったことも一度や二度(それはウソ)。
また、これまでは庭のウッドテーブルを小屋代わりにしていたのですが、だんだん大きくなり手狭になってきて、かじったり穴を掘ったりと被害も大きいため、先日、日曜大工で犬小屋を作りました。設計図を書いて、工具や材料を買ってきて、4日がかりで完成、我ながらなかなか良い出来だと満足して犬をつないだところ、すでにあちこちかじって壊し、もう5年くらい使ったような情けない姿になってしまいました。次は犬小屋を置くスペースをコンクリートで固める作業が待っていて、昨日は家庭菜園の半部以上をつぶして犬のための場所を作りました。
まったく動物を飼うということは、おそろしくエネルギーを使うことだなと途方に暮れています。犬を連れて散歩している人たちが、本当に好きで飼っているのか、犬のおかげで心が癒され優雅な生活を送っているのか一度聞いてみたい気がします。ひょっとして私のように毎日悩まされながら嫌々付き合っている人もいるのではないか、そんな人もきっといるはずだと思うのですが。
もう少し成長すれば犬も落ち着くだろうという慰めも、子供同士の結婚の約束みたいに、はるか将来のことでほとんどあてにならず、まったく夏バテの上に犬バテ、これが今年の厄年の正体だったかと合点している、そんな昨今です。
終戦記念日近し 2002.7.21
東海地方は昨日、梅雨明け宣言。またまた暑い季節がやってきました。あんまり暑い暑いと言いたくないですが、暑いですね。
この暑さのせいか涼しいはずのナゴヤドームのベンチの中にも送風機が取り付けられたそうです。朝倉投手がナゴヤドームで勝てないのは暑さのせいで、その対策らしいですが、まあそれで勝ってくれれば結構なことです。
さてドラゴンズは前半戦終了間際に痛い7連敗をして、借金4での折り返しとなりました。後半戦ではヤクルトを3タテして喜んだのも束の間、巨人に連敗でなかなか波に乗れません。
こんなはずではという思いのファンの方も多いでしょうが、考えてみれば野口、山本昌の先発の柱2本が抜け、しかも4番打者のゴメスもケガでは飛車、角、金落ちくらいの状況です。若手投手がよくがんばってきたので、あまり大きな穴とは感じなかったところがありますが、客観的に見たらかなり危機的なチーム状況だと言えるでしょう。
私は6連戦が続く球宴明けまでに、野口、川崎あたりが合流できれば、まだまだいけると思っていましたが、どうやら間に合いそうもないので、優勝の可能性は小さくなってきたと言わざるをえません。
これから8週連続の6連戦が続き、そのあとも9月中旬までハードな日程が待っています。これを乗り切るには先発投手を6人用意して万全の態勢で臨まないと息切れすることは目に見えています。6連戦の初戦投手を中4日で6戦目に回すという無理なことをやっては、とても勝ち残れないでしょう。どうもドラゴンズは16日に投げた朝倉を中4日で今日先発させそうですが、最初からこんなフル回転では先が思いやられます。野口が復帰できるメドでも立っていれば、それまでの臨時措置ということも考えられますが、そんな状況でもなさそうです。
仮に今、先発投手6人を決めるとすると、川上、バンチ、朝倉、小笠原の4人のほか、あとは山井、バルガスというところでしょうか。
私はひそかに久本はどうかと思っています。フレッシュオールスターに出て好投した自信もあるでしょうし、彼だけでなく山井に対して良い刺激になるのではと思います。かつての社会人野球での同僚が常に近くにいればライバル心にも火がつくし、またルーキー同士で気が休まるという効果もあるでしょう。どうも近ごろの山井投手の表情はドラフトで指名されたころと比べると元気がないように見えて、周囲に気を使ってるんじゃないかと私は勝手に想像しています。
残る望みの綱はキューバの大砲・リナレスですが、はたしてどこまで活躍してくれるのか。終戦記念日が近いせいか私はドラゴンズが、豊富な物量をもつ相手と戦う戦力の乏しい日本軍に見えて仕方がないのですが、リナレスも終戦間際に投入された巨大戦艦・大和のような運命にならなければいいのですが。
8月15日の終戦記念日には、まだ白旗を揚げていないことを願うのみです。
猫と犬の日々 2002.6.18
