阪神星野監督誕生の意味 2001.12.13 前中日監督の星野さんが、阪神の監督就任を要請され大きな話題を呼んでいる。当初、何人かの候補の一人として名前が上がったときには、大方の人は「まさか」と思っただろうが(私も)、それが急激に現実のこととなり、12日にはオーナー、球団社長と星野さんの会談が行われた。結論はまだ出ていないものの、どうやら監督就任は確実のようだ。この東海地区だけでなく、全国のドラファン、野球ファンが監督就任について賛成、反対と意見を戦わせている。特にこの地区のドラファンの間では賛否両論、ほぼ同数といったところで、連日マスコミはその話題で持ち切りである。
星野さんの阪神監督就任はプロ野球界活性化のために必要だとか、ドラファンの気持ちを考え行くべきでないとか、そんな議論が繰り返されているが、正直言って私はその点にはあまり関心はなくて、今回のポイントは田淵さんの阪神復帰にあると思っている。
野村監督が辞任して後継者という話になったとき、私は田淵さんが就任するのが阪神にとって一番いいのではないかと考えた。西武へのトレード以来23年間、阪神とは疎遠になっている田淵さんだが、やはり一世を風靡したミスタータイガースである。彼を無視したままで掛布、岡田といったところへ監督を持っていくのは、やはり断絶感があり不自然だろう。少々古臭い考え方かもしれないがOB に人材があるのなら、ファンとしてはかつて応援した選手に指揮をとってもらいたいと思うのは自然の感情だと思うのだ。そして田淵、江夏といった大物OBが球団と絶縁状態にあることこそ、阪神球団の混迷の象徴であり、上層部への不信感となっているのだ。
そんなことを思っていたため、私は先週は2度も漫画の中で田淵さんの話題を描いた。中日選手の会話で「田淵さんをさしおいて星野さんが監督になるわけない」とか、星野、田淵の会話で「チームの一大事に、ひと肌ぬごうっていうのがOBだろ」と言わせたのは、そんな考えがあったからである。中日スポーツの紙面ではなかなか田淵さんの名前が出てこず、やきもきしたが、星野さんもやはり親友の田淵さんを何とかしたいと考えていたようで、阪神球団にコーチとして復帰できるよう条件提示をしたようである。これには私もホッとした。
星野さんの気持ちを勝手ながら推測すると、今回の監督就任の動機の1/2は田淵さんの阪神復帰、1/4は阪神を立て直すことでのプロ野球活性化、あとの1/4はご自身の消し難い野球への情熱、または違うシチュエーションで野球をすることへの好奇心といったところではないだろうか。
もちろん「田淵を復帰させるために監督を引き受けます」とは言えるはずもないから、星野さんとしては「阪神を立て直してほしいというオーナー、球団社長の熱意に打たれた」とか「プロ野球全体のために」というコメントを繰り返すほかない。しかしいつもの星野節に比べて、どうもその口調が上滑りに感じるのは、本心に田淵問題があるからだと思うのだ。
今回、阪神星野監督が誕生するだろうが、2、3年後には田淵さんにあとを譲る形で身を引くことになるだろう。そしてまだ気力があれば中日監督に復帰し、星野、田淵、山本浩の対決なんてことも実現するかもしれない。残り少ない野球人生だろうから、星野さんには「周囲に構わず、どうぞ自分の好きなようにお使いください」と私は言いたい。
今度の星野さんの阪神行きを私はそんな感じでながめている。
今中投手引退に思うこと 2001.11.14
ここ数年、左肩の故障と戦ってきた今中投手が、今シーズンを最後に引退すること となった。彼のピッチングがどれほど素晴しかったか、またいかに多くの記憶に残るシーンを見せてくれたかは、今さら言うまでもないが、その他に少し思うことを書いておこう。
このオフ、戦力外通告をされてから、マスコミでも彼を取り上げることが多くなり、そして11/10の引退会見。その間、彼の言葉を聞いていてあらためて感じたのは、非常に素朴で飾り気のない人だったんだなあということである。
考えてみればエースとして君臨していたころも同じ様な、ぶっきらぼうで正直な思いを口にしていたのだろうが、エースという高い位置にいる人間が言うと、どうしても傲慢で威圧的な言葉に聞こえてしまっていたのだろう。11/11の中日新聞に、辛口で知られる末次記者の感動的なコラムが載っているが、その中にこんなエピソードが紹介されている。今中投手の全盛期、「もっと1塁けん制の練習をしたら」という記者の指摘に「打者を抑えればええんやろ」。普通の投手が口にすれば非常に驕った、あるいは負け惜しみの言葉になるのだろうが、彼にしてみれば走者と駆け引きしているよりも打者を抑える確率の方が高く、合理的な考えから出た言葉だったに違いない。口数が少ないことも誤解を増幅することになったと思う。