”rain cats and dogs ” というと「雨がどしゃぶりに降る」という意味だと高校時代に『試験に出る英熟語』で覚えた記憶がありますが、たしかにこの表現は実感がこもってるなあと最近思います。
というのも我が家ではこの2ヵ月足らずの間に猫と犬を飼うことになって、一匹ずつですがてんやわんやの大騒動で、これが双方複数形では、まさにどしゃ降り、なす術がないという状況に違いない、おそらくこの表現を発明した人は、実際そんな経験をした人じゃなかろうかと考えているうちに、猫が今、キーボードの上に乗ってきて、何を書いていたのか判らなくなってしまうという生活がこのところ続いています。
最初にやってきたのは猫のほうで、これは地元のコミュニティー新聞に「猫あげます」とあったのを家内が見つけてもらってきたやつで、片方の親がシャムらしく、白っぽい体で手足に焦茶のシマが入っている、日本猫とは違ってスマートでエレガントな容姿をしています。しかしなにぶんイタズラ盛りの子猫で、カーテンには登るわ、柱や壁で爪を研ぐわ、金魚は狙うわで、急きょ補強工事をして柱をベニヤ板でおおったりと余計な仕事をさせられました。
もともと私も猫は好きなので文句を言いながらも世話をしてやるわけですが、やっと猫が落ち着いたかなという頃に、家内が犬もほしいと頑強に言い張って、抵抗空しくとうとう押し切られて飼うことになってしまいました。
雑種の犬でいいという私の主張に耳も貸さず、家内がインターネットで探しまくって見つけたのがコリー。最初はシェパードがいいと岐阜の方まで家族で見にいったところ、子牛のような大きさで子供なんか一呑みにされそうなシェパードが出てきてさすがに却下。結局、コリーということになりました。コリーだって結構大きいのですがあのシェパードを見た後なので、まあこれくらいならと、なんだか家内のペテンに乗せられたような形で決まってしまいました。
さて家へ連れてきたのはいいけれど、まだ生後1ヵ月で予防接種もしていないので外で飼うわけにもいかず、オリを買ってきて家の中に設置。トイレのしつけは教育済みという話だったのですが、環境が変わってリセットされたのか思った場所でしてくれず、あちこちで放便、放尿。夜中もトイレと言っては鳴き、腹が減ったといっては鳴きで、こっちが睡眠不足気味。しかもコリーは毛が多いせいか特に暑がりで保冷剤を入れてやらないとこれまた鳴いて、今からこんな暑がってたらこの先どうなるのかと呆れるやら途方に暮れるやらです。
もともと犬を飼うと言い出した理由は、今年の正月に空き巣に入られたのが原因で、用心のためということと、もう一つは家内が犬の散歩を兼ねて自分もダイエットするという話なのですが、一番先にダイエット効果が出るのは神経が繊細な私じゃないかと、毎日ぐったりしている今日この頃。
ペットは生活に潤いをもたらすとか言うけれど、潤いを通り越してまさに「どしゃ降り」状態の我が家です。
意外と楽しみW杯 2002.5.20
ドラゴンズ好調ですね。5月に入って11勝2敗の快進撃、あっという間に首位巨人に3.5差のところまで急上昇で、面白くなってきました。勢いのあるうちに貪欲に勝星を稼いでほしいものです。
さて話題は変わりますが、まもなくサッカーのワールドカップが開幕。各国代表選手もやってきて話題沸騰状態です。日頃こうした国民的熱狂状態とは距離を置きたい性格の私ですが、このW杯は意外と楽しみにしているのです。
昔から運動が苦手な私ですが、例外的にサッカーは好きなスポーツでした。昔の子供のサッカーといえば野球ほど技術も必要なくて、ただボールを追っかけてゴールへ入れるというだけで判りやすく、しかもほとんどの子はボールに群がるので、人のいないところで待っているとかなりの確率でボールをゲットでき、自分のアウトサイダー的性格が役立つということで体育の時間など結構好んでやっていました。
そんなこともあってかサッカーの中継なども結構見ていました。あれはトヨタカップと言うんでしょうか、欧州代表と南米代表の試合でのプラティニやマラドーナの華麗なプレーには、子供ながら本当に強烈な印象を受けて、サッカーってすごいもんだなと思ってきました。