近年は年齢を重ね、さらに家庭を持ったこともあり、口数が少々増え、柔らかくなったように思うが、引退会見での「最終目標は指導者に」という発言や、テレビ番組で思わず見せた涙などを見ていると、この人は「孤高」であろうとしていたわけではなく、内面は素朴で純粋な人だったんだとあらためて気づかされる思いがした。
また先日、ラジオ番組で今中投手は「子供の頃はプロ野球が嫌いやった。好きなマンガが見られへんから」とか「高校時代も自分がプロの選手になるとは思ってなかった」と話していたが、ひょっとしたら彼は「野球選手」というよりも「ピッチャー」というスポーツをやっていたのではないかと、ふと思ったりした。
全盛期のころから肩に負担のかかる彼のフォームに、OBの牛島さんなどは警告を発し、踵をカバーしているスパイクを使用しているために下半身が十分に使えていないと指摘していたが、今中投手にしてみれば、「今満足のいく球が投げられているんだからそれでいいじゃないか、この球を投げることが自分の存在意義である、フォームを変えて長生きできる投球をしても意味がない」という感覚だったのではないか。それは速球にこだわるとか、そんな次元の話ではなく、あの完成された「今中の投球」ができなければ彼の中ではスポーツとして成立せず、マウンドに上ってももうやることがないということなのではないだろうか。
プロ野球選手ならば1年でも長く現役を続けようと努力するのが本来の姿だが、野球ということに執着のない彼は、自分の好きなように投げるだけ投げて、できなくなったら姿を消すしかないと感じているのだろう。
引退する彼に「お疲れ様」、「感動をありがとう」という多くのファンの声が寄せられているけれど、どうも私はそんな気にはなれない。まだ30歳と若いし、手術した先生も「今中君の肩はまだまだ良くなる」と言っていた。一度現役を引退し、時間をおけば再び力が戻ることもあるのではないか。左腕で投げられなくなった星飛雄馬が右碗でカムバックしたように、もう一度、新しい「今中の投球」を作り出し戻って来てほしい。決して可能性がないわけではあるまい。なぜなら彼は「中日の星」なのだから。
お疲れ様でした星野監督、そして
9/25の星野監督の辞任発表に始まり、山田久志新監督の就任と、この1、2週間は近年になくドラゴンズが大きく揺れた期間となりました。
よみがえれドラゴンズ 2001.10.9星野監督の辞任は、今季の成績不振が第一の理由ではありましょうが、6年連続の監督生活に疲れもあったのではと思います。特に99年のリーグ優勝で一つの目標を達した後、闘争心を持続するのはかなり難しいことだったのではないでしょうか。一度は優勝をしながら、その力を維持できない選手たちにいらだち、そして今年の低迷ということで、気持ちの張りが衰えたとしても無理もないことでしょう。
今は「ごくろうさまでした」という言葉しかありませんが、星野監督には今後、長嶋さんなどといっしょに「プロ野球改革評議会」のような組織を作っていただいて、日本球界を健全な形にしていく活動をしていただきたいですね。野球界を変えようというビジョンがあり、また発言力もある方ですから、解説者とかそんな小さなことよりも、もっと大きな仕事をしていただきたい。まだまだ50代前半で、改革への情熱は燃えたぎっていると思いますので、ぜひ期待したいところです。
そして機会があればまたドラゴンズの監督を、とも思いますが、しかしそれを許さないくらい若い人材が出てきてほしいですね。
さて肝心のドラゴンズですが、佐々木ヨッシャー恭介氏を打撃コーチに内定するなど、山田新態勢に向けて動き始めました。
3年間コーチを務めたというものの山田さん自身は外部出身者で、球団やファンに多少遠慮があるでしょうが、球団首脳部はかなりの意気込みで、このオフ、改革に動くのではないかと思います。球団ホームページで児玉さんが連日コラムを書いていらっしゃいましたが、今年の低迷には激怒のご様子で、特に結果を出せないベテランには厳しい態度で臨まれるようです。私自身もマンガを描いていて、マンガという性質上、最後は読者に笑っていただかなきゃいけない宿命にありますので、毎度おちゃらけたことを描いておりますが、ドラゴンズファンとして第一に望むのは、やはり強いドラゴンズであってほしいということと、すばらしい野球を見せてほしいということです。
いくらキャラクターとして面白い選手がいても、プロ選手としての仕事ができなければ(またその努力が見られなければ)応援する気にはなりません。常に上を目指すプロ集団であってほしいと思うのです。
あと1試合で今シーズンも終わりオフに入ります。おそらく近年にないチーム改革が始まるでしょうが、ドラゴンズが新しく強いプロ集団に生まれ変わることを私は期待しています。
暑い夏にうんざり 2001.9.5
9月に入った途端に、急に朝晩寒くなりました。いったいこの前までの猛暑はなんだったんでしょう。もうちょっと平均的な気温にならないものかと思いますが、自然には逆らえないので仕方ありません。しかしこの夏は、その暑さについて一つ収穫がありました。天気予報などを見てるとこの名古屋地区は全国でも一番気温が高いケースがよくあり、それが以前から非常に不思議だったんですが、その謎が解けたのです。
新聞記事で読んだ誰かの研究発表によると、どうやらこれはフェーン現象によるものだそうで、西から吹く風が鈴鹿山脈、養老山地にさえぎられ、山越えした乾いた熱風が濃尾平野に吹き降りて来るらしいのです。しかもその西風は大阪方面のヒートアイランドで温められた空気なので、さらに暑くなるというわけです。なーるほど、フェーン現象なら暑いはずだね。と原因が判っても暑さに変わりはないでしょーが、でも理由がはっきりしている暑さなら、こちらも腹が座るというか納得ができるというか、釜ゆでの石川五衛門のような気分で「じたばたしても仕方あるめえ」といった気持ちになるから不思議なものです。
夏といえば以前は海派だった私も、さすがにこの年齢になると暑さが辛くて山派に変わってきました。今年も近場の岐阜県へ出かけました。
7月に行ったのが飛騨金山方面の「美輝の湯」という温泉。これはウチに来る郵便局員さんのお勧めで、パンフレットまで届けていただいたものだから行かないわけにはいかないということで、出かけました。さすがに力説されるだけあって、いい温泉でした。山に囲まれた見晴らしの良い温泉で、星空の下で入る露天風呂は最高でした。近くにキャンプ場があって、そこの川も遊ぶのに絶好の場所でした。そしてつい最近は、美山町のコテージで友人の家族と1泊してきました。こちらは以前行ったことがある温泉のそばにあり、鮎の塩焼きが食べられる食堂があったりして、それを目当てに半年前から予約していたんです。ところが何か問題があって5月にその温泉は閉鎖されてしまいガックリ。食堂だけでもやってるんじゃないかと淡い期待をもって出かけたところ、ちょうどブルドーザーが何もかも取り壊しているところでした。岐阜新聞によると、近場で有害な物質が見つかったためと書いてありましたが、結構ひなびた感じのいい温泉だっただけに残念です。
これだけ夏が暑いと、どこかに避暑地をキープしておきたいと思うのですが、なかなか「ここっ!」という場所を見つけるのは難しいですね。おそらく来年もそんな場所を探してウロウロするのでしょう。どなたか良い避暑地を御存じでしたら、こっそり教えてください。
変なシーズン 2001.8.10
8月に入ってペナントレースも残り約50試合。3分の2を消化してゴールもかすかに見える段階になってきました。
ドラゴンズは4、5月は5割ラインにとどまってきましたが、6月に借金7と崩れ、7月も5分で乗り切るのがやっと。8月に入って頭から5連敗と、まだまだ復調には至らずという状況です。
首位ヤクルトとは現在12.5ゲーム差。勝星だと11の差があり、正直なところ追い付くのは厳しいと言えるでしょう。この8、9月で10連勝くらいの大型連勝ができれば望みはつながりますが、はたしてどうなりますか。
それにしても今年は変なシーズンですね。例の勝星順位表のおかげでペナントレースの状況がわかりにくく、実質首位のヤクルトはずっと2位にいてプレッシャーもなく勝ち進み、実質Bクラスの中日はいつまでも3位にいて首位争いをしていると錯覚して危機感も希薄。マスコミもこの順位を延々と紹介しつづけ(一部の番組では勝率順位を復活させているところもあるようですが)、なんだか狐につままれたまま終わりそうなシーズンです。
私は机の前に去年までの勝率順位表を書いて毎日更新していますが、さすがに今の勝数順位は不評のようで、来年からは勝率順位に戻すようです。先日のオールスター戦での、お笑いタレントを使ったふざけた選手インタビューといい、野球を真剣に見ているファンを無視した出来事が多すぎますね。