その印象があまりに強すぎたのか、その後Jリーグが始まるとギャップに唖然として、今だにJリーグには興味の持てない状態が続いています。どうも日本のサッカーはコーナーからのセットプレーが多すぎるし、組織プレーを重視するためか攻撃パターンが限られているように思います。個人の技術レベルの低さを組織プレーで補わなければ仕方ないというのも判りますが、子供の頃に見たプラティニやマラドーナの驚くような個人芸は、ピクシーのヒールキックなど数えるくらいしか見られないのが私は非常に不満です。考え方が子供っぽいのかもしれませんが、サッカーは個人技であってほしいと私は思っています。
そんな意味で今回のワールドカップは世界のトップレベルのプレーが集中して見られるということで、とても楽しみなのです。ピクシーの技がJリーグの日本人選手に影響を与えたように、今回のトッププレーヤーのプレーが日本のサッカーに大きく影響を与えてくれることを私は願っているのです。
山崎選手の打撃を考える 2002.4.21
開幕して3週間。ドラゴンズは17試合を戦い7勝9敗で借金2。現在5位とやや出遅れた感じですが、チームの勢いは上昇傾向にあり、一時は借金5まで落ちたところを持ち直してきました。上昇の要因として1つは小笠原、朝倉の活躍が挙げられます。山本、川上、バンチの3人しか確立してなかった先発ローテが、この2人が2勝ずつ挙げる好投をしたことで、人材に困ることなく回転しています。あとは山本さんの勝利と、落合さんの復帰があれば前半戦はうまく戦えると思います。そして球宴後に向けて野口か川崎が復帰できれば投手陣は問題なしでしょう。
2つ目の上昇の要因は井端、荒木、福留の好調でしょう。井端は4割を越える打率でリーディングヒッター、福留も3割3分、荒木も3割近い好成績で、この1、2、3番の若手が非常に活気のあるバッティングを見せ、これに引っぱられる形で立浪、谷繁、波留あたりもタイムリーを放っています。
問題なのはゴメス、山崎の主砲の不調です。素人の私がえらそうなことを言うのもなんですが、ゴメスの不調はいつものことのように、アッパースイングがひどくなっている気がします。これは毎度のことなので修正も早くできるんじゃないでしょうか。
深刻なのは山崎選手です。ボールになる変化球を振って追い込まれ、ストレートを見逃し、あるいは空振りで三振というパターンが目につきます。
イチロー、松井、清原、中村紀など例を挙げれば切りがありませんが、今、主流となっているバッティングは速いスイングスピードで、始動のタイミングをずらすことでストレートにも変化球にも対応するバッティング法だと思います。コンマ何秒まで始動を遅らせることで、ストレートか変化球を見極めて対応するわけで、これを可能にするにはスイングスピードを可能な限り速くする必要があります。これと対極にあるのがかつての落合博満のように、配球を読んで球種のヤマをはり、それによって打つ打撃法です。これは球種をしぼっているわけですからそれに合ったスイングスピードで振ればいいわけですが、この方法で打つためにはバッテリーの心理を読む鋭い感覚が必要となってきます。
山崎選手の場合、取り立てて速いスイングではなく、どちらかというと後者の方ではないかと思います。しかしこれで打つには配球を読む能力が必要なわけで、残念ながら山崎選手がこの能力に長けているとは見受けられません。山崎選手だけでなく、これができるのは超一流の打者だけでしょう。逆に言えば、これでは高打率が残せないから前者の打撃法が主流になってきたのではないでしょうか。速いストレートとフォークを武器とする投手が増えてきたことも一つの要因でしょう。つまり読みだけで打つには、今やもう対応できないということです。
そこで山崎選手ですが、この先、主砲として活躍するためには、やはりスイングスピードを速くしてすべての球に対応する打撃法に変えるしかないと思います。清原選手のように徹底したウエイトトレーニングで肉体改造が必要となります。専門のトレーナーの指導を受けるなど費用もかかりますが、幸いFAで得た資金もあるし、その点では問題ないでしょう。余計な心配ですが、どうせ所得として税金で取られるなら経費として使ったほうがいいんじゃないでしょうか。
ここまでの選手として残りの選手生活を終えるか、肉体改造で一段上のバッターになるか、最後の岐路に来ているような気がします。改造すれば選手寿命も伸びるわけで、得るものも大きいと思うのですが、さて、山崎さんはどちらの道を選ぶのでしょうか。
チームの主砲として大活躍してほしいと思っているのは言うまでもありません。