ファンのメジャー志向で日本野球離れを危惧する声がありますが、選手のプレーよりも本当に改善すべきことは、そういった周辺環境でしょう。野球に愛情のない一部の老人たちが小手先で繕うよりは、一度落ちるとこまで落ちて、誰かが徹底的に環境改善したほうがいいと思います。
政治の世界でも今、特殊法人の廃止、民営化など改革が始まりつつありますが、これまで手もつけられなかった問題にやっとメスを入れることになったのは、事態が無視できないところまで悪化しているからでしょう。プロ野球人気の低迷も、プロ野球がもっと健全な姿に変わる、いい機会のような気がします。
変なシーズンといえば今年のドラゴンズも変ですね。取り立てて主力に故障者が出たわけでもないのに勝てない。特に打てない打線が一番の原因で、山崎、関川といったところが今、2軍に落とされたりしています。この状況に至った要因はいろいろとあるでしょうが、こちらも一度落ちるところまで落ちたほうが、思い切った改革がしやすいんじゃないかと思います。ファンとしては選手個々人には愛着はありますが、やはり闘争心のないゲーム、プレーは見たくありませんから。
「BISES」の取材を受けるの巻 2001.7.16
先月、書こうと思って書けなかったことがあって、今月はそれについて書きましょう。
まあそんな勿体ぶることでもないんですが、実は先日、あのナチュラリストの情報誌「BISES」の取材を受けました。ガーデニングに関心のある方ならご存じと思いますが、その分野の雑誌としてはかなり格調の高い雑誌で、国内のみならず海外の庭なども取材し、その美しい写真に私などは毎度、心が洗われるような気持ちで拝見しているそんな雑誌なのです。最初は私もわが家の庭の参考にと思って手に取ったのですが、載っているのは参考にならないほどすばらしい庭ばかりで、本を閉じた後は現実に戻るまで数分の時間を要するほどでした。紙質から取材費までおそらくかなりの費用がかかっていると思われ、かつては出版業界の土俵際のようなところで仕事をしていた私としては、「よくまあこんなお金のかかる雑誌を作れるものだ」と、この本を手にするたびに神棚に飾りたいくらいの気がする雑誌です。
さて、そんな「BISES」に取材されるとは、いよいよくらはしもガーデニング漫画に挑戦かと思われるかもしれませんが、なんのことはない、オーニングのモニター募集に応募したら当選しちゃって、そのことで取材を受けることになったのです。
オーニングというのは、簡単に言うと日除けのテントですね。それを読者のお宅に設置して使い心地などを記事にするというわけです。なんでも全国で3軒のお宅を選んだということですが、わざわざ東京からこんな遠いところまで、しかも写真が午前中のほうがいいということで9時半ごろにはもう到着されて、しかも女性の記者の方はテラスの椅子とテーブル用にクッションとテーブルクロスを手作りで持参されており、またテーブルを飾る花も、おそらく東京からずっと握り締めて来られたようで、やっぱり神棚に飾る価値はあるなあと感心した次第です。
きっと他の2軒の方は素晴しいお宅だと思いますが、わが家の場合、家は1年前にできたものの庭はいまだに荒野のようで、クリント・イーストウッドがカウボーイハットで馬に乗って現われても、さほど違和感がないほど(うそ!狭すぎる!)の殺伐とした庭で、これをあの「BISES」に載せてもいいものかと最初は私も思いました。しかしそこはさすがに「BISES」。事前にこちらの花屋さんに手配して、テラスの周辺に芝をはり、豪華な鉢植えをふんだんに使って、なんだかわが家の一角だけ別世界のような空間ができあがり! そこでわれら夫婦はさも美しい庭をながめるような顔でハーブティーを飲むのでした。
取材は12時過ぎに終わり、みなさんそそくさとお帰りになりましたが、それにしてもやはり超一流の雑誌ともなると、たった1ページの記事のためにこんなにも労力をかけるのかと(スポンサーのある記事ということもありましょーが)、ほとほと感心いたしました。私が編集の仕事をしていた頃は、ページにすき間が空いたりすると自分の4コマ漫画を載せたりと、まあいいかげんなものでしたが、あんな立派な職場で仕事をしていけば、きっと将来は立派な編集者になるんでしょうねー。大変でしょーががんばってください。
ちなみにあの取材の後、荒野のようだったわが家の庭も何本か木が植えられ、サバンナくらいの感じにはなりました。伸び始めた芝を刈るのに疲れると、オーニングの下で一息ついたりしています。ときどき鳥フンの襲撃にあったりすると掃除が大変ですが、なかなかいいですよ、オーニング。三共商事さん、「BISES」さん、誠にありがとうございました。
あるときは歴史マンガ家 2001.6.17
5月はいろんなことが重なって妙にあわただしかったせいか、今月はその反動でボケッとしているうちに、もう月も後半。月末締め切りの仕事にそろそろかからなければと、さっそく明日から資料読みです。今まで紹介する機会がなかったのですが、今回はこの仕事について、ちょっとお話しましょう。
私のことをドラゴンズのマンガだけを描いているマンガ家だと思ったら大きな間違いで(正確には中の下くらいの間違い)、ほかにも『歴史読本』(新人物往来社発行)という格調高い伝統ある歴史専門誌に(そんなに威張らなくてもいいんですが)「日本史ピンからキリ探訪(たんぽー)」という4コママンガを連載しているのです。
これは毎月、ある時代を決めてその時代に起った出来事を題材に4コママンガを4本描いているんですが、古代から明治時代ごろまでをあっちこっちと飛び回り、マンガになりそうなエピソードを探す作業が結構大変なんです。
もともと歴史は好きだったので、当初はもっと簡単にできる仕事だと思っていたところ、いざ描き出してみると、いかに自分の知識がいい加減なものかということがよーく判りました。幕末や戦国時代など一般に人気のある時代については私も多少は知識があるつもりなのですが、そのほかの奈良や平安、室町、江戸中期といったあたりは本当に薄っぺらな教科書的知識しかなくて、毎度毎度いい勉強をさせていただきながら仕事をしているといった状況です。連載を始めて、はや1年半が過ぎ、よくまあ続いてるなーと自分ながら感心しています。
もともと歴史の4コママンガというのは、ドラゴンズものと並んで、やってみたい仕事だったのですが、題材が専門的であるために一般誌では掲載が難しく、やはり歴史の専門誌じゃないと無理だろうなーと思っていました。その歴史専門誌というのも私の知る限りでは片手で数える程しかなく、ほとんど実現は不可能と考えていたんですが、ひょんなことから仕事をさせてもらえることになりました。
しかもこの『歴史読本』という本では以前に、いしいひさいちさんが4コマを描いていて、私も記事は読まなくてもマンガだけは楽しみに見ていたそんな雑誌なので、あらためて考えると夢のようなことを実際にやっているわけです。「東京ラブストーリー」の鈴木保奈美じゃないけど、あの頃の自分に「君は将来この本でマンガを描くんだよ」と教えてやりたいほどです。
まあそんなことで勉強しながら仕事をするという非常に有意義な作業をやっているわけで、「仕事とはこうあるべきだなー」と思いつつ、月末には七転八倒しているのです。みなさんも書店で見かけたら一度手にとって、七転八倒の結果を見てやってください。
今回は5月に何で忙しかったかを書くつもりだったんですが、全然違う内容になってしまいました。すみません倉重さん、来月には必ず書かせてもらいます。
気分は田中邦衛 2001.5.17
5月も中旬になり、季節は初夏。1年で私が一番好きな季節ですが、それにしても最近はちょっと暑すぎますね。今日も最高気温が28度になるようで、まったく先が思いやられます。ドラゴンズも一時の打線低迷から抜け出したようで、このところは集中打も出て巨人に2勝差。星野監督も6月中には抜けると宣言していましたが、向こうがモタモタしている今がチャンス! 今月のうちに首位奪取といきましょう。
チームがうまく回っているので特に言うこともありませんが、一つ気になっているのは疲れが出ている選手のことです。先日も立浪選手が疲れ気味ということで数試合スタメンからはずされたところ、それに危機感を感じたのか、復帰の試合で2ランホームラン。しかしその後の試合では、やはり攻守ともに精彩を欠いている気がします。
たしかにレギュラー選手にしてみればスタメンをはずされるのは屈辱だし、他の選手に取って代わられる危機感もあるでしょう。しかしメジャーでも先日イチローがスタメンをはずれたように、長丁場のペナントレースを乗り切る対策として、レギュラークラスをときどき休ませるということがあるようです。
今年から日本でも140試合制になり、これまで以上に過酷なシーズンになると思いますので、疲れの見える選手は定期的に休むというシステムをはっきりと導入したほうが、いいのではないでしょうか。疲れたまま無理に出場して不振に陥る、あるいは故障するよりは、その方がかえってシーズンの最後まで活躍できるのではと思います。そういう目的の休養だということを選手も理解できれば、焦ることなく体力回復に専念できると思うのですが。根性重視の日本では難しいかもしれませんね。