開幕までもうちょっと 2002.3.18
早いもので開幕まで2週間足らずとなりました。今年のドラゴンズはどんな戦いを見せてくれるのか、不安と不安と期待が交錯する(不安のほうがやや多い)今日この頃です。
昨年の反省から打撃力強化に重点をおいて、秋、春のキャンプで猛練習を重ねたはずなのに、オープン戦ではまだ昨年のタイムリー欠乏打線のイメージを払拭できずに、おまけに盤石だった自慢の投手陣もエース野口の離脱、中里の故障と暗雲が漂う状況です。
非常に不安ではありますが、これはもう仕方がありません。野口の離脱をチームの危機と感じて若手投手陣が奮起し、それを助けようと野手陣がバットで援護するという好循環が起きるかどうか、そのあたりが今年のドラゴンズが浮上できるかどうかのポイントだと思います。心配されている先発投手陣については、川上、山本昌、バンチのほか、正津、紀藤、小笠原、朝倉、小山、宮越、久本と人材は豊富で、他球団なら(平均的な打力のチームなら)十分に勝星を稼げるレベルの投手はそろっています。首脳陣としては、誰が一番好調なのか見極めるそのあたりの判断が難しく、チームの浮沈を左右することになってくるでしょう。
特に球宴明けからは8週間連続の6連戦という過酷な日程になっていて、それまでに先発ローテ6人を確立できたチームが最終的には勝利すると思われます。なんとか前半戦のうちに誰が先発として最適か、せめて5人目までは固める必要があるでしょう。
一方の打線ですが、これはやはりここ数年の課題で、貧打、勝負弱さをどう克服するかというのがポイントでしょう。谷繁選手の加入で多少後ろのほうは厚みが出ましたが、トップバッター、主軸といったあたりはまだ弱く流動的です。
今現在の調子で私が打線を組むとしたら、1.波留(中)2.井端(遊)3.福留(右)4.ゴメス(三)5.井上(左)6.藤立(一)7.立浪(二)8.谷繁(捕)というところでしょうか。今現在の山崎選手では申し訳ないですが波が大きすぎて、結果を出している移籍の藤立選手を使いたい気になります。また立浪選手も5番に置くには非力というイメージで、7番あたりのほうが相手投手には嫌な存在になるでしょう。まだあと1週間のうちにベテランは調子を整えてくるでしょうし、ひょっとしたら新外国人の加入もあるかもしれません。どんな打順になるかわかりませんが、今年は仁村ヘッドの言うように、あまり相手投手の右左に関係なく、安定した打順で戦ってほしいと思います。
さて今年はどんなシーズンになるか。勝ってほしいとは思いますが、それよりもまず溌剌としたプレーで見ていて気持ちがいいゲーム、「なるほど、さすがプロ」と思わせるようなゲームをしてほしいと私は思っています。
小学校でスピーチをするの巻 2002.2.15
先月、厄年のことを書きましたが、その後のことをご報告しましょう。元旦に空き巣に入られたあと、中旬ごろには車上狙いにも遭って、これはあかんということで2月の始めに、地元の厄払いの行事に出かけてお払いを受けてきました。小学校のときの同級生とも30年ぶりくらいに会い、懐かしい想いをしました。これで厄も治まったかなと思ったら、小学校の同級生一同で母校へ寄付をすることになって、その贈呈式のあいさつをやってくれと言われ、スピーチは死ぬほど苦手なのですが結局お引き受けすることになって、先日、後輩の小学生の前でたどたどしいスピーチをやってきました。
光栄なことなのでしょうが、引き受けてから胃の具合がおかしくて、半年くらいは寿命が縮んだんじゃないかなーと思っています。これでなんとか今年の厄は打ち止めになってくれればと祈っているところです。
その小学校の贈呈式ですが、当日の朝、同級生4人で学校へ行きまして、校長先生としばし歓談のあと、体育館へ行くと全校生徒が並んでいて、我々は壇上のひな壇に座りました。不思議なものでああいう場所へ行くとこちらもまだ子供のような感覚になるのですが、外から見れば4人ともいい年をしたおじさんで、特に私は無精髭まで伸ばしていて、まさか内面では小学生のようにドキドキしているなんてことは、見ている子供たちには判らないでしょうね。
スピーチは5分ほどだったと思いますが、「おじさんは子供のとき落書きが好きで漫画ばっかり描いてたら、気がついたら漫画を描く仕事をしていました。みんなも野球が好きな子は続けていると、気がついたらドラゴンズの選手になっていたり、歌が好きな子は気がついたらモーニング娘。に入っているかもしれません。好きなことを続けてがんばってください」というようなことを話しました。
「モーニング娘。」のところでは笑いも聞かれましたが、その次に「勉強が好きな子はがんばって続けていると、気がついたら草井小学校(母校)の先生になっているかもしれません」と一応オチのつもりで言ったんですが、これには反応なしでした。あとから考えると、子供たちにとってはまだ小学校の先生というのは将来の職業として考えられる真面目な選択肢の一つで、冗談の対象じゃないんだなと少し反省しました。
式の最後に教頭先生の「みんなの校歌を聴かせてあげてください」という発声があって、壇上の我々に子供たちが校歌を歌ってくれました。花束を抱いてそれを聴いていると妙に歳をとったような気になって、隣の同級生と思わず苦笑しました。校歌というものは自分たちが歌うもので、まさか聴かせてもらうものだとは思ってもみませんでした。校舎が木造から鉄筋に建て変わったりしたことにはあまり驚きませんでしたが、こういう内面的なギャップには少し浦島太郎のような思いがしました。
つまり結局は自分が自覚している以上に歳月は流れているということでしょう。だからといって年相応に内面も老け込ませる必要は全然なくて、逆にいつまでも子供のままの感覚でいるのも面白いんじゃないかと思いを強くした次第です。
厄年関係の行事も終わり、気がつけば春季キャンプも後半に入りました。またいつものようにドラゴンズの話題に一喜一憂する日々が始まります。新生ドラゴンズの戦いに身を焼く(厄?)年になりそうです。
厄年おそるべし 2002.1.9
正月気分もそろそろ抜けて、いつもの生活パターンに戻りつつある今日このごろです。
今年の年末年始は、あまり酒を飲まなかったせいか、割と体が楽に過ごせた感じです。ここ数年、経済的な理由で、ビールといえばもっぱら発泡酒ばかり飲んできたせいか、なんだかもう飽きちゃった感じがして、自然に酒の飲み方が変わってきたような気がします。40年かけてやっと上手な飲み方ができるようになったということでしょうか(こんなことを言いながら、夏になるとまたガブガブ飲むような気もしますが…)。
40才といえば(正確には今年12月で41才)、私は今年厄年だそうです。おはらいとか、いろいろやることがあるらしいのですが、まあできるだけ簡単に済ませておこうと思っておりました。ところがこの1月1日の夜に、早速わが家に空き巣が入りまして、幸いにも勝手口のガラスが割られただけで被害は済んだのですが、まことに厄年の幕開けにふさわしい正月を迎えることになりました。
また3日には中学高校時代の同窓会が名古屋であったのですが、なんとその日は名古屋で40何年かぶりの大雪。厄年の男が大量に集まるわけですからこんなことになるのも仕方がないのかもしれませんが、雪のために交通機関が乱れ、出席を断念した人もいたようです。さらに私は行かなかったのですが、2次会の会場に決めていたカラオケ屋も臨時休業だったとかで、なかなか厄年も侮れないなーと思った次第です。
その同窓会ですが、なんでも10年ぶりということですが、私は前回欠席したために15年ぶりくらいに懐かしい顔を見せてもらいました。面白いことに、年はとっても面影はあるもので、ひと目で誰だか判る人がほとんどでした。先生も5人ほど来ていらっしゃいましたが、白髪まじりのおじいさんばかりで、変装したんじゃないかというくらい見事な老けっぷりでした。普段は自分だけが年をとっていくような気になっていますが、やはり歳月というものはみんなの上に平等に過ぎていくものだなあとあらためて感じました。
みなさん学生時代に学んだことを生かしてそれぞれの分野で活躍中なのでしょうが、私も授業中にノートや教科書にいつも落書きをしていたおかげで、今も落書きのようなマンガを描いて何とか生活しております。おそらく人生の折り返し点は過ぎたでしょうから、残りの人生を有意義に楽しく過ごしたいものだと、懐かしい顔を見ながらつくづく思いました。
同級生のみなさん、そして全国の同年の男性諸君。厄年に負けないよう元気に今年を乗り切りましょう。私は早速、おはらいに出かけます。
BACK NUMBER