さて話は変わりますが、近頃わが家では野菜作りにはまっています。昨年もトマトやらスイカやら(スイカは植えた覚えがないのに勝手に生えてきて3つほど生りました)を収穫したんですが、今年は庭の一角に菜園をつくって、イチゴ、トマト、ナス、ブロッコリー、ネギなどを植えました。それから食品庫の中で腐りかけていたじゃがいもを植えたら立派に繁ってきましたし、昨年からとっておいたカボチャ、スイカ、それに最近食べたメロンの種もいっしょに蒔いておいたところ、「となりのトトロ」じゃないですがポコポコポコッと芽が出てきて、ちょっと手狭になったので今朝は5時に起きて菜園を拡張しました。
まあ、いいかげんな野菜作りですが、やっぱり私は田舎育ちのせいか、土をさわっていると気分が落ち着きますね。スコップを休めて東の空を見ると、畑の向こうに(家の周りは畑なんです)朝日が見えて、「北の国から」の田中邦衛にでもなったような気分で、キツネもいないのに「るーるーるーるー」と呼びそうになりました(うそ)。さすがにキツネはいませんが、キジの夫婦がいて、となりの畑を歩いていたりします。
イチゴは毎日5つくらいずつ赤くなるし、トマトも最近青い実を発見、ブロッコリーも順調、ナスはちょっと成長が遅いですが、それでもやっと1つ花が咲きました。スイカやカボチャが育つ夏にはかなりの収穫が期待できそうですが、ドラゴンズもそんなころ大きな収穫があればいいなと思ってます(うひゃー、なんだかイヤな締め)。
花粉症対策を公約に! 2001.4.12
開幕から、はや2週間。ドラゴンズはまずまずの滑り出しのようですが、巨人戦ではやはり苦戦。今年も巨人とは厳しい戦いになりそうです。
ところで皆さん、花粉症はもう治まりましたでしょーか。私はまだひどいです。もちろん日によって症状も違いますが、昨日などもほとんど外に出なかったのに急激に くしゃみと鼻水、涙が出て、えらいことになりました。桜があちこちで咲き誇っているようですが、私は鼻水のおかげで花見ずというところです。
昨日そんなことで苦しんでいたところ、たまたまテレビでどこかの先生が、「日本で1960年ころから花粉症、アトピー性皮膚炎、ぜんそくが増えたのは、日本人の体の中に寄生虫がいなくなったからだ」と言っていました。そしてその先生は寄生虫をすりつぶして花粉症を抑える物質を開発したと白い粉を見せていました。「へー、すばらしいね」と見ていたら「実はこれを飲むとガンになりやすいという副作用があります」とかいうことで、いくら花粉症が治ってもガンになったらたまらんですよ、先生。
しかし体の中に寄生虫がいた50年ころまでは日本に花粉症やアトピーなんかがなかったというのは興味深い話です。それじゃ寄生虫をもう一度飲めばいいかということになりますが、しかしその花粉症を抑える力を持っている寄生虫というのが住血虫とかサナダ虫とか肺に住むヤツとか脳に侵入するやつとか、なんだか悪魔のようなやつらばかりで、とてもそんな気になれませんね。
まあ寄生虫はともかく、この花粉症というのは、いまや日本人の5人に1人が苦しんでいるということなので、各人が対処するというよりは国家レベルで解決策を講じてほしいものです。たとえば最近では花粉が飛ばない杉というのも作り出されているという話なので、国家プロジェクトとして日本中の杉をその種の杉に植え替えてはどうでしょーか。もちろん花粉症の原因は杉だけではありませんが、とりあえず杉花粉の被害は減ると思うのですが。
今、日本各地で花粉をまき散らしている杉は、戦後に建築資材用に植林されたものらしいので、これを順次植え替えたとしても自然破壊にはならないでしょう。巨大ダムやら河口ぜきやらで金を使うよりは、ずっといいと思うんですが。今は花粉症なんか関係ないやという人でも突然になりますからね。もはや国民全体の問題といってもいいんじゃないでしょーか。
どーです、政治家のみなさん。今度の7月の参議院選挙でこれを公約にしてみませんか。かなり多くの支持を得られること間違いなしです。なにしろ国民の5人に1人ですから。
開幕投手スタッフは? 2001.3.19
やっと暖かい日が続くようになってきましたが、気が緩んだのか、風邪をひいてしまいました。やはり一冬に一回は引いておかないと免疫ができなくていけないのかもしれません。ちょうど熱の出た日が子供の卒園式で、行かずにおこうかとも思いましたが、そういえば父親参観のときも二日酔いでいけなかったので、2度もやると顰蹙(ひんしゅく)ものだなと、むかつく胃をさすりながら気を奮い立たせて行って来ました。そんなこともあってか、子供の晴れ姿に、妙に腹の底から込み上げるものがあったです。
さてドラゴンズはオープン戦も好調。心配していた打線もみごとなつながりを見せて、12球団一のチーム打率をマークしています。不確定要素だった新外国人も、ティモンズはパワーだけでなく技のあるところを示し、徐々に信頼感を得ています。アンローは疲れもあってやや下降気味ですが、まあどちらかが活躍すれば御の字でしょう。
前回のこのページで今年のオーダーを考えましたが、やはり現時点ではティモンズ4番というのが妥当な線になってきたようです。私が推した山崎さんは風邪でしばらくチームから離れていますが、やはり風邪なんかひいていてはいけません(自分の事は棚に上げます)。
前回は打線の予想をしましたが、今回は投手陣について勝手に考えてみたいと思います。12球団一ともいわれる投手スタッフで開幕1軍に誰が入るのか、いろいろと予想されていますが、まず問題は投手ワクを何人と考えるかということです。
通常は12人として顔触れを考えているようですが、私は13人でもいいんじゃないかと考えています。
それは今年から140試合になったことで6連戦が増えたことが大きな要因です。ちなみに4月には6連戦が3回あり、これをしのぐには先発投手6人は絶対必要です。それからストッパートリオとして岩瀬、落合、ギャラードの3人は欠くことはできません。するとこれだけで9人で、全体を12人とすると残りは3人。負け試合用のリリーフ(言葉は悪いけど)、または落合、岩瀬につなぐまでの中継ぎを3人でこなすのは、とてもじゃないけど無理があります。そこでこの役を4人にして合計で13人ということになります。無理なく投手を使っていこうと思えば13人という線は譲れないんじゃないでしょうか。幸い現時点では打線も好調なので、開幕は野手15人でスタートでもしのげると思います。それでは具体的に名前を上げてみると、先発では山本昌、野口、バンチ、前田幸、武田、川上の6人。川崎は故障の影響で開幕には無理じゃないか(策略でなければ)と思います。問題の中継ぎはというと力的に、また左右のバランスも考慮して、紀藤、小山、正津、小笠原ということになりましょうか。このあたりは調子次第で小池、遠藤、鈴木平、小笠原、岡本、井本などと順次入れ替えることになるでしょう。ストッパートリオの岩瀬、落合、ギャラードの3人は言うまでもありません。
こんなメンバーになりましたがどんなものでしょうか。星野監督や山田ヘッドがどんな判断をするか興味深いところです。
今年のオーダーを考える 2001.2.13
寒いですねー毎日(別にサンデー毎日のシャレじゃありません)。こうも寒いと何だか動きも鈍くなってきて、人間だって冬眠したくなりませんか、私だけでしょーか。東海地区でこんなことを言ってたら、東北や北海道の人に怒られそうですが、ホントにもう沖縄とかに移住したい気分です。
さて沖縄といえば(見え見えの展開ですね)ドラゴンズの沖縄キャンプも中盤に入ってきて、紅白戦なども行われ、少しずつですが今年のドラゴンズの姿が見え始めてきました。
新外国人のティモンズ、アンローも戦力になりそうだし、大豊さんも元気。それに触発されて山崎、李、井上、関川あたりも例年以上に熱のこもった練習をしているよう。また福留、井端の競争に森野も参戦、久慈も改名して背水の陣とショートの争いが激化。「決まっとるのは武志だけや」と監督に言われた捕手もシドニー鈴木が虎視眈々といった状況で、近年にない競争が各ポジションで繰り広げられています。
また投手では川崎、紀藤の加入に刺激されたか、昨年不調の小池が復活の兆し。若手の小山も安定感を増し先発ローテを狙える位置に。前田幸も今年は先発1本にしぼって気合い十分。山本昌、野口、バンチと数えると頭数は申し分なしでしょう。
さらに中継ぎには落合、岩瀬の2枚看板のほか、中山、遠藤のベテラン、おたふく正津に小笠原の左右サイドピッチャーが今年はいけそう。クローザーはもちろんギャラードで、ほかにも武田、今中の復活組、若手の宮越、岡本、井本と期待はふくらむばかりです。
地元のドラ番組では早くも今年の打順予想などをやっていますが、私も現時点でのオーダーを考えてみましょう。
まずは守備位置からですが、捕手は中村、1塁に山崎、大豊、2塁に立浪、3塁にアンロー、ショートに福留、井端、久慈。外野はレフトにティモンズ、李、センターに関川、ライトに井上といった名前が上がります。山崎、大豊の2人については、どちらかが外野へ回ることを想定して守備練習もしていますが、これはかなり限定された場面でのことで、特にナゴヤ、東京のドーム、甲子園では可能性は0に近い(というか0にしてほしい)でしょう。やはり2人のうち好調な方を1塁で使うことになるでしょう。
それからもっとも激戦のショートですが、私の個人的な考えとしては井端選手を起用したいと思います。技術では福留を、将来性では久慈を上回るものを持っています。長期的にも彼をショートで固定することがチーム的にもいいんじゃないでしょーか。もちろんセンスのいい彼のことですから、外野が手薄になれば外野を守っても守備は遜色ないし、立浪選手に万一のことがあればセカンドもできるでしょう。高いレベルのユーティリティプレーヤーが存在することは本当に心強いところです。また攻撃面でも2番打者にもっとも適任だと思うのですが、いかがなもんでしょう。
福留選手は3塁で守備の負担を軽くして、得意の打撃の方に専念していただいたら 持ち味も生きるし、チームにとっても長距離砲はほしいところですから、いいんじゃないでしょーか。今年の場合はもちろんアンローとの競争になりますが。
外野の李とティモンズは外国人枠のこともあり、どちらか一人ということになるでしょう。
ということで私の個人的な打順としては、1.関川 2.井端 3.福留(アンロー)4.山崎(大豊)5.立浪 6.ティモンズ 7.井上 8.中村 9.投手 ということで理想的なジグザグ打線ができます。もう4番は山崎さんでいいでしょう。彼は厳しい立場になってはじめて成長するタイプだと思いますので、プレッシャーを背負いながら真の4番に育ってほしいと思います。
もちろんシーズンまでにまだ1ヵ月半ありますので、急成長する選手が出てくるかもしれませんが、今ぼんやりと私が想像するのはこんなところです。週末には早くもヤクルトとの練習試合。ベースボール前線、早く北上してこい、ですね。
新世紀よりも40代 2001.1.15
また新しい年が始まりましたね。遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
しかしまあ、子供の頃は正月というと何か楽しいことがあるんじゃないかとワクワクしたものですが、さすがにこの年になると淡々と行事をこなすのみですね。今年は特に新世紀ということで、「今世紀最後の〜」とか「今世紀最初の〜」という言葉が年越し前後に乱発されていましたが、これも考えてみればキリストの生まれた年を起点に数えて2000年経ったというだけのことで、自分とキリストの間にあまり関連を見い出せない私としては(たしかに大学はカトリック系の学校で、子供もそんな幼稚園に通ってますが)、あまり意味はないんじゃないかと思ってしまいます。
ひねくれたことを言っていても仕方ありませんが、新世紀よりも自分にとってもう少し意味があると思うのは、私が今年40歳になるということです。誕生日は12月なので実際には先月39歳になったばかりで40にはあと1年あるわけですが、しかし40年も生きてきたというのは、ちょっとした感慨がありますね。
よくこんないい加減な生き方でやってこられたなと感謝する反面、大したこともできなかったなあという失望というか反省の気持ちも少しばかりあるのも事実です。岐路に立ったとき私は自分が快適に感じるほうを選択して、そのときはそれで良かったんだから(もしくはそれが精一杯だったから)、後で後悔しないという生き方を信条としているので、これまでを振り返って、あそこの選択は間違いだったという後悔はあまり感じませんが、しいて言えば、思った以上に社会や世間というもののガードが固かったなあというところでしょうか。簡単に言えば私が世間知らずで見込みが甘かったということですが、40年かけてそれを勉強させてもらったということなのでしょう。
さて40代。何か新しいことをやりたいとは思っていますが、はたしてそれが実現できるのか。そんな目を見張るようなことはできませんが、とりあえず自分で自分が楽しみなそんな状態でいたいと思っています。
話は変わりますが、この正月にカラオケ店に行って、私の作詞したDASHの「We are Dragons」がちゃんとカラオケになっているのを目撃しました。感激して歌おうとしたところ、女性ボーカルのキーだったので(しかも久しぶりに聴いたので)、出来は散々でしたが…。ぜひ、みなさんもチャレンジしてみてください。
